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30:事件

「……すいません……スマホの電池切れてて……」

『ダンジョン産のレアメタルの登場で、スマートフォンのバッテリーは一度のフル充電で丸一週間はもつようになった。君の機種が今年の春モデルだったのはきっちり憶えてる。そして君が、ゴキブリのごとく慎重で用心深い君が、ダンジョンの中とはいえ、マップ代わりにしているスマホの電池切れを起こすとは考えにくい』

「……すいません、嘘でした……疲れすぎてて見てませんでした……」


 はあ、と明智のため息が聞こえる。


『地上に戻ったのは今日か?』

「はい……ダン生研の人にクエストを頼まれて……」

『なるほど、チーム外の人間が証人か。ポータルにも帰還履歴は残っているだろうし、アリバイは成立だな』


 アリバイ? 今アリバイって言った? リアルでそんな用語を捜査官から聞いちゃった?


『お疲れのところ悪いけど、今出てこれるか? できれば君一人で』

「あの……ほんとに疲れてボロボロで……寝袋も今夜は僕を離したくないって……」

『今川真琴を知ってるな?』

「イマガワマコト……?」


 そんな知り合いいたっけ? 頭がうまく回らない。


『ユーチャンネラーの女の子だ。マコちゅんっていう。彼女の通話記録に君の番号があった』

「ああ……はい、ちょっといろいろあって……」

『彼女は今、意識不明の重体だ』


 思考が止まる。数秒の間、脳がからからと空転する。


「……はい?」

『昨日の夜、自室で首を絞められて気絶した状態で発見された。一命はとりとめたが、今も意識は戻ってない。犯人は捕まっておらず、赤羽北署が目下捜査中。被害者がプレイヤーだから捜査課(うち)も調べてるところだが、警察の情報待ちで動きづらくてね。って愚痴は置いといて。明日でいい、一人で来てくれ』


 なんと返事したか憶えていないが、通話が終わっても眠りはやってこない。



   ***



 九月二十一日、木曜日。


 ギンチョたちには「ポータルでいろいろ面倒な手続き」とか適当を言い、一人で家を出る。明智との待ち合わせ場所は、東口のクレアガーデン――アーケード商店街の裏にある喫茶店。初めて入る店だ。ひっそりとした空気、落ち着きのある古家具の調度、クラシック的なBGMがかかっている。一人ではまず入れない。

 明智も最近寝ていないようで、いつも以上に目つきが鋭い。というか悪い。怖い。席に着いて二秒でタバコに着火する。


「んで、今川真琴との関係は?」

「関係って言えるほどでもないんですけど……」


 彼女と初めて会ったときのこと、隠そうと思ったけどギンチョとイヌまんのこと、タマゴの取引の件など、知っていることは全部話す。どうせバレるだろうし、明らかにイライラモードのこの人の前で下手な嘘をつく度胸はない。


「なるほど。イヌまんの件は置いとくとして、あんたやギンチョは関係なさそうだな」

「……ほんとにあの人が……?」


 というか、正直まだ実感が湧かない。ネットニュースにも記事が出ていたし、彼女のチャンネルもにわかに話題になってコメントが増えていたが。

 まだ信じられない、あのマコちゅんが意識不明だなんて。殺しても死ななそうな彼女が。あんなに元気だったのに、タマゴを持ってこいだなんてふっかけていたのに。


「状況的には物盗りじゃなさそうだね。彼女のバイト先とか交友関係とか洗ってるところだけど、うちも警察も今のところノーヒット」

「えっと……具体的にどんな感じだったのか、訊いてもいいですか?」

「じゃあ、現場に行ってみるか。すぐそこだから。中には入れないだろうけど」


 注文したコーヒーを一息で飲み終えると、明智はすぐに席を立ち、二人ぶんの会計を済ませる。あとが怖いので千影は自分のぶんの小銭を明智に渡しておく。

 そこから徒歩五分ほど、南東に歩いたところにそのマンションはある。五階建て、小綺麗な白い外壁のごく普通のマンションだ。マコちゅんはここに住んでいたらしい。


「自室で倒れていた彼女を発見したのは父親だ。部屋を借りた際の連帯保証人で、数カ月に一度、彼女の家で会って直接仕送りを渡していた。事件当日がその約束の日だった」

 マンションの裏手は駐車場になっている。マンションの廊下が見える。

「一昨日の午後九時に彼女のうちで会う予定だった。インターホンを鳴らしても反応がなく、合鍵は持っていたが部屋には入らず、メールだけしてここに停めた車の中で待っていた。九時十五分くらいに、五階のエレベーターから出て自室に向かう彼女の姿を見て、車を降りた」


