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15:千影vsモンペ①

 スマホには何件も着信履歴が残っていた。実験のあともバッグに仕舞ったままだったのが悔やまれる。とにかく急いで向かうしかない。

 北赤羽からタクシーに乗って新荒川大橋方面へ。それほど時間はかからない。慌てながらも乗車賃のお釣りをもらうことを忘れない千影。だって五千円札しかなかったから。

 大橋のたもと付近にある交番に駆け込むと、ギンチョがおまわりさんと向かい合って座っている。その足元にはイヌまんがずんぐりした身体を丸めて寄り添っている。千影にいち早く気づいて首をもたげる。


「ギンチョ、だいじょぶか? なにが――」


 室内を一瞥しただけでは状況がわからない。パイプ椅子に座っている、ギンチョより一回り大きめの男の子。そのかたわらに中年の女性が立っている。親子だろうか。現れた千影を睨みつける女性の目が険しい。


「早川さん、ですかね? 荒川交番の前田です。どうぞこちらに」


 六十手前くらいのおまわりさんが、ギンチョの隣の椅子を勧めてくる。声からして、さっきの電話の主のようだ。

 千影が腰を下ろしても、ギンチョは顔を上げようとしない。うつむいたまま膝のあたりをぎゅっと握りしめている。


「えー、ギンチョちゃんがこちらの伊藤遥斗くんとちょっとイザコザをしてしまったようで……この子があなたのケータイ番号を憶えているということで、ご足労いただいた次第で」


 ギンチョの記憶力はとても優秀だ。千影、明智、直江らの番号はすべて暗記している。


「イザコザって……こいつが……そこの子と……?」


 伊藤遥斗という男の子は、やや居心地が悪そうに背中を丸めている。がっしりしているというかジャイアン体型というか。よく見ると服が汚れている。


「お宅の子が、うちの子にそのでかい犬をけしかけたみたいです」それまで黙っていた母親がそう言う。「おかげで転倒して土手から落ちて、足首をひねってしまいました。膝もすりむいています」

「はあ」


 ぴんとこなさすぎてうまく頭に入ってこない。

 ギンチョがイヌまんをけしかけた? この男の子に?

 全然想像がつかない。そんなことが起こりうるとは思えない。信じられない。


「はあって、あなたその子の保護者ですよね?」

「あ、はい……そうです……」

「子どものやったこととはいえ、保護者はその責任をとるべきだと思わないんですか?」

「え、あ……いや、すいません。えっと、ギンチョ、なにがあったの?」


 まずは本人の言葉を聞きたい。話はそれからだ。

 ギンチョがちらっと顔を上げる。そしてまたうつむき、小さく首を振る。


「……イヌまんはわるくないです……」


 いや、その言いかただと、イヌまんがなにかをしたということになってしまう。


「まあ、子ども同士の諍いですから、そんなに目くじらを立てんでもと思ったのですが……失礼ながら、早川さんはあのダンジョンのプレイヤーですよね。ギンチョちゃんも。身分証としてプレイヤー免許証を持っていたので」

「あ、はい……」

「子どもとはいえ、プレイヤーが一般人になにかをしたという可能性があるとすると、ちょっとアレですからね……うーん……」


 前田はだいぶ歯切れが悪い。ダンジョン周りの犯罪については、警察でも扱いに困っていると明智から聞いたことがある。


「いや、あの、すいません。全然なにがあったのかわかんなくて……もう少し具体的に……」

「一時間くらい前ですが、荒川の土手を散歩中のギンチョちゃんに、遥斗くんとお友だち二人が話しかけたそうです。その犬を触らせてくれって。ギンチョちゃんは拒否して立ち去ろうとしたんですが、遥斗くんたちにもう一度声をかけられたので、その犬をけしかけて追い払おうとしたということです。遥斗くんたちから聞いた話です、お友だちのほうは怪我もなかったということで、先に帰ってしまいまして」

「うちの子はなんて……?」

「うーんと……さっきも言ってましたが、そのイヌまん? は悪いことはしていないって。確認なんですが、その犬……本物の犬なんでしょうか? パグにしてはサイズが大きいし、中国産のシャー・ペイに似てるけどちょっと違うし、よく見ると角みたいなのが生えてるし……」

「えっと……」


 この人なぜか無駄に犬に詳しそうだ。ごまかせない。


「はい……普通の犬じゃないです。ダンジョンのシモベクリーチャーっていう……ダンジョン産の犬というか(新手の犬種感を出してマイルドにする作戦)」

「やっぱり」と遥斗少年。「そうだと思ったんだ。そういうクリーチャーが赤羽にいるって、ネットで見たことあったし」


 ネットを安易に信用するな。スマホ世代の小学生め。


「それで遥斗くんたちは興味を持って、ギンチョちゃんに声をかけた、と」前田は薄くなった頭でボールペンをカチカチさせる。「それでちょっといざこざになってしまって、イヌまんが吠えてしまったと……」

「違いますよ、その子がけしかけたんでしょ」母親が甲高い声で主張する。「クリーチャーだかなんだか知らないけど、その猛獣を。それでうちの子が怪我したんでしょ」

「……イヌまんは……なにもわるくないです……」

「じゃあ、認めるのね。あなたがけしかけたって。あなたの責任だって」

「……それは……」


 ギンチョの言葉はそれ以上続かない。またうつむき、目尻にうっすらと涙を溜めている。

 千影はてのひらで顔を拭い、額を拭う。汗でべったりしている。てのひらをズボンで拭う。

 事実として、遥斗少年は確かに怪我をしたらしい。イヌまんが吠えたというのも、ギンチョは否定していない。あとはそこに至るまでの経緯、特にギンチョが本当にけしかけたかどうかだ。


