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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
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1-2:ヘカトン・エイプ

 プレイヤー換算でレベル2以上相当のヘカトン・エイプ。千影一人でも難しい相手ではない。

 それはわかっている。だけど、正面切っての戦闘というのは何度やっても緊張するし、正対すると顔が怖くて若干ビビる。


 フルル……とヘカトン・エイプはうなりつつ、千影を睨みつけている。残りの二人が敵ではないことを認識し、迷いなくその無数の目を千影一人に向けている。


 ぐっと身を屈める。刹那、千影めがけて突進。

 鋭い爪を帯びた八つの赤い手が、千影の肉をえぐりとろうと伸びてくる。ネットの情報どおりだ、ヘカトン・エイプの指は四本しかない。数センチの猶予をもって回避。余裕なわけではない、間髪入れず次の手が迫るから、かわす隙を極力削っているだけだ。


 次々と通りすぎていく空を切る音、それは鉄球や巨大なハンマーを思わせる。レベル差があっても直撃すれば無傷では済まない。

 腕の振りは単調で、見切れないほどの速度でもない。ただし、二本の大振りの隙を腰の六本が補う。牽制と防御。殺傷能力という点では三層前半にいてもおかしくないレベルだ。


 千影が後ろにステップすると、相手は躊躇なく距離を詰めてくる。こちらの得物を抜かせないつもりだ。リーチの短さと手数の多さを計算している。


 こいつら――クリーチャーはダンジョンが自動で産出している。オスとメスがガッチャンコとかいう由来ではなく、気がつけば水たまりの蚊のように湧いている。フロアごとにクリーチャーの数はほぼ一定に保たれていて、プレイヤーによって倒されれば時間を置いてまたリポップする。


 さっき湧いたばかりの個体に経験なんてあるはずもないのに、どうしてこんなに戦い慣れしているのだろう? いつもそんなことを思う。そういう生き物だから、そういう風につくられたから、と言われるとそれまでだけど。

 ――別に油断しているわけではないのに、考えてもしかたのないことを考えている。集中していないわけではないけど。


 鋭い爪が前髪をかすめる。その手が死角をつくっていることも知っている、次に迫る左脇の腕の貫手はまっすぐに千影の心臓をめがけている。

 爪のかたさ、加速、指の力。受ければダメージでは済まないかもしれないし、上体をひねってもどこかをえぐられる。

 とっさに左のてのひらで胸部を庇う。赤い指先が千影のてのひらを貫く――ことにはならない。ギャリッ! と耳障りな音とともに爪が砕け、指先が関節とは逆に折れ曲がる。


「ギィィ!」


 敵が苦痛と驚きで短くうめく隙に、千影はバックステップで距離をとる。今度は追いかけてこない。こちらを睨みつける無数の目には怒りと恐れが追加されている。


「やっぱり【アザゼル】は知らないのか」


 千影は見せびらかすように左手を前に構え直す。その前腕から先はメタリックブルーに染まり、鈍く煌めいている。

 【アザゼル】はポピュラーなアビリティだ。前腕の皮膚を数秒間、金属状に硬質化させる。ダンジョンウィキ――唯一のダンジョン庁公認のダンジョン攻略サイト――のレア度評価はCだが、サブウェポンや防御用に愛用しているプレイヤーは中堅以上にも多い。


「うわあっ――」


 遠くのほうで悲鳴がする。さっきのチームだ。結構距離を稼いだつもりだが、向こうでイカザルの襲撃に遭っているのだろう。千影はバックアップできない、自分たちでなんとかしてもらうしかない。

 なぜなら、それはこっちにもやってきているから。


 顔を上には向けない、ヘカトン・エイプに隙をプレゼントすることになるから。代わりに耳を澄ませる。【ロキ】を使わなくても、木の葉の揺れる音や押し殺したかすかな呼吸音、なにより獣のにおいと気配でわかる。頭上にイカザルがいる。


 八本の脚を持つ真っ白な小型の猿だ。その脚でアスレチックな地形をアクロバティックに飛び回るのがうっとうしいが、平地では逆に脚が多すぎて遅いし、殺傷能力もこの付近のエリアでは低いほう。すばしっこくて木登りの得意なドーベルマン程度だ。


 ヘカトン・エイプの折れ曲がった指から血が滴っている。クリーチャーは種別によって血というか体液の色が異なるが、サルに似た系統のやつは(気色悪いことに)ショッキングピンクなことが多い。

 その血が千影の左手やジャージにこびりついている。つまり、マーキングされている。


 コンマ数秒の思考。間もなくヘカトン・エイプは合図を出す。そうすると頭上からイカザルが襲いかかってくる。おそらく十匹とかでは利かない数だ。蹴散らすのは難しくなくても、多少顔を引っ掻かれたりジャージが汚れたりするかもしれない。それどころか三日も張り込んでようやくエンカウントしたレアものに逃げられる可能性もある。


