47:トレード先とチーム名
前回までの赤羽ダンジョン
・ギンチョとテルコが迎えに来たよ!
・リハゲに内緒で勝手にシリンジトレードしたよ!
・ギンチョの新スキル【キセキ】で千影完治!(毛根以外)
十月三日、水曜日。
先方から指定されたのは、ポータル地下一階、エレベーターホールの前という待ち合わせには周りに人が多すぎる場所。彼らはそのままダンジョンに向かうらしいので、その前に少しだけ時間をもらった形だ。
千影たち三人と一匹、普段着で犬連れ。ここでは浮きまくる、目立ちまくる。通りすぎる同業者たちの目が幾度となく向けられる。赤面不可避。約束の五分前になんて律儀に来なければよかった。早く来て、お願い。
「やあ、お待たせっす」
爽やかな声とともに現れたのは、脇腹に一対の腕を生やした【アシュラ】の多腕人間、もはや嫉妬も起こらない桁違いのイケメン、〝万能〟とあだ名される竹中万輝だ。右手を挙げ、残り三つの手もひらひらと小さく振っている。
彼の後ろには【ジャンドゥロール】を投与した熊の獣人のもふもふ系大男(蜂須鋼牙)、無意味に露出の多い装備の派手な女性(出雲美夜)もいる。実力も人気もトップクラスのチーム〝炭酸水の昼〟の面々だ。
ただでさえ牧歌的な浮きかたをした千影たちと、亜人二人を抱えたガチ系チーム。その邂逅に周囲がざわついている。
「ヨフゥの特別イベントのとき以来っすね。えーと……は、は、は……」
「早川です」
「ああ、早川チハゲくん」
「千影です」
「ともあれ」
「(じゃねえよ)」
「にしても、偶然っすね。まさか【ダゴン】の出品者が君らなんて。お互いちょっと縁があるのかもっすね」
資源課に「トレード先にお礼の挨拶がしたい」と伝え、先方から相互連絡の許可をもらった。その相手がまさか〝炭酸水の昼〟だったとは。びっくりと同時になんか少し納得。
「ていうか、休憩スペースのほうでお話しますか?」
「ここでいっすよ。俺らこのままダンジョン行くんで」
そういうことじゃないんだけど。なんかどんどん人が集まってくるんだけど。なんて言える度胸もなく。
「あの……貴重なスキルをもらえたんで……会ってお礼を言えればって思って……それだけなんですけど……」
「わざわざどうも。つっても、トレードなんて誰でも普通にやってるんすから、そんな律儀にしなくてもいいっすよ。こっちだって貴重なアビリティをもらったんだし」
そんなもんなのか。まあそうだよね。
「ちなみに【キセキ】、そっちの誰が使うんすか? そっちのポーターのおチビちゃん?」
「あ、いや……まあ、そうですね……」
周囲がざわっとする。ごまかそうにも時すでに遅し。しかたない、〝ボブル〟の人たちの前で使ってしまったし、いずれバレることだ。
「おー、マジすか。史上最年少プレイヤーにして、貴重な回復スキル持ちっすか。ますます注目されちゃうっすね」
周囲がいっそうざわっとする。当人は千影を見上げて「ぐぇぷ」と朝食の生姜焼きくさいゲップをする。
本人に自覚はないだろうが、このあとまたネットであれこれ騒がれるかもしれない。九歳時にして【ベリアル】ばかりかスキルまで付与されてなどと(戦闘系でないのが救いか)。免許を交付したダンジョン庁やメンターの千影はいろいろ書かれるだろう。まあ、いずれ通る道だろうが。
「えっと……ありがとうございました。あんないいスキル、トレードしてもらっちゃって……」
「いやいや、問題ないっすよ。うちの美夜がすでに【キセキ】持ちなんで」
出雲がピンク色のマニキュアを塗った手をひらひらさせる。このチームで怪我を負ったら、このお姉さんのデロデロ体液で治してもらえるのか。短期留学制度とかないものか。
「それに俺ら、ここ最近【フェニックス】も【ウロボロス】も売るほど余っちゃって。だから別のスキルで上書きしちゃうのもありかってガチャ回したんすけど、まさかのダブリで。しゃーないからトレード出そうと思ったら【ダゴン】なんて超レアものが出品されてるんすもん、そりゃ興味出ちゃうっすよね」
トップチームの余裕っぷり。【フェニックス】難民からすれば羨ましい話。けれど言い回しが鼻につくのは過剰反応だろうか。
千影とプレイヤー歴はそう変わらないが、今や福島や直江と並ぶトッププレイヤー。超イケメンで超強いのに、そういうところも含めてなんかリスペクトしづらい。
