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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
28/222

4-5:切り札とGPS

 早川千影イズムは「小心」と「小賢しさ」に尽きる。そう自認している。それを最大の武器にして、今日まで生きてこれたから。


 バスで突如襲われたとき――最初からすんなり逃げるつもりなどなかった。


 相手がプレイヤーなら追いかけてこれる速度で走り、あえて人気の少ないこの一帯までおびき寄せた。マラソンはそのためのふるいだった。


 襲撃者がプレイヤーでなければ無事逃げおおせ、あとは明智なり警察なりに任せればいい。相手がプレイヤーで、かつ自分で対処できそうなら、ここでカタをつける。そのほうが確実に後顧の憂いを断つことができる、帰ってぐっすり眠ることができる。


 後者の可能性は高いと踏んでいた。レベル4を超える〝C〟なんてめったにいない。高レベルのプレイヤーは犯罪に走る必要などない(食い扶持はいくらでも稼げるし、〝C〟になった時点でダンジョンに潜れなくなるから)。そもそもそういうやつは銃なんて使わない。


 マラソン後の二人の息切れを見て、レベル2より上はないと確信した。話の中で、人違いではなく千影を狙っていると確認した。ならば逃げきることより、ここでこいつらを捕まえるのがベターだ。


 ただ、想定外だったのは――二人の襲撃者がドアホでドクレイジーなやつだということと、その印象とは裏腹に、かなり堅実な技術を持った強敵だという点だ。


 *


「ロビン!」

「イェアー!」


 握りつぶされた銃を躊躇なく捨て、即座に二人はナイフを抜く。千影の頭と足、計ったようなタイミングで同時に斬りかかる。


「んがっ!」


 とっさに【アザゼル】の両てのひらで受け止め、火花が散る。位置的に二人に挟まれる形になっている、跳躍して後退する。


 追撃が来る。息の合ったコンビネーション、躊躇のない刃の軌道。数秒しかもたない【アザゼル】はすでに解除され、身をよじるようにして二筋の切っ先をかわす。


 斬撃は正確に対角線上に襲ってくる。上半身と下半身、右半身と左半身。連携ってここまでスムーズにスピーディーにとれるものなのか、必死に回避しながら感心する。

 右に二歩ステップ。男が女の後ろに重なる位置になる。先に彼女を叩こうと踏み込もうとした瞬間、にやりとした女が上体をかがめる。その上を跳び越えるように男が迫ってくる。


「ヒィィィーハァァァー!」


 ナイフが千影の眉間――のあった場所を通過する。紙一重、背筋がひやりとする。千影はその腕を掴み、力任せに地面に叩きつける。まともに背中から落ち、男が息を詰まらせる。


「デーブ!」


 ナイフをとりあげるより先に女が斬りかかってくる。バックステップで距離をとる。その間に男も立ち上がる。


「ブルシット、こいつ、ブッチギリのモブフェイスのくせにつええじゃねえか」

「ヒューマンはルッキングによらないってやつネ、デーブ」


 ここまでの立ち回りで確信する。スピード的に、二人ともレベル2なのは間違いない。銃火器やナイフの扱いをみるに、対クリーチャーではなく対人寄りに磨かれたスタイルだ。


 レベル差を考慮すれば、一対一なら間違いなく勝てる。こちらには初見殺しのスキルもある。けれど、あの正確な連携はかなり厄介だ。手数が倍になったヘカトン・エイプを相手にしているような感じだ。

 銃火器をつぶした今、【ムゲン】で速やかに片方を無力化できれば、勝率は限りなく高くなる。あとはそのタイミングを計るだけだ。


「あんたら……誰に頼まれたの?」

「ワッツ?」

「僕を殺すってのは、誰かに頼まれたの? それともあんたらが自分で決めたの?」

「ハッハー! こいつはとんだアマチュアボーイだぜ、ロビン」

「ムチモーマイってやつネ、デーブ。プロフェッショノゥのワタシたちがクライアントのことをしゃべるわけないのにネ」

「あ、やっぱクライアントいるんか」

「あ、てめえ、ダマしやがったな! チェリーボーイのくせに!」

「ツルッツルのピッカピカのミシヨーヒンのくせニ!」

「うっせえ! もううっせえ! とっ捕まえてあの悪魔(明智)に引き渡してやる!」

「――むぐぅっ」


 背後で押し殺した声がする。ぞっとして、目の前の敵も構わず振り返る。

 リフトカーの横にギンチョと――もう一人いる。そいつがギンチョを後ろから片手で羽交い絞めにしている。もう片方の腕で口をふさがれたギンチョは、むぐむぐ言いながら足をばたつかせている。


