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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
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3-6:セーフルームに響く悲鳴

 先ほどの戦闘のショックを引きずって、ギンチョはほとんど口を利かなくなっている。どう声をかけたものかわからず、千影も黙ったままだ。


 湿地帯を抜けて北に向かうと、エリア2の旧市街地が見えてくる。無数の朽ちた石造りの住居が並ぶ、中世ヨーロッパの荒廃した街並みのようなエリア。


「ギンチョ、リュック開けるよ」


 彼女の背負うリュックを漁り、エナジーポーションをとり出す。二百ミリリットルの缶飲料。中身はプレイヤー向けに開発された即応性の高い糖分や栄養分の入ったドリンクだ。一本五百円。ちなみにかなり甘ったるい。


 プレイヤーがスキルを使うにあたり、ゲームのMPのようなものは存在しない。消費するのはあくまで体内のエネルギーだ。血中の糖分が大量に消費されるため、過度の使用にはハンガーノック――体内のガス欠を起こす危険性がある。なので、消耗したあとはエナジーポーションによる補給が欠かせない。


 体調にもよるが、千影の【ムゲン】は連続で三回か四回使うと、身体のだるさや脳の疲れなどの症状が出はじめる。さっきは一回しか使わなかったが、ギンチョのことを考えると万が一にも備えておいたほうがいい。とりあえず半分ほど飲み干す。うん、やっぱりこの味好きじゃない。


「ギンチョ、飲んでみる? かなり甘いけど」


 缶を渡すと、彼女は一息でくいっと行ってしまう。甘いもの好きなお子様とはいえ、やっぱりお気に召さなかったのか、「ふへー」と余計渋い顔になってしまう。空き缶を受けとり、リュックに仕舞う。ダンジョンでのポイ捨てはギルティだ。


 間接キ――意識しない。相手はキッズだ。意識しない。しない。しない。


「とりあえず、エリア2にあるセーフルームで一息ついて、弁当食べよっか」


 ギンチョは無言でうなずく。結構重症そうだ。


   *


 建物の隙間を縫うように、マップとコンパスを確認しながら慎重に進む。


 ここはエリア3よりも歩きやすいぶん、クリーチャーのエンカウント率も高い。二足歩行タイプやアンデッドタイプが主で、それほど強くはないものの、プレイヤーの落とした武器や石などで武装していたりするし、群れで出たりするので油断はできない。


 中堅プレイヤーにもなると、各階層のエレベーターや主要な場所までの道はざっくり憶えている。とりわけこのエリア2はプレイヤーにとっての最初の関門的な場所でもあるので、千影も幾度となくここには足を踏み入れてきた。


「たぶんクリーチャーが出ると思うけど、僕が対応するから」

「……はう……」


 なるべく安全な道を選んだつもりだが、やはりダンジョンは甘くない。目的地にたどり着くまでに三度の戦闘を余儀なくされる。


 一度目は宇宙ゴブリンとザコボルドのコンビ。二度目はボーンガールと透けスケルトン。三度目はその二種にタマネギゾンビを加えたアンデッド混成部隊。


 ほとんど〝えうれか〟で一太刀、もしくは【アザゼル】でワンパンだが、ギンチョのカバーでそれなりに神経を遣わざるをえない。


 当のギンチョは――やっぱりさっきのトカゲがだいぶトラウマになったらしく、終始「ぎゃわーーー!」「ぴぎゃーーー!」と飛び散る血や砕け散る骨片に絶叫し、うろちょろ逃げ回ったり壁のくぼみに頭を隠したりする。まあ、前線に出られるよりはよっぽどマシだけど。


 三十分ほど歩いた末に、とある廃墟の前に立つ〝セーフルーム〟という看板の前にたどり着く。ようやく目的地だ。

 その廃墟の中に入り、地下へと通じる長い階段を下りていく。その先に大きな扉がある。


「着いたよ、お疲れさん」

「…………」


「……昼ごはん、食べよう。お腹すいたろ?」

「……からあげ……」

 食べたいもので返事するギンチョ。

 ともあれ、ごはんというフレーズは便利。大人でも子どもでも、どんなときでも活力を与えてくれる。彼女の背中をそっと押して、二人で扉を押す。


「……ほえ?」


 ギンチョが間の抜けた声を漏らす。その気持ちはよくわかる、千影も最初はそうだった。


 扉の奥には明るくて清潔な光が降り注いでいる。だだっ広い部屋だ、丸テーブルとパイプ椅子が並んでいる――学食かショッピングモールのフードコートかという佇まいだ。

 ウォーターサーバーと紙コップがあり、固形食が出てくる自販機がある。二足歩行の機械生命体(というかロボット)がテーブルを拭いたり床をモップで磨いたりしている。

 セーフルーム。広大なダンジョンにおいて、原則的にクリーチャーが立ち入ることのない、貴重なセーフティーゾーン。


 一階層におよそ二・三箇所設けられていて、主にトイレや休憩スペース、場所によっては購買所やシャワールームなども備えている。二層のエリア10には温泉の出る大浴場があって有名だ。


