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33:ダン科研での実験その3、イヌまんの必殺技


前回までの赤羽ダンジョン

・名探偵頭がピカチュウ、密室殺人未遂事件に挑む

・マコちゅんはどうやらプレイヤーに襲われたみたい


今回の赤羽ダンジョン

・それはそれとして、イヌまんの「ギャンッ!」を検証したいです


 九月二十二日、金曜日。今日は雨。


『はい、次行きましょう。早川さん、お願いします』


 ワイヤレスイヤホンから宮本の声がする。千影はイヌまんに指示し、防音ヘッドホンをつけて少し距離をとる。

 観測機器に囲まれたイヌまんが、後ろ足で立ち上がり、大きく息を吸い込む。背中が反り、胸が風船のように膨らんでいく。そして一瞬の静止のあと――


『ギャンッッッ!!!』


 ヘッドホンごしでもはっきり聞こえる。肌がビリビリしている。これで今日五発目だが、あとで内臓とか脳みそに異常が出ないか心配だ。イヌまん自身の耳も心配になる。


「イヌまん」

「わふっ?」


 当人は疲れてへたりこんでいるが、千影の声は普通に聞こえている。自分の耳には影響を及ぼさないような能力なのか、それとも生体的に耐性があるのか。

 とりあえずご褒美としてバウちゅ~る三本目を開ける。一応何種類か味を用意してきたが、こいつはその違いも気にせずとにかくむしゃぶりついてくる。「落ち着け」と千影がなだめる。お前が今必死に舐め回しているのは僕の指だ。気づいて唾を吐くな。


『早川さん、だいじょぶですか?』

「あ、はい。イヌまんも僕も。もう少し休んだら次行けそうです」

『承知です。五分後に六度目のテストに参りましょう。こちらから声をかけます』


 千影がスキルモルモットになったのとは別の実験ルーム。いろんなわけわかめの測定機材が千影とイヌまんを囲んでいる。声を浴びせる的として、数体のマネキンも設置されている。二階くらいの高さの位置に強化ガラスの窓があり、そこに宮本の頭が見える。ギンチョとテルコもそこにいる。


 あのPラーテルを悶絶させたイヌまんの咆哮。

 間近で受けた千影としても鼓膜がどうにかなりそうなほどのうるささを味わったわけだが、それにしてもPラーテルの受けたダメージは尋常ではなかった。単に音に弱い性質だったのか(マイルド・スタングレネードも効果があったし)、それともイヌまんのそれになにか特殊な要素があったのか。たとえば対クリーチャー特効性能みたいな。

 チームとしてこいつの能力を把握しておくためにも、そのへんはっきりさせておく必要があった。というわけで、四度目の訪問。困ったときのダン科研、教えて宮えもん。


「にしてもさ、タイショー、だいじょぶなのか?」


 二時間に及んだ検査が終わり、ヘロヘロになったイヌまんをギンチョが甲斐甲斐しくケアしているところで、テルコが千影に耳打ちする。


「ここって国の研究機関だろ? こんなところにギンチョやイヌまんをほいほい連れてきて、あいつらマジで信用できんのか? あのミヤモトってへらへらしたやつも」


 テルコは宮本とはなんだかんだ初対面だったりする


「まあ……全面的に信用してるわけでもないし、べったりするつもりもないけど……悪い人じゃなさそうだし、ある程度仲よくしといたほうがいざというときに助けてくれそうな気もするし……」


 ごにょごにょと言い訳じみている。というか言い訳だ。自分たちだけでイヌまんの力を測れればそれがベターなのに、それができないから猫の手もとい虎の手を借りている。そしてそれを正当化しようとしている。


「わかんなくもねえけどよ、あんまり信用しすぎんなよ。アケチのネーサンやヘビィみたいにいいやつもいるけどよ、組織ってのは甘かねえぞ」

「テルコが言うと説得力あるわ」


 食堂での食事も慣れたもので、おばちゃんにも「あら、また来たの?」と言われてしまう。ギンチョは例のこってりギトギトのスタミナラーメンをカスタム注文し、テルコも「じゃあオレも同じの!」と無謀にも追従する。リーダーとして一応止めておくが、本人は「ラクショーだっての」という見事なフラグ立てなので温かく見守ることにする。そして案の定である。

 休憩室に着くなり、顔面蒼白のまま畳に横になるテルコ。ギンチョを真似してスープまで飲み干すからである。

 テルコとイヌまんにブランケットをかけてやるギンチョ。というか今さらながら、なぜこいつは平気なのか。なぜあの胃袋へのパワハラの直後でお菓子をとろうと思えるのか。今まで放置していた深淵の疑問。そのへん解明できる日が来るのだろうか。


「なんかさ、すっかりここも君らのお昼寝スペースになりつつあるね。犬まで増えてるし」


 チーム全員で川の字になってお昼寝タイムだったが、宮本の登場で千影だけ先に目を覚ます。ギンチョとテルコはまだ眠っている。イヌまんの鼻ちょうちんが小玉スイカくらいになっている。


「つーかさ、テルコちゃんの言うとおりだと思うよ。あんまり俺らを買いかぶらないほうがいい。いつか裏切られて痛い目を見るかもよ」

「エスパー? それとも盗聴器?」

「残念。読唇術ですわ。心じゃなくて唇のほうね。学生の頃に勉強したんだけど、意外と便利だからオススメだよ」


 テルコが起き、「ほれ、ミヤモトが来たぞ」とギンチョとイヌまんを起こしてくれる。三人とも寝ぼけまなこのまま着席。寝不足に拍車のかかっていそうな宮本は少し羨ましそうにしている。