「もういい」


 そいつ――黒いドーベルマン風の犬の覆面をすっぽりかぶったやつが言う。背は高いし男っぽい黒ずくめの服装だが、声からして女だ。もう一人仲間がいたのか。


「私がこの子を連れて帰る、それであなたたちの仕事は終わりだ。しばらくそいつの足止めをしてくれれば、あとは適当に逃げてもらって構わない」


 どうやってここに入った? 裏口は――ふさがったままだ。表口から入ってきたなら気づいたはずだ。気づけたはずだ。この殺し屋二人を相手にしながらも、意識のいくらかはギンチョのほうに配っていたのだから。


「ギンチョ!」

「むぐぅ」


 ギンチョの口を締めている腕には拳銃が握られている。


 最悪だ、人質をとられた。

 自分とギンチョ、二人とも無事にここを切り抜けられる確率はぐっと下がった。仮に自分が無事だとしても、ギンチョが無事でなければ結局終わりだ。


「オイオイ、その声、もしかしてクライアントさんかい? オレらのミッションのジャマをしちゃ困るぜ」

「そうヨ、デーブのユートーリだわヨ。ツミの数だけバラバラにして荒川のコイのエサにするギシキオブジャスティスが終わってないわヨ!」


 ロビンの無理難題は置いておいて、この犬マスクがクライアント――千影の殺害を依頼した人物か。


「私が依頼したのは人殺しじゃない、この子の確保だけだ。私は一刻も早くこの子を連れて帰りたい。今すぐにでも歯磨きさせて息ケアを飲ませたい」


 マスクでも防げないにんにく臭、は置いといて。どういうこと? 僕を殺すことが目的じゃなかったの?


 クライアントの目的は――最初からギンチョ?


 背後をちらりと窺う。殺し屋二人が戸惑って足を止めている。さっきの犬マスクの口ぶりからすると、ギンチョは千影を足止めするための人質ではないようだ。なら、いける。

 全霊を込めて一歩目を踏み出す。初速で一気にトップスピードまで加速する。犬マスクとギンチョまで約ニ十メートル。


「動くな――」


 気づいた犬マスクが声を張り上げる。拳銃を千影のほうに向ける。やっぱり。それをギンチョに向けて制止しようとはしない。



 スキルというのはそもそも、「ダンジョン光子」などと呼ばれる謎エネルギーが作用しているらしい。


 マンガに出てくるオーラみたいな、物理的な干渉力を持つ光の粒子の集合体で、プレイヤーはそれを射出したり熱エネルギーに変えたり、武器の形に具現化したりする。チビっこたちが憧れる必殺技がリアルな世界に現れたわけだ。


 千影の【ムゲン】もおそらくそのデタラメエネルギーの仕業だと思われるが、詳しい原理なんて千影自身にもわからない。


 そもそもダンジョン由来の物理法則なんて、地球人類には氷山の一角程度も解明されていない。アインシュタインが卒倒しそうな奇跡を注射器一本で起こせる不条理、それが赤羽ファイナルダンジョンだ。



 ――【ムゲン】。千影は頭の中でスキルの名前を呼ぶ。


 自分以外の、周りの世界の時間がスローになる。


 これは加速なのか、それとも周りが遅くなっているだけなのか。千影にはわからない。

 実際の事象として言えるのは、【ムゲン】を発動したとき、周囲の一秒が千影にとっての三秒になる、ということだけ。


 一秒間だけ三倍のスピードで知覚し、行動することができる。それが【ムゲン】の効力だ。


 銃口の向きと角度、トリガーが引かれるタイミング。それが三倍速の世界で認知できれば、レベル4の反射速度で回避するのは難しくない。太ももを狙った銃弾をかわす。もう一度トリガーを引く、それより先に千影の手が銃身を掴んでいる。


