21:北畠のクエスト
「島津・アレキサンダー・又三郎だニャ。見てのとおりのキャットピープル、今年で四十二歳、レベル5だニャ。よろしくニャ、ガキんちょども」
大部屋で騒ぐのもあれなのでラウンジのほうに移動し、五人と一匹で掘りごたつを囲む。猫耳おっさんの自己紹介を、千影たちはフリードリンクのお茶を飲みながら聞く。名前、年齢、見た目、レベル、語尾。どの角度から触れたものか迷うラインナップ。
「島津くんはダン生研の嘱託プレイヤーみたいな感じで、研究員のダンジョン内フィールドワークなんかによく付き合ってもらってるんです。プレイヤーとして非常に優秀ですし、我々が最も重宝している人材の一人です」
身長百八十センチ超え、ごつごつとした世紀末的筋肉質な身体。タンクトップとホットパンツという嬉しくない露出度の高さ。彫りの深い顔に不釣り合いな黒髪のサラサラロングヘアー、その隙間から覗く茶トラの猫耳。例えるならパンケーキの上にTボーンステーキを載せたような感じだろうか。
「こいつが本物のシモベクリーチャーかニャ」とイヌまんを見ながら島津。「もっとバケモンみたいなやつを想像していたけど、案外可愛いもんだニャ。俺ほどじゃないがニャ」
ダンディーなバリトンボイスで流暢な猫語をしゃべられると、従来の二十倍は話が入ってこないと知る。一つ勉強になった。
「今回の調査は、ダン生研にとっても人類にとっても非常に重要な案件でして。私自身の目で確かめたいと思ったところで、彼に護衛として同行してもらっていたところです。私一人じゃあ十分ともたずに頂点捕食者のおやつですから」
「おやつ……」
「わふん……」
チビっことデカパグを反応させるフレーズが出てしまう。こうなると話への集中力が半分以下になるので、しかたなく持参したおやつを広げる。ポテチとビスケットとチョコとマシュマロとジャーキーとせんべいと。出したら出したで集中力はそっちに持っていかれるわけだが。
「今どきのプレイヤーはこんなにお菓子を持ってくるものなんですか?」
「うちだけだと思います。すいません」
島津がお菓子を見つめて思案顔になり、ごっそりとお菓子を手にとって席を立つ。
「ちょっと待っててニャ」
あうう、とギンチョが悲しげにうめくが、口の中にマシュマロを放り込んでやるとおとなしくなる。
「それで、さっきの話の続きなんですが……」とせんべいをかじりながら北畠。「早川さん、ぜひとも我々と同行して、今回の調査にご協力いただけませんでしょうか?」
「えっと……なにをするんですか……?」
「あるクリーチャーをさがしています。通称フェニックスウルフ、翼を持つ真っ赤な狼です」
「聞いたことないですけど……危ない感じのやつですかね……?(だったら勘弁)」
「いえいえ、それ自体は別段危険はないそうです。遭遇したプレイヤーの証言によると、戦闘能力は高いようだが好戦的ではなく、人の気配を察知すると一目散に逃げてしまうそうで」
「そいつがどうかしたんですか?」
「そもそもですが、このヨフゥフロアでクリーチャー――プレイヤーにとっての敵性生物、あるいはダンジョン内の大型動物などを総称してクリーチャーと定義しますが――頂点捕食者以外のクリーチャーを見かけたことはありますか?」
「あ……」
サウロンが動画で語っていた設定によれば、ヨフゥとは「宇宙から飛来した寄生生物によって、在来種が黒い外殻を持った猛獣に変貌してしまった惑星」とのことだ。出現するPなんとか(頂点捕食者)はすべて共通して黒い外殻を持っている。どいつもかたくて獰猛でおっかない。それ以外の昆虫や小動物もたくさんいることはいるが、少なくとも大型のやつは見かけたことがない。
「サウロン氏の設定がどこまで本物なのか、どこまでダンジョンに反映されているのか、それはまだわかりませんが、あの特別イベント以来、このヨフゥフロアに頂点捕食者以外の大型動物が確認されるようになりました。フェニックスウルフもその一つです」
「はあ……でもそれをわざわざ……?」
「いくつかの目撃証言によると、フェニックスウルフはこの森の中で、小さな幼体を連れていたということです」
「え、幼体……?」
「そうです。クリーチャーはダンジョンが産み出している。それらはすべて、生まれながらに成体です。少なくともそれが定説でした。目撃証言が本当であれば、フェニックスウルフは自らによって繁殖しているという可能性があります」
「でも……いつかのサウロンの動画で、『ダンジョンには生態系はない』って言ってた気が……」
「よく憶えていますね。私も同じ動画を見ました。ですが、ちょっとだけ違います。『ダンジョンには生態系はない、今はまだ』、彼はそう言ったんです。フェニックスウルフは、このヨフゥフロアの、あるいは赤羽ダンジョン全体の、なんらかの変化の兆しなのかもしれない。私たちはそう考えています」
「おう、待たせたニャ」