 マンションの入口側に回る。〝パラッツオ赤羽〟と書かれた表札。オートロックだ。ガラス戸のエントランス、その奥に郵便受け。


「またインターホンを鳴らしてみたが、返事がなかった。さっき帰ってきたのは確認したから、化粧でも落としてるのかと思ったらしい。少し待ってもよかったが、父親も早めに帰りたい事情があって、合鍵を使ってマンションに入った。部屋の呼び鈴を押して、返事がないのを確認して、声をかけながら入ってみると……娘が意識不明の状態で倒れていた。彼女以外には誰もいなかった――。これが今んとこわかってる情報だね」

「はあ」


 被害者とほんの少し関係者なだけなのに、どうして捜査情報を話してくれるのだろう。訊いたのは千影だが。

 貼り紙が貼ってある掲示板のところに背広の男が二人いて、千影たちのほうをちらっと窺い、すぐに目を逸らす。


「警察の人……ですか?」

「まあね」

「こっち見たっすよね、一瞬」

「あたしのこと知ってるからね、連中。関わりたくないんでしょ。これでも元ポリスメンなんだけどね、あたしも」

「なんでですか?」

「なんでって、警視庁とD庁の確執なんて今日び小学生でも知ってるって。文冬なんかにも載ってたりするし」

「すいません、知りません」

「プレイヤー絡みの犯罪捜査は基本、あたしらプレイヤー犯罪捜査課が出張ることになってるけど、別に警視庁だってまるっきり管轄外ってわけでもなくて。そのへんの線引きだったり主導権争いだったりで、上は結構バチバチなのよ。それにこっちは人外のバケモンでしょ、ビビられんのもうざがられんのも当然っちゃ当然というか」


 バケモンというか身も心も悪魔というか。そんな感想を口に出すわけないが、なぜか表情で読まれて尻を蹴られる。理不尽すぎるのでエロ目見での復讐を胸に誓う。スーツ姿だろうと想像力は阻めない。


「見てのとおり、一応オートロックだ。あそこ、郵便受けのところに監視カメラがある。エレベーターと階段の一階のところにもね。チェックした情報はまだあたしらのとこまで下りてきてない。あのおっさんらに聞きたいところだね」


 背広の二人がエントランスから出てきて、ずかずかと大股で千影たちのほうにやってくる。ノッポのおっさんととポッチャリ気味のおっさんのコンビ。なんか苛立たしげな所作だ。二人とも顔が怖い。


「明智さん、昨日も来てたけど、いつまでそんなとこでうろちょろしてんですか? いい加減目障りというか、邪魔なんですけど。住民の苦情は全部こっちに来るんだから」

「すいません、但馬さん、大森さん。なかなか情報が下りてこないもので。プレイヤー登録者の事件なのに」

「さっき現場検証が終わったとこですよ。情報は上から共有されるだろうから、いったんお引取り願えませんかね」

「つーか、その少年は?」

「彼女の……知り合いです。現役のプレイヤー仲間というか。九月の通話記録に残っていた一人です。ああ、彼はもう聴取済みですので、内容のほうはのちほど報告します」


 ちっ、とノッポの但馬が舌打ちする。二人ともかなりオラオラというか棘のある口調だが、明智とあまり目を合わそうとしていない。やっぱりビビっているのだろうか。そりゃビビるよね、悪魔だもの。


「一度、現場を見せていただけませんか? お願いします」


 明智が腰を折って頭を下げる。明日、赤羽に毒ガエルが降る。

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