「あの……すいません、いいですか?」


 挙手して発言の許可をいただく。母親がギロッと睨んでくる。怖い。クリーチャー並みに怖い。


「うちの子はプレイヤーです。身体能力的には、大人どころか五輪選手以上で。このイヌまんは、生まれてまだ二週間も経ってないです。こんだけ無駄にでかい図体になってますけど」


 イヌまんが顔を上げて小さくうなる。ディスられたと思ったのか。なんでそういうところだけ敏感に察知するのだろうか。というか飼い主へのリスペクトはないのだろうか。


「だからなんだって言うんですか? ますます物騒じゃないですか」

「いや、あの、だから……うちの子がそちらのお子さんたちを追い払うのに、イヌまんをけしかける必要なんてないし、そんなこともさせないと思うんです。いざとなったら自分でなんとかできるから」

「だって、事実としてうちの子は怪我してるじゃないですか。その猛獣が吠えたっていうのも否定しないじゃないですか」

「そこは……ギンチョは口が重いみたいですけど……吠えたのは事実としても、お子さんの記憶違いってことじゃないかと……」

「うちの子が嘘ついてるって言うんですか?」

「いや……そうじゃなくて……記憶違いじゃないかなって……」


 これ以上燃え上がらないように言葉を選んだつもりだったのに。ダメだ、怖すぎる。クリーチャーなんかより人間のほうがよっぽど怖い。ギンチョとイヌまんを抱えて逃げ出したい。


「ギンチョ……ほんとのことを言っていいよ。イヌまんをあの子にけしかけたりしたの?」


 ギンチョが顔を上げる。千影を見る。そして、おそるおそるという風に、小さく首を振る。


「遥斗くん、どうかな? その子はやってないって言ってるけど」


 前田が優しい口調で尋ねる。遥斗少年の目が高速で泳いでいる。誰の目にも明らかだ。


「でも……そのクリーチャーが俺たちに向かってきたのは事実だし。食われるかと思って、逃げようとして転んだんだって」

「無責任に猛獣を飼って、しかも人様に襲いかかるなんて、飼い主としてどう責任とるの?」


 なんだか切り口が変わっている。とりあえずギンチョが加害者ではなさそうだ。あとはイヌまんだが……実際どうなのだろう。


「あー、すいませんね、お母さん。その子がけしかけたというならちょっとアレなんですが、こういうケースだと、少なくとも私どもはなにもできません。当事者同士でお話いただく形になるかと……」


 刑事的な案件ではなくなったということだろうか。あるいは前田が匙を投げかけているということだろうか。

 それはそれでまずい。民事裁判? そういうのを起こされると非常にまずい。「くれぐれも問題起こすんじゃねえぞ」とこないだD庁に釘を刺されたばかりなのに。


「だいたい、この日本で猛獣なんか飼っていいんですか? しかも外を連れ歩いたりなんかして、その時点で犯罪じゃないんですか?」

「あー、いえ……そのへんはダンジョン庁の管轄の話ですが……そのクリーチャー? が特定動物や特定外来生物に指定されているかどうかで……」

「あー、D庁から聞きました。まだ法整備の段階だって……」

「あー、だとしたら少なくとも、犯罪というわけにはならなさそうですが……」


 母親がぐっと口を噛みしめる。ますます怒りゲージが蓄積されていく。突然破裂とかしたらちびるかもしれない。トイレ借りたい。


「まあ、直接噛みついてきたとかいう話でもないようですし、怪我も幸い軽いですし、ここは一つ穏便に……」

「なに言ってんですか? うちの子、治るまで学校に送り迎えしなくちゃいけないじゃないですか。今度柔道の昇級試験だってあるんですよ。飼い主ならきちんと責任をとって、誠意ある対応をしてもらわないと」


 来た、誠意ある対応。

 誠意ってなにかね? 金かね?


「だいたい、そんな小さな子がプレイヤーだかなんだか知らないけど、親はいないの? こんな若い保護者って、あなた何歳? その子にちゃんとした教育受けさせてるの?」

「それは……(言い返せない)」

「これだから赤羽は治安が悪いとか言われるのよ。うちのマンションの価値下がったりしたらどうしてくれんのよ? 」

「それは……(さすがにどうもできない)」

「まあ、そのへんは当事者同士でお話いただくしかないかと……早川さん、ダンジョン庁のほうにも連絡してみてはいかがでしょうか?」


 だいぶまずい。ダンジョン庁に連絡? 間違いなく怒られる。この件でシモベクリーチャーの世間的な印象が悪くなれば、他のプレイヤーたちにも迷惑がかかる。


 どうしよう。なにか打開策はないか。

 明智さんに相談してみるとか。モンペに対抗するために悪魔召喚――ダメだ、もろD庁側の人だ。

 他の大人を呼ぶとか。しっかりした人――思い浮かばない。福島とか? ダメだ、あの威圧感の塊を呼んだ時点で脅迫認定される。


「――話は聞いた!」


 ガラッとガラス戸が開く音がする。一同の目がそちらを向く。


「そのときなにが起こっていたか――あたしはすべて知っている! すべてはこのスマホに納められている!」


 彼女は芝居がかった仕草でびしっとスマホを突き出す。千影もギンチョもイヌまんも口をあんぐりするしかない。

 というか、なぜここにいるのだろう。

 十日ほど前だったか、「ギンチョとコラボしたい」といきなり絡んできたユーチャンネラー。

 その名も〝ファイナルダンジョンフリーター・マコちゅん〟。


まったくどうでもいい情報ですが、前田巡査=俳優のでんでんさんのイメージです。


最後に出てきたマコちゅんは、シモベクリーチャーすくすく成長編 2:わふん でちょろっと名前だけ出ています。



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