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40:二層エリア9、廃城


前回までの赤羽ダンジョン

・犯罪者の追跡は続く

・イヌまんうっかり罠発動、クリーチャーズハウス初体験


 エリア9。荒廃した城下町と巨大な城。四六時中、紫色の空とぶ厚い雲が天井を覆う、薄暗くて不吉な雰囲気のエリアだ。

 千影としては、ここに飯田がいる気がしている。


「そうですね、同感です」と服部。「あの城、〝C〟予備軍やダンジョン定住者が結構いるみたいですから。城下町側は結構危険ですけど、城の中まで行っちゃうと案外そうでもないですし」


 千影も一度顔を合わせたことがある。予備軍というほどでもないが、風変わりな思想を持った連中だった。


 城下町側は二層屈指の危険地帯だ。原始的な飛び道具やプレイヤーが落とした武器を使ったりするねじ角コボルドや青ゴブリンなど、油断ならない敵がうろついている。正面から相手をするぶんには大して強くはないが、中堅プレイヤーでも不意打ちをくらえば大事故につながりかねない。プレイヤーの殉職率も高い。


 初めて訪れたはずなのに、本能的に感じとっているのか、イヌまんの足どりはいつになくそわそわと慎重だ。と思ったら足を止める。

 後ろ脚を片方上げ、放尿。尿意だった。こんなところを襲われでもしたら前代未聞すぎる。早く済ませてほしい。なにをいい顔して余韻に浸っているのか。


 飲んだら腹を壊しそうな濁った水が堀を満たしている。桟橋を渡って城側の領域に入る。

 そのままぐるっと城の裏側に迂回すればエリア10に行けるが、顔を上げたイヌまんはまっすぐ城のほうを見つめている。ちらっと振り返り、「わふっ」と鳴く。近いぞ、と告げるように。




 崩れた城門からカビくさい城内に入ると、そこでイヌまんが足を止め、きょろきょろと首を回し、「わふん……」と戸惑いの表情を浮かべる。


「イヌまんくん、どうしたの? おやつほしいの?」


 服部がしゃがみこんでバウちゅ~るをとり出す。イヌまんは「きゅうん、きゅうん」と甘えた声で催促しつつも、おやつ後も表情は晴れない。


「イヌまん、もしかして、ここだとにおい追えなかったりする?」

「わふん……」


 口の周りべとべとのまま、イヌまんはこくんとうなだれる。


 ここはちょっと独特なにおいが漂っている。カビのにおい、湿っぽいにおい、埃っぽいにおい、なんだか生ゴミっぽいにおい、アンデッド系クリーチャーの腐臭……いろいろと混ざり合ってえも言われぬ醸しかたをしている。それがイヌまんの鼻を邪魔しているということか。


「どうしましょう? とりあえずここに入ったっぽいですけど……」

「さがしてみましょう。ここまで来て引き返すわけにはいきませんから」


 とはいえ、ここは結構広い。後楽園ドーム十数個ぶんある。しかも三階建て。

 闇雲にさがすのもアレなので、ひとまずここに住んでいる人たちに話を聞きに行く。それには一つだけ心当たりがある。

 というわけで陣形変更。千影が先頭に、その横にちょこちょことついてくるイヌまん、リードを握るのは服部、殿に加藤と青山。千影の【ロキ】での索敵をメインにした陣形だ。二カ月ちょっと前に通った道を思い出しつつ歩きだす。


「わふぁーーーーーー!」


 間もなく物陰からのそのそとアンデッドが出てくる。にこにこゾンビ、ジョージ・スケルトンが二体ずつ、ついでにイヌまんの悲鳴に誘われてそいつらより若干強い天然フランケンが一体。前から思っていたが、ギンチョにしろイヌまんにしろ、さけばずにはいられないものか。


 〝いわゆるアンデッド系〟、正確にはそう呼ばれている。


 「腐ってたり骨だけだったりの肉体をなんらかの生命維持機構によって動かしている生物」ということで、定義上は本当に死体が動いているとは言いがたいらしい(北畠の見解が気になる)。その動力源となる部分――ゾンビの種類によるが、一般的には脳や心臓など――を破壊すればこいつらを無力化することができる。目の前のゾンビで言えば、電気信号を発して無理やり肉体を動かし続ける脳や神経系が急所に当たる。


 疲労も苦痛も知らないタフさ、加減の利かない馬鹿力。めんどくさい連中だが、動きが鈍いので城下町側のやつらより怖さはない。

 いや、怖い。キショい。乳首の部分に空いた穴からにょろっと毛虫みたいなのが出ているところとか悲鳴ものだ。


「ここに来るとインクリボンとタイプライターさがしたくなるよね」と加藤。

「こっちだとむしろナイフとか近接一択だよな」と青山。


 服部たちの持つ小口径の銃火器では相性が悪い。なので千影も手を貸す。いつもどおりキショいが、叩き斬る感触とか泥水色の体液とかいつまで経っても鳥肌だが、心を奮い立たせて一体ずつ処理していく。


