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28:乾杯

「すいませんね、この機会を逃すわけにはいかないんです」


 そう言って北畠は銃を構え、フェニックスウルフの幼体に向けて発砲した。

 牙を剥いて怒り狂う親だったが、割って入った島津の圧力と、撃たれたはずの幼体が大した傷もないのを見て、報復行動に出るまでには至らなかった。

 いきなり現れて宿敵を追いつめた謎の闖入者たちを警戒しつつ、自分がとどめを刺した赤目Pラーテルの屍肉をずりずり引きずりながら、彼らは森の中へと姿を消していった。


 ――というのが、セーフルームで目を覚ました千影が聞いた事の顛末だ。


 テーブルに置かれているのが、実際に使用された銃。細長い形の変わった銃だ。あのネットランチャーといい、こんなものも用意していたのか。


「特製の麻酔銃です。麻酔弾の代わりに米粒サイズの電波発信器のついた針を射出し、皮膚下に挿入します。撃たれても痛みはほとんどなく、まあぷすっと注射されるくらいのものです」


 注射というフレーズに、ギンチョとイヌまんは恐ろしげに首をすくめる。


「電波発信器を対象にとりつけ、対象の位置を特定できるようにすることが、今回のベストでした。ダンジョン素材のテクノロジーとはいえ、三カ月ほどしか電波はもちませんが、これで彼らの姿を観測できる機会が大幅に増えるというものです」

「先生がいきなりオオカミコドモを撃ったときはびっくりしたぜ。なにやってんだコラって、危うくどつき回すところだった」


 北畠は苦笑しているが、テルコが実際に本当にそうする女であることは内緒にしておく。


 千影の傷はだいぶ厚く手当されている。包帯だらけ、絆創膏だらけだが、ダンジョン薬草や接着ポーションをべったり塗ってもらったので、裂傷や擦過傷は数日でふさがるだろう。むしろ筋肉痛や関節痛がひどい。ちょっと無茶をしすぎたせいか。

 骨折した左腕についても、北畠の持っていた【フェニックス】ですっかり治っている。「ダン生研の万一のとき用の支給品でして、あとで使用報告書にサインください」とのこと。しかたない、税金だもの。


「つーか……ほんとにマジですいませんでした……うちのバカ犬が……」


 千影はテーブルに額をぶつけそうなほど頭を下げる。死にぞこないによるお尻ペンペンがよほど効いたのか、イヌまんはギンチョの隣に伏せをしたまま、不名誉な評価にも抗議の低いうなりをあげたりしない。


「いえいえ。結果論で安全を語るのもどうかと思われるでしょうが、イヌまんくんの勇気のおかげで結果的に調査対象を救い、発信器をつけることも叶った。これ以上の成果はありません。これまでのご協力に大変感謝しています、ありがとうございました」


 逆に頭を下げられて、もう千影としてもどうしていいかわからなくなる。こういうの慣れてないんです。


「ていうか……間違ってなかったですかね、僕らのやったこと……」


 生物同士の争いに首を突っ込んで、自分たちの都合で片方を救い、片方を斃してしまった。自分たちのしたことがひどく身勝手な風に思えるのは考えすぎだろうか。


「そうですね、動物学者としていろいろと思うこともありますが……まあ、問題ないでしょう。調査対象を外敵から保護するようなケースはわりとありますし、そうじゃないと調査もできないですし」

「はれ?(そんなもん?)」

「早川さんがおっしゃりたいのは、自然の摂理とか、生態系のバランスとか、そういうのに人間が自分たちの都合で介入してしまっていいものかってことですよね?」

「ま、まあ……(そこまでカッチリしてないけど……)」

「ここが地上で、彼らが地上の生物だったらともかく、ここはダンジョンで、彼らはクリーチャーですからね。地上における倫理観や道徳観を持ち込んでも、この異世界では知らぬ存ぜぬを返されるだけです。そもそもが宇宙一不自然な場所で、不自然に生成されたクリーチャーという歪な命なわけで」

「ま、まあ……(そりゃそうだけど……)」

「現代社会が自然との調和や多様性の保護を求める風潮に変わってきたのは、言ってしまえばそれも、めぐりめぐって人間の都合なんですよ。人間は寂しがり屋で、一人ぼっちでは生きていけないからです。今回にしてもまた、彼らに我々の都合を押しつける形になりしました。どう言い繕おうとも我々は、身勝手な人間にすぎないんです」

「はあ……」

「動物学者としても、いつでも考えています。我々が生き物たちのことを知ろうとするのは、果たして彼らのためなのか、生物全体のためなのか、それとも人間社会のためなのか。そのすべてだと言いたいところですが、実際はどうなのか、誰のためになっているのか。ともあれ、大事なのは考え続けることです。我々が身勝手であることを忘れてはいけない。その上で、可能な限り考え続ける、なににとって誰にとって、どれが最善なのか。それを果たすためにどうしたらいいか。とまあ、全部詭弁なんですけどね」

「なるほど」


 詭弁なら千影も得意とするところではある。


「タイショーは難しく考えすぎなんだよ。赤ちゃん助けられてよかったでいいんじゃね?」


 そう単純には考えられない。相手はクリーチャーだ。あの子どもが成長して人を襲うようになったら……などと妄想しだすとキリがなくなってくるので、ここらでやめておこうと思う。


