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17:千影vsユーチャンネラー

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本エピソードをお読みいただく際は、ぜひ「こんなやつもいるよねー」くらいに生温かい目でお読みいただけると幸いです。


「あの、特例免許の子のメンターさんですよね?」


 シモベが誕生した日。千影がポータルに呼び出され、「シモベでトラブったらみんな超絶迷惑すんぞ、わかってんな」的に千本くらい釘を刺されてしょんぼりハリネズミになったところに、見知らぬ女性が声をかけてきた。それがマコちゅんだった。

 そのまま振り切ってしまえばよかった。ギンチョ絡みならなおさらだ。けれど、そのときはたまたま足を止めてしまった。しょんぼり状態でガッツが足りなかったのと、相手が結構可愛かったからだ。


 「ギンチョのサインがほしい」とか「インタビューしたい」とかいう提案を想定していたところで、「あたしのユーチャンネルにあの子も一緒に出てほしいんですけど」という斜め上からのアプローチが降ってきた。途方に暮れざるをえなかった。


 〝ファイナルダンジョンフリーター・マコちゅん〟。そんな風に名乗られても、ユーチャンネラーなんてサウロンを含めて数えるほどしか知らない。


 もちろん千影は即座に断った。わざわざ晒し者になる理由なんてないから。

 千影をイラっとさせたのは、彼女のそのあとの執拗なまでの食い下がりだった。


「あの子が人前に出るってことが、プレイヤー全体のイメージアップというか、そういういい影響になると思うんですよね。そういうのって大事じゃないですか、あたしたちただでさえ怖いとかバケモンとかネガティブなイメージもつきやすいし、絶対他のプレイヤーの人たちのためにもなりますよ」


 翻訳:他人様のために一肌脱げ、パンダとなれ。という建前の下、がっつり視聴数おいしいです。


「だいたい特例免許なんて立派なものをもらったんですから、ちゃんと事情とか経緯とか、世間に説明する責任ってあると思うんですよ。プレイヤー全体の問題でしょ? なにか問題あったらみんなに迷惑がかかるんだから。ちゃんと自分の口から説明したほうがいいですよ、動画とかで」


 幼女に対して説明責任を求める世間代表ユーチャンネラー(無認可)。


「ていうか、あの子自身のためにもなると思うんですよね。いろいろとネットでも疑惑出てるし。あざとい猫耳かぶって遊び感覚でプレイヤーやってるとか、レベル1でイベントにまで出張ってきてそんな目立ちたいんかとか。いや、あたしは別にそんなこと思ってないですけど? でも本人が自分の意見を言えれば、そういう風評だって払拭できるじゃないですか」


 追及のあとにメリットをちらつかせてその気にさせるオトシのテクニック(レベル0)。


「つーか、あなたもそうですよ、メンターさん。どう見ても遠縁の親戚とか納得できないですよ、似てなさすぎて。どういう関係なんだって疑惑出まくりですよ。失礼ですけど、実物が影薄すぎて目立たないから、ネットでも情報も全然上がってこないし。〝赤羽の英雄〟の仲間とか、駅前ででかいクリーチャーやっつけたって噂もあるけど、別人疑惑も出てるし」


 ついに千影自身にまで飛び火したマコちゅんトーク(思考回路はショート寸前)。


「って感じで、どうですかね。あたしのチャンネルならあの子と並んでいい絵になると思うんですよね。世間にちゃんとアピールできると思うし、いろんな誤解を解けるいいチャンスじゃないですか。なんならあなたもちょろっと出てもらってもいいですしね」


 ようやく全弾撃ち尽くしたのか、マコちゅんはいったんしゃべるのをやめて、紅潮したドヤ顔で千影の目を覗き込んできた。

 いつもなら初対面の女性と目を合わせるなんて赤面不可避な状況だが、千影の胸に湧き起こる感心にも似た思いがそういうコミュショー的反応を鈍化させていた。


 ――すげー、いるんだー、こういう人。リアルに存在するんだ。


 人のため。世間や集団のため。責任を果たすため。なおかつあなた自身のため。

 そんなことをぺらぺらとドヤ顔で話しつつ、結局は自分のためですよという魂胆が空気よりも透けて見える。本人はそれで隠しているつもりだから余計すごい。

 そんな矛盾だらけの強引な論理でツッコまれないと思っているのだろうか? 押し通せると思っているのだろうか? 首を縦に振るとでも思っているのだろうか?