島津が戻ってくる。島津が戻ってくる。ハンカチにごっそりとお菓子を載せて。マシュマロを焼いて板チョコと一緒にビスケットに載せている。
「な、な、なんですか……これは……?」
ギンチョが驚愕している。一つ手にとり、イヌまんと一緒にあらゆる角度から見定める。宝石商が大粒のダイヤをそうするように。
「あそこの囲炉裏の火でつくってきたニャ。焼いたマシュマロとチョコをビスケットに合わせた、スモアっていうアウトドアの定番おやつニャ。俺も甘いもんには目がなくてニャ、この可愛い見た目どおり」
「はあ」
ギンチョがおそるおそるかじりつく。口から離すとにょーんとマシュマロが伸びる。
「ばりぼり! はふはふ! ほうわひいまひゅまろ! ほろへるちょほのあまさほ……」
「頬張るか食レポするかどっちかにしろ」
「んめえなこれ! やるじゃねえか、シマ……アレ……のオッチャン!」
「(諦めた)」
「アレクって呼んでくれて構わないニャ。ブリトニーでもいいけどニャ」
意味がわからないが菓子はうまい。アウトドアなんてダンジョン以外でやったことないがから初体験の味だ。これがリア充の味か。JDがサークル仲間とBBQ合コンしてせっせこつくるんだろうな。ちくしょうめ。
「スモアってのは『サムモア』、英語で『もう一つ』、が由来らしい、がニャ……」
もう一つというかもう一つもない。ギンチョとイヌまんの頬袋の中に収まり、まりっまりっと咀嚼されている。犬にチョコはNGだがイヌまんはシモベクリーチャーなので問題ないらしい。たぶん。
「こふー、しまづのおにーさん、ごちそうさまです。とってもおいしかったです、ありがとうございました」
「おう、またあとでつくってやるニャ。俺たち猫耳キュートなスイーツ仲間だもんニャ」
「はうっ!」
「わふっ!」
イヌまんは猫耳ではないが、まあ別にどうでもいい。北畠がぽつんと寂しげに若人を見守っているモード。
「すいません……チビっこと犬がいるもんで……」
「いえいえ、今回お借りしたいのは、その犬の力なんです」
「ほえ?」
「我々はフェニックスウルフの体毛を持っています。イヌまんくんの自慢の嗅覚で、追跡をお願いしたいのです」
フェニックスウルフとやらは、この山――通称ヨフゥ山の山頂付近で目撃されたらしい。その証言を元にかれこれ三日、北畠と島津はここに寝泊まりして追いかけているという。これまでの収穫は、ここから数百メートル離れた小川沿いで偶然拾った赤い毛だけだ。
「フンが見つかればもう少し追跡もしやすいところですが、ダンジョンバクテリアのせいで地上よりもだいぶ早く分解されてしまうんですよね。動物学者としては厳しい環境です」
「ていうか、おおよその位置くらいはわかってたりするんですか? この森? 樹海? 結構広そうな気がしますけど……」
「ヨフゥ山は標高三百メートル程度とそれほど高い山でもありませんが、フェニックスウルフの生息地域はここらへん一帯、とざっくり思われています。巣が山のこちら側かあちら側かすらもわかっていません。イヌまんくんの力があれば、一気に彼らとの距離を縮められるかも」
「俺も【テング】は持ってるが、さすがにこんだけ広いところでどこにいるかもわからん獲物を、においだけで追いかけるなんて真似は無理だしニャ。そのへん、猫よりも犬の出番ってわけだニャ」
千影の【ロキ】も明智の【バロール】も、永続的に効果を発揮できるものではない。以前に【ロキ】頼りでレアクリーチャーさがしというクエストをこなしたこともあったが、あれは出没範囲が狭かったからできた力技だった。
「【クー・シー】や【フェンリル】などのイヌ科の獣人タイプでも、においによる索敵やトラップの看破などの状況判断には長けているものの、長距離長時間の追跡や嗅ぎ分けによる精密判断という点では本物の猟犬には到底及ばないと言われています。人間とはそもそも脳の構造や世界の認識が違うんでしょうね。イルカやクジラが音の反響で世界を感じるのと同じように、犬もまたその鼻で我々とは異なる世界の捉えかたをしているのかもしれません」
なんだろう、そんな風に言われるとイヌまんがすごい存在に見えてくるから不思議だ。スモアのあとにおやつジャーキーもはぐはぐして、今はギンチョの太ももに頭を乗せていびきをかいているこの間抜けそうな犬が。
「で、いかがでしょう、早川さん。みなさんのご都合のいい範囲で構いません、なんとかお力添えいただけませんでしょうか? ダン生研からのクエストという形で、報酬も私の裁量で可能な範囲でお出しできますし」
それが聞きたかった。こんな危ないところでタダ働きなんてまっぴらごめんだし、そもそも本来の目的とも全然違う。
千影はテルコとギンチョを窺う。二人ともこくっとうなずく。
「まあ、特に予定もないしさ。うちのイヌまんをこんだけ必要としてもらえてんだから、手伝ってもいいんじゃね?」