「それで、今後はどうするんですか?」

「明日、いったん地上に戻るつもりです。その後の調査については上と相談ですね。私としては……今回ここに居合わせた他の研究者たちと共同で調査していきたいと思っています。そのほうが安全で効率的ですからね。そう思えたのもイヌまんくんのおかげです」


 そんな風に語るそばから、他のプレイヤーたちがイヌまんを触りに寄ってくる。しょんぼり元気のない彼は思うさま撫でられるままになっている。


「本当に彼らが、自らの細胞から繁殖した初めてのクリーチャーなのか。片割れの姿が見えなかったのはもしかして単為生殖だったのか。繁殖形態、生息区域、知能レベルなどなど……調べたいことは山ほどあります。今日がその第一歩目になったこと、みんなが生きてここに戻れたことを心から祝いたいと思います。重ねて言います、みなさんのご協力、ほんとうにありがとうございました」

「お疲れさんだな、タイショー」


 テルコが千影の肩にぽんと手を置く。それでようやく肩から力が抜ける。


 いろいろと考えさせられることも多かったし、まだ消化しきれずに残っているものもあるが、とりあえず無事にクエストを達成させることができた。若干一名、リーダーだけフルボッコだが。反省は家に帰って早川家会議の議題にすることにして、ひとまずここはほっと一息ついておく。


「というわけで……今夜は少々ハメを外してしまいましょう。そこのロボットさん、ここにいるみんなにビールを! お代はダン生研で支払わせていただきます! 必ずや経費で落としてみせますからご安心を!」


 周りにいたプレイヤーたちから歓声があがる。そうして始まる、大人たちの酒宴。性別も国籍も問わず、命がけを生業とする者たちの賑やかな休息。


「フェニックスウルフに乾杯!」

「ウェエーーーーーーーーイ!」


 と言うと聞こえはいいが、間もなく吹き荒れる痴態醜態の嵐。

 脱ぐのはオッケーだがそれで異性に近づいたりするのはNGだと機械生命体の警告音声で初めて知るダンジョンのモラル設定。

 そして脱いでいるのは先ほどまで高尚な論説を繰り広げていた北畠ご本人。知りたくなかった優秀な動物学者の裏の顔。


「どうしたんですか、早川っち! 飲みましょうよ! ダンジョンに未成年者飲酒禁止法は存在しませんよ!」

「D庁の規則で禁止ですよ。バレたら免許やばいですよ」

「うっせーな! バレなきゃいいんだよ! ここには文冬も録音記者もおらんぜよ! ガハハハハハ!」


 せっかく尊敬できる大人と出会えたと思ったのに。前野といい北畠といい、アルコールはどこまで人を狂わせれば気が済むのか。


「一杯や二杯じゃこうならないんだけどニャ。五杯いくとこうなるニャ」


 そう解説してくれる島津もつられて脱いでいるのは別にいい。彼には会った瞬間からそのへん期待していない。虎柄のブーメランパンツが視界に入らないようにするだけだ。

 ことごとく未成年な早川チームは浮きまくりだが、ジュースを飲んでピザやフライドチキンもつまんでと、それなりに楽しめている。

 と言いたいところだが、怒られてしょんぼりモードのイヌまんはともかく、心なしかギンチョも元気がない。ピザを自動的な手腕で口に運ぶものの、普段のように食レポもない。


「ギンチョ、どうしたの?」

「……ちーさん……」


 ギンチョが立ち上がり、千影の前でくるりと背を向け、千影のほうに尻を突き出す。


「わたしもたたいてください!」


 目の前の光景が理解できない。幼女が尻を向け、泣きそうな横顔を向けている。千影の手からフライドチキンが落ちる。


「……なんの真似かな?」

「わたしがリードをはなしたから……イヌまんがとびだしちゃったから……わたしもわるいです! だから、わたしにもおしおきしてください!」

「ギンチョさん……ちょっと声が大きいかな……」


 周囲の視線がこちらに向けられる。喧騒が徐々に静まっていき、戸惑いを含んだざわざわに変わっていく。千影の額から滝汗。

 北畠と島津に視線で救いを求める。さっと目を逸らされる。


「たたいてください! じゃないと、イヌまんだけなのは、かわいそうです!」

「周り見ようね……ざわざわが文字になって浮かんでるよね……」


 オウゴッド、と誰かがつぶやく。誤解だよ、ジャパニーズギャクタイじゃないよ。神様が必要なのはむしろ僕だよ。


「さあ、ちーさん! カモン!」


 カモンじゃねえよ。外人さんたちに寄せてんじゃねえよ。

 と、視界の隅にイヌまんの顔を見る。主人を見上げ、口元をにやりとしている。

 千影は確信する。この畜パグ、明らかにこの状況を理解し、腹いせとばかりに楽しんでいやがる。

 躾というか性根から叩き直してやりたい。そういうひねくれたところ、誰に似たのか? 飼い主に似たのか。やっぱり。


フェニックスウルフ編、これで終了です。

引き続きよろしくお願いします。

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