 だとしたら、その頭蓋骨の中にはスカシカシパンでも詰まっているんじゃなかろうか。スカシカシパンに失礼でした、サーセン。


 というわけで、「よくわからない」「お母さんがごはんつくって待ってる」とか適当言いながら彼女の前から逃走した。

 そのまま街中を小走りしていたとき、ワンテンポ遅れて猛烈な腹立たしさがやってきた。普段の千影には珍しい、頭を掻きむしってさけびたくなるほどの激しい怒りだった。頭皮が痛むからやめた。

 他人のためとかいう綺麗事で包んだ自己利益への誘導。浅ましい動機を隠すためにより浅ましい嘘をつく姿勢。それらに対して相手がどう考えるかを考えていない想像力のなさ。そしてギンチョや自分への侮辱。到底真似できない図々しさ、ああはなるまいという気恥ずかしさ。

 それらすべてが、早川千影にとっての「ないわー」に触れるテンプレ構成だった。できれば二度と顔を見たくないと思った。




 なのに、九月十五日、金曜日。マコちゅんとの三度目の邂逅。

 昼下がりのジュナサンで、二人ともドリンクバーだけ注文する。


「あ、あとでパフェも頼んでいい?」

「いいですけど、僕の奢りってことですか?」

「当たり前じゃん。女の子に払わせるとかありえないっしょ」


 こういう、世の中の理屈をすべて自分の都合のいいように拾ってくる姿勢。千影の中の「ないわー」ポイントが蓄積していく。なにか自分に不都合があったときに絶対に自分のせいだとは認めないタイプの人だ。


「あのさー、千影くんって呼んでいい?」

「はあ(嫌だけど)」


 会話をしながらも彼女はスマホを手放さず、ぽちぽちと触り続けている。自分の娘だったら一時間くらい説教したい。


「千影くん、今日会ってくれたってことは、あの話オッケーってことだよね?」

「えっと……オッケーじゃないですね。お礼とお断りをしに来ただけなんで……」

「なんで? 助けてあげたじゃん」

「さんざん人のため世間のためとか言っといて、自分は見返りを求めるんすね」


 マコちゅんはぐっと唇を噛む。千影としても今日ばかりは人見知りだの遠慮だのしている余裕はない。心臓バクバクいっているが。


「なにがそんなに嫌なの? 別に減るもんじゃないじゃん。今どき動画くらいそのへんの高校生だってやってるよ」

「えっと……なんというか……まずこっちの事情として、あの子を晒し者みたいな感じにはしたくないってのが一番で……」

「なにそれ? 動画に出たらまずい事情でもあんの?」


 話せるわけがない。あの子の特別な事情なんて。


「それだけじゃなくて……ぶっちゃけると……」


 少し間を置く。覚悟を決めるしかない。


「本音言うと……僕があなたを気に入らないのが本音で……」

「は?」

「他人をダシにしたりして、自分の利益のために人を利用しようとする感じとか。自分勝手な嘘が見え透いてる感じが、どうも僕は恥ずかしいというか、気持ち悪いというか……」


 信じられない、という風にマコちゅんは目を剥いて首を振る。


「ひどい。なにそれ。あたし年上だよ? なに調子こいてんの? あたしが嘘ついてるっていう証拠でもあんの?」

「僕の勘違いでもなんでもいいです、僕が勝手に嫌ってるだけなんで。それであなたに迷惑をかけるつもりもないし」

「迷惑かかってんじゃん、実際。動画出てもらえないんだから」

「ゼロがゼロになっただけで、損害与えたわけでもないし」


 マコちゅんは顔をしかめ、シートにどかっと背をもたれる。


「……しょうがないじゃん、どんどん視聴数下がってくんだもん。こんなにがんばってんのに」


 口元は曲がり、目は光が消えている。これが素か、と別に期待していたわけでもないのに、こういうの見えたら見えたでほんの少しがっかりするのは勝手すぎるだろうか。


「なんでユーチャンネルなんかやってるんですか?」

「当然、お金のためだよ」

「現役のプレイヤーですよね? ダンジョンで稼げばいいのに」

「ありえない。絶対無理。クリーチャーとかマジ怖いし。あたしまだレベル1だし」

「えっと……プレイヤー歴何年ですか?」

「去年の六月だから、一年とちょっと」


 千影の一期後輩、中野奥山の一期先輩だ。

 まあ、別段珍しいことでもないらしい。免許をとって実際にダンジョンに入って、それで怖気づいて引退していく人。だからと言って臆病だとは思わない。むしろそれが普通な気もする。


