19:【ラオウ】デビュー
ヨフゥフロアは埼玉県と同じくらいの広さだという。測量プレイヤーのみなさんのおかげでざっくりとした全体地図が完成し、公式サイトで公開されている。まだまだ外縁というか遠くのほうは「なんとなくこんな地形でこんなのがある」的な感じだが、それでもありがたい。
スマホに落としておいた最新の地図を表示しつつ、腕時計についたダンジョンコンパスを確認する。方角的には北東の山のほうに向かっている。
上ったり下ったり、緩やかな勾配が続く。イヌまんとリードを持つギンチョを先頭に、そのすぐ横にテルコ、殿は千影。普段ならまずやらない陣形だが、見晴らしのいい場所なら出会い頭にクリーチャーに襲われる心配も小さいし、なにかあってもテルコがすぐに対応できる。
なんてことを思っていたところで、前方からクリーチャー出現。黒い外殻を持ったヨフゥフロア限定のクリーチャー、頂点捕食者だ。どたばたと砂埃を上げながら突っ込んでくるのは、頂点捕食者の中でも最もザコのPラプトルが三体。Pはプレデターの略で、頂点捕食者のほとんどがPなんとかと公式的に呼称されている。
「ぎゃわー! かいじゅー!」
「わふぁー! わぅふー!」
先頭の一人と一匹の悲鳴が見事にハモる。主人に似るとはこのことか。
「ギンチョ、イヌまん、下がれ!」
テルコ一人でもなんとかなるレベルだが、ダンジョンの万が一は命とりになりうる。千影も前線に出て二人で対処する。
久々のガチ戦闘だ。緊張しまくり、ビビりまくり。
二人の持つプレデチウム合金製――頂点捕食者の外殻を原料とした金属製の武器は、頂点捕食者のかたい外殻をたやすく撫で斬りにできるレベルの超強力武器だ。三体を一分とかからずに斬り伏せる。二人とも怪我もなく、笑顔でハイタッチ。でも千影の内心は「うはーーー怖かったーーー怪我しなくてよかったーーー」と涙が出そうなくらい安堵している。
「ちーさん……けがなくてよかったです……」
「意地でも『が』をもう一つつけてくれないのね。つかなんでしょんぼりしてんの?」
「だって、わたしは……ひさびさで、こわくって、イヌまんといっしょにうしろにいただけです……」
「わふん……」
毎度のことながら、千影とテルコが身体を張るのを見ているしかないのが歯がゆいらしい。イヌまんも一緒にしょんぼり。自分も立派なクリーチャーのくせに、結構な勢いで尻尾巻いて逃げ出したのが恥ずかしかったのだろうか。これを機に少しは飼い主を見直してもらいたい。
「ギンチョ、何度でも言うけどさ、別に戦うだけがチームの役割じゃないから。ギンチョは荷物持ってくれてるし、危ないときは〝ながれぼし〟でサポートしてくれるし、イヌまんはタマゴのにおいを追ってくれてるし」
「そうだぜ、ギンチョ。誰だって最初はできないことばっかでハゲゆいもんだぜ。ちょっとずつできることを増やしていけばいいんだって」
「テルコ、歯がゆいだ。ギンチョ、イヌまん、こっち見んな」
気をとり直して探索再開。とはいえヨフゥのクリーチャーは数が多く好戦的で、五分から十分に一度はどこからか現れて襲いかかってくる。それらを慎重に確実に退けて、金になりそうな部位を剥ぎとったりする。
ときどきイヌまんが「わふっ! わふっ!」とここ掘れワンワン的に変なものを見つけたりして、ただの石ころや草なんじゃないかと疑いつつも一応回収していく。もしかしたら意外と高価なアイテムかも、などとは二パーセントくらいしか期待していない。でも回収していく。
そんなこんなで丘を越え、あの黒竜の発生したクレーターを横切り、暗色の草木が生い茂る森林地帯に入っていく。
あたりはひっそりとして薄暗いが、白い光を放つ夜光虫や色とりどりの綿毛が舞っていたりして幻想的だ。お腹をすかせた頂点捕食者らしきおたけびがひっきりなしに聞こえるので楽しむ余裕はないが。
「テルコ、イヌまんに並んで歩いて。前方からの敵に注意。僕も【ロキ】で気配をさぐるから」
