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22:猫耳トレーニング①

「地上の狼は基本的に夜行性なんですが、フェニックスウルフが目撃された時間は日中から夕方までに集中しています。目撃者数自体が少ないので難しいところですが、昼行性である可能性が高いとされていました。そして今日の調査でそれは実証されたとみて間違いないでしょう」

「はあ」

「また、狼は通常パックと呼ばれる群れを形成する社会的な動物ですが、目撃例はいずれも親らしき成体一匹と幼体数匹だったそうです。群れをつくれるほどの個体数がいないのか、それともやはり我々の知る狼とは異なる生態を持つ生き物なのか。そもそもの話、よその惑星を模したというヨフゥのクリーチャーに、なぜ地球の生物と似通った姿をしているものが多いのか、それについても学者の間ではさまざまな議論が――」

「先生、早川くん、白目剥いてますニャ」

「いえ、起きてまふ(寝てまふた)」


 九月十七日、日曜日。


 フェニックスウルフさがしのクエスト、まず一日目。が終わったところ。

 前日は夜十時前には就寝し(畳の大部屋で布団と毛布一枚であまり眠れず)、朝五時に起きて朝食と準備、六時にはセーフルームを出た。

 赤い体毛のにおいを嗅いだイヌまんは、やる気満々で一行を森中に引きずり回した。山頂までは行かず、こちら側の麓だけで登ったり下りたり川をまたいだり谷を越えたり。


 結果、日暮れまでの収穫は新たな赤い体毛が少し、それっぽい足跡、木に刻まれた噛み跡、それと小動物らしきものを食い荒らした跡などなど。

 特に最後の食事跡はバクテリアに分解される前だったようで、「まだ近くにいるはずです!」と北畠がかなり興奮気味だったが、結局それらしき影すら見られなかった。


 一行は午後五時前にセーフルームに戻り、休憩やシャワーを挟んで七時に反省会を兼ねた夕食タイム。自販機のレトルト料理がテーブルに並んでいる。一日中アップダウンのきつい樹海を歩き回ったせいで千影たちはくたくたになっている。空振りに終わった徒労感は非常に重いが、こんなときこそ食べるものを食べてエネルギーを補充しないと。


「はふはふ! なんのにくかわからないけど、コクまろなルーにパンチとジューシーさをくわえるやせいみ! カレーはせいぎ! カレーはのみもの! つまりカレーはむぎちゃ!」

「たぶんおっかないクリーチャーの肉だろうな」


 ギンチョのスプーンが一瞬止まるが、そもそも今までもさんざんクリーチャー肉を食ってきたわけで、それを思い出したのかまたすぐに再開する。横でイヌまんはホットドッグにかじりついている。上に乗っていた玉ねぎとピクルスのみじん切りを横にどけてやったのに、「お残しはギルティ!」とばかりにぺちゃぺちゃと舐めとってしまう。もはや嫌いなものなどないのかもしれない。


「しかし――」と北畠。「ダンジョンの食材というのは、遺伝子組換え作物やクローン肉なんて比じゃないスリルですね。赤羽三番街にクリーチャー肉の店を見つけたときは、ダンジョン庁もよく流通を許可したなと思いましたよ。普通においしかったですけど」


 ちなみに、ダンジョン産食材は基本的に赤羽でしかお目にかかれない。得体の知れない食材の流通を制限する思惑のためでもあるが、世界中から観光客が訪れる一因にもなっている。昔は何度か食中毒が起こったりして社会問題になりかけたが、今では厳密な検査と明記義務でそういった事故はほとんど起きなくなっている。


「ていうか、なんかすいません……今日はご期待に沿えず……」


 初日にいきなり見つかるとも思っていなかったが、リーダーとして一応謝っておく。


「いえいえ、なにをおっしゃいます! じゅうぶんな成果ですよ。フィールドワークとはこつこつと集めた情報の蓄積がものを言う作業です。今日得られた情報はどれも大変貴重で、我々は着実に彼らの存在に近づいていると思いますよ」

「そうだニャ。おっさん二人でしこしこ歩き回るより百倍は捗ったニャ。イヌまんは優秀な猟犬だニャ。俺のほうが可愛いけどニャ」

「わふん」早川翻訳:それほどでも。俺のほうが可愛いけども。

「にしても、他の研究者の人もいたんですね。外国の人も」


 森の中で何度か他のプレイヤーと遭遇し、そのたびに北畠が彼らと言葉を交わしていた。そして彼らもこのセーフルームに戻ってきている。同じようにフェニックスウルフを追って、ここに滞在しているのだという。