「ちなみに、もらったやつなんすけどね。新入りに使ってもらおうと思ってるんす」
「新入り?」
「はい、一人と一頭っす。紹介するっすね」
蜂須の後ろから現れたのは、二十代前半くらいの青年と、イヌまんの倍はありそうな大型犬――シモベクリーチャーだ。
「牧村リクオ。まだレベル3だけど、将来有望な後輩っす」
「どうも、牧村です。よろしくお願いします」
「あ……どうも……」
この短髪で爽やかな人が【ダゴン】を使うの? 腕ニョロニョロになるの? 想像すると顔が引きつりそうになる。
「そんで、こいつがうちのマスコット、アーサーっす」
「フォンッ」
シモベの息の塊を吐き出すような鋭い鳴き声に、千影たちは思わずびくっとなる。というかこのアーサーくん、よく見ると犬ではない。すらっとした四本の脚、長い首、尖った鼻先――シルエット的にイヌまんとは対照的なイケメン系の犬かと思いきや、真っ黒な身体は毛ではなくつやつやとした爬虫類の肌だ。ちろちろと覗く舌も二つに割れているし、尻尾も恐竜みたいに長く尖っている。
「リザードドッグって勝手に名づけちゃったっすけどね、アーサーは立派な猟犬なんすよ。まだ生後一カ月っすけど、こないだレベル2相当のクリーチャーを単独で狩ってきたし。俊敏で牙も鋭く、賢くて命令に忠実。なによりすらっとしてイケメンっしょ? まさにうちのチームのために生まれてきたようなシモベっすよね」
イヌまんが一歩前に出る。合わせてアーサーもにじり寄る。しゅっとしたイケメントカゲ犬が見下ろす。もっちゃりしたデカパグが見上げる。両者が数秒無言で睨み合う。
シモベクリーチャー同士の顔合わせ。なにが起こるのだろう、と周囲が固唾を呑んで見守る。
そしてイヌまんがさっと目を逸らし、ふんっと鼻を鳴らしながら無言でギンチョの後ろに戻る。「負けんな」「ビビんな」「今日はこんぐらいにしたる感出すな」と周りからツッコミが飛ぶ。
「その子が噂の君らのシモベっすか。あはは、可愛いっすねー。バウちゅ~るあげたら喜びそうな感じっすねー」
皮肉だとしても正解すぎる。
「そっちのシモベはなにができるんだ?」
バリトンボイスで尋ねてきたのは蜂須だ。竹中ほどではないが、上から目線感は明らかだ。
「イヌまんは【ギャンほー】うてるです!」
「ギャンって吠えるんだぜ! クリーチャーだってカミパニックだぜ!」
ギンチョとテルコが拳を握って食ってかかる。「イヌまん……」「ぎゃんほー……」「そら吠えるだろ、犬だもの……」。
竹中は千影たちをじろっと見回し、肩をすくめてやれやれという風に首を振る。
「なんつーか……君らは楽しそうっすね。チームで仲よさそうだし、可愛いペットもいて」
「イヌまんはペットじゃないです! チームのなかまです!」
「おうコラ、ケンカ売ってんのか? トレードしてもらったのは恩に着るけどよ、こないだジャンケンでギンチョを泣かしたの忘れてねえぞ。今度はオレも一緒にやるからな、腕四本で互角だぞ!」
ジャンケンのリベンジはいいから。変なルールになってるから。
「いやいや、そんなつもりはないっすよ。ただ……こっちはだいぶマジでやってるんでね」
竹中の表情が変わる。雰囲気が変わる。目が鋭くなり、まとう空気が鋭くなる。ギンチョとテルコが一歩あとずさる。
「ダンジョンは命がけの世界だ、子どもの遊び場じゃない。俺らはそこでトップをめざしてやってきた。誰よりも強くなって、誰よりも深く潜り、誰よりも早く最深層にたどり着く。俺らはそれに全部賭けてるんだよ」
いつの間にか「織田の真似口調」が抜けている。これが彼の素だ。
「知ってるかい? 福島さんが再生させた織田さんのこと。あれから一月以上も経つってのに、あの人まだ一度もダンジョンに入れてないそうだ。レベル0に戻って、ダンジョンでの記憶も経験もゼロになっちまったんだもんな。人類最強の伝説も〝ヘンジンセイ〟ももうおしまいさ。これからは新しい時代だ。俺らがその先頭を走る、俺らにはその覚悟がある」
千影たちだけではなく、集まっている他のプレイヤーたちにも語りかけている。自分たちの意志を知らしめるように。その覚悟とやらを誇示するように。
「牧村、ここでいい。みんなが見てるほうがむしろいい。やっちゃおう」
「はい、竹中さん」
新人・牧村が前に出る。衆人が見守る中、彼は銀色のシリンジをとり出し、迷いのない動作で自分の腕に押し当てる。
