26:ラーテルとバトル①
Pラーテル。フェニックスウルフもそうだが、ネットで情報を見たことはない。つまり事前情報はレベル6以上というビビらせ情報のみ。
知らなきゃよかった。嘘です知っててよかった覚悟できました。
Pカイマンや怪鳥ヘルファイアにくらべれば大した大きさではない。だがこいつらはやつらよりも高い殺傷能力を持っている、そう判断されている。
「提案いいですk――」
テルコと島津に作戦を具申しようとした瞬間、かぱっと開いた赤目のPラーテルの顎が目の前まで迫っている。なにを思う間もなく横に飛び退く。島津もテルコを押し倒すようにして反対へ。三人の立っていた地面がバツンッ! と噛みちぎられる。
立ち上がる間もなく、今度は青目の長い図体が横に一回転。地面をならすように薙ぎ払う。千影はとっさに【アザゼル】で頭を庇ったものの、直撃を受けて吹っ飛ぶ。地面を転がって背中から木にぶつかる。
ああ、もう嫌だ。
身体中痛い。泣きたい。吐きたい。
だが中途半端なダメージだ。そのまま寝ていられたら楽なのに、立ち上がれてしまう。走れてしまう。手放した武器を拾いながら突進してしまう。
「らああああああああっ!」
動きを止めていた青目に斬りかかる――寸前、黒い背中がぐるっと丸くなり、頭と脚が隠される。
構わずそのまま〝相蝙蝠〟の黒い刃を外殻へ叩きつけ――ガィンッ! と金属同士のけたたましい衝突音とともにはじかれる。わずかに傷を残しただけで。
マジで? 黒竜だってぶった切れた名刀ですよ?
「早川!」
島津の声で我に返り、とっさにバックステップする。縮こまっていた身体がぶわっと広がり、またも周囲をふっ飛ばそうとするが、千影は間一髪で圏外まで避難する。
島津が横に並ぶ。テルコは向こう側。左右で二体の敵を挟んでいる形になるが、ちっとも有利を実感できないのは気のせいだと誰かに言ってほしい。
「ラーテルってのは、背中に分厚い脂肪の鎧を持ってるニャ。ライオンの牙も通さないニャ」
だからラーテルか。こいつの背中の外殻はバズーカもはじきそうだ。
呼吸と態勢を整えながら周りを確認する。ギンチョとイヌまんは奥の茂みから顔を出して覗いている。おそらくそこに北畠もいるだろう。フェニックスウルフも最初の場所から動いていない。子どもを庇いつつ、首を下げて睨め上げるように動向を窺っている。
本来の獲物はあいつだったはずなのに、Pラーテルはあちらには目もくれず、その首を左右に動かして「クルルルル……」と喉を鳴らしている。獰猛さのはけ口を千影たちにまるっと移行させたようだ。今からでも許してもらえないだろうか。おやつジャーキーあげるから。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
交渉の余地はなさそうだ。来る。
青目が千影と島津へ、赤目がテルコへと突進する。
前脚の振り回し、踏みつけ。鉤爪の引っ掻き。噛みつき。尻尾による殴打。飛び跳ね、身体のうねり、強固な背中を使った体当たり。それらがまるで局所的な台風のように吹き荒れる。地面をえぐり、木々を薙ぎ倒し、小石や砂利を撒き散らす。すさまじい凶暴性と回転力。それが何秒何十秒と続いても途切れることのないスタミナと執念。
「むっ、無理っ! こんなんっ!」
ダメだ。全然ダメだ。かわすので精いっぱいだ。直撃こそ免れているものの、身体中かすりまくって石つぶてとかくらいまくって超痛い。額や頬が切れて顔中血みどろだ。
「ぐあっ!」
テルコの悲鳴が聞こえる。島津に目配せし、千影がそのカバーに向かう。
背中を見せている赤目に斬りかかるが、やはりかたい外殻に阻まれる。
やばい、このままじゃジリ貧だ。逃げようにも背中も見せられない。
ちょ、待って。こっち来ないで。ちょっと休ませて――。
「ギャッ!?」
ぼふんっとPラーテルのこめかみでなにかが小さく爆ぜ、煙が広がる。Pラーテルは悲鳴とともにぶんぶんと頭を振り、煙を散らそうとする。
――ギンチョがいる。〝ながれぼし〟のポーチに手を突っ込み、ごそごそと秘密道具をとり出すようにしている。当たったのは煙玉――普通の数千円のやつだ。
「ギンチョ! 一万円のやつ投げろ!」
緊急事態だからやむをえない措置。「はう!」とうなずいたギンチョの手から金色の球体が放たれる。〝サムライ・アーマー特製にんにん煙玉〟。凶悪なまでに目にくるやつだ。
空中をまっすぐに、赤目の顔面めがけて飛んでいき――ぱくっと大きな口がそれをキャッチし、ばりっと噛み砕く。
「え?」