「メンターの人のおかげで、なんとかレベル1にはなれたんだけどね」


 免許取得直後の初心者は、レベル1になるまでの間、他の先輩チームたちを指導者として支援を受ける制度を利用できる。千影もそのおかげでレベル0を卒業できた。


「けど、レベル1になってすぐ……たまたま連れてってもらったエリア8で、クリーチャーズハウスに巻き込まれて……あたしだけ命からがらエリア7のキャンプまで逃げ帰って……もう無理って思った。だって、昨日まで普通に一緒にいた人が、あんなにすごい人たちが、目の前であんなあっさり死んじゃうんだよ?」


 千影もシートにどかっと背中を投げ出す。気づかれないようにテーブルの下でぎゅっと拳を握りしめる。

 思いがけない方向から、まさかの人から、自分のトラウマをえぐられることになるなんて。


「そのあとも、トラウマ克服しようって、別の人に指導をお願いしたりしたけど……いろいろあって……結局ダメで……」

「もうダンジョンでは活動してないってことですか?」

「動画撮りに行ったりするけど、駐屯地とかエリア1とか、行けてもエリア3くらいまで。こっちはレベル1の女の子一人で、ろくな装備だって持ってないし、クリーチャー怖くて無理。つーかあんたらがおかしいのよ。二十一世紀にもなって、わざわざ化け物と殺し合う仕事に就いて、武器とか物騒なもん集めて喜んで、自分から進んで巨人とか獣人とか化け物になったりして」


 言われてみればそのとおりだし、むしろ彼女の感覚が一般的だとも思う。プレイヤーの血なまぐさい現実を思い知って諦めてしまう新人は意外と多い。千影だって最初は似たようなことを思っていた。


「……プレイヤー辞めちゃうのも、ありなんじゃないですかね……」

「簡単に言わないでよ。一度プレイヤーになったらもう、再就職とかも難しいし」


 D庁とIMODで、毎年二千人以上がプレイヤー免許を取得している(四・五年前のダンジョンゴールドラッシュ時はその倍だったらしい)。だが実際に活動するプレイヤーの総人口は、何年か前を境に横ばいか微増程度に留まっているそうだ。

 たとえば去年の数字として、殉職者はおよそ千人。それとは別に、心の不調や怪我による再起不能、将来の不安などを理由に引退する人も五百以上いたという。


 それと関連して、引退したプレイヤーの再就職の問題もある。外国の事情までは知らないが、少なくとも日本では履歴書に「ダンジョンプレイヤー免許取得」ということを特記事項として記載しなければいけない。

 それが原因で転職活動がうまくいかないという話はよく聞かれる。特にダンジョンとなんの関わりもない一般企業からは、得体の知れない能力を持っているプレイヤーは怪人のようなものだという偏見がつきまとう。

 D庁も引退プレイヤーの再就職先の斡旋や資格取得補助などの社会保障制度を設けたりしているが(路頭に迷って〝C〟にでもなられたら困るから)、現実はなかなか厳しいらしい。


「まあ、プレイヤーだからこその求人もあったりするけど……そういうのはダンジョン関連だったり、真っ当じゃないやつも多いって聞くし……」

「絶対嫌、そんな仕事。プレイヤーやってんのと変わんないじゃん」

「だから、ユーチャンネラーやってるんですか?」

「三番街でバイトもしてるけど。でもいつまでも続けてられないし、パ……父さんから小遣いもらったりするけど、向こうにも家族があるからいつまでも甘えてらんないし……」

「家族?」

「離婚したの。父親のほうは再婚して家族いんの。あたしは母親のほうに引きとられたけど、あのババアとは家出るときに超絶喧嘩してそれっきりだし、だから実家に帰るって選択肢もなし」


 なるほど、意外とハードな境遇だ。


「いよいよ手詰まりになってきて、そんでユーチャンネラーになって一発当ててやろうかって。このとおり、あたし結構可愛いじゃん? だから滑り出しは結構よかったんだけど、そこから全然視聴数伸びなくて。だって他のガチでやってるプレイヤーのユーチャンネラーとかのほうが、ガチの動画撮れるもん。エリアいくつでなになにしました、ウイスル打ってこんな見た目になりましたって。あたしなんかロケ地はいつもおんなじ、やれることも全然少ないし、すぐ飽きられちゃって……だから、特例免許のあの子が必要なの。一気に話題と視聴数稼げるチャンスなのに」