 四人がけの丸テーブルは三分の一くらい埋まっている。ざっと五十人くらいだろうか。当然、全員プレイヤーだ。その目が一斉にこちらを向く。千影ではなくギンチョのほうに。


「あれ……マジか……」

「ああ……ポータルで騒ぎになってた……」

「史上初の……チビっこプレイヤー……」


 今朝のことはこんなところでも噂になっているのか。帰りたい。


「……先にトイレに行っとこうか」


 二人でこそこそと端の通路を歩き、奥のトイレに向かう。女性プレイヤーもちらほらいるので、ポータルの再現にならないかハラハラする。熱い視線を感じはしても、今のところ黄色い混乱が起きそうな雰囲気ではない。「セーフルームでは他の方の迷惑にならないように」というプレイヤー間の鉄則は守られている。


 トイレは男性用と女性用で分かれている。中はモダンな商業ビル並みに清潔に保たれていて、個室にはウォシュレットまで完備されている。

 甘やかしすぎとか雰囲気が台無しとか硬派なプレイヤーには文句を言う人もいるらしいが、典型的な現代っ子の千影にはありがたい以外のなにものでもない。気に入らないやつは使わなければいいだけだと思う。


 さっと小用を済ませ、入念に返り血のついた手と顔を洗う。三分ほどでトイレを出る。ギンチョはまだ中にいるようだ。


 とりあえず壁際に腰を下ろし、彼女が戻る前に受けとったリュックの中を確認しておく。ここまでのうろちょろあたふたのせいか、コンビニで買ったおにぎりとサンドイッチはだいぶぺしゃんこになっている。タッパーに入れた冷食のおかずは無事だ。

 そのままそこに座って待つ。時計を見ると、もうすぐ午後一時になろうとしている。壁に頭をこつんと預け、天井を見上げて息をつく。


 ダンジョン入りして四時間前後。一人ならわけもない活動内容だったが、今の疲労度は一日中歩きずくめに匹敵しそうだ。


 ポーターを庇いつつ戦う。連れの様子に気遣いながら次の行動を決める。どちらも初めての体験だ。ずっと一人でやってきたから。最初のチームがなくなってから。


 その連れが、荷物を持つ以外なんの役にも立たない子どもだから――というだけではないと思う。たとえ他の誰と一緒だろうと、体力面はともかく、精神面の疲労は変わらない。まあ、あのトカゲ襲撃以後に関しては余計な気遣いも増えたけど。


 どちらにせよ――向いてないわーと思う。誰かと一緒にいることが。


 やっぱり一人が気楽だわー。荷物が重かろうと、万が一のときの保険がなかろうと。あの日からずっとそうしてきたんだから。


「…………遅いな」


 時計をもう一度見る。千影が出てきてから五分以上は経過している。

 女子トイレの出入り口に目を向ける。【ロキ】を使えば様子はわかるかもしれないが……倫理的にダメっぽい気がする。

 立ち上がり、うーんと腰を伸ばし、もう一度大きく息をついた、そのとき。


「ぎゃわーーーーーーーーーーーーっ!」


 のけぞって壁に後頭部を強打する。けたたましい悲鳴、間違いなく女子トイレから発せられたものだ。近くの席にいた他のプレイヤーたちも麦茶を噴いたり目をぱちくりさせたりしている。


「ギンチョ!」


 慌てて女子トイレに駆け込もうとする。が――出入り口に一歩踏み入れた瞬間、「ビィィィィィィッ!」とこれまたけたたましいサイレンが鳴り響く。

 続いてパカッパカッと左右の壁に無数の窓が開き、鉄色の蛇のような管が出てくる。管の先には人の口を模したスピーカーがついている。気色悪いことにしゃべるときにパクパク動くのだ。


『コーション、コーション……』


 なにやら英語で警告を告げられる。中学までの英語レベルだが、女子トイレに入るな、と言っているのはわかる。ここでは絶対のセーフティーゾーンであり、暴力沙汰やセクハラなどのトラブルは機械生命体による暴力的排除が適用される。〝ダンジョンの意思〟が定めた現代地球人向けのルールだ。


「違う、中に連れがいるんだって! さっきの悲鳴――」


 千影の抗議を無視して、機械の口は同じ内容を日本語と中国語で続ける。中に入ろうとする人間の性別は判別できても、事情を忖度してくれる柔軟性がないのが腹立たしい。


 くそ、どうする。レベル3以上なら機械生命体相手でもやり合えるという話を聞いたことがある。とはいえ、その大暴れ以降はお尋ね者としてダンジョンに記録され、満足にセーフルームを使えなくなる。プレイヤーとしては致命的だ。


「なんでだよ、中でなにかあったのに――」


 言いかけたとき、奥に人影が現れる。そのちっこいシルエットがまさに猪突猛進し、千影の腹めがけて突っ込んでくる。砲弾のようなタックルを受けて、千影は思わずラガーマンのごとく仰向けにひっくり返る。


「ギ、ギンチョ?」


 ギンチョは千影にしがみついて顔をうずめたまま、怯えるように小刻みに震えている。


「だいじょぶ? さっきの声、なにか……?」

「おねーさんが……いぬのおねーさんが……」

「いぬ? おねーさん?」


 なんだどうしたと物見高い連中がわらわら集まってくる中、こつこつと女子トイレから悠然とした靴音が聞こえてくる。すっと滑らかな動作で近づいてくる白いシルエットに、千影は思わずぎょっとする。


 白い毛並みとふさふさの尻尾を湛えた狼の亜人。トップクラスの実力を誇るソロプレイヤー。

 〝白狼〟こと、直江ミリヤ。

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