14:ダン科研での実験その2
九月十四日、木曜日。
『じゃあ次、チャージ一分で試しましょう。チャージ開始したら左手で挙手してください』
一日に数百発もスキルを撃つのなんて初めてだ。
宮本の指示どおりに条件などを変えて撃ち続け、ハンガーノックを起こしかけてふらふらになったらエナジーポーションで補給。一息入れてまた続行。そんな感じでかれこれ……何時間? この実験ルームには時計なんて洒落たものはない。
マンガに出てきそうな、だだっ広い天井たっかいコンクリート打ちっ放しの部屋。千影のようなモルモットの観察によく使用されるのだろう、あちこち傷やへこみや焦げ跡だらけだ。何台ものカメラが埋まっているらしく、映像をリアルタイムで見ている宮本がスピーカー越しに次々と指示を出してくる。
『はい、じゃあそろそろお昼にしましょうか。だいぶ遅いですけど、お腹すきましたよね?』
「そうっすね……」
シャワールームを借りて汗を流し、こないだの食堂で昼食にする。エナジーポーションの飲みすぎでお腹たぷたぷなので軽めにしておく。例によって宮本は来ない。自分の仕事場に戻って菓子パンでもつまんでいるのだろう。
ざるそばおいしかったですのランチを終え、これまた例によってあの休憩室に向かい、歯を磨いて畳スペースに寝転がって一休み。またまた例によって宮本に気持ちいいお昼寝タイムから叩き起こされ、テーブル席に連行される。
「で、早川くん的にはどう? 手応えはあった?」
今日はギンチョたちは同行していないし、周りにも人はいない。というわけでさっそくタメ口モードになる宮本。
宮本は休みの予定だったらしいが、千影が「スキルの検証とアドバイスをお願いしたい」と助力を求めると、実にあっさり引き受けてくれた。でも今回は報酬はもらえない模様。
宮本に頼んだのは、彼が一番実利的な意見をくれそうな人材だと思ったからだ。全面的に信用できるわけでもないが、千影には手をこまねいている暇はない。一刻も早くこのスキル【ラオウ】を丸裸にする必要がある。本当に使えるスキルなのか、それともネタに走った悪意ある落とし穴なのか。
「えっと……まあ……工夫次第でかなり使えそうかなって気はしてきました」
「おお、そっか。休日返上したかいがあったよ」
これまでの実験を元に、宮本と二人でこのスキルの特徴を書き出していく。宮本は映像とデータから、千影は実際に体感した経験から。
・チャージした手を平面に触れることで発動する。てのひらである必要はない。
・地面でなくても、壁や天井でも発動できる。
・板や布など、ある程度のかたさや厚さ、密度のない平面上では発動できない。
・また、自分や他者の身体など、生き物の体表面でも同様、発動できない。
「まあ、ひとの体表面でできたら皮膚とか毛とか禿げちゃうもんね」
「ぞぞぞ……(あらゆる意味で)」
・最長チャージ時間は【イグニス】と同様、二分程度。
・最短チャージ(一秒)だと蜘蛛の脚のような華奢な腕で、三メートル半程度しか伸びない。
・長くすれば細くなり、太くすれば短くなる。威力は太さや軌道によって変化する。
・最長チャージで威力重視だと約十メートル、距離重視だと約三十メートルほどまで到達する。
・腕は分割することができる。チャージ時間や距離の配分によるが、最大で十本まで分割可能。
「チャージすればするほど腕全体の容量が増えるって感じだね。細くすれば遠くへ届くし、太くすれば威力が上がる。細かく割ることも可能、と」
「結構融通利く感じですね」
「ちなみに、どうやって調整してるの?」
「いや……なんていうか……そうしようと思ったらできるというか……コツが掴めてきたというか……」
宮本は黙りこくったまま、しきりに口ヒゲを撫でる。考えごとをする際の癖のようだ。
・光の腕が発現する場所は、平面に触れた手の十センチから五十センチ程度離れたところ。調整可能。
・光の腕の発射する角度は、平面を零度としたときにおよそ三十度から百五十度まで。
・関節がないので軌道は自在。実質水平に撃つことも可能だし、フック気味に曲げることも地面に打ち下ろすことも可能。
・先端(手の部分)にも側面(腕の部分)にも物理的干渉力は発生するが、高熱や放電などの付加的要素は確認できない。
・グー以外にもパーやチョキなど、手の形も操作可能。
・ハンガーノック(エネルギー切れ)は、体調や体内の栄養状態次第だが、フルチャージ二~四発で高確率で発生する。
・チャージ時間が短ければ、それだけエネルギーの消費も少ない模様。
「まあとりあえず、ざっとこんなところだね」
「ありがとうございます」
こうやって冷静に分析できると、いろいろと見えてくるものがある。
はっきり言ってこのスキル、かなり面白い。織田評「見た目よりもトリッキー系」の意味がよくわかるデータだ。