「我々はまだ行動が早かったほうです。おそらく今後、もっと人が増えてくるでしょう。そうなると警戒心の強いフェニックスウルフはますます姿を現さなくなるかもしれない。……食事が済んだら、今日も早めに休みましょう。明日またよろしくお願いします」


 空になった紙皿などをゴミ箱に捨て、ギンチョが宿題と日記をテーブルに広げるのを見届けてから(ダンジョンにまで持ってきていたのは偉いというかマメというか)、千影は島津に声をかける。


「あの……ちょっとだけ話をさせてもらってもいいですか?」

「いいニャ。可愛さの秘訣を知りたいニャ?」

「(逃げちゃダメだ)えっと……スキルについてです。島津さんの……」


 二人でセーフルームを出る。あたりにはすでに夜闇が訪れていて、星帯――ヨフゥフロアの夜空に現れる無数の星の連なり――の明かりが仄かに草木を照らしている。空気が少しひんやりしている。かすかに虫や野鳥の声が聞こえる。

 二人とも丸腰で部屋着の状態だが、ここから遠ざからなければ大丈夫だろう。むしろ夜空の下でタンクトップ一丁の筋骨隆々の猫耳おっさんと二人きりというシチュエーションのほうがある意味スリリングだ。


「スキルの話って、俺の【バルムンク】のことかニャ? それとも【猫カワ悩殺ビーム】のことかニャ?」

「【バルムンク】のほうです。スキルっていうか、スキルの使いかたっていうか……」


 北畠は「無益な殺生は絶対にNG」という理念を徹底していたが、そんな慈悲深い心を知らない頂点捕食者は一行を見つけ次第、漏れなく襲いかかってきた。自衛のために数体を殺し、逃げるやつがいれば追わなかった。そんな感じの戦闘が十数回繰り返された。

 基本的にはそれほど強いクリーチャーが出なかったというのもあるが、ダン生研お抱えの第一人者というだけあって、島津の戦闘能力は非常に高いものだった。野生的なククリナイフ捌きと小盾での堅実な防御。ナイフ使いに多い【ニーズヘッグ】もすごいキレだった。総じてサバイバル的というか傭兵的というか。防具が「茶トラの毛皮のビキニアーマー」というよくポータル通れたなと守衛の怠慢を疑うド変態ルックだったのは思い出さないようにする。

 レベル4前後と言われるPゴリラ――千影たちを悪夢的にまで追いつめたあの黒ゴリラ――が三体出現したとき、島津が初めてスキルを使った。【バルムンク】――【イグニス】の氷版というか、直撃したものを一瞬で凍らせる氷の矢を放つスキルだった。


「今日、二回スキルを使ったと思うんですけど……【バルムンク】って、【イグニス】とかと同じチャージ方式ですよね……?」

「そうだニャ」

「僕の勘違いだったらアレですけど……島津さんがスキルを使うとき、全然立ち止まってチャージしてる感じがなくて……普通に武器振り回しながらいきなりバーンッって……あれ、どうやってたのか、参考までに聞きたくて……」


 スキルをチャージする際は、足を止めてじっとしていなければいけない。その状態で動くとチャージが中断され、そのまま使わずにいると解除されてしまう。【ラオウ】の場合、チャージ中断から十秒くらいが保持期間だ。

 直江のように〝ゼロ秒チャージ〟を使っていた可能性もあるが――それにしては威力が高いように見えた。ある程度、それこそ十秒とか二十秒とか、それくらいはチャージした威力だった。


「どうやってって……普通に溜めて、普通に使ったニャ」

「もしかして……ネットで見かけた〝ながらチャージ〟ってやつですか?」


 ヨフゥでのイベント後から、千影はダンジョンウィキ以外でも情報を収集することが日課になっていた。中でもチャージ方式のスキルについての深く突っ込んだ「熟練者たちの語る情報」を。

 上級者同士のフォーラムサイトに、〝ながらチャージ〟と呼ばれる高等テクニックがあることを知った。文字どおり動きの中でチャージを続けるという手法だ。その具体的なやりかたについては、「個々人の感覚なので言っていることがだいぶ違っていたりする」ので、正直あまり参考にならなかった。

 千影もこれまで何度か試してみたが、今のところ一度も成功していない。そのコツさえ掴めていない状況だ。


「ニャるほど、お前さんはまだチャージ方式に慣れてないニャ?」

「はい、使いはじめてまだ二カ月くらいです。こないだ〝ゼロ秒チャージ〟については教わったんですけど。いや、つっても〝一秒チャージ〟がせいぜいで……」


 島津がにたっと笑う。瞳孔が広がっている、ネコ科だから夜目が利くのだろうか。


「ちょっとスパーリングでもしてみようかニャ。軽くニャ、お互いギリ当てないくらいでニャ」

「ほえ?」

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