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27:ラーテルとバトル②

「らあっ!」


 拾い上げた小太刀を振りかぶり、力任せに振り下ろす。赤目の顔面をわずかにかすめ、地面を斬りつける。黒ずんだ血が数滴舞う。

 お返しとばかりに赤目が鉤爪を振り上げる。

 それより一瞬先に、千影はチョーカーに意思をこめている。全身が黒い靄に覆われている。

 その目にはさっきよりもスローに見える。後ろに避けず前にかいくぐり、脚を斬りつける。皮膚を裂き、肉を絶ち、骨に届く手応え。ようやくまともなのが一つ入った。さすがは暴走モード。


「ギィァアアアアッ!」


 怒り狂う赤目ががむしゃらに八つの脚を振り回す。

 さすがに無理だ。素直に全力回避して暴走モード解除。

 地形が変わるほどの大暴れ、千影は背中を見せて逃げ惑いつつ、木の幹を蹴って反転、跳躍。


「ニャンッ!」


 かけ声とともに島津の左手から放たれる【バルムンク】。氷の矢が青目に直撃してよろめき、同時に千影が刀を突き刺す。ガキッ! と切っ先が首筋の外殻を削りとり、わずかに肉を裂く。まともなのが二発目。

 ぼたぼたと垂れる血が地面にしみをつくる。「グルル……」と両Pラーテルは動きを止めて千影たちを睨みつける。十数個の目が黒く点滅している。怒りのサインだろうか。

 流血は千影も同じだ。目に入りそうな血を手の甲で拭う。と、さっき突き刺したときに強く握りすぎたせいか、摩擦でてのひらにも血がにじんでいる。これあとで痛いやつだ、そんなことを頭の片隅で思う。


「ギャァアアアアアアアアアッ!」

「うっせえ! 来いや!」


 赤目が突進してくる。千影は折れた左腕を後ろに構える。

 足を止めず、回避に専念する。唯一のストロングポイントである反射神経にものを言わせて。

 だが、質量が違いすぎる。タフネスが違いすぎる、手数が違いすぎる、牙の鋭さが違いすぎる。

 幾度となく皮膚と肉が裂かれる。

 それでも踏みとどまり、まとわりつく。ほんのか細い隙間へと身を投じる。

 視界の隅で島津も青目相手に刀を振るっている。どちらもタイマンだ。


 身体はただひたすらに回避するだけのお仕事に没頭している。

 もうやめろ。止まれ。無理だって。死ぬって。

 頭の隅で誰かが言う。誰? 僕の声? わからない。

 身体が突き動かされる。感情が赤く塗りつぶされていく。

 まだ動ける、だから動く。


「来い! もっと、もっと!」


 おたけびをあげる。身体が動かなくなるまで――。


「ちーさんっ!」


 横合いから飛び込んできた声のほうに顔を向ける。ギンチョがなにかを投げたところだ。くるくると回転する空き缶っぽいフォルム――マジか。アレか。

 赤目がかぷっとこともなげに口でキャッチし、ばりっと噛みしめる。その瞬間――口の中で閃光と音響が破裂する。〝ながれぼし〟搭載の奥の手、〝マイルド・スタングレネード〟。

 地面に転がってのたうちまわる赤目。さらにばたばたと駆け寄ってくる迷彩柄の男。北畠だ。巨大な懐中電灯のようなものを抱えている。必死とビビりを全開に露出した面持ちで、もがく赤目の顔面に向けてそれを構える。

 シュッという乾いた音とともに、その懐中電灯から飛び出した網が空中でぶわっと広がり、尖った鼻先に引っかかって顔全体を覆う。

 ネットランチャーとかいうやつだ。あんなのを持っているなんて知らなかった。フェニックスウルフを捕まえる気はないと言っていたのに。


「ギィアアアアアアアアアッ!」


 北畠はすぐに退避するが、赤目は頭に絡まった網を剥がそうと自身の顔に爪を立てている。

 ざまあとは思うが、千影もひとのことを笑えるザマでもない。疲労で身体が重い。痛みで動きが鈍っている。

 だが――耐えた甲斐があった。


「だいぶ溜まったな」


 身体に巻きつけたジャージを脱ぎ捨てる。

 そして、折れた左手を地面につける。

【ラオウ】――()()()()()()()()()。巨大な光の腕が生じる。




 回避に専念する前、なんとなくそれができるような予感があった。

 〝ながらチャージ〟。猛攻を紙一重でしのぎながら、固定された左腕でエネルギーを溜め続けていた。

 折れていて余計な力が入らないからよかったのか。それとも生粋のM気質のなせる業か。とにかく前代未聞(当社比)の〝折れながらチャージ〟。ぐしゃぐしゃの骨の内側が熱くなっていくのは拷問に近い激痛だったが――可能な限りぎりぎりまで溜めてやった。


