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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
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5-7:復讐、死闘

「きひひ、久しぶりに会って早々、もう得物を抜くのかよ。やる気満々じゃねえか。前に会ったときはさ、撫でただけでちぎれそうなザコだったくせに」


 黒のエネヴォラはにたにたと笑っている。昔逃がしてやった虫けらが懲りずに目の前に転がってきた、そんな程度に思っているのだろう。


 千影にしても、ここで遭遇するとは思わなかった。ウィキの出現想定エリアのリストにこの塔はなかったから。単に遭遇して生存した人がいないだけかもしれないが。


()()()()()()()()()()は、ちゃんと有効活用できてんのか? なんだったっけ、忘れちゃった。なんとかってスキル。自分に打ったんだろ?」


 千影は答えない。ただ凝視する。やつの仕草を、表情の動きを、装備を。情報を集める。こいつを倒す、その可能性を一パーセントでも上げるために。


「おいおい、無視かよ。いざとなると、ビビって声も出ねえのか? そりゃそうだよな、なかなか傑作な絶望だったもんな、きひひ」


 黒は手についた血糊をべろりと舐める。


 人は得意げにぺちゃくちゃしゃべっている最中が一番隙だらけだ。ヒーローの変身の途中と同じくらい。そこを襲うのは空気が読めないとか言われるかもしれない。そう言われるとますますやりたくなる。


「どてっ腹に穴開けてやったし、大切な仲間も一匹残らずミナゴロしちゃったs――」


 一歩目で一気に加速。脳の暴力スイッチを入れる。砕けそうなほど奥歯を噛みしめ、全身の力を込めて刀を振り下ろす。

 完全に虚をついた――はずが、単に反応速度だけで、ただ腕を上げる動作だけで、千影の渾身の一撃は防がれる。膨れ上がってぶ厚いゴムのようになった腕に刃は深く食い込んでいるが、それ以上斬り込むことができない。


「……あっぶねえじゃねえか、俺がまだ話してる途中でしょうが」


 黒が嬉しそうな顔をする。


 刀を引く。間髪入れずに横薙ぎで首を狙う。今度は数ミリの猶予をもってかわされる。

 追撃。かわされることを予測し、かわされたあとの体勢を見て、絶えず次の攻撃を選択する。


「くあっ!」


 切っ先が剥き出しの頬をかすめ、黒が忌々しげにうめく。二人の距離がいったん離れる。


「てめえ……」


 千影は大きく息をつく。相手はとんでもなく速い。それでも目で追えている。


 この一年が、ここに至るまでの執念が、千影を研ぎ澄ましてきた。

 油断もしない。過信もしない。相手が動かなくなるまでベターを繰り返すだけだ。


「ふっ、ふっ、ふっ……」


 息を整え、再び斬りかかる。小さく、鋭く。

 攻撃し続けろ、腕を振るい続けろ。


 黒が右腕を振りかぶる。その手の甲からサメのヒレを思わせる、反り返った刃が現れる。


 千影の刀と黒の刃が衝突する。激しい金属音とともに千影の身体が後方に吹き飛ぶ。靴底で床を滑るようにして倒れるのを回避する。


 エネヴォラのスーツの性能はウィキで周知されている。粘土のように形状を変えることができる。厚みや硬度を操作し、攻撃にも防御にも即座に対応できる。強固な盾にもなるし、強靭な刃にもなる。


 変形した際の強度は、〝えうれか〟の刃では断てない。狙う場所は変化前の部位か、余裕を見せてヘルメットを脱いだままの頭だ。


「驚いたぜ。さっき殺したザコどもとは大違いだ。この短い間によくそこまd――」


 もう一度、セリフを遮って不意打ち。今度は受け止めるまでもなく回避される。

 お返しとばかりに右手の刃が千影の首筋をかすめる。ぴりっとした痛みが皮膚に走る。見なくても触らなくても、結構な勢いで血が流れていくのがわかる。


「ちょっとイラついたぜ。その目だよ、俺に勝てるつもりか? さっさと絶望しろよ!」


 互いに繰り出す刃が激しくぶつかり合う。火花が散り、空気が激しく震える。


 眼の前に迫る黒い刃。千影は身をよじり、のけぞり、かいくぐる。その合間に藍色の刀身をぶつける。

 攻撃の浅さと軽さのせいか、黒のスーツにはほんの少しのか細い傷が走るだけだ。肉はおろか皮膚にさえ届かない。


 柱を蹴って頭上をとり、振り下ろす。それもかわされる。間髪入れずの斬り上げもあっさり受け止められる。半端な小細工や緩急は通じない。


 それでいい。なんでもやると思わせたほうが意識を分散させられる。このまま最後の一手に向かっていく。


「があっ! らあっ!」


 黒の攻撃は純粋な力押しだ。ただがむしゃらに腕を振るい、刃を走らせるだけ。

 それでも千影より速く重く、大きな隙も生じない。あったとしてもスーツがすべてはじき返す。ゲームだったらコントローラーを投げ捨てたくなるレベルの理不尽さだ。


 スペックが違いすぎる。今すぐ逃げて帰りたいほどに。黒は間違いなくレベル5、いやそれ以上だ。


 攻撃をはじくたび、全身の筋肉が軋む。

 火花が散るたび、目がくらむ。

 相手の一閃をかわすたび、神経がガリッと削られる。

 必死に足を動かすごとに、肺から酸素が失われていく。

 返す刀がたやすく受け止められるごとに、頭に血が上っていく。


 これほど自分の攻撃が効かなかったことはない。逆にこれほど重い攻撃を受けたこともない。一瞬でも気を抜いたら即詰みだ。


 それでも千影は刀を振るい続けることしかできない。攻撃を避け続けることしかできない。そこにしか生き残る道がないから。


「きひひ、いいねえ! 楽しいねえ!」


 刹那の攻防の中、それでも黒は余裕の笑みを崩さない。自分の勝利を、相手の死を、微塵も疑っていない。


 多少の刃物は通さないサムライ・アーマーのジャージが裂け、左腕から血が飛び散る。浅くない、痛みで千影の顔が歪み、一瞬動きが鈍る。


「きひっ」


 その隙を黒は見逃さない。膨れ上がった拳が空気を裂いて迫ってくる。千影の頭頂部めがけ、頭をつぶして尻までめりこませんばかりの勢いで。


 黒は渾身の力をこめている。刀で受け止められるパワーではない、体勢的にも間に合わない。


 そして、だからこそ千影は【アザゼル】でそれをはじく。ボクシングのパリングのように、横からはたいて逸らす。


 黒が目を見開く。千影は笑う。


 刀にだけ意識を向けさせる。そのためにあえて、攻撃にも防御にも【アザゼル】を使わなかった。

 ほんの一瞬の隙をつくるために、この瞬間のためだけに命を削ってきた。


 ――【ムゲン】。


 脳のスイッチが入る。千影の見る世界はその瞬間から速度を緩める。

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