聴覚強化の【ロキ】は、発動すればかなり遠くの物音も聞きとることができる。索敵には便利な反面、連続使用すると頭が痛くなったり思考が鈍ったりする。
と、敵が近そうだ。左から来る。
がさがさと草木をかきわけて迫りくるのは、殺傷能力的にPラプトルよりほんの少し上、Pダチョウの群れ。千影たちを囲むように陣どり、目を血走らせよだれを垂らしながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「ぎゃわわわ……あわわわ……」
「くぅぅぅん、くぅぅぅん……」
ギンチョが投擲アイテム収納ポーチ〝ながれぼし〟に手を突っ込み、あれでもないこれでもないと中を漁っている。慌てて変なもの投げられると困る。イヌまんはもうずっとギンチョ以上にビビりすぎだ。
「キヒャアアアアアアアッ!」
「キヒャアアアアアアアッ!」
Pダチョウが口々にさけんで威嚇する。数が多い、十体はいる。平地で千影とテルコだけならわけもないが、地形を気にしつつギンチョとイヌまんを庇いながらだと、結構しんどいかもしれない。
「めんどくせえ、オレのスキルで蹴散らしてやる」
「いや、ちょっと待って。テルコのスキルだと周りの木も薙ぎ倒す感じになるから」
「じゃあどうする?」
「テルコは左側の三体くらい、なんとかして。あとは僕がやる」
千影は右手に〝相蝙蝠〟を握ったまま、ギンチョとイヌまんを背後に立つ。敵は千影たちを三方から囲んでいる。右に三体、正面と左に四体ずつ。
「全然数が合ってねえけど、いけるか、タイショー?」
「いけると思うけど……ギンチョ、危なくなったらよろしくね」
「は、はう!」
「わ、わふ!」
「うん、イヌまんもね」
Pダチョウが辛抱たまらんという表情でギャーギャーわめいている。今にも襲いかかってきそうだ。それでも千影はぎりぎりまで自分から仕掛けない。左手に力を溜めているから。
「んじゃ、オレから行くぜ。オラァッ!」
テルコが槍を構え、一直線に切り込んでいく。短槍はテルコの背丈ほどの長さなので、この密林でも不利にはならない。ましてやプレイヤーとしての経験は千影よりも上だ。きっと問題ない。
「キャキャ、キャキャキャッ!」
先んじたテルコにつられる形で、正面と左側のダチョウが一気に突っ込んでくる。二十秒、そこそこチャージできた。千影は左手で地面に触れる。
――【ラオウ】。
地面が爆ぜるのと同時に、そこから光の剛腕が放たれる。
仰角三十度、フック気味の弧を描く軌道。巨岩のような拳が正面の四体をまとめて薙ぎ飛ばす。狙いどおりすぎ、うまくいきすぎだ。
千影はすぐに立ち上がり、ぎょっとして動きを止めた右側の三体へと切り込む。顔面めがけて伸びてくる嘴を左手の【アザゼル】ではじき、羽による打撃を受け止め、鉤爪のついた足による蹴りをかわす。慎重に丁寧に、一体ずつ斬り伏せていく。
「タイショー! 来るぞ!」
三体目の首を刎ねたのと同時に、さっき【ラオウ】で吹っ飛ばした二体が起き上がる。もう二体は昏倒したままもぞもそしている。
「テルコ!」千影はそちらを見ずにさけぶ。「終わったらギンチョとイヌまんのカバー!」
「ラジャー! もう終わってる!」
復活した二体へと距離を詰める。嘴による迎撃。
思ったより反応が早い。【アザゼル】でパリング、よろめいた隙に刀をねじこむ――寸前、もう一体がその長い脚で千影の脇腹へと回し蹴り。
「んがっ!」
間一髪、腰をのけぞらせてかわす。千影の体勢が崩れたところへ、もう一体の嘴が伸びてくる。千影の首筋めがけてまっすぐに――
「残念」
ダチョウの顔を、横合いから光の拳が思いきり殴りつける。最短チャージ一秒の【ラオウ】、発射台は千影が背にした木の幹だ。
カウンター気味にこめかみを打ち抜かれ、頭をよろめかせるダチョウ。その首筋を刀で斬り裂く。残り三体――と思ったら、テルコが昏倒していた二体に槍を突き刺している。