「――くらえ」


 ドンッ! と爆音とともに剛腕がまっすぐに放たれる。てのひらを広げ、ぎょっと一瞬かたまった赤目の身体を鷲掴みにする。

 高々と掲げたそれを、今度は島津が抑えていた青目へと叩きつける。二体がぶつかり合い、もつれ合い、耳障りな悲鳴を重ねながら必死にもがく。


「テルコ!」


 千影の声に応じるように、テルコが空高く跳躍する。脚を変形させて跳躍力を増幅させるアビリティ【レギオン】だ。


「オラァアアアアッ! 死にさらせぇええええっ!」


 誰が教えたのそんな日本語という物騒なおたけびとともに、テルコの腕から光が膨れ上がる。光子の鞭を具現化するテルコの【グリンガム】、そして鎌を具現化するノブの【ナイトメア】。その融合した巨大な鎖鎌、【グリンガム・ナイトメア】。

 動きを止めたPラーテル二体の背中へ、鎌の一撃が突き刺さる。鞭の遠心力で地面にこすりつけるようにして吹き飛ばす。黒い巨体がくの字に折れて宙を舞い、地響きとともに落下する。

 青目の首がもげている。完全に動かなくなっている。

 赤目もちぎれかかった背中をだらりと弛緩させている。


「……終わった……?」


 思わず漏れた千影のつぶやきに、応えるようにぐぐっと起き上がろうとする赤目。いや、起きなくていいのに。


「……キュァアアアアアアアア……」


 おたけびから力が失われている。背中から胴体を半分えぐられ、頭も脚も腹も傷だらけ。だがそれでも睨みつける赤黒い目の光は途絶えていない。

 まだ生きようとしている。戦おうとしている。

 正直、感服する。これほどの深手で、まだ闘志を見せられるなんて。

 と、真っ赤な巨体が静かな足どりで近づいていく。フェニックスウルフだ。

 赤目が頭をもたげる。血走った目を向ける。


「ギャァアアアアアッ!」

「グォオオオオオオッ!」


 互いに至近距離で咆哮をぶつけ合うと、あっという間にフェニックスウルフが宿敵の首に食らいつく。躊躇も慈悲もなく、喉元に牙を立てる。グジャッと鈍い音がする。

 空気の漏れるようなか細い音。それが赤目の断末魔となる。


「……すげえな……」


 千影たちが見守る中、フェニックスウルフは時間をかけてその牙と脚で相手を押さえつける。それが自分の役目だと語るように。やがてぴくりとも動かなくなる、そのときまで。




「タイショー、終わったぞ! だいじょぶか!?」

「ちーさん! けがだらけです!」


 当たり前だ。ふさふさだ。そんな軽口を吐く余力もない。


「早川、やったニャ! 土壇場で〝ながらチャージ〟開眼ニャ!」


 島津の賛辞を受けてキモ顔になる余裕もない。

 フェニックスウルフは――警戒を解いてはいないが、こちらに襲いかかってくる気配はない。ちらちらとときおり顔を上げながら、親子でPラーテルの屍肉にがっついている。子どもは親の食事が終わるのを足元で待っている。

 ひとまず危機は去ったようだ。なら、今のうちにやっておかないといけないことがある。たぶんあと少しで気絶するから。


「……イヌまん……どこ……?」


 ギンチョに尋ねてから、彼女の足元にいるのに気づく。ややへたれた感じで舌を出しているデカパグ。


「……イヌまん……言葉わかってる前提で言うけど……お前のやったことはリーダーとして放っておけない……」


 千影の許可もなく、独断で敵前に飛び出した。それがギンチョの気持ちを汲んだ行動だったのか、はたまた自分が追いたてた獲物を横取りされたくないという本能だったのか。いずれにせよ、チームを危険に晒した意味は大きい。

 だから、これは躾だ。今のうちに、気を失う前にやっておかないと。


 膝をついて上からイヌまんに覆いかぶさる。左腕は折れているから、脇でがっちりと胴体をホールドする。驚いてもがくイヌまんを離さない。リーダーの威厳にかけて。

 右手を振り上げ、くるっとカールした尻尾の根元めがけて振り下ろす。

 ぱしんっ! とはたかれた尻が小気味いい音をたてる。「ひぃんっ!」と哀れな悲鳴があがるが、容赦はしない。

 もう一発、もう一発。「ひぃんっ!」ってギンチョ、なんでお前も鳴くの?


「……イヌまん……約束……ギンチョを守るれろれろ……」


 ついにエネルギーが尽きて、千影はべしゃっとイヌまんごと地面に倒れ落ちる。

 ギンチョとテルコがなにか言っているが、千影の耳には届かない。

 イヌまんの尻が顔に密着している。意外と悪くない肌触り。

 そのまま千影の意識は途絶える。犬の尻にすがって白目を剥いている姿をテルコに激写されたのを知るのは目を覚ましてからのことだ。


そういえば200話超えました。

お付き合いいただきありがとうございます。


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