それがなんなのか、彼がどうなるのか、千影たちだけは一足先に理解している。けれど、それがなぜ目の前で行なわれているのか、なぜこんな大勢の前で行なわれるのか、理解できなくてただ呆然とするしかない。
「くっ……おおっ……?」
シリンジが落ちて床に転がる。牧村の手がぶるぶる震えている。そのてのひらから肘に向かって亀裂が入り、ばくっと音をたてて三つに割れる。
ひっ、と誰かが声を詰まらせる。
牧村の顔が苦痛に歪む中、ごぎぎ、ごぎぎ、と骨の砕けるような音が続く。皮膚の表面がぐにゅぐにゅと変質し、ピンク色に染まっていく。得体の知れない体液がぼとぼとと落ちる。
やがて変化が収束していくと、牧村の腕はすっかり変貌している。三本ずつ、計六本の触手に。
野次馬たちはドン引きしている。予期していた千影も、全身鳥肌が立つのを抑えられない。これが【ダゴン】の触手。ネットより実物はもっと生々しくて、断然グロい。
「牧村、どうだい?」
「……いやー、すごいですよ。自分じゃないみたいです」
牧村は額に浮かんだ汗を触手の一本で拭ってみせる。今さっき生えたばかりなのに、すでにくねくねと動かしている。
「思ったよりちょっと重いですね。もっと自在に動かすには慣れが必要かも。早くダンジョンでいろいろ試したいですね」
千影は理解できない。
いやいや、なんでそんなに平然としていられるの? ちょっとイメチェンしましたくらいの感じでいられるの?
他のアビリティで上書きできるかもわからないし、アビリティ無効化の手段も見つかっていないのに。ヘタしたら一生そのままなのに。
「君たちが【ダゴン】を手放そうと思った気持ちは理解できるよ」
千影の引きつった顔を、竹中はふっと鼻で笑う。触手を右側の手で触れ、握り、うっとりとした目で見つめる。
「確かにこれは、人間を捨てた者の姿さ。俺や蜂須もそうだけどね。だけど、これが俺らの覚悟だ。ダンジョンをクリアするためにはバケモンにだってなる。命はダンジョンで燃やし尽くすために使う。人並みの人生なんかに未練はない。俺が手当たり次第に女の子と遊んでるように見られんのも、それができるうちに今を精いっぱい楽しんでるだけさ」
「いい風に言うな」「スケコマシが」「また文冬砲くらうぞ」と小声で野次が飛ぶ。
「まあ、なにが言いたいかってね。君らは君らで楽しくわいわいやってればいいんじゃねってことさ。俺らは【ダゴン】の力も借りて、もっと先に進む。もっと深く潜り続ける。君らはまあ、俺らの足を引っ張ってくれなきゃいいからさ」
高圧的、居丈高、唯我独尊的な物言い。
千影たちだけに向けられた言葉ではないことは明白で、周りの人たちも顔をしかめている。それでも野次が飛ばないのは、プレイヤーとしてはごく真っ当な正論であり、それに見合う覚悟と実力が竹中たちにあるのがわかっているからだ。
こめかみにブチギレサインを浮かばせて食ってかかろうとするテルコを、千影は手で制止する。眉をひそめて唇を尖らせているギンチョとイヌまんにもうなずいてみせる。
「えっと……あの、全部おっしゃるとおりだと思います」
こういう人こそ、サウロンが求めていた人材なのだろう。変化を恐れない、危険を恐れない、ヒーローになれる器。それを実現する才能と意志。まさに世界の主人公的というか、時代を切り拓いていく人。
そこへいくと、真逆な存在、早川千影。彼らのような強い意思も高い意志もない。ロマンも冒険心もない。実力も才能もない。華もないしなんなら金もない。まさに圧倒的村人A。
ほんの数カ月前までなら、へらへら笑って「そっすね、サーセン、サーセン……」とすごすご退散していたところだろう。
「僕らは僕らのペースでやります。安全第一、生活大事、命最優先で……地道にせこせこやってくつもりです……だけど――」
――思いがけず、仲間というやつができてしまった。それをひっくるめてコケにされたままというのは、寝袋を差し引いても寝覚めが悪い。
千影は息を吸う。ああ、口にしたくない。だけど――引き下がるという選択肢がないのがつらい。現実的にも、自分を追い込む意味でも。
「僕らは……赤のエネヴォラを倒すつもりです。それがうちの……〝チームマシマシ〟の目標です」
こないだ決めたばかりだが。ついでにこのチーム名どうにかならんものか。




