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41:遭遇


前回までの赤羽ダンジョン

・まだまだ殺人(未遂)犯追うよ!

・ゾンビだらけのシンデ○ラ城で久々にエセカルトサークルと会ったよ!

・犯人の目撃証言ゲット!お城の上階へ追いつめるよ!

 〝ボブル〟のねぐらを出て、彼らの証言を元に奥へと進んでみる。三十分ほど進んだところで、「イヌまんくん?」と服部が声をかける。千影が振り返ると、イヌまんの顔が膨張している。それ以上進むのを拒むように、服部の握るリードを引っ張り返している。首輪で顔周りの肉がむにっと圧縮されてロックフラワーみたいになっている。


「……イヌまん?」

「わふっ」


 イヌまんが右の廊下のほうを向いて吠える。こっちだ、と言うかのように。


「……もしかして、そっちから飯田のにおいがするとか?」

「わふっ!」


 マジか。ここへきてイヌまんの鼻が復活。というより、飯田のにおいが近いということだろうか。

 服部たちを振り返る。三人は太もものホルダーから拳銃をとり出し、セーフティーレバーを下ろしてガチッとスライドを引く。アンデッドには効果の薄い武器、それが向けられる光景を想像して、千影の鼓動が速くなっていく。

 やがて大きな広間に出る。高い天井にシャンデリアがぶら下がり、ぼろぼろの赤いカーペットが敷かれ、等間隔に柱が並んでいる。その先に大階段があり、三階へと続いている。イヌまんはそっちへ上ろうとしている。


「やっぱりそっちなの?」

「わふっ」

「……(嫌な予感)」


 上階は貴族や王族の領域という設定でもあるのか、同じ廃墟でも装飾品の類は下よりも派手で上等そうに見える。廊下も無駄に広い。危険地帯だからか、人の気配はしない。四人と一匹の足音がやけに響く。


 服部に指摘され、飯田たちに気配を悟られないよう、足音を忍ばせて歩くことにする。一階で遭遇したやつより頭一つぶん以上でかい天然フランケン、真っ黒な骨のジョージ・スケルトンなど、教祖の言葉どおり明らかに強化された個体がうろついている。千影の【ロキ】とイヌまんの鼻でいち早く察知し、なるべく戦闘を避けて進んでいく。


「……風……」


 床の崩落した大穴だらけの広間を抜けたところで、びゅうっと強めの風が頬をかすめていく。イヌまんが低くうなっている。廊下の先を睨みつけながら。

 ぽっかりと扉のなくなった枠をくぐり抜けると、がらんとした中庭に出る。欠けた石畳の上は砂利に覆われ、枯れ木が並び、誰かを模したはずの石像は胸から上が崩れている。強い風が吹き抜けていく。濃紺色の不吉な空が少しだけ近く感じる。


「わふっ!」

「……え?」


 囲みの壊れた噴水の水辺に、しゃがみこんでいる男と女がいる。なにか衣類を洗っていたようだが、手を止めて千影たちのほうを振り返っている。


 視線がぶつかる。そのままほんの一秒か二秒、時間が止まる。


 それから千影の心臓が一気に跳ね上がり、全身を叩くかのように脈動する。


「……いた……マジでこんなとこに……」


 男は面長で糸目、写真よりも神経質そうな印象。真ん中分けの髪、痩せ気味の体躯。薄汚れたプレイヤー用ジャージ、足元には予備の装備と思われる剣鉈。

 女は栗色の長い髪を後ろで束ね、写真よりもずいぶん頬がこけて病的に青ざめている。ブラウスに水色のカーディガンにデニムジーンズ。

 間違いない。飯田浩二、その妻の弥生。

 マジでいた。こんなところにいた。イヌまんすげえ――。


「飯田浩二!」


 服部がさけび、ホルダーから拳銃を抜く。加藤、青山もそれに倣い、三つの銃口が呆然としたままの飯田へと向けられる。


「ダンジョン庁プレイヤー犯罪捜査課です。あなたには殺人未遂の容疑がかけられています。地上までご同行願えますか?」


 銃を構えたまま、三人がじりじりと距離を詰めていく。

 飯田がゆっくりと立ち上がる。弥生も。


「……なんでここが……こんなに早く……」


 飯田は目を剥いている。身体ががくがくと震えている。


「動かないでください。我々には発砲の用意があり、必要となればあなたを射殺する権限もあります」


 刑事ドラマ的な緊迫シチュエーションだ。ドキドキ。

 飯田が妻に向けてなにかをつぶやく。と、いきなり彼女の後ろに回り、がばっと肩を抱えて拘束する。


「く、来るな! それ以上近づくな!」


 ヒステリックにさけびながら、空いたほうの右手で妻の首にナイフのようなものを突きつける。小振りのナイフだ。こっそり持ち込んだものか、それともダンジョン内で調達したものか。


 ――()()()()()()()()()()