最後の一体は千影とテルコに挟まれた形になり、きょろきょろと首を回し、一目散に逃げ去っていく。わざわざ追いかける必要もない。それでようやくあたりは静かになる。
「ちょっとひやっとしたぜ、タイショー」
「ごめん、油断した。でも貴重なテストになったよ」
なんて余裕ぶっこいた涼しい笑みをつくるが、背中は汗びっちょりになっている。
焦ったーーー。あの蹴りのタイミングよすぎて? 悪すぎて? ビビったーーー。
これだからザコ相手でも油断できない。命のやりとり。一歩間違えばとりかえしがつかない。
「ギンチョ、だいじょぶだった?」
ギンチョがタックル気味に抱きついてくる。その手に〝特製にんにん煙玉〟が握られていて、危うく気管支が大変なことになるところだったと反省する。
イヌまんが千影の靴にぺたっと前足を乗せ、「わふ」と言う。「よくやったぞ」なのか「詰めが甘いぞ」なのかわからないが、上から目線なのはわかる。
頂点捕食者から獲れる資源は、最近では流通量が増えすぎたため、一時期にくらべてかなり値下がりしている(強キャラものは除く)。それでもPダチョウの嘴は一つ三千円くらいで買いとってもらえるとウィキに書いてあった。九つだから二万七千円。おいしい。狩りとった命を粗末にするのも野暮なのできっちりいただいておく。
「タイショー、復帰一発目にしちゃわりと稼げたんじゃねえか?」
「まあね、だけど来月から家賃あが……上がるから……」
現実に戻るセリフを吐いてしまい、なんだか気持ちが萎える。
そうだ、これからは三人と一匹の共同生活、コストはこれまでの数倍に膨れ上がる。
はあ、家賃ってなんであんなにお高いんでしょう。税金ってなんであんなにお高いんでしょう。借金も早く返したい。
「そういやオレも……ノブんち、じゃなかった、オレんちに仕送りしないとだしな……」
テルコは紆余曲折を経て永尾信輝の戸籍をもらうことになった。父親が病気がちな永尾家への経済的支援を、ノブの代わりに続けるつもりだという。千影としても協力してあげたい。
「わたしも……もっとやきにくたべたいです……」
「わふ……」
協力してあげたいが無理。おやつジャーキーで我慢してほしい。
それにしても、さっきの【ラオウ】。初の実戦投入になったが、反省点は多い。
一発目は狙いどおりにいったとして、二発目はほとんど反射的だった。とっさに出せたことはよかったとしても、通用するのはせいぜいあのレベルのクリーチャーだけだ。もっと強くて速いやつなら、あの詰まった間合いで一秒チャージするのは難しい。
もっと考えないと。もっと慣れないと。
柔軟すぎるほどの性能がある。だからこそ、【イグニス】のような単純なスキルより、使い手に左右される。
すべては自分次第だ。生かすも殺すも。
そんなことを考えつつ、気づけば木々はより鬱蒼と色濃くなり、あたりはますます薄暗くなっている。緩やかな上り道で、いつの間にか山に向かって登っている。
「イヌまん、ほんとにこっち?」
「……わふぅ?」
不服か? と言わんばかりの不満顔。
「はい、疑ってすいません。引き続きお願いします」
「わふ、ふふん」
黙ってついてこい、という風に鼻先を振る。
勾配が急になり、草地や茂みのせいで足場も悪くなる。一行を引っ張るイヌまんはまだまだ元気だが、ギンチョが少ししんどそうだ。休憩を挟みつつも、荷物を背負ってここまで七・八キロは歩いてきた。さすがにレベル1の体力とはいえ、多少疲れが出てきてもおかしくない。
「ギンチョ、オレが荷物持とうか?」
テルコの提案に、ギンチョはぶんぶんと首を横に振る。汗のしずくが飛ぶ。
「わたしの……しごとです……」
確かにポーターはポーターだ。そのがんばりと根性は認める。
千影はテルコに目配せし、後ろからそっとギンチョのリュックを持ち上げる。異変を察知したのか、ギンチョが振り向くと同時に手を離す。前に向き直ったと同時に持ち上げる。このくらいイタズラしてもバチは当たらないだろう。