「早川さん、そのお知り合いっていうのはどのへんに?」と服部。

「いや、実は知り合いってほどでもないんですけど……もうすぐです、あそこを曲がったところの部屋」


 二階に上がって瓦礫だらけの道を乗り越え、薄暗い廊下をさらに進んだ先に、人為的に瓦礫を積み上げられたバリケードのようなものがある。それを乗り越えると、がらんとした食堂のような広間に出る。壁にかかった飾りとかテーブルの配置とか、見憶えがある、ここに間違いない。


「あのー……すいません……〝ボブル〟のみなさん、ちょっとだけお話を……」


 気配でいるのはわかっている。自分のことを憶えていてくれたら、話くらいは聞いてくれるかなと。もう一声かけようかと思ったとき、するするっと衣擦れの音が聞こえてくる。


「……久しいな、聖女ギンチョの従者よ」


 薄汚れた白いマントを羽織った白髪だらけのヒゲ男。彼に続いてわらわらと、部屋の物陰から次々と隠れていたやつらが姿を現す。

 ダンジョン原理主義者――赤羽ファイナルダンジョンを崇め讃える人たちの新興宗教団体、〝ボブル〟。彼らは主にここで寝泊まりし、白マントの教祖に至っては何年も地上に戻っていない浮r――ダンジョン定住者だ。


「名はなんといったか。確か、ハヤカワ、チ、チ――」

「千影です」

「おお、チハゲ」

「千影です」

「なんでもいい」

「よくねえよ」

「同志たちから話は聞いている。貴様が暗黒面に堕ちた元同志・大和完介の歪んだテロリズムを打ち砕き、ダンジョンに巣食う悪しき亡霊・黒のエネヴォラを退治した〝赤羽の英雄〟の一人であると。我らの濡れ衣を晴らしてくれたこと、人とダンジョンを愛する〝ボブル〟の教祖として謝意を伝えよう。今後末永く、貴様に神たるダンジョンの祝福があらんことを――」

「あー……そういうのいいんで。あと普通に話してもらえます?」

「……つーかさ、お前なんでパグとか連れてんの? でかくね? ってかなんでまたD庁のやつ連れてくんの?」


 とたんにフレンドリーになるインチキ教祖。こんなことならお土産にフィレオフィッシュでも買ってくればよかった。


「いや、その……みなさんがどうのってわけじゃなくて……ちょっと聞きたいんですけど……」


 中年の男女二人連れがここに出入りするのを見なかったかと、細かいことは話さずに聞いてみる。察せられてしまいそうな気もするが。


「そんな新入りはいねえな、俺らの中にゃ。お前ら、見たやつはいるか?」


 信徒の人たちが顔を見合わせて首を振る中、一人がおずおずと手を挙げる。千影と年の変わらない若い男だ。


「たぶんだけど、昨日の昼すぎくらいにそれっぽい人たちが歩いてんのを見たよ。なんか夫婦っぽい二人、ダンジョンプレイヤーっぽくなくて怪しかったな」

「そのあとは……」

「さあ。奥のほうに進んでったけど、あんな装備でだいじょぶなんかなって」

「……ここにいるのは間違いなさそうですね」と服部。「エリア10に行くなら、わざわざ城内を通っていく必要はないですもんね」

「そいつらが何者か知らねえけどよ――」と教祖。「ここは俺らみたいな秘密クラブから〝C〟予備軍まで、ならず者どもの見本市さ。そういう意味じゃガラ悪いイメージだろうけどよ、呉越同舟ってな、意外と揉め事は起こらねえし、治安もそれほど悪くねえ。みんな他人や他のグループには無関心だからな、藪蛇しなきゃ絡まれたりすることもめったにねえ。ジメジメしててゾンビくせえ場所だが、ワケアリのやつが身を隠すにゃもってこいの場所なのさ」

「はあ(説得力)」

「ただな、こっから奥に進むとなると、クリーチャーに要注意だぜ。ゾンビ野郎どもは攻略法さえ知ってりゃ大して怖かねえが、特に三階に上がると、ちょいパワーアップした個体が出るようになるし、ごくまれにあいつが出てくる。実質このエリアのボス、神出鬼没のヴァンパイアキング……やつの黒いマントがちらっとでも見えたら、不感症のゾンビだって裸足で逃げ出すぜ。お前らもせいぜい気をつけるんだな」


 フラグを立てられた気もするが、出現確率は相当低いと聞いている。さすがにそこまでリアルラックに恵まれていないわけではないとは思うが――改めて気づかされる。


 いつも横にいる【ザシキワラシ】が、今はいない。


 なんだか背中がスースーして落ち着かなくなるのは、ここの空気が肌寒いせいだろうか。


2章「4-3:ダンジョン原理主義教団〝ボブル〟」に登場した新興宗教団体?のみなさんです。


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