「フェニックスウルフ、みてみたいです。あかちゃんおおかみ、もふもふしてみたいです」
「ありがとうございます。野生動物は基本触っちゃダメですけどね」
とはいえ、相応の危険も伴いそうだ。そんな高尾山でバードウォッチングみたいなノリでいいものか。まあ、二人がやる気なら反対するのものアレだし、安全面さえ重々気をつければ、イヌまんの能力開発と経験蓄積という意味でも悪い話ではないか。
というわけで、諸々の条件を詰めていく。テルコ……は日本語の読み書きはシビアだし、ギンチョ……もまだまだ勉強中だし、しかたなく千影がスマホにメモしていく。
まずはもう少し詳細なクエストの内容。それと達成条件。
「そのフェニックスウルフ、生きたままの捕獲が目的ですか?」
「ゆくゆくは幼体を一体確保したいところですが……そうなった場合、クリーチャーはエレベーターに乗せられませんので、飼育と検査のための施設をこのフロアに築く必要が出てきます。いずれそんな話も各国研究機関に出ているようですが、今回はあくまで生態調査ですので、その痕跡や実物の姿などを確認できればと思っています」
捕獲だとハードルが跳ね上がるが、見つけられればオッケーという条件ならありがたい。
二つめに大事なお金について。北畠から提示された報酬金額は、一人日で三万円(イヌまんも含めて四人ぶん)。一日十二万。普通に小躍りするくらい嬉しいが、もう一声あると俄然やる気が。
「別途成功報酬として、対象を発見できた場合には一人あたり五万円、計二十万円を上乗せ……というのが私の裁量で用意できる限界です。それ以上ですと帰って相談しなきゃで……年下の上司にネチネチと言われるのでちょっとしんどいですが、いかがでしょうか?」
特に異論はない。これで数カ月ぶんの家賃とテルコの仕送りぶんが確保できる。うほほい。
三つめ、リスクの問題。仮に期間中、フェニックスウルフを含めてクリーチャーとの戦闘になった場合、あるいは他の危険を伴うようなことが必要になった場合、手を貸すのは千影とテルコだけと事前に断っておく。
「当然ですね、承知しました。とかいう私も戦闘のほうはからっきしで……若者に守ってもらうというのも気が引けますが、どうかよろしくお願いします」
四つめ。稼働日数。今日はこのあとゆっくり休み、明日から最長三日間ということで合意。日帰りのつもりだったので着替えもない。売店でシャツや下着を買わないといけない。
「それでじゅうぶんです。我々もあと数日がリミットのつもりでしたので」
五つめ。経費について。ここの滞在にかかる費用はもちろんダン生研に持ってもらう。それとギンチョとテルコは個室のベッドルームのほうに泊まらせてあげたい。本当は千影自身もそうしたいが、知らない人と大部屋で雑魚寝とか拷問だが、せめて女子二人だけでも。
「当然のお話なのですが、ベッドルームにお二人追加となると……手持ちの現金が心もとなくなってくるので、地上で精算させてもらえると助かります。領収書をもらっておいてください。イヌまんくんに関しては……宿泊費がどうなるか、あとでフロントに確認しましょう」
「あと最後に……クエスト中に僕らが入手したアイテム――僕らが見つけたシリンジやタマゴに関しては、僕らが所有権を持つということでいいでしょうか? 先生や島津さんが見つけたものはそちらのものってことで、同時なら応相談って感じで」
「うぐ、それは……タマゴは……」北畠が哀願するような顔になる。「ダン生研としてもタマゴの入手は悲願で……というか正直私も個人的にほしくて……早川さんたちは、イヌまんくんに弟をつくってあげたくて、タマゴを求めているんでしょうか?」
「いや……そこまでは考えてないですけど……」
「では、早川さんたちがタマゴを手に入れた場合、ダン生研、もしくは私個人が優先的に買いとらせていただくというのはいかがでしょうか? 金額に関しては応相談ということで」
「(ごせんまん……)じゃあ、手に入ったら考えさせていただく感じで……」
他に言い忘れていることとかないだろうか。ソロだったら最悪適当でもよかったかもしれないが、今はチームの大黒柱だからしっかりやっておかないと。
「あとは…………見つかんなくても、イヌまんを怒らないでやってもらえますか……?」
北畠はきょとんとしたあと、ふっと笑う。そして千影に手を差し出す。
「生き物相手の調査ですから、失敗なんて日常茶飯事です。気楽に、一緒に学びながら、一緒にベターを尽くしましょう。よろしくお願いします、みなさん」
千影も手を差し出し、互いに握り合う。握手なんてめったにしないので赤面手汗目血走りの三連コンボ。
そんな感じで、早川千影チーム、緊急クエスト受注。
イヌまんの鼻を頼りに、フェニックスウルフをさがせ。
本人はよだれを垂らしながらぷーぷー鼻ちょうちんを膨らませている。給料泥棒になってしまったら、そのときは、すいません。




