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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
2/222

プロローグ-2

 夜になってもまだ、ぱらぱらとヘリコプターが周りを飛んでいた。


 昼間のあの一件は、この土手にいた人々だけでなく、赤羽周辺、東京付近にいた数百万という人が目撃していた。ケータイで見たニュースにはそう書いてあった。政治家が自衛隊になにか命令を出したとか、なにか住民に呼びかけたとか。

 周りに野次馬がいなくなっても、彼はまだそこに座り続けていた。ケータイには着信が一件とメールが一件あった。案の定、両親は大して心配してないのだろう。


「いいなあ」


 ぽつりとつぶやいた。わくわくしている自分がいた。


 夢ではない、幻でもない。あの黒い巨大ななにかは、今もきっと、あの街の地下深くに潜んでいるのだ。そう信じていた。信じたかった。

 ずっといろんなシナリオを考えていた。あれがいったいなんなのか。あれがこれからなにをするのか。これから赤羽になにが起こるのか。


 あれが地面を割って再び現れて、ロボットに変形して暴れ回る。

 めちゃくちゃにミサイルやビームを発射して、この一帯に巨大な火柱が上がる。

 地球のど真ん中まで到達して、爆発して地球ごとコッパミジンに――。

 そんなことを妄想すると、にやにやが止まらなかった。


「全部、ぶっこわしてください」


 くだらない学校も、わけもなくいじめてくるクラスメートも、弟にしかキョーミを示さない両親にも、ぜんぜんなつかない弟も、全部なくなってしまえばいい。

 あれがウチュージンのしわざでも、カミサマでもアクマでもいい。どうか、全部ぶっこわしてください。今日も、明日も、この世界ごと全部、ぶっこわしてください――。


「それはちょっと無理かなー」


 振り返ると、背後に男がいた。片手にコンビニの袋を提げ、白っぽいジャージ、ぺらぺらのビニールサンダル。遠くの街灯の光に青みがかった髪の毛がぼんやり照っていた。


「あれにはなんの兵器も搭載されていないし、今は赤羽駅の地下一万メートルの地点でおとなしくしてるよ。破壊活動なんて大それたことをするつもりは一切ないっすわ」


 へらへらと軽薄な口調だった。よっこらしょ、と断りもせずに彼の隣に腰を下ろした。


「あれはただの箱だからね。中はいろいろと機能てんこ盛りだけど、さすがにミサイルとか爆弾とか波動砲は積んでない」

「どうしてそんなことわかるの?」

「どうしてって、宇宙人だから、僕」


 男は顔をこちらに向け、笑った。若い。こないだ二十歳になった従兄と同じくらいだ。肌が白い。不健康そうなほどに。

 男はコンビニの袋をがさがさと漁り、からあげ串を彼に差し出した。もう一本とり出して、ひょいっと自分の口にくわえた。


「あの中にはなにがあるの?」

「およ、信じてくれんの?」

「別に。信じても信じなくても、僕には関係ないし」

「あひゃひゃ。まあそうかもだけど、そうじゃないかもだよ? 君もいつか、あの中に行くかもしれない」

「僕も行けるの?」

「いずれね。できれば希望者は全員ご招待したいところだけど、そのへんはまあ、この国とこの星の偉い人たちと相談かなー。一度入ったら最後、無事に出てこれる保証はないしね」

「危ないところなの?」

「それなりにね。怖い?」

「別に……面白いものがあるなら、行ってみたい」

「いいね。上等だ、じゃあ始めよう」


 男は立ち上がり、ぱちん、と指を鳴らした。そして間もなく、そのひょろっとした体躯がふらふら揺れはじめた。男だけではない、彼も揺れていた。地震だ。

 揺れ自体は意外と大したことはなく、日本人なら普段慣れているというか、教室が一瞬ざわっとする程度のものだった。けれど、これが普通の地震ではないことを彼は実感していた。

 ぐぐぐ、ごごご、と今座っている地面の下から、腹に響くような押し殺したうなりのようなものが聞こえていた。その響きは肌を粟立たせるような、不吉さと得体の知れなさを秘めていた。