「自分がなにやってんのかわかってんのか!」と加藤。

「てめえの嫁に刃物向けてんじゃねえぞ!」と青山。


 頭を縮こませ、妻を盾に完全に銃口から隠れる飯田。青ざめたまま悲鳴をあげることもできない飯田弥生。銃を構えたまま、歯噛みして足を止める捜査課三人。


 マジか。こんな二時間ドラマみたいな光景に実際に遭遇するとは。


「諦めなさい」服部が声を押し殺して言う。「こんな状況で粘ったところで、事態はなにも好転しません」

「そこで止まれ! 僕は悪くない、悪いのは……」

「止まります。だから落ち着いて。なにか主張したいことがあるのなら、地上の安全な場所で気の済むまで聞きまs――」

「うるさい! 今すぐ消えろ、僕らはここで暮らす……誰にも邪魔させない!」


 マジで? どうすんのこれ。膠着状態ってやつ?

 撃っちゃうの? それとも逃しちゃうの? 人質どうすんの?


「わふ……」


 イヌまんが千影を見上げている。まん丸い目をぱちぱちして、ふんっと鼻を鳴らす。


「……そんな目で見るなって」


 今やろうと思っていたところなんだから。

 千影はイヌまんのリードを握ったまま、服部たちより前に出る。


「なんだお前……?」

「早川さん、ちょっと……」


 服部に呼び止められても、千影は下がらない。


 犯人の逮捕に関しては一切手伝わない、千影自身から提示した約束だった。下手なことして怪我したり犯人に逆恨みされたりとか、そういうのは勘弁だったから。

 けれど、飯田の顔を見てからずっと、胸がむかむかしていた。握りしめた拳が痛いほどだった。

 まったく自分らしくない。だが――一発かましておかないと、たぶんすっきりしない。


「と、止まれ! その犬も、こっちに近づけるな!」


 千影は足を止める。飯田との距離はだいたい十メートル。歩きながらのチャージ、まだ十秒ちょいだろうか。


「えっと……すいません……イヌまん、ちょっと下がってて」

「わふぅ……」


 リードを手放すと、イヌまんは下がらずにその場にぺたんと尻を落とす。こいつなりの勇気づけのつもりなのだろうか。


「あの……早川って言います。マコちゅんの……知り合いですかね……?」

「……だからなんだ……」


 千影は一歩、もう一歩と、ハンズアップしたままゆっくり距離を詰めていく。がんばって眉間にしわを寄せて険しい顔をつくっているが、実際は心臓バクバクで足ガクガクで涙目だ。


「お前……あいつの……あの女のなんなんだよ?」


 簡潔に言えば「二・三度話したことがある程度の知人」だ。つまり「なんでもない」。


「うーんと……別にそんな、大した仲でもないんですけど……」


 遠距離攻撃のコントロールの悪さは、これまでの経験でちゃんと自覚している。正確にあそこを狙うとしたら、五メートルくらいまで近づきたい。あと一歩、もう一歩――。


「止まれ、それ以上来るな! こいつをこ、こ、殺……」

「はわわ、わかったです。じゃなくて、わかりました」


 思わずギンチョ語になりかける。慌てて足を止め、腰から小太刀を鞘ごと外す。


「あの……これ、刀、下に置きますんで……」


 ゆっくりとしゃがみながら、飯田から目を離さず、頭の中でイメージする。軌道、腕の太さ、スピード……ほんの数秒の中で、何度も何度も繰り返す。チャージはじゅうぶん。

 石畳に片膝をつく。左手で〝相蝙蝠〟をそっと置き、右手を床につける。


 ――【ラオウ】。

 ボッ! と爆ぜる音とともに地面から飛び出す光の腕。

 細く長くと念じて出現させたそれが、ぎゅんっとカーブを描き、人質の胸元すれすれを横切り、ナイフを握る飯田の手を殴りつける。


「あっ――!?」


 飯田の腕が身体ごと大きくはじかれる。ナイフがくるくると宙を舞う。

 ドンピシャ、まったくもって狙いどおり。

 笑いそうになるのを堪え、千影は太ももとふくらはぎを伸縮させ、全力で突進する。踏みしめた石畳が砕ける。


「らああああっ!」


 自分でもよくわからないおたけびとともに突っ込み、飯田の両腕を鷲掴みにする。【アザゼル】を発動、硬化した手をぎゅっと収縮させる。めきめきと軋む骨、歪む顔。


「はっ、放せえええっ!」飯田がさけぶ。

「こっちのセリフだっ!」千影がさけぶ。


 そのまま力ずくで両腕を広げさせ、三人もろともこんがらがって倒れ込む。弥生は横に投げ出され、千影が飯田を押し倒す形になる。男相手の不本意なマウントポジション。

 眉間に血管を浮かべ、目を血走らせ、歯を食いしばる飯田の必死の形相が目の前にある。


「なん……なんだよ……お前は……!」


 ごもっとも。この中でダントツの部外者。いや、イヌまんと並んで同率一位。

 単純な腕力だけなら千影のほうが上だ。両腕を拘束したまま、背中をのけぞらせ、頭を持ち上げる。


「マコちゅんと……一回メシ食っただけの、男だ!」


 頭を振り下ろす。飯田の無防備な鼻面に額を叩き込む。めごっ! と鈍い音が響く。無意味に広い面積は伊達ではない。額硬化の【ゴリアテ】がなくても、卑劣な人殺し野郎の鼻をへし折るくらいは余裕だ。

