18:イヌまんの冒険
「へー、そんでヨフゥに行こうってのか?」
「かわいいおねーさんのおねがいだからですか?」
千影は自然と正座になってしまう。向かい合うギンチョとテルコはジト目で口をへの字にしている。なんか知らんけど自分が悪いみたいになっている。
「いや別に……絶対あげるつもりないし。めっちゃ貴重品でめっちゃ高いし、つーかおいそれと生き物をね、命をね、軽々しくあげた渡したとかよくないと思うし。ですから、そのへんは万が一運よく手に入ってから考えるとして、我らがチームはイベント後からしばらく本格的なダンジョン探索から遠ざかってるわけで。そのリハビリ的にヨフゥフロアに行ってみて、お金稼ぎとあわよくばタマゴ入ったらどうしようかという、そういった動機による提案でありまして」
苦しい答弁が続く。どこかに早川千影を忖度してくれる官僚はいないものか。
救いを求めるようにイヌまんに目を向ける。主人のピンチにふんっと鼻で笑う畜パグ。
「ダンジョン行くこと自体は反対しねえけどさ。イヌまんはこれでまだ二度目だろ、しかもエリア1や2とくらべても、ヨフゥはかなり危険だし。あんまり無茶はしたくねえな」
テルコの口からそんな慎重なセリフが聞けるとは。さっき食べたロイヤルブルーボルシチの影響か。いや、昨日話した件のせいか。
「うん、無理はしない。あんまり遠くにも行かないし、危険そうな場所も避ける。イヌまんも最初は怖いだろうけど、そこはおねーさんとしてギンチョがサポートしてあげて」
「はう!」
イヌまんの成長期はようやく終わりつつある模様で、図体は大型犬くらいで落ち着いてくれた。まだ早いかもしれないが、いよいよ徐々にダンジョンに慣れていってもらいたい。
それと、こいつがなにができるのか、どんなポテンシャルが備わっているのかについても、なるべく早いうちに知っておきたい。今後の活動に大きく関わってくるから。
まんま犬な見た目でも、れっきとした〝ヨフゥのタマゴ〟出身のクリーチャー。サウロンの言葉どおりなら、プレイヤーの貴重な助けとなりうる可能性を秘めているはずだ。
どんな種類の可能性かは、千影にもまったく見当がつかない。というかダンジョンでバリバリ躍動している姿が想像できない。だがやってもらわないと困る。ただのマスコットでいられると困る。
「イヌまん、いっしょにがんばるです!」
「わふっ!」
「ダンジョンで暴れるのも久しぶりだな。胸が鳴るぜ! パチパチするほどにな!」
「腕ね(ちら見)」
寝支度を整えておやすみの前に、トレードの申し込み状況を確認してみる。
「なんか進展あったかな? 面白い申し込みとか来てるかな?」
みんなでベッドに腰かけ、ギンチョの端末を覗き込む。申し込みは全部で二十件。思ったよりも多い。
「……んーと……微妙なラインナップだね、今のところ」
【ナマハゲ】【アザゼル】といったメジャーどころが目立つ。おそらくガチャでゲットしたダブリだろう。そのあたりとトレードする意味は薄い、現金化してそれらを買えば余裕でお釣りがくる。
「この中だと【ペルセポネ】とか【スプリガン】がレアだけど……【ペルセポネ】はギンチョにはいらないかもだし、だとすると【スプリガン】かな……」
「どういうやつだっけ?」
「壁とかに手足がぴたっとくっついて登れるやつ。スパイダーな感じ。こないだ直江さんが当ててたやつ」
「ペニなんとかは?」
「【ペルセポネ】な。毒物を感じとる味覚の獲得、らしい。僕も詳しくは知らないけど。ギンチョは毒が効きづらい体質だし」
ワンチャン野菜嫌いが治る可能性もなくはないかもしれないが、そのために貴重なトレードを使っていいものか。
「つーか、金銭での買いとり希望ってのも、ここに申し込みが来るんだな」
「プレイヤーじゃなくてどこかの研究機関だろうね。実際にプレイヤーとして使うっていうより、【ダゴン】の生体を調べたいのかも」
提示金額は最高で三百万円。レア度を考えるともう一声、でもじゅうぶんすごい三百万。頭の中で「ぽちっと押したら三百万、ぽちっと押したら三百万」とミニ千影がささやいている。
ギンチョは画面を睨みながらむーっと眉間にしわを寄せている。ちょっとしょんぼり気味だ。
「まあ、まだ出品したばっかりだし。もう少し様子を見てみようよ、そのうちもっといいのが出てくるかもね」
「いつですか?」
「明日か、明後日か……ごめん、わかんない」
ふう、と落胆のため息をつかれる。イヌまんにぺしっと叩かれる。安易に曖昧な答弁を子どもにするべきではないと、十八歳にして世のお父さんたちの苦労を理解する。