 彼が息を呑んで身じろぎもできずにいるうちに、とても長く感じたその揺れはしだいに収まっていった。土手はもとの静けさをとり戻していた。


「なに、今の?」

「お、僕に聞いてくれるんだね。筋がいいよ、君」


 男はにやりと笑い、川の向こうを指さした。


「地の底で、あれが実体化した。ちょっぴり広がったり縮んだりして、内装もきっちり整えて、元のダンジョンの姿に戻った。今の揺れはそのせいさ」

「……ダンジョン……?」

「ゲームとかやったことない? ダンジョン。地下に張り巡らされた広大なる迷宮、モンスターがいて罠があって、アイテムとか財宝とか落ちてたりするやつ。それが〝赤羽ファイナルダンジョン〟さ」

「ファイナルダンジョン……?」

「うん、赤羽ファイナルダンジョン。略してAFD! AFD!」

「なんでファイナルなの?」

「この国のコンテンツはファイナルってつけたほうが売れるでしょ?」

「パクリじゃん」


 男はちょっとだけ傷ついたような顔をした。宇宙人も傷つくのか。


「君の本当の望みがなんなのかはわからないけど、これだけは保証しよう――さっき君、『全部ぶっこわしてください』とか健全な少年にあるまじき物騒発言してたけど、あれはいずれきっと、いろんなものをぶっ壊すよ」

「いろんなものを……?」

「ああ、今のこの世の中をつくってるシステムも、みんなの頭の中を飼いならしている常識ってやつも、ニンゲンっていう生き物の定義や枠組みや隔たりも。間違いなく、あれがみんなぶっ壊してくれる。後世、人類の歴史はダンジョン以前と以後に分けられることになるだろう。君はその歴史的瞬間に立ち会ったんだ。あの赤羽ファイナルダンジョン誕生の瞬間にね!」


 身体がぶるっと震えた。肘のあたりをぐっと掴んでいないと、それを抑えられそうになかった。


「もう少し大きくなったら、いつかダンジョンに行ってみたらいい。君の望むものがあそこにあるかもしれないよ」

「……宇宙人さん、名前は?」

「僕? 僕の名前? 本名は銀河の彼方に捨ててきちゃったんで、芸名みたいなのを名乗る予定なんだけど、まだ考えてなかったなー」


 男は最後のからあげを食いちぎると、裸になった串を袋に仕舞った。ぐーっと腰を左右に回し、伸ばし、「んうあー」とか切なそうにうめくあたり、腰痛持ちが窺えた。


「僕のことは〝サウロン〟って呼んでね。いずれはこの星で一番有名な宇宙人になる予定だから、憶えておいて損はないよ」

「サウロン」


 指輪物語の悪者と同じ名前だ。目の前のこいつにそんなラスボス感はかけらもないけど。


「昨日、赤羽で食ったラーメン屋から拝借してみた。三郎ラーメン赤羽店、だからサウロン。ギトギトでマシマシでうまかったね。パクリじゃないよ、インスパイヤだよ」


 男は数歩下がり、なにを思ったのか、ダッシュして土手からジャンプした。不健康そうな身体つきのわりに、その跳躍は高く勢いがあった。そのまま斜面に飛び降りて、もんどり打って転がっていく――かと思いきや、男の姿は消えていた。


「……は?」


 着地の瞬間を確かに見た。空中でばたばたっとしたその足が斜面についた瞬間、男はぱっと消えた。泡がはじけるみたいに。音もなく、あとにはなにも残さず。


 夢でも見てたのかな? あるいは妄想とか。一人でずっと話してたのかな?

 ふと、手にからあげ串を握っているのを思い出した。それだけがあの男の、サウロンという自称宇宙人の残した唯一の存在証明だった。かじりつくと肉汁が口の中に溢れた。夢や妄想にしてはちゃんとおいしかった。


「サウロンと、赤羽ファイナルダンジョン」


 鶏もも肉をもぐもぐしながら、遠くで光る赤羽の街並みに目を向けた。

 いずれ、とサウロンは言っていたが、とりあえず明日、また学校をさぼって赤羽まで行ってみようと思った。

 それにしても――


「地面の下って、どこから入るんだろう?」


 ぽつりと口からこぼれた疑問に、答えてくれる宇宙人は現れなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファーストなのにファイナルなのか...とか、いちばん有名な宇宙人って他にもいるのか....とか、主人公が心の中でツッコミいれたらおもろかった
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