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46:【キセキ】


前回までの赤羽ダンジョン

 ・大怪我ちーさんにお迎えが来たよ!

 ・ギンチョとテルコと明智さんだよ!

 ・飯田はクズだったよ!

 ・マコちゅんも実はアレだったけど、一命をとりとめて一件落着!?


「でもねえ……こっちは頭が痛いわ。ここから第二ラウンドだからね」


 明智がうんざりした表情でがりがりと頭を掻く。


「次から次へと面倒が降ってくる、終わりの見えない事後処理という悪夢。マスコミにも発表しなきゃいけないし、またプレイヤー犯罪かってバッシング起こるだろうし。テイザー社もブランドイメージの下落は免れないだろうな」

「大変っすね」

「他人事じゃないぞ。プレイヤー免許取得要件はますます厳しくなるし、現役プレイヤーの免許更新もいっそうめんどいことになるかもしれない」

「うへ……」


 それは嫌だ。来年の一月が怖くなる。


「まあ、タイショー」とテルコ。「よくわかんねえけどさ、とりあえず全部終わったんだから。うちに帰ってゆっくりしようぜ?」

「……だね」


 こうして三人が迎えに来てくれたことだし、早く怪我を治しておうちに帰りましょう。帰りたい。というか、早く治してもらいたい。


「あの……うちには【フェニックス】の備蓄がなくて……明智さん、持ってきてくれたんですよね?」

「ああ、一応な」

「(一応?)あの……それってクエストの報酬から天引きってことにはなら……ない……ですよね?(完全に足出ちゃう)」

「当たり前だろ。全部こちら持ちの経費だ。でもまあ……必要ないかもな」

「へ?」


 明智がギンチョとテルコに目を向ける。二人はなんだかもじもじしている。


「あのよ、タイショー。一個謝っとくことがあってさ……」

「へ、なに? なに?(嫌な予感)」

「タイショーが大怪我したって聞いて、それで……ギンチョがガチャしたシリンジだけど、トレードしてきちゃった」

「……は?」

「勝手に決めちゃって悪かったけどさ、ギンチョがそれでいいって」


 目の前がぐわんと歪み、身体から力が抜ける。マジで? マジかー? マジですと?

 超レアシリンジの【ダゴン】と消耗品の【フェニックス】でトレード?

 いやいやいやいやいやいやいや。嘘でしょ。嘘って言って。


 そりゃ【フェニックス】も大事っちゃ大事だけど。結構そのへんで拾えるのに。別に命に関わるような怪我でもないのに。

 わざわざレアシリンジを手放してそれもらっちゃうって? ってか【ダゴン】売ったら何本【フェニックス】買えるのよ? 明らかに不当だってそのトレード。今すぐクーリングオフしたいから電話番号教えて。


 せめて【ウロボロス】ならまだ値段的に釣り合いとれるけど、捜査課が出してくれるって言うんだからさ、そこは好意に甘えとこうよ。なんでリーダーに相談しないで決めちゃうのよ。リーダー不在でしかも遠方でフルボッコって、そりゃ僕も悪いってか僕のためってのもだけど。ああああああああああ。


「……その【フェニックス】……持って帰ろう……家宝にするよ……一生大事にするよ……」

「いやいや、【フェニックス】なんて一言も言ってねえって。さすがにオレら、そこまでバカじゃねえって。これだよ、トレードしたの」


 ギンチョがリュックからシリンジの小箱をとり出す。ドラッグシリンジの銅色――ではなく、金色――スキルシリンジの箱だ。


「え、え? スキルとトレードしたの? できたの? マジで?」


 一気にテンションが上がる。頭に血が昇ってちょっとくらくらする。


「トレードを申し込んできたやつと連絡とれなくてさ、ここまで来るのに遅れちまった。ほんとは昨日の夜には来たかったんだけどさ、待たせちまってごめんな」

「いや、それはいいんだけど。ってかスキル? なんの?」


 千影の慌てっぷりを見て、〝ボブル〟の人たちがまた集まってくる。

 ギンチョが箱からシリンジをとり出す。ジャージの左腕をまくり、金色に煌めくそれの先端をそこに押し当てる。


「テルさん、いいですか?」

「いいぜ。やっちゃえ、ギンチョ」

「え、え、ちょま、ちょま」


 やっちゃえじゃなくて。まず説明してほしい。なんのスキルなの?

 ぷしゅ、と空気の漏れる音がする。中身の液体が、出産するウミガメ並みに顔を引きつらせたギンチョの体内に流れ込んでいく。千影はあんぐり口を開けたまま、中途半端に手を上げたまま、ただ見守ることしかできない。


「ギンチョ、だいじょぶか?」

「はう、おわりました。ちくっともだいじょぶでした」

「嘘つけ」


 〝ボブル〟の人たちがひざまずき、祈りのポーズをとっている。「ああ、聖女様が新たなお力を……」「なんて神々しい光景……」。この人たち、思った以上に宗教だ。教祖は後ろでメロン食っているが。


「ギンチョ、使いかた、わかるか?」

「……はう、なんかわかります」


 ギンチョが千影にぬっと顔を近づけて、ばさっと毛布を剥がし、なんの断りもなくいきなり左腕の包帯を剥がしにかかる。


「え、ギンチョ、待って待って。おにーさんものすごい痛い怖い」

「だいじょぶです、まかせてください」


 紫色に腫れ上がった前腕。鬱血しまくった手首。自分の身体ながら正視に耐えない。ギンチョも泣きそうな顔になっている。


「……だいじょぶです、わたし、やれます」


 ギンチョが手をかざす。そこでようやく千影も思い至る。もしかして、そのスキルって――。


 下に向けたてのひらから、緑色の液体がにじみ出る。ねっとりしたそれが千影の腕にかかり、デロデロと広がっていく。その色味と肌触りと生温かさで、「ぎゃわわ!?」と思わず悲鳴が漏れる。イヌまんもなにごとかと目をひん剥いている。