「えっと……ではイヌまんくんの吠え声の件、分析結果をお伝えするね」


 ギンチョとイヌまんがわくわくそわそわしている。たぶんすぐに眠くなるだろうが。


「チビっこもいるのでなるべくわかりやすく話すと、イヌまんくんのマジ吠え声――仮にロアリングと呼ぶことにするけど、早川くんの推測どおり、単なる『暴力的にうるさい声』ではない模様です。イヌまんくんの特殊能力、スキルと呼んでも間違いではないと思われます」


 イヌまんのスキル――必殺技みたいなニュアンスでいいのだろうか。


「具体的に説明するとね、イヌまんくんのすぐ隣にいた早川さんが受けた騒音レベルは百~百二十dB前後……近距離での落雷に迫る数値だった。ところが、イヌまんくんが狙いを定めた標的――すなわちPラーテルのときや今回のテストで『あのマネキンに向かって吠えろ』とやったときね、マネキンにとりつけた機器では計測できなかった。大音圧の計測器を持ってくればよかったんだけど、あれ結構高くて。つまり、少なくとも百四十dB以上――ちょっと考えられないレベルの音がそこにぶつけられたと推測されます」

「はあ(どゆこと?)」

「イヌまんくんは標的と定めた対象に、集約した音をぶつけることが可能ということだね。たとえば僕が百メートル先にいるギンチョちゃんに大声で呼びかけるとして、その声は空気を伝って拡散して、周りにいる人たちにも結構聞こえるよね。極端な話、イヌまんくんのロアリングは周りの人を無視してギンチョちゃんだけに直接音を届けるようなものってとこかな」

「実際は僕もだいぶうるさかったですけど……」

「そうだね、完全に集約させることは難しいみたいだ。早川くんたちが耳にしたのは、イヌまんくんがぶつけた音の余波みたいなものかな」


 あれで余波か。直撃を受けたらどうなるというのか。ちょっとぞっとする。


「ごほん、えー、音とは大気中を伝播する振動です。通常は水面の波紋のように拡散していきますが、それに指向性を持たせる研究はずいぶん進んでいるんです。ホームシアターのスピーカー、デジタルサイネージ、あるいは長距離防災無線とか。もちろん軍事にも応用されていて、LRADという装置が非殺傷兵器として使用されています。意外とエグくて、直撃くらうと嘔吐したり立っていられなくなったり、最悪だと聴覚に後遺症が出たりするそうです。それらと似たことを、イヌまんくんは擬似的に再現していると思われます」

「擬似的に?」

「つまり、例によって原理がよくわからないということだね。従来のそれらとは異なる方法で指向性を持たせているってことだと思うけど……もっと高い機器を使って精密に解析していけば、目星くらいはつくのかも」

「まあ、そこまでは……実用面でどんな感じかわかればいいんで……」

「そうだよね。わかってる範囲で補足すると、イヌまんくんのその小さな角、それも関係していると思われる。ロアリングをする際、微弱な電磁波が発生しているっぽい。僕の推測になるけど、その角からダンジョン光子による『音の通る道』をつくり、吠え声を集約してるんじゃないかと。その道の直線上にいる標的にだけ爆音をぶつけるみたいな」

「なるほど……」


 千影は息をついて背中をもたれる。考えてみると結構すごい能力だ。非殺傷型というのも使い道がいろいろありそうで面白い。スキルにしてほしいくらいだ。使うときはなるべく離れてほしいが。

 興奮を抑えつつ横の三人の反応を見る。ギンチョとイヌまんは無表情でビスケットを咀嚼し、テルコは頬杖をついて「それな」的に相槌を打っている。


「えっと……話聞いてた?」

「おかしおいしいです」

「つーかさ、日本語むずいんだよ。チェーゴ語で頼むよ」

「わふん」

「わふんじゃねえよ。お前のことだよ」

「要するに、イヌまんくんは『音の大砲』を撃てるということだね。くらった相手はうるさすぎて思わず悶絶する、超強力な必殺技だよ」


 ようやく三人の表情に輝きが戻ってくる。必殺技というキャッチーな単語が子ども心をくすぐったようだ。


「カッコいいです。イヌまんのひっさつわざ。【ギャンほー】ですね」

「なにそれ? ギャンホー?」

「ギャンってたいほうみたいにほえるから」


 ちょっと待ってほしい。そんな簡単に命名されても。結構大事よ、必殺技の名前って。


「カミいい名前だな! よかったなイヌまん、お前は【ギャンほー】使いのイヌまんだ!」

「わふっ! ぎゃふっ! ぎゃんふっ!」


 まあ、本人たちがそれで納得なら異論はないが。

 いや、ある。想像してみる。

 ダンジョンでクリーチャーと相対する緊張の場面。

 千影はさけぶ、「イヌまん! 【ギャンほー】!」。呼応するパグ。疑念しか残らない絵面。

 でもすでに時遅し。ギンチョとテルコは「ぎゃんほー、ぎゃんほー」とご満悦でイヌまんの身体を撫で回している。イヌまんもご機嫌ですりすりしている。決定を覆す余地がない。


 こうしていつものごとく、なんかぬるっと決まる。

 イヌまんの必殺技、その名も【ギャンほー】。

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