 と言われても。という顔をしていると、マコちゅんに睨まれる。


「まあでも……僕も似たようなこと経験しましたけど。僕のメンターも、目の前で死んじゃったし……」

「え、マジで……?」

「自慢するようなことでもないですけど、別に」


 サポートをしてくれた人たちを目の前で亡くした。なんの前触れもなくあっけなく、理不尽で災厄的な暴力によって。

 自分自身も死にかけて、プレイヤーを辞めようと思った。それでも心が折れなかったのは、黒のエネヴォラへの復讐心と、【ムゲン】という抗うための武器があったからだ。


「……それでも、あんたはプレイヤーとして充実してんじゃん。年下のくせにレベル4? 特例免許の子のメンター? 〝赤羽の英雄〟の仲間? しかもシモベクリーチャー持ち? そりゃさぞかしダンジョンが楽しくて、生活も余裕なんでしょうね。あたしみたいな底辺の気持ちなんてわかんないでしょ」


 充実? しているかもしれない。

 けれど余裕なんてないし、楽しいことばかりでもない。ダンジョンに行かなくても毎日なにかしら起こるし、結構ぎりぎりでやっている。

 野菜嫌いのチビっこ、セクハラ姉ちゃん、なかなか懐かないシモベ、借金、悪魔、リーダーのプレッシャー、抜け毛。なにより彼女らを守る責任感、彼女らになにかあったらという恐怖感。一人でいたときのほうがまだ気楽だった。

 ダンジョンでもいつだって緊張する。クリーチャーとの戦闘が怖くなかったこともない。一歩間違えば死ぬ、そういう状況で何度も泣きたくなったし漏らしたくなってきた。実際泣いてきたし漏らしてきた。


 順風満帆、結果だけ見ればそう見えるかもしれないし、実際運にも恵まれてきたが、そのぶん人一倍苦労してきた。別にそれを主張するつもりもないが、少なくともそれを知らない他人に気楽なものだなどと決めつけられたくはない。


「まあでも……だからって、あの子を動画に出すのは絶対無理ですし……たぶん許可なくやったらD庁に怒られる気がするし。マコちゅんさんが言ったみたいに、あの子は影響力強いんで。たぶんあなたのほうが怒られると思いますよ」


 嘘というか方便というか。あながちまったくデタラメでもない。間違いなくあの悪魔は怒り狂うし、あの子の事情を知る庁の偉い人たちも快くは思わないだろう。


「一応助けてもらったんで、お礼はしますけど、僕にできることであれば。お金は……気持ち程度なら……」


 マコちゅんはしばらく黙り込む。かと思うとふらっと立ち上がり、ドリンクバーに向かう。なみなみ注いだコーラをストローでちゅーちゅー吸い込み、ぷはっと顔を上げる。


「じゃあ、決めた。あたしも――――」

「あたしも?」

「――――……あたしにも、シモベクリーチャーちょうだい」

「は?」

「ああ、いや、別にあのデカパグよこせってんじゃなくて。あたしもシモベがほしくなったから、〝ヨフゥのタマゴ〟だっけ? とってきて」


 いやいやいやいや。

 そんな、ちょっと秩父行ってカブトムシ捕まえてこいみたいに。


 先日の特別イベント後、ツブヤイターでは ♯ダンジョンタマゴ のハッシュタグで連日賑わっているが、サウロン曰く「発見する確率は二十三区内で野生のウォーリー見つけるくらい」らしい。「全然見つからない」「ほんとに落ちてんの?」「サウロン氏ね」などのツイートがほとんどで、入手報告はまだ数例しか挙がっていない。その幸運な発見者のうち、一組はなんと、イベント時に一緒に戦った〝チーム柴田〟だった(リベンジお見事)。


「あの……絶対無理だと思うんですけど。まだ数個しか発見されてないっぽいし。つーか末端価格でいくらすると思うんですか? D庁公式の民間クエストで……(スマホぽちぽち)……タマゴ採取で……ごごごごごせんまん……(ガクブル)」

「別に売るつもりもないけど、シモベクリーチャーと一緒なら、そこらのペット動画なんかの一万倍くらいは数字出そうじゃん?」

「ゲスいわー」

「それに……あたしを守ってくれる子がいれば、ダンジョンも怖くなくなるかもしれないし……だから、お願い?」

「無理ですー」

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