 同時にギンチョを拘束する腕を掴み、力ずくで引きはがす。突き飛ばすように腹を蹴り、落ちるギンチョをキャッチ。


 犬マスクが鉄骨の柱に激突すると同時に、千影の世界の三秒が終わる。


 元の時間的感覚に戻るとき、一瞬ながらラグがある。くらっとするというか、思考が鈍るというか。


 奪いとった銃を隅のほうに放り投げながら、現状を確認する。ギンチョをお姫様だっこしている。犬マスクはひしゃげた柱からずるずると滑り落ちている。向こうではあの外国人殺し屋コンビが硬直している。


 千影の心臓が強く跳ねはじめる。やっちまった感で冷や汗が止まらない。


 一刻も早くギンチョを――そう思ったら他の選択肢が頭から消えていた。頭に血が上っていた。軽々に切り札を切ってしまった。


 三十秒。【ムゲン】を使用したあと、次に使用できるまでのクールタイム。その間、なにがあっても切り札は手元にはない。どのようなピンチに陥ろうとも――。


 三秒経過。犬マスクはまだ動かない。力の加減ができなかった、背中まで貫通する勢いで蹴り抜いた。下手したらちょっとやべえ怪我かも。


 四秒経過。殺し屋コンビがなにかわめいている。距離もあってよく聞こえない。


 五秒経過。ギンチョがなにかさけぶ。


 とっさに上体をのけぞらせる、しかし――バキッ! 硬質な衝撃が左のこめかみを直撃する。倒れそうになるのをどうにかふんばり、数歩間合いをとる。

 犬マスクが起き上がっている。手にした銀色のワイヤーをひゅんひゅん回転させている。分銅のようなものが先についているようだ。


「おにーさん!」


 割られたこめかみから血が垂れる。本当は痛い、痛くて泣きたい。冷静さを欠いた悪手のツケだと思うと激しく後悔。


「その子を離せ」


 犬マスクの声にダメージは感じられるものの、それ以上に怒っている。


「あんた、この子のなんなんだよ」


 適当にしゃべりかけて時間を稼ぐ。あと二十秒くらい。


「その子を置いて逃げるなら手を引こう」

「オイオイ、コロシヤがターゲット目の前にしてゴーホームできるかよ?」

「デーブのユートーリヨ。キッチンでゴキブリ見かけてスルーできるノ?」

 あと十二秒。ゴキブリ呼ばわりのデジャブ。

「その子を奪い返したら、そのあとは好きにしろ」


 二人はニヒルに笑って口を閉じる。さんざん珍妙なスクランブル言語で無駄口叩いていたくせに、こういうときは時間を稼いでくれない。


 あと六秒。犬マスクの分銅が再び回転を始める。


 あと五秒。二人組がぐっと身をかがめ、地面を蹴る。


 あと四秒。千影はとっさにギンチョを背後に放り投げる。


 あと三秒。二人組の切っ先が迫る。


 あと二秒。千影は両手の【アザゼル】でナイフをはじく。


 あと一秒。分銅が頭上で煌めき、振り下ろされる。回避、間に合わ――


「――ばんっ」


 甲高い炸裂音とともにワイヤーがはじけ、ぱっと光が散る。


「ばん、ばん」


 動揺して動きを止めた二人組のナイフも、同じように派手な音とともにその手からはじかれる。


「……やっぱ便利だな、【ピースメーカー】」


 発声を合図に、指先からダンジョン光子の弾丸を射出するスキル。威力は低く射程も短いのでガチ勢向けではないが、連射が効くし対人戦にはめっぽう強い。


 そのスキルで高速で飛翔する物体や敵の得物を正確に射貫く、そんな化け物じみた芸当が可能な人物を、千影はたまたま一人だけ知っている。


「悪いね、立て込んでて遅くなった」

「……どうやってここがわかったんですか?」

「決まってんじゃん、GPS」


 そう言って、悪魔こと明智瑠奈はにやりと笑う。

短めですが、4話終わりです。

お読みいただきありがとうございます。


次からは5話です。引き続きよろしくお願いします。


あとよろしければブクマもお願いします。

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