 千影は腰に特注のベルトを帯びている。ベルトの左側には大きめのポーチ、右側のホルダーには長さの異なる黒い筒が三本ぶら下がっている。これが千影のメインウェポン〝えうれか〟。


 ヘカトン・エイプが腕を上げる。千影がホルダーから真ん中の筒を引き抜く。

 おたけびとともに、赤い手が振り下ろされる。筒の先が左側のポーチに刺さる。

 頭上で奇声が合唱となる。千影は初めて目の前の敵から視線を外す。上向いた視界いっぱいに白い猿が牙を剥いて迫ってくる。


「ああああああああっ!」


 無意識に千影の口からおたけびが噴き出す。これから大暴れになることが予期できているから、それにつられて若干テンションが上がっている。

 筒をポーチから勢いよく引き抜く。その先には刃が生えている。反りの入った藍色の刀だ。


「があああああああああっ!」


 ああ、柄にもなくさけんでいる。おたけんでいる。人に見られたら恥ずかしい。

 裂帛の気合とともに刀を振るう。

 一呼吸のうちに横薙ぎ、袈裟斬り、兜割り。

 掴みかかってくる白い影の間を縫い、縦横無尽に駆け回る。

 眼前に迫っていた小さな猛獣が二つか三つに分断されて地面に落ちていく。ショッキングピンクの雨が降る。ああ、ジャージが汚れる。


「だぁっ! おらぁっ!」


 やけくそで刀を振り回し、二十匹くらい斬り伏せたところで、いったん追撃がやむ。イカザルたちは木の枝で小鳥のように震えているか、八本脚をばたつかせて退散していく。

 すぐに目線を下げてあたりを振り返る。ヘカトン・エイプの金色の背中が見える。遠ざかっていく。力量を悟ったのか。手下を何体集めようと、それらと連携しようと、勝ち目はないと。やっぱり賢い。


「もうピクニックは勘弁だから」


 刀を地面に突き刺し、右手で一番長い筒を抜く。それをまたポーチに差し込み、ずるっと引き出す。ポーチに溜められた暗水鋼はまっすぐな棒状に形成され、その先端はひし形の刃状になっている。槍だ。


「お・お・お――」


 さながら水面下のクジラに狙いを定める漁師のように、大きく槍を振りかぶる。背筋が軋む。【ベリアル‐Ⅳ】――レベル4ともなれば、常人の何倍もの筋力を発揮できる。レベルアップ直後はスイッチの切り替えに慣れるまでにスマホを握りつぶしたし、パソコンのキーボードも陥没させた。プレイヤーあるあるだ。

 やばい、もう二十メートル以上離れている。コントロールにはあまり自信がない。それでもやるしかない。精神統一、一球入魂。


「――らあっ!」


 ぼふっと空気を破裂させ、槍が放たれる。蒼い光線がまっすぐに森を走り、狙いどおり金色の右足――からだいぶ逸れて左肩に命中。そのまま前方の木に深々と刺さり、標本のごとく縫いとめる――と思ったら木がめきめきと折れて傾いていく。ずずん、と森が小さく揺れる。


「やべえ! ひたすらやべえ!」


 慌てて惨劇の現場に駆けつける。その身を案じられたヘカトン・エイプは、木の下敷きに――なったりせず、しかもまだ生きている。肩を貫かれ、地面に縫いつけられて身動きがとれなくなっているだけだ。


 ほっと胸を撫で下ろす。目当てのものがぐちゃぐちゃのぺちゃんこにでもなったら、またリポップするまで森ごもりになってしまうところだった。いや、期限は今週末までだったから、危うく任務失敗になるかもだった。プレイヤーとしての経歴なんて傷どころかやすりでこすられてもへっちゃらだけど、知り合いから頼まれた案件でヘマをするのはさすがに気まずい。


 うつぶせのまま、ヘカトン・エイプはそれでも腕を伸ばしてもがいている。生きようと必死なのだ。それがダンジョンによって生み出された不可解で不自然な――地球の常識でいう不自然な命だったとしても、あがく姿は他の生き物と変わらない。


 ごめんね、と口の中でつぶやいて、千影は刀を振り下ろす。


【備忘録】


・【アザゼル】

…アビリティ。ダンジョンウィキによるレア度評価はC。

数秒、前腕をメタリックブルーの金属状に硬質化させる。連続使用には若干のインターバルが必要となる。

レアではないがポピュラーで使いやすく、のちに登場する【ナマハゲ】【ニーズヘッグ】とともに「腕変化アビリティ」の御三家的な扱い。


・〝えうれか〟

…千影の所有するメインウエポン。

電気信号で性質を変化させる液体金属(暗水鋼)を収納したポーチと、電気信号を発する三本の筒で構成。

筒をポーチにジョイントすることで三種類の形状の武器を生み出す。

今回使用したのは刀と槍(形状的には銛に近い)。

ガチ勢のプレイヤーの武器としてはわりと高価な部類に入る。


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