ぼふっと口の中ではじけ、しゅわしゅわと口の端から煙が漏れ出るが、ぺっと唾を吐いただけでダメージはなさそうだ。さすがはなんでも食べる雑食性。
十数個の目が一斉にギンチョに向けられる。そして地面を滑るように襲いかかる。
「ぎゃわーーーーーーー!」
背中を向けて逃げ惑うギンチョ。
やばい、赤目のほうが遥かに速い。慌てて千影も追いかけ、刀を放り出してその尻尾に飛びつく。
「やめろっ!」
【アザゼル】で硬化した手で外殻の一部を力ずくで剥ぎとる。「ギィッ!」と痛みにあえぐ声とともに尻尾が激しく振り回される。乗り手を叩き落とすためだけにつくられた悪意的ロデオマシンのように。振りほどかれると同時に千影の身体が空中に浮かび、背中から地面に激突する。けぽっと息が詰まる。
「……あ?」
眼前が影で暗くなる。赤目が真正面から見下ろしている。二つの目と十数個の目がかち合う。そして間髪入れずに顎が迫る。
「んがっ!」
とっさに【アザゼル】を再発動し、両手を突き出してそれを噛ませる。ギリギリと耳障りな摩擦音。鋼鉄以上の硬度と言われているのに、歯が欠けるどころかビキビキと千影の腕を軋ませ、そして――バキィッ! と甲高い音が千影の脳内に直接響き、激痛が脳天まで駆け抜ける。口から声にならない悲鳴が吐き出される。
痛みと恐怖で頭が破裂しそうになったとき――横合いからテルコの槍が頭に突き刺さる。
「タイショー離せっ!」
赤目がのたうちまわり、槍ごとテルコを吹っ飛ばす。その隙に駆けつけた島津が千影の襟を掴み、摩擦で着火しそうな勢いで引きずって距離をとる。
今度はフリーになった青目がテルコを襲おうとする。振り返った島津が腕を突き出し、白い光線を放つ。直撃した青目の頭部が白く凍りつく。
「十秒の【バルムンク】じゃ、焼け石に氷柱ニャ」
千影は身体を起こそうとして、地面についた腕の激痛に頭から崩れ落ちる。
「タイショー!」
「……ごめん……腕折れた……」
念入りにがじがじされたとはいえ、【アザゼル】を食い破られたのは初めてだ。前腕が血まみれで骨がぐしゃぐしゃになっている。それでもテルコに抱えられるようにして立ち上がる。巨乳が密着したとたんに痛みが和らいだ気がするのでもっとやってください。
ジャージを脱がされ、それを身体に巻きつけて左腕を固定してもらう。その間にあたりの様子を窺う。
ギンチョはすでに木陰に避難している、頭を隠しているが尻が丸見えだ。それでもPラーテルの注意から外れたようで、やつの目は凍った頭を地面にこすりつけながらも千影たちをぎろりと見据えている。こちらが動き出せば即座に反応するだろう。
「テルコ……離れて限界までチャージして。島津さん、テルコのスキルにつなげましょう。一番火力あるんで」
さっき島津に提案しかけたことだった。それが一番効率がいいと。あの暴れっぷりを見たあとだと、あいつ相手に二人で二分もたせるとか無理ゲーにも思えてくるが、それしかない。こいつらを仕留めるにはそれしか思いつかない。
「とはいえ、俺の自慢のナイフがもうボロボロニャ」
「僕の刀使ってください。左手はもう握れないんで。あそこに転がってるんで」
「タイショー、だいじょぶか?」
大丈夫なはずがない。だがそうは言えない。代わりに笑ってみせる。自分でも引きつっているのがわかる。誰かにべた褒めされたときくらいに。
「ギャァアアアアアアアアアアアッ!」
「ギュァアアアアアアアアアアアッ!」
Pラーテルが顔を上げ、千影たちに向かって咆哮する。びりびりと空気が震える。物理的にだけでなく、メンタルまで震え上がりそうになる。
「早川……それはなんニャ?」
千影は片手で首輪をつける。その中心には灰色の石がついている。百均の材料で自作――は不器用すぎてままならず、詩織の店に頼んでつくってもらったチョーカーだ。
「ジェムってアイテムです。陰のジェム」
ジェムから――正確にはジェムに触れた肌から、黒っぽい靄――光子オーラが生じ、千影の全身を包んでいる。痛みを麻痺させ、思考を加速させる暴走モードを発動できる。
脳内麻薬が出るから多用禁止。などと宮本に言われたが、今はリスクを考慮できる余裕はない。いざとなったら脳みそびちょびちょになろうと連発してやる。
「じゃあ……行きましょう」
正直、怖い。足が震えている。
それでも、前に出るしかない。そこにしか生き延びる道はない。
覚悟をかため、千影は地面を蹴る。
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