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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
26/222

4-3:麺屋不時着、覚醒ギンチョ、そして

 トレーニング完了から一夜明け、六月二十六日、月曜日。


 そういえば、ギンチョがうちに来て一週間がすぎている。とりあえずどうにかなっている。やればできるもんだな、人間って。

 ギンチョの熱は朝も平温のままだ。もはや風邪ではなかったと判断していいだろう。これなら外に出ても大丈夫だ。


「じゃあ、ラーメン行こっか」

「やったー! いまからですか?」

「午後六時から開店だから、五時半くらいに出ようか。ちょっと並ぶかもだけど、覚悟しておいて」

「はう! ならぶのはさいこうのスパイスです!」

「おお、上級者のセリフ」


 一つ懸念がある。一番うまいラーメン屋、というギンチョを釣った謳い文句だ。


 連れていく店は決まっているが、あくまでそれは千影個人の評価と彼女の好みから推察したものだ。確かにごちログの星評価も高いものの、そもそも客層が他の店とは一線を画す。


 果たして、あの店にこんなチビっこを連れていっていいものだろうか。この一週間でおおよそ掴んだこいつの好みともマッチしそうな気がする。とはいえ、子ども受けする無難な他の店にしたほうが……でもそこまで詳しいわけでもないし……。


 ここへきてハードルを上げすぎたことが悔やまれる。ああ、ググール先生。友だちとかいる人はこういうの気にしたりしないんですかね? 普通の人は自分の好きなものを他人に勧めることに、無駄に勇気を要したりしないんですかね?


 そんな風にうだうだごろごろしているうちに、あっという間に夕方になっていく。五時には余所行きの服に着替えたギンチョが居間に入ってきて正座待機を始める。座敷わらしか。


 千影も腹をくくって早めに外出の用意をする。


   *


 ダンジョンプレイヤーの居住許可区域は、東京都北区、練馬区と板橋区と足立区の一部、埼玉県川口市と戸田市の一部に限られている。いわゆるダンジョン区なんて呼ばれる地域だ。


 活動許可区域となるともう少し広くなるが、それより外に出ようとするとダンジョン庁の許可が必要になる。地方から来た人はおいそれと実家にも帰れないということだ。


 ダンジョン景気で赤羽周辺の開発はかなり進み、都心まで出なくても大抵のものはそろうし、今の世にはアマゾフという超絶便利な選択肢もある。プレイヤーになって約一年半、千影は一度も北区の外に出ていない。だいたいみんなそんなものらしいけど。


 午後五時半、二人はアパートを出て北本通り――国道一二二号で王子駅方面行きのバスに乗る。二人並んで座っていると、はたからすれば珍妙なコンビに見えるらしい、周囲の人たちがちらちらと視線を送ってくる。主にというかほとんどギンチョのほうに。


 十分もせずに降車する。国道沿いから離れて東十条の住宅街のほうに足を進める。ギンチョのほうから手を差し出され、否応もなく手をつなぐはめになる。


 目的地まで徒歩三分ほど。ごく普通の住宅街の中にぽつんと佇む、いっそうボロっちい一軒家。玄関には暖簾がかかっている。


 〝麺屋不時着〟。その周辺は異様な雰囲気に包まれている。


 開店二十分前にして、近隣住居の塀沿いに並ぶ二十人ほどの屈強な客たち。その目の迫力はダンジョンのエレベーターホールで順番を待つプレイヤーたちにもひけをとらない――いや、普段は談笑しているカップル連れや親子連れもいるけど、なんか今日の客層はガチ勢が多い気がする。


「ごくり……」


 漂う緊張感にギンチョが喉を鳴らす。違うよ、ただのラーメンだよ。三郎系だけど。


 にんにくとギトギトのアブラ、くたくたに茹でられた大量のもやしとキャベツ、ぶ厚いチャーシューにごわごわした極太麺。ガッツリ系の金字塔、三郎ラーメン赤羽店が閉店してからというもの、この不時着が赤羽界隈の三郎系の頂点に君臨している。


 小学生の頃にたまたま一度だけ、千影は三郎ラーメン赤羽店に行く機会があった。それから中学卒業まではご無沙汰していたが、プレイヤーになってからは隠れサブロリアンとして月に一度くらいは三郎や三郎系に通っていたりする。


 本来なら子どもをこんな店に連れてくるのは気がひけるものだが、この店は比較的ライト層にも人気で子ども連れもたまに見るし、まあそもそも胃袋がアメフト部のギンチョだからいいかと思ったが、今日に限ってなんでこんなガチ勢ばかりなのか。ときどき近所からクレームが来るというのもうなずける。


「やっぱ、結構並びそうだね。だいじょぶ?」

「はう。ラーメンはにげません」


 もはや常連っぽいオーラをまとっている。このチョイスは間違っていないと確信。


 列の最後尾につき、開店から一時間近く経ってようやく入店。強面の店員に促されて食券を買い、ようやく席に。狭い店内ながら三郎系には珍しくテーブル席があり、そこに通される。


 コール(トッピング)は二人そろって「野菜少なめ、にんにく」。十分ほどで着丼。二人とも小ラーメンにしたが、それでも通常の店の大盛りくらいある。


「うほっ! これが……あかばねいちのラーメン……」


 目の輝きを見るに、ひとまず第一印象は上々のようだ。


「これは……まさに……にくとあぶらのげーじゅつ!」

「野菜も食えよ」


 念のため茶碗も借りていたが、ギンチョは口の周りをギトギトにしながらどんぶり直で食らいつく。勇敢にチャーシューにかぶりつき、れんげでアブラ入りのスープをすすり、ごわごわの麺をもちゃもちゃ咀嚼する。野菜をついばむときは唇が三ミリくらいに収縮する。


「はふはふっ! こんな、こんなつみぶかいせかいがあったなんて! まさにハイカロリーのとうげんきょうや!」

「関西弁」

「うおおォン、わいはまるでにんげんあぶらとりがみや!」

「そのネタどこで仕入れたの」


 千影の制止を振りきって汁まできちんと完飲し、ぷーっと満足げに天井を仰ぐ。見守っていた店員や他の客の盛大な拍手に、開けてはいけない扉だったのかもしれないと千影は戦慄する。


   *


 吐息がすっかりにんにくくさくなった美少女でも、丹羽や詩織は抱きしめてぷにぷにできるだろうか。


 歩く公害と化した彼女を連れて公共の乗り物を使うのも気がとがめるが、倹約家の矜持としてタクシーは使いたくない。しかたなく行きと同じ路線のバスに乗る。

 バスはそこそこすいていて、せめてもの遠慮として周りに人のいない後部座席に向かう。千影が窓際に詰め、ギンチョがその隣に座る。


「……じゃーいくかい、ろびん……」


 なにか、声が聞こえた気がする。


「……てんちゅーね、でーぶ……」


 周りに客はいないし、ギンチョはこくこくと船を漕いでいる。


「………………すりー…………」


 気のせいではない。


「………………とぅー…………」


 男の声、それに女の声。どこからだ?


「………………わーん…………」


 ――上だ。


 やばいと思ったときには身体が動いている。壁を蹴るようにして、ギンチョを抱えて反対の窓際まで横っ跳び。


 直後、ダダダダ! とけたたましい音とともに、千影がいた座席に無数のなにかが降りそそぎ、蜂の巣になる。


「ほえっ? はえっ?」


 ギンチョは状況を呑み込めていない。千影にもなにがなんだかわからない。他の客がこちらを振り返っている。


 千影のいた席には埃と煙が舞い、ぶすぶすと焦げたにおいがしている。わかるのは、このままではやばいということだけだ。

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