「え、あ……マジか……」


 触れたそばから液体が肌にしみこんでいき、びりびりと痺れるような感覚がある。鬱血した箇所がじわじわと元の健康な色に戻っていく。痛みもゆっくりと引いていく。肉の奥でバッキバキになっていた骨が徐々に修復されていくのを実感できる。


「ちーさん……どうですか……?」

「……うん……治ってる……すげえ……」


 【ウロボロス】ほどの即効性はないが、想像以上の治癒力だ。デロデロねっとり緑色なのはともかく。


「これってもしかして……【キセキ】?」

「なんだよタイショー、知ってんのかよ。さすがダンジョンヲタだな。びっくりさせてやろうぜって話してたのに」


 いやいや、びっくりしている。めっちゃ興奮している。

 結構レアなスキルだし(レア度A)、もちろん実物を見るのも初めてだ。


 【キセキ】。治癒効果のある液体をてのひらから発生させる、数少ない回復系スキルの一つだ。MiracleではなくKisekiなところがいい。サウロンわかってる。


 〝ボブル〟の人たちが拝みながら泣いている。「なんて尊い光景なんだ……」「なんという労りと友愛だ……」「我らのデロデロ聖女様……」。インチキ教祖ですら目尻を拭いながらうんうんとうなずいている。


「にしても、よくこんな……レアなスキルがトレードに……」


 単純にレア度だけなら【ダゴン】のほうが上だが、貴重なスキルをトレードの弾にしようなんて。そうまでしてほしいのが触手ニョロニョロなんて。奇特なプレイヤーもいたものだ。


「タイショーたちがダンジョンに行った日、オレとギンチョはそのままポータルに残って、二人が帰ってくるのを待ってたんだ。居ても立ってもいられなくてさ、ベンチで寝っ転がって、食堂でランチして、通りすがりのニーチャンたちとジャンケンしたりしてさ」


 それを人は暇と言う。


「そんでシゲンカ? に行って、パソコンでギンチョのトレード候補のやつをチェックしたんだ。新しい申し込みの中にそれがあって、オレもちらっと聞いたことある名前だったから、ちょっと気になっててさ。次の日にアケチのネーサンから連絡があって、タイショーがダンジョンで大怪我して動けないって聞いて。それでギンチョと話し合って、ギンチョがそれにしたいって言うから」

「ギンチョが……」


 本人は黙々と、千影の腕に液体をじわじわとしみこませ続けている。床にこぼれ落ちたそれを、イヌまんがくんくんと嗅ぎ、舌先でちろっと舐めてみる。「ひぃんっ!」と電気が走ったみたいにぶるっと背中を震わせる。まずいらしい。


「そんでシゲンカにショーニンの連絡をして、向こう側の人のジュダク? を待ってたんだ。それが今日ようやく来て、シリンジを受けとって、そのままネーサンと一緒にここまで来たってわけさ」


 話している間にも、腕の治癒はだいぶ進んでいる。鬱血の跡は薄くなり、裂傷や擦過傷も引いていく。肉の奥でうずいていた痛みもほとんどなくなっている。


「うん、ありがとう、ギンチョ。腕はもうだいじょぶそうだ」

「はう。じゃあ、つぎ……」


 額にびっしり汗を浮かべながら、ギンチョはいそいそと千影の胴体に巻かれた包帯をとろうとしている。


「いいよ、そんなに慌てなくても。スキルって体力使うから。少し休憩して、エナジーポーションで補給しないと」

「……ちーさん……」

「ん?」

「ごめんなさいです。トレード、かってにきめちゃって……」

「それはいいけど(ほんとはよくないけど)……でも、よかったの?」


 結果としては申し分ないトレードになった。【フェニックス】不足に悩むこのチームにとって、回復能力の獲得はこれ以上ないほどのプラスだ。


 けれど――これはギンチョ自身の望んだ形だったのだろうか。それともこの怪我のせいで、この子にそれを選ばせてしまったのか。後者だとしたら申し訳ない。


 ギンチョが顔を上げる。汗で額に髪の毛がこびりついている。それをジャージの袖で拭いつつ、にぱっと笑う。


「これで、やっと……みんなのやくにたてます、わたしも」


 気がつくとギンチョが胸の中にいる。

 治ったばかりの左手で彼女を抱え込んでいる。肋骨の痛みがあとからやってきて、それで自分のしでかしたことに気づく。


「あ……ごめん……」


 腕を離すと、ギンチョは火照った顔でもじもじしている。テルコはにやにやしている。イヌまんも口の端をにひっと曲げている。


「……聖女様を……我らの聖女様を……」


 後ろで〝ボブル〟の人たちがざわつきはじめる。


「……ロリコン……ロリコンだ……」

「……危険だ……肥溜めゾンビよりも汚らわしい……」

「……守らねば……聖女様をロリコンの魔の手から……」

「明智さん、あの人たち犯罪しそうなんで逮捕してください」

「あたしの中であんたも立派な予備軍になってるから」

「ぐぬぬ」


「とあるプレイヤーの事件編」、これで完結です。

次回、「シモベクリーチャーすくすく成長編」から始まった実質5章のエピローグに入ります。


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