 飯田の鼻から血が噴き出る。後頭部が石畳にめりこんでいる。がくっと力が途絶え、動かなくなる。


 腕を放し、千影は尻をついて空を見上げる。ここの空の色はいつ見てもほんとに汚い、小学生の絵の具の筆洗いみたいだ。


「早川さん!」


 ぱたぱたと足音が聞こえる。服部たちが近づいてくる。

 加藤と青山は飯田の気絶を確認し、手錠をかける用意している。服部とイヌまんは千影のほうにやってくる。服部の顔が真っ赤だ。


「もう! 勝手しないでください! なにかやるなら伝えてもらわないと!」

「すいません……でも……」


 島津から教わった「ながらチャージ」。日々の特訓のおかげか、今では「片腕を固定した状態で歩いたり小走りしたり」くらいならチャージを続けられるようになっている。凡人にしてはじゅうぶんな進歩だ。

 可能な限り近づいて、チャージした【ラオウ】でナイフだけをピンポイントで撃ち落とす。やれる自信はあった。それが一番効率的で平和的だと思った。


「こっちも段取りがあったんですよ、約束どおり早川さんのお手を煩わせないようにって。それなのに自分からのこのこ首突っ込んで……なにかあったら責任とれるんですか!?」


 ごもっともすぎる。頭に血が昇っていましたサーセン。イヌまんがにたっと口の端を歪めている。説教をくらう主人をあざ笑ってやがる。

 服部の後ろに弥生が立っている。顔面蒼白で、膝が震えている。


「飯田弥生さん、ご無事でなによりで――」


 弥生はふらふらと寄りかかるようにして、手にしたナイフを服部の腹に突き立てる。


「……え?」


 服部は呆然として、よろめいて後ろに下がる。


「……あっぶね……」


 ――間一髪。とっさに割って入った千影の【アザゼル】がそれを受け止めた。ナイフはぽっきりと折れて石畳に落ちる。信じられないといった表情でナイフを見つめる弥生。


「ああああああああああああっ!」


 錯乱気味の絶叫。折れたナイフをがむしゃらに振り回し、千影たちを突き放そうとする。


「あなたっ! 逃げてっ! あなたぁっ!」


 耳障りなほどの金切り声。服部がその手を捕まえ、背後にひねって拘束する。


「……早川さん、すいません。助かりました……」

「……いえ、なんかそんな気がしてたんで……」


 おかしいと思ったのは、飯田が妻を人質にとったあのときだ。飯田が妻に向けてなにかささやいたあと、彼女を拘束した。そのとき、ほんの一瞬、妻が自分から夫のほうにわずかに体重を移動させたように見えた。


「まあ……人質をこんな危険な場所まで守ってきたっていうのも、おかしな話ですもんね……」


 首にナイフを突きつけられた状態でも、彼女は悲鳴一つあげなかった。助けを求めるそぶりもなかった。それで予感はますます強くなった。この状況は二人の合意によるものだと。


「でも、なんで……旦那は人殺しなのに……」

「あの人はっ! あの人はなにも悪くない! 悪いのはあの人を脅したあの女よ!」


 あの女――マコちゅん? 脅した――飯田を?


「……僕は……彼女を騙して辱めた」意識をとり戻した飯田が口を開く。「確かに僕は……最低のことをしてきた……だけど、心を入れ替えたんだ……弥生のために生きようって誓って――」


 飯田の言葉を遮るように、弥生が激しく咳き込む。演技ではなさそうだ。服部がその背中をさする。


「……なのに……今になってあの子が……だからもう、殺すしか……」

「……みなさん……」


 加藤がこわばった声で言う。視線が硬直している。

 一同がその視線の先に目を向ける。


 最初はプレイヤーかと思った。膝から頭まですっぽりと真っ黒なボロ布をまとった小柄な人影。音も気配もなく現れ、いつの間にかそこに突っ立っている。剥き出しの足にはなにも履いていない。


 風にあおられてフードがはだける。無造作に伸びた金髪がこぼれる。土気色の肌、こけた頬、色のない唇、干からびた枯れ枝のような首。


 こちらを向いた目は、眼窩にガラス玉を詰めたかのように、白目も黒目も真っ赤だ。千影たちを見て、左右に首を揺らし、唇の端をにたりと持ち上げる。


 人間ではない、クリーチャーだ。

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