***
九月十六日、土曜日。
テルコとイヌまんを迎えた新生チーム、いよいよ本格的なダンジョン探索へ。
「ひろいですー、きもちいいですー」
「わふー、わふふー」
擬似的な空の天井に二つの太陽が照っている。ヨフゥは快晴、残暑の地上と同じくらいの気温だが、湿気がないので快適だ。
広々とした平原をイヌまんと一緒に走り回るギンチョは、いつものサムライ・アーマー製ジャージに猫耳つきヘッドギアという装備。絵面だけ見ると動物ランド的なところに遊びにきたみたいな感じでほっこりしそうになる。
テルコにもおそろいのジャージを買ってあげたいところだが、経済的事情でもう少し先になりそうだ。これまで使っていたヘッドギアとサバイバルベスト、肘当て膝当てというベーシックな装備で我慢してもらう。本人は特に気にすることもなく、黒コウモリ由来の短槍をひゅんひゅん振り回している。
「こないだのガチャ祭りんときは、この槍振るう機会もなかったしな。なんだっけ、ム、ム、ムヒョーイチモツ?」
「〝無明一文字〟な。製作者の思いを下ネタにするな」
「カミいい名前だな。よろしく頼むぞ、ムミョー」
千影も素振りなどはときどき行なっているが、真剣を振るうのは前回のイベント以来だ。腰に帯びた二振りの小太刀に触れる。よろしく頼むぞ、〝相蝙蝠〟。
ちなみにイヌまんにも防具をつけさせている。首輪とリードはいつもどおりとして、ダンジョン由来の素材でつくった犬用ベスト。カラーはギンチョのジャージとおそろいのオレンジ。
古田プレイヤー用品店の看板娘・詩織から「ワンちゃんの防具を注文されたのは初めて」と苦笑いされた。ヘッドギアも用意したが、かぶせようとしたら千影には低くうなり、ギンチョには哀願するように「きゅうん、きゅうん」とあざとく鳴き、結局今回だけは大目に見ることにした。
「何度も念押しして悪いけど、ダンジョンは遊びじゃないからね。危険なことがいっぱいあるし、いつやってくるかもわからない。気を抜かずに行こう」
「はう!」
「おう!」
「ガルルル」
「今のどこに怒る要素があるの?」
イベント時に設置されたエレベーターホール周辺のバリケードと堀はそのままになっている。セーフルームのような安全を保証された場所というわけでもないが、なにもないよりはずっと心強いしありがたい。
「んでタイショー、今日はどのへん行くんだ?」
バリケードエリアを出る前に、今日のおおよその行動範囲を決めないと。というわけで、千影がこっそりと温めていたアイデアその一。
「今日はこれで行き先を決めてみたいんだけど」
ボディーバッグから出したのは、小ビンに入った卵の殻の破片。表がきらきらとした銀色、裏が乳白色。イヌまんを孵化させたタマゴのかけらだ。
「ちーさん、だんせーけんのひとにわたしたっていってました」
「うん、ちょっとだけ手元に残しといた。記念にというか、なにかに使えるかなって。イヌまんにこれのにおいを憶えてもらって、それを追ってもらおうかなって」
まんま犬的な扱いだが、まずはそのフォルムに沿った能力テスト。嗅覚による追跡。これができるとなれば、特定のアイテムやレアクリーチャーさがしなどに役立つかもしれない。
「よし、イヌまん。いよいよお前の力を発揮するときだ。こいつのにおいを憶えるんだぞ」
小ビンをイヌまんの顔に近づける。低くうなられる。そのブレない姿勢は別のところで発揮してほしい。
ギンチョが頭を撫でてなだめると、渋々ながら顔を近づけ、すんすんとにおいを嗅ぐ。
「わふっ」
イヌまんは顔を上げ、ギンチョの足に顔をこすりつける。
「え、なに? こんなところで甘えんぼモード発動?」
通りすがりのプレイヤーが変な目で見ている。恥ずかしい。
「あのさ、タイショー」
「ん?」
「タマゴってギンチョがずっと持ってたよな。ギンチョのにおいがタマゴにしみついてるんじゃねえか?」
「うん、それな」
知ってた。知ってて試した。ごめん、嘘です。
「あの……イヌまんさん?」
「わふ?」
「もしもでいいんです。このタマゴと同じにおいのものがね、ギンチョマーマ以外にもあったら、そっちのほうに案内してほしいんですけど」
「ふっ、わっふーぅ」
イヌまんは「ちっ、うっせーな」的に不遜な態度で息をつき、「しゃーねえ、ついてこい」的にふてぶてしさを漂わせてゆっくり歩きだす。帰ったら真っ先に「ペット 主従関係 絶対強制」でぐぐろうと千影は心に決める。
 




