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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
30/222

5-2:二層エリア7〝キャンプ・セブン〟

 六月二十七日、火曜日。


 ダンジョン地下二層、エリア7。このエリアは特殊だ。〝通過点(サービスポイント)〟、〝修行場〟、〝キャンプ地〟。いろんな呼ばれかたをしている。


 岩壁に囲まれた、半径三キロほどの巨大な窪地。丸く切りとられた空は夕方の色をしている。頻繁に発生する霧のせいで薄暗いことが多い。


「マンガの世界みたいだな、いつ来ても」

「ほえ」

「読んだことない?」

「はう」

「マジか、今度タブレットで読んでみるといいかもね」

「はう」


 窪地の円周部はクリーチャーが出現せず、他のエリアへつながるトンネル通路も円周部にあるため、実質ここはリスクなく素通りできるエリアになっている。


 千影とギンチョはその安全地帯にある〝キャンプ・セブン〟の端に立ち、眼下の光景を眺めている。


 うっすらと垂れ込める霧が橙色の光をまとい、眼の前にそびえる塔の姿をいっそう幻想的に飾っている。

 窪地は中心部に向けて緩やかなすり鉢状になっていて、その底面部――このフロアの中心には塔が佇んでいる。石造りの古びた巨塔だ。美術の教科書で見た建設中のバベルの塔の絵によく似ている。てっぺんの欠けた円錐形で、十階まであるらしい。およそ三階か四階のあたりが千影たちの高さにあり、頂上部は霧のせいで見上げてもよく見えない。


「あそこにはなにがあるですか?」

「クリーチャーがわんさかいて、アイテムも落ちてたりする」

「ほう」

「ボスもいる」

「ぼす?」

「でかくて強くておっかないクリーチャー」

「はわわ……」


 エリア6への通路は南側、エリア8への通路は北側に設置されている。〝キャンプ・セブン〟は円周の西側のちょうど中間あたり、岩壁から浸み出す川沿いにある。安全地帯に設けられた、二層前後を主戦場とするプレイヤーのための活動拠点だ。


 無数のレンタルテントが並び、食糧や必要品などの売店、ダンジョンの食材で料理を振る舞う屋台、地上の数倍の価格で酒を出す屋台もある。トイレやシャワーなどの水場も設置されている。


 ちなみに、キャンプの運営元はダンジョン庁とIMODの認可を受けた民間会社で、現役のプレイヤーを雇って管理している。この事業だけで年商何億だとヤホーニュースで見たことがある。


「今日からしばらくテント生活か、ここで」

「はう、たのしそうです」

「あんまり人が多いところだと眠れる気がしないんだけど……」


 無意識にこめかみを触ってしまう。絆創膏のごわごわの下にぴりっと痛みを感じる。レベル4とはいえ、さすがに破けた皮膚が完治するまでにはもう少しかかりそうだ。くそ、あの犬マスクめ。


   *


 昨日、殺し屋コンビと犬マスクに襲われ、間一髪のところで明智に救われたあと。

 明智に続き、スーツ姿の男たち――彼女の同僚がなだれ込んできて、あっという間に殺し屋二人を組み伏せ、手錠をかけた。レベル5以上でも引きちぎれない特別製らしい。


「ファッキン・シュッとしたスーツメン! タイーホしたきゃカツドン持ってこい!」

「キャアア! デーブ、これがオナワにビカームってやつなのネ!」


 二人はなぜかちょっと嬉しそうだった。


「んで、あんたはなんなわけ?」

 明智が犬マスクに対峙し、ピストルの形の指を突きつけた。一歩でも動けば身体に穴が開く。


「あそこの人間? 今の状況であの子にちょっかい出す意味あんの?」

「…………その子は…………」

「あ?」

「――――――――」


 その先の言葉は、千影の耳には届かなかった。


 次の瞬間、犬マスクの姿はふっと消えた。闇に融けるように、ろうそくを吹き消したように、忽然と。


「【ギュゲース】だ!」明智がさけんだ。「暗視スコープ、【ロキ】を使えるやつは音で!」

 からくりに気づいた千影は、真っ先に地面に転がっていたギンチョを庇い、身構えた。【ロキ】の耳で気配をさぐり――そのままなにも起こらず、数分が経過した。


「……逃げられたか」


 忌々しそうに明智が吐き捨てた。それがあの夜の凶事の幕引きを告げる合図だった。


 そのあと、捜査課の人に簡単な手当てを受け、事情を訊かれ、そのまま自宅に送り届けられた。

 翌朝(つまり今朝)早く、チャイムの音で叩き起こされた。昨晩と同じ服装をした明智だった。徹夜で動き回っていたらしい。


「昨日は悪かったね。板橋で大捕り物があって、電話に出られなかった。ギンチョが留守電で『助けて』って、それを聞いて速攻で駆けつけたんだけど」


 留守電なんて残していたのか。えへん、とギンチョは誇らしげだ。


「早川くん、よくギンチョを守ってくれたね。あたしらの目に狂いはなかった」

「丸腰でレベル2二人とレベル4一人を同時は無理ゲーでしたけどね、さすがに。助けてもらわなきゃやばかったです」

「あの【ギュゲース】のやつ、レベル4?」

「たぶんですけど、戦った感じ」


 【ギュゲース】は結構レアなスキルだ(ダンジョンウィキのレア度評価A)。例によって原理などわからないが、十秒程度透明になれるらしい。そういう能力があるのは千影も知っていたが、実物を見たのは初めてだった。あれで誰にも悟られずに現場に乱入し、誰にも見つかることなく逃げおおせたわけだ。


「そこまで劣勢で、しかもギンチョを守りながらで、結果は頭と足にかすり傷程度って。たった一年半の経験値にしてはやっぱり優秀すぎだよね。ますます知りたいわ、あんたのスキル」

