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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
32/222

5-4:塔の冒険

 六月二十八日、水曜日。


 外のどんちゃん騒ぎとかそこかしこで響くいびきとか、センシティブな現代っ子にはいささかシビアな夜が明け、寝不足が解消されないまま寝袋から出る。テントの外には朝の濃密な霧が垂れ込め、空の光をぼんやりと曖昧に散らばせている。


 朝食や諸々の支度を済ませる。捜査課の人が迎えに来るまではここにいないといけない。とはいえ、ずっとテントに缶詰でいなきゃいけない、という話でもない。


 というわけで、前日にギンチョと交わした約束どおり、塔に向かうことにする。久しぶりのダンジョン探索。そろそろ稼がなきゃと思っていたところだし。


「準備オッケー?」

「はう!」


 二人おそろいの高性能ジャージを着込み、頭にはヘッドギアを着ける。直江のアドバイスを受けて古田の店で購入したものだ(ギンチョのは【ブラウニー】用の子どもサイズ)。詩織いわく「量産品の初級者向けだけどコスパ優秀」。千影のは【ロキ】使用のために耳が露出するタイプだ。


 ギンチョの顎紐を留めてやる。ギンチョはわくわくと緊張の入り混じった顔をしている。


「じゃあ、行こっか」

「はう!」


 荒川での特訓の成果を出すときが来たわけだ。

 ビビらずにかわして逃げる、それだけだけど。


   *


 キャンプ地から緩やかな勾配を下っていく。川の水が流れ込む巨大な湖の中心に、その巨大な塔は佇んでいる。入り口は三つあり、橋がかかっている。まるで舞浜のネズミーランドのような世界観だが、スケールは桁違いだ。


 塔は全十階に渡り、複雑な迷路になっている。クリーチャーはわんさかいるし、階が上がるごとに強力になっていく。ときたま無造作に宝箱が置かれたりもする。まさしく〝ダンジョンの中のダンジョン〟だ。


 と、物陰から飛び出してくるクリーチャー三体。アリクイアリ(大型犬サイズのアリ)、テンタクル次郎(歩くカツラみたいなうねうねの触手)×二体。


「ぎゃわー!」


 次郎の気色悪さに悲鳴をあげながらも、逃げまどったりしないのは成長の証とみていいものか。「離れるなよ」とギンチョに声をかけつつ、千影は〝えうれか〟の刀を抜く。


 丸腰で殺し屋なんかとやり合ったおかげで、武器を存分に振るえるというのは思ったよりもカタルシスなのだと気づく。千影自身はプレイヤーにありがちな戦闘マニアとは断じて違う。それでもそういう人たちの気持ちも理解できる。スポーツにしろゲームにしろ、持てる力を解放できる瞬間は、どう言い繕ってもやっぱり格別だ。


 空気を裂いて無数の触手が伸びてくる。千影はそれらを目で見切り、一気に懐? に入り込む。急所はわからないが、とりあえず一体目を六つくらいに分断する。


 アリのほうは遠距離での攻撃手段はないらしい。とはいえ前足の爪は鋭く、触手攻撃よりも断然すばやい。刀でそれらをはじき、跳躍してアリの背後に回り込み、頭と胴体を切り離す。虫系クリーチャーにありがちな緑色の体液の噴出。ギギギギッと耳障りな断末魔の声。


 位置的にもう一体の触手のやつが千影よりもギンチョに近くなってしまう。次の一呼吸で始末できる、そう思いながらあえて足を止める。


 触手の動きはそう速くない。目を開け、よく見ろ――


「ぎゃわー!」


 悲鳴をあげながら、涙と鼻水を垂れ流しながら、それでも迫りくる触手攻撃を一つずつかわしていく。右へ頭を振り、左へ身をよじり、そして触手の懐へ――なぜそっちへ行く?


「ぎゃぶっ!?」


 間抜けな突進で押し寄せる触手の波に呑まれる――前に、千影が真ん中から両断する。この意味不明な生き物の体液は濃い紫色だ。


「なんか……かわしてったら、すすんじゃいました」


 てへ、とギンチョはあざとい仕草をする。少し前ならしゅんとするところだが、千影に慣れて地が出てきているようだ。


「敵のほうがそういう風に誘導したのかもね。後ろに下がらせないような攻撃というか。まあちょっと難易度が高かったかも」

「おにーさんのぶき、すごいです。かっこいいです」

「まあ、僕の全持ち物で一番高いからね」


 ひゅんっとカッコつけて刀の血を払い、ポーチに収納する。侍っぽく左手を添えたら若干手を切ったけどひた隠す。


「わたしもほしいです」

「うーん、軽自動車とか買えちゃうんだけどね。まだローン払い終わってないんだけどね」

「ラーメンなんばいぶんですか?」


 〝えうれか〟は筒側の製造技術もさることながら、暗水鋼の加工にも結構な費用がかかっている。しかもその材料の調達は自前。三層以降に出現するスーパーレアなクリーチャー・やさぐれメタルを倒して死骸をゲットしなければいけない。レベル上げ目的での四層通い一カ月で三体を倒せたが、それでも開発担当者からすればラッキーなほうだったらしい。


