プロローグ-1
「では、早川さん。あなたがプレイヤーを志望する動機をお聞かせください」
「え、あ、はい、あの、御社の自由な社風に惹かれまして!」
「え?」
「え?」
早川千影、十六歳の一月。
二度目の受験となったプレイヤー免許試験、どうにか面接テストまでたどり着いた。
面接官と目を合わせたまま、逸らすまいと必死に耐えていた。スプラッター映画を前にまぶたを固定されるほうがまだマシな心境だった。
プレイヤー免許試験は年二回、六月と一月に行なわれる。千影は赤羽ダンジョン探索を生業とするプレイヤーになろうと決め、高校に進学せずに赤羽で一人暮らしを始めた。
中学の頃からこっそり勉強してきたので、一度目となる六月の受験では一次の筆記テストをパスしたものの、二次の体力テストであえなく落第。元々身体能力――特に敏捷性と反射神経にはそれなりに自信があったのに、やっぱり全体的な筋力不足は否めなかった。
一週間くらいかけてぼっきり折れたメンタルを修復し、次こそはと奮起。傾向と対策、それをこなすための努力。やることがわかれば地道に鈍亀的に進んでいけるのが早川千影の地味な長所。引っ越しのアルバイトの合間にトレーニングに明け暮れ、有料のセミナーも受講して地力を磨いていった。
背水の心持ちで二度目の試験に挑み、どうにかぎりぎり一次と二次をパスすることができた。
三次の面接テストまで来れば、そのまま合格できる確率は約八十パーセント程度(ダンジョンウィキ情報)。とはいえ、ネガティブから入りがちな千影にとって、不合格率二十パーセントは楽観視できる数値でもなかった。
よっぽど変な回答でもしない限り、普通の人ならここで落とされることはない(これもダンジョンウィキ情報)。千影は反体制的でもないし宗教に入っているわけでもない、サイコパス的な資質もない(はず)。ずっぽり普通の範疇に入っている自信満々ながら、いかんせんコミュニケーション能力が著しく欠如。ちゃんと問答できるかというそもそも論的な不安があった。
ロールシャッハテストみたいな、この画からなにを連想しますかという質問もされた。慌てすぎて「桃太郎とそのお供のカメとミミズとワイフォンX」と答えると、面接官は無表情で「そうですか」とだけ応じた。受かる受からない以前に人として恥ずかしかった。「凡人のくせに奇をてらったろお前」的な視線が痛かった。そんなことないんです、テンパって半周しちゃっただけなんです。
そんなボロボロの面接だったので、自宅に合格通知が届いたときにはなにかの間違いかと思った。大喜びするタイミングを失って、なんかぬるんとプレイヤー・早川千影は誕生した。
レベル0の初心者は、レベル1になるまでは先輩プレイヤーによるサポートプログラムを受けることを強く推奨する。免許交付直後の講習で口すっぱく助言された。
人と関わることが致命的に苦手な千影は、最初からソロで活動するつもりだった。けれど講習でダンジョンの危険性とかソロのリスクなどを過剰なまでに刷り込まれ、端的に言えばビビった。なので管理課にサポート申請することにした。
対象者は庁に登録されたチームに期間限定で加入する。チームのメンバーが指導者となり、対象者がレベル1になるまでサポートをする。目標達成後には彼らに報酬を支払う必要があるが、一カ月ぶんまでは庁が助成してくれる。まさにウィンウィンな制度だ。
「〝チーム馬場〟のリーダー、馬場です。よろしくね」
千影を受け入れてくれたのは、四人組の結成半年程度の新参チームだった。男女二人ずつ、男はリーダーの馬場と内藤。女性はサブリーダーの春日と高坂。レベル1の高坂以外はレベル2だった。
「年齢もレベルもそんなに違わないし、あんまりかしこまらなくていいからね、早川くん」
噂で聞いた「激烈スパルタのオラオラ体育会系」とか「金だけもらって大して協力してくれないブラック系」だったらもう終わりだと思っていたが、幸運なことに彼らはとても優しくてフレンドリーなチームだった。
とりわけリーダーの馬場は、とても面倒見のいい男だった。いかにも人懐っこそうな顔で、千影のようなディスコミュニケーションの化身のようなやつにも我慢強く接し、かといって深くは入り込んでこない思慮深さも持っていた。彼がいなかったら集団行動なんて一週間ももたなかったかもしれない。