「すきるって、おにーさんのぎゅんってやつですか?」

「めっ! ギンチョ、言っちゃダメ!」


 明智の差し入れた朝ごはんの海苔弁当をついばみながら、千影は疑問を口に出そうか迷っていた。訊く権利はある、絶対。でも答えが予想どおりなら、ギンチョの前で訊くのも――


「訊きたいことはわかってる。そんな肛門にダンゴムシ詰まったみたいな顔しなくてもね」

「平常時だと思います」

「あの犬マスクが殺し屋二人を雇ったのは間違いないみたい。殺し屋は裏では結構名の知れたイワブチ組の〝C〟でね。まあ、あんなアホ百パーセントなやつらってのは意外だったけど」

「でしょうね」

「あいつらは自称義賊らしくてね、自分らが悪だと認識したやつしか狙わないってポリシーがあった。まあ、あのアホさだから依頼人に騙されることもしょっちゅうだったろうけど」

「でしょうね」

「んで、あの犬マスク。正体はまだわかってないけど、おそらくギンチョを捕らえていた組織の残党だろう。プレイヤーなら身元が割れるのも時間の問題だけど」

「組織って……人身売買の……」


 明智はポケットからタバコをとり出し、流れるような動作で火をつけた。そのあとでギンチョに目を向け、煙はきっちり千影のほうに吐き出した。ハラスメント。


「もう活動してないはずだったんだけどね。まあ、逮捕を免れたやつが一人で奪い返しにきた、ってのが妥当な線かなと」

「そのわりに……あいつはギンチョを大事そうに扱ってましたけど」

「そりゃ、大事な商品だからね。傷でもつけたら大変って、ヒューマントラフィッキングってそういうもんだから」


 そういうものだろうか。あんまり腑に落ちない。犬マスクの言動、ギンチョへの態度。あれは商品に向けたものだったのだろうか。


「……あのひと、あんまりこわくなかったです……なつかしいかんじのにおいがして……」


 当のギンチョはというと、今回の一件でさぞショックを受けただろうと思いきや、多少気落ちしている様子は見られるものの、トカゲのときのようなひどいことにはならなかった。


「あ、そうだった……傷っていえば……」


 ふと言いかけて、忘れておけばよかったと瞬時に後悔した。

 昨晩、敵の攻撃をしのぐためにギンチョを地面に放り投げた。そのとき彼女は膝頭を擦りむいてちょっぴり出血していた。そのあとのゴタゴタで手当するのも忘れていた。

 明智の前で思い出すんじゃなかった。そう思ってももう遅い。どういうことだと明智の目が凶悪犯を見るときのそれに変わった。


「……あれ? 見間違いじゃなかったよね」


 寝間着を膝までめくり、おそるおそる絆創膏を剥がしてみたところ、つるっとした綺麗な膝頭が覗いていた。傷が消えていた。


「わたし、いたいのはすぐなおります」


 ギンチョはこともなげに言った。あの擦り傷が一晩でこんな綺麗に治るなんて、レベル4の千影でも無理だ。そういう体質なの? 体質ってレベル?

 ともあれ、明智の目が怖くてそれ以上追及できなかった。


「てめえ、治ったからってノーカンだと思うなよ」

「そういや、危ないことはないって最初に言ってましたよね、この子守りクエスト」

「え? それどこの世界線の話?」


 その後、明智からダンジョン行きを命じられた。

 あの犬マスクがまた動きださないとも限らない、また変なのを雇って襲ってくるかもしれない。〝C〟ならダンジョンには入れない、出入りを厳密に管理されているダンジョンにいたほうが安全だと。エリア7のキャンプで数日、ほとぼりが冷めるまですごすようにと。

 宿泊費用は捜査課が持ってくれるということで、渋々ながら従うことにした。オープンな施設に他の人たちと寝泊まりするなんて、まったく気は乗らなかった。とはいえ、身の安全には代えられない。


   *


「ふおお、こ、これが、ひみつきち……!」

「ただのテントだね」


 二人にあてがわれたのは、キャンプ地のほぼど真ん中に位置する二人用のテント。子どものギンチョと平均身長の千影の二人で使うにはかなりゆったりめだ。床には厚めのクッションが敷かれていて、それなりに快適にすごせそうな感じ。もはや寝袋には慣れている。


 とはいえ、ここはセーフルームのように機械生命体による秩序維持はなく、あくまでも数人の管理人と個々のプレイヤーたちのモラル次第なところがある。よく小競り合いや窃盗なんかが起こるという噂もある。

 トラブルなんてまっぴらごめんだ。知らない人に声をかけられてもごはんをめぐんでもらったりほいほいついていったりしないように、というルールをギンチョに徹底しておく。


 夜になり、ぎらぎらとしたランプの明かりがそこかしこに灯っている。さっきよりも人が増えてきた気もする。


「夕メシどうする?」

「にく!」

「愚問だったね」


 屋台はどこも結構混んでいる。〝キャンプ・セブン〟の利用者は一日平均で三百人前後らしい(ダンジョンウィキ情報)。そして出店している屋台はなぜかごちログにも星評価が載っている。おいしい店もあるらしい。


 まあ、ギンチョも量があって肉なら文句はないだろう。空いている屋台をさがして――


「早川くん?」


 いきなり呼びかけられてびくっとする。道端で名前を呼ばれるなんてめったにないので、驚きもひとしおだ。


「ああ、やっぱり早川くんか」


 振り返ると、知らない男が笑顔を向けている。背丈も年齢も千影と同じくらい、華奢で女性受けしそうなハンサムボーイ。プレイヤー向け製品大手・デイザーのロゴ入りの高そうなボティーアーマーを身につけているあたり、レベルもそれなりっぽい。ていうか、誰?

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