「今度、古田さんのとこでなんか買ってやるよ。パチンコとか水鉄砲とか、子どもでも使えるやつ。それでいいだろ?」

「やきにくなんまいぶんですか?」


 塔の一階に出現するクリーチャーはかなり弱い。レベル1のソロでもなんとかなるほどだ。けれど、上へ上へと階を進むにつれ、その強さは遠慮なしに増していく。


「五階には中ボスがいる。想定レベル3以上。僕一人でもどうにかなるけど、それより上に行くとなると結構しんどい。というわけで、滞在中は最高でも五階までをめざすようにしよう。五階まで行けなくても、三階くらいまで行ってザコを倒してせこせこ稼ごう」

「せこせこ!」


   *


 塔探索の一日目は、二階への階段を見つけたところで終了。キャンプに引き返す。


 千影一人なら余裕で踏破できる難易度だが、ギンチョに迷路や罠の仕掛けを見せたり解かせたりしているうちに夕方になってしまった。


 隠し扉を出現させる暗号やらスイッチさがしやらにギンチョは夢中になり、なんにも怪しくないところをさがしまわって時間の無駄――かと思いきや、二つほど宝箱のある隠し部屋を発見した。千影も内心テンションが上がったものの、いずれの部屋も宝箱はミミック的な擬態クリーチャーで徒労感が増しただけだった。明日は探索はほどほどにして上へ進んでみよう。


 二日目、二階は案外するすると攻略でき、三階のおよそ半分程度まで進捗した。


 三日目、そろそろ捜査課の人が迎えにきてもいいのかなと早めに引き上げてきたものの、連絡はなしのつぶて。だんだんホームシックになってくる。畳の居間でごろごろしたい。


 四日目、さようなら六月、こんにちは七月。今朝の霧は一段と深い。地上だったら街灯がつきそうなくらい薄暗い。


「こういう日ってさ、嫌な予感がするんだよな。そろそろシャバに戻るのもありだな」


 朝食の屋台で、三十代後半くらいのプレイヤーが仲間にそんなことを言っているのを耳にする。ジンクスや占いなど信じない千影だが、その無根拠な予言はなんとなく脳裏に残る。


   *


 なんの苦労もイベントもなく素通りできるエリア。ゲームだったらわざわざそんなものに容量を割く開発者がいるだろうか。


 この塔はいわゆるエクストラステージ的なもので、腕試し、あるいは狩り場や修行場として設けられたと推測されている。「挑むのは自由だけど、クリアするのは並大抵ではないですよ」的な。

 最上階でプレイヤーを待つボスは、このあたりでは破格のレベル5・5相当。ダンジョン一・二層を主戦場にするプレイヤーでは逆立ちしても敵わない強さだ。


 大抵のプレイヤーは塔の下階で腕を磨いてから先のエリアへ向かい、いずれここへ戻ってきてやるとリベンジを誓うものの、ボスを倒してもドロップはうまくないし大して意味もないという事実を知ってそのまま疎遠になる。プレイヤーあるあるだ。


 ギンチョの背負うリュックには、四階までのザコクリーチャーのドロップアイテム(主に死骸や破片)が詰まっている。チリツモで十五万円くらいにはなると千影は見ている。


 テントに置いておくのも不用心なので、昨日までのぶんもいちいち全部持参している。リュックは満杯寸前、ここからは断捨離が必要になりそうだ。


「結構レアなアイテムも落ちるもんだな。気まぐれ蜘蛛糸とか、スワローティアーズポーションとか。浅層だからってなめてたよ」

「なんですか?」

「えっと、敵に投げるとネバってなって動きを封じる蜘蛛の糸と、文字どおり雀の涙……ほんのちょっとだけ体力回復する薬。ただしものすごいうまくて高く売れる」

「どれですか?」

「リュックを漁るな。お前が口に入れようとしているのはクリーチャー除けの激クサ液だ」


 そしてようやく塔の五階にたどり着く。ここからはレベル2相当のクリーチャーも普通に出現する。複数体が同時に襲ってくることもある。決して油断はできない、軽く頬を叩いてビビリスイッチを入れ直す。


「……あれ?」


 五階に来て五分。二人はがらんとした廊下をてくてく歩いている。ここまでクリーチャーとの遭遇はない。

 二人の足音が無機質に響く。あたりに他の生き物の気配はない。まるで廃墟にでも迷い込んだかのようだ。


「ギンチョ、静かにしてて」


 目を閉じて【ロキ】を発動――物音を拾うことはできない。少なくとも千影たちの近くに動いているものはいない。


「……なんかおかしい」


 この階を訪れるのは千影も初めてだ。中ボスのいるフロアではあるが、ザコ敵がいないなんてウィキには書いていなかった。


 偶然、では納得できない。これまでのエンカウント率を考える限り。


 前を行く他のプレイヤーが根こそぎ殺していったとか? いや、このフロアではまだ死骸はおろか肉片一つ見ていない。死骸が分解されて消えるには一日以上はかかる。そもそも血のにおいすらしない。


 におい――いや、する。血のにおいがしてくる。この先から、ほんのかすかに。嗅覚強化の【テング】を持っていなくても、嗅ぎ慣れたにおいが流れてくるのがわかる、そう遠くない。


 回廊の先に細い脇道があり、少し進むと小さな扉がある。血のにおいはここからする。胸のざわつきを押し殺しつつ、千影はそっと扉を押す。ぎぎぎ、と蝶番のきしむ音が響く。


「……ギンチョ、見るな」

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