加入後の最初の冒険で、千影は惨憺たる醜態を晒した。
クリーチャーにビビって逃げまくり、戦えと言われてもへっぴり腰で敵に傷一つつけられず、仲間が弱らせてくれた状態でもとどめを刺すのに三十分くらい躊躇したりした。心はすっかり折れてしまい、その日の帰りには求人雑誌を買ったほどだった。
「そんな落ち込むなよ。初体験ってのは誰でも怖いもんだって」
馬場からそんな風に励まされ、女性陣に白い目で見られることになった。
そんなこんなで恐縮なことに、オフの日の空いた時間に個人練習のプランを組んでもらうことになった。
まずは敵の攻撃をかわす特訓。それから敵に攻撃を当てる特訓。おまけにチームの女性陣と仲よく会話する特訓。要は基礎中の基礎を現役プレイヤーから教わるわけだ。
「すげーなあ、早川くん。その避けっぷり。マジゴキブリ並み」
ゴキブリという比喩は置いておいて、元々自信のあった反射神経を手放しで褒められて、千影は調子に乗った。運動センスは悪くなかったので、戦いにおける身体の動かしかたも順調に学習していった。一方で女性陣との会話能力は全然向上しなかった。
チーム加入から三週間後、初めて〝試練の回廊〟に挑むことになった。
回廊は大仰な装飾の石扉で封鎖されていた。その横にある燈台に手を差し込むと、指先に針が刺さり、血が採取される。するとごごごっと扉が開き、試練がスタートする。ここをクリアすることで、プレイヤーにとって基本にして絶対必需なアビリティ、身体能力強化の【ベリアル】を入手できる――つまりレベル1になるための登竜門だ。
指先をちゅーちゅーしながら扉の奥に入った。「がんばれよ」という馬場の励ましとともに扉が閉まり、千影は薄暗い迷路を一人で歩きだした。
回廊には遊園地のお化け屋敷にあるような「途中でギブアップしたい人用の扉」がある。一度目はそれで早々にリタイアした。クリーチャーに前後をふさがれ、むしろそこから逃げられたのが不幸中の幸いだった。
翌日にもう一度挑んだ。今度はどこかのアドベンチャー映画みたいな転がる大岩に追いかけられて思わずリタイア。
さらに翌日。先輩たちから耳タコのアドバイスと重圧倍増の励ましをもらい、三度目の正直。
これでダメなら来月のサポート費用とかどうしよう。つーか一生無理かもしれない。そんなネガティブ思考を振りきろうとがむしゃらに進んだのがよかったのか、身体中打撲だらけ切り傷だらけになりながら、ついに最奥部まで到達することができた。
遊園地の小道具みたいなチープすぎる宝箱の中に、【ベリアル】のウイルスが入った銀色の小箱を見つけたとき、こっそり泣いたのは内緒だった。
「早川くん、よかったら正式なメンバーとしてうちに入らない?」
その日の祝賀会で、馬場からそう誘いを受けた。あまりにも予想外すぎて、彼がなにを言っているのか理解するのに時間がかかった。
新人サポートの支払い報酬は、一カ月ぶんまでダンジョン庁が助成してくれる。だが、被サポート者がそのままサポート側のチームに加入する場合、その助成金は支払われなくなり、加入者側が報酬を支払う義務もなくなる。つまり馬場たちにとってはタダ働きとなってしまう。
「まあ、そこは報酬と新メンバー獲得の天秤ってことになるけど、後者を選ぶチームはそう珍しくはないよ。報酬はそんなに大金でもないし、有望な仲間は金で買えないしね」
他のメンバーもそれで納得している、と馬場は付け加えた。彼らと目を合わせると、笑顔でうなずいてくれた。
人から求められるという経験は初めてだった。素直に嬉しかった。
ただ、それと同じくらい戸惑いや怖さもあった。自分以外の誰かとずっと一緒にいる、ということがうまく想像できなかった。結局うまくいかずに嫌われたり捨てられたりとか、それを考えると怖かった。
とりあえずあと数日、サポート期間が終わるまでは仮メンバーとして参加し、そのあとに決めたい。そう千影は返事した。
その時点で見捨てられてもおかしくはなかったのに、それでいい、と〝チーム馬場〟は快諾してくれた。
サポート期限まであと二日。二月の最終日。
エリア7の塔に行ってみよう。馬場がそう提案した。
やつに遭遇したのはその道中だった。
 