「だいぶ癖が強いけど……面白いスキルです。豪快な見た目とは裏腹に」
正直、フルチャージ時の殺傷能力という点では、炎の矢である【イグニス】に一歩譲るだろう。ただ、【ラオウ】はそれを補えるいろんな使い道が考えられそうだ。
「刀を握りながらでも発動できるし、壁とかがあればしゃがまなくても使えるし。垂直かち上げのアッパーしかできないのかと思いきや、結構いろんな角度から水平方向にも撃てるし」
「腕の部分にも当たり判定があるのは面白いね。俺はプレイヤーじゃないけど、廃人ゲーマーの端くれとして言わせてもらうなら、使う人によって性能が左右されるスキルだと思うね」
使う人次第。
確かにそんな気がする。そう言われると若干プレッシャーかかってくる。
いったんお茶とお菓子で一息つく。宮本は相変わらず眠そうで、真っ黒なコーヒーをひっきりなしにずるずるとすすっている。
「にしても、よく俺に相談しようと思ったね。よっぽど切羽詰まってたってこと?」
「じゃなきゃ来ないっす」
「だよね、知ってた」
「でも……正直、助かりました。なかなかこういうデータって自分だけじゃ分析できないし」
「ギンチョちゃんに頼むのも難しいしね」
もう一人いることは言わない。めんどくさくなりそうだから。
「でもね、データを見ただけじゃわからないこともある。君は案外プレイヤー向きの性格をしていると俺は踏んだね」
初めて言われたかもしれない。いや初めてではないかもだが、少なくともめったに言われない。その逆ならよく言われる。
褒められたと思っていいのだろうか。思ってしまうと変顔が露出する。宮本がぎょっとする。
「えっと……なんでそう思うんですか……?」
「みんなスキルって、なんとなくネットで調べてなんとなく使って慣れていく感じでさ。それが悪いってわけじゃないけど、手に入れてすぐここまで細かく検証して、しかもすぐに使い道を模索しようとするところなんか、まさにプロって感じじゃん? まさかスキル二百四十五発も付き合わされるとは思わなかったよ」
「それは宮本さんの指示で……」
「君の望みどおりだったでしょ?」
「まあ……確かに……」
「他の人にくらべてオーラというか威圧感みたいなものは全然感じられないけどさ、そんだけ頭を使って小賢しく生きぬこうとする姿勢を見ると、二年足らずでレベル5というスピード出世もうなずける気がするね」
褒められているのかディスられているのか。わからないので元の顔に戻る。宮本もほっとする。
「にしても、ダンジョンウイルスってのは面白い。感染しただけで特殊能力を得るだけでなく、その脳に使用方法をインプットするなんて。しかも君、さっきこう言ったよね、調整しようと思ったらできたって。俺は脳の専門家じゃないけど、遺伝子の変異によって認知や感覚を得るというのは興味深いね」
「うーん……」
「たとえば蜘蛛は、親に教わることなく芸術的な網の巣をつくることができる。鮭は川で生まれて海へと流れ着き、そして再び生まれた川に戻って産卵する。人間の赤ん坊だってその方法を学ぶことなく呼吸するしお乳を吸う。当たり前っちゃ当たり前かもだけど、不思議だと思わない? 生得的モジュール、受け継がれた遺伝子が種の脳に刻み込む本能のようなものだと言われてる」
「はあ(なんの話だっけ?)」
「君らプレイヤーがアビリティやスキルを使おうとする感覚は、実際に俺らがしゃべろうとしたり歩こうとしたりペンを持とうとしたりする、その当たり前の感覚と似ていると思わない? そういう本能的な脳の働きを、外からの異物によって後天的に得るというのは、人間のさらなる進化や変異というものの可能性を示唆している気がするんだよね」
「はあ(わかるとは言ってない)」
宮本の同僚らしき白衣を着た男が二人やってきて、こちらに軽く挨拶してくる。コーヒーや菓子をとって別の席に着く。
「あの……そろそろ帰ろうかと思うんですが、その前に一ついいですか?」
「いいよ、俺はこのあと帰ってゲームやるだけだから」
「(寝ればいいのに)前にも訊こうと思ったんですが、そもそもダンジョン光子ってなんなんですかね? 【ラオウ】の腕もそれでできてるんですよね?」
大抵のスキルはダンジョン光子の作用だと言われている。考えてもわからないので、なんとなく「不思議なチカラでどったんばったん大騒ぎ」くらいの認識でみんな使っている。
「プレイヤーの細胞内に宿る未知のエネルギー、としか今は言えない。ダンジョンが地球に来て八年、ダンジョン光子の研究はある意味でダンジョンの謎を紐解く鍵であり、人類の未来を左右する重大な使命でもある……けど、今の地球の科学力じゃまったくお手上げ状態」
「やっぱり」
「だってさー、物理的干渉力を持った光の粒子って、そんなもんトラえもん生まれる前の地球人に理解できるわけないじゃん。ただね、研究は少しずつだけど進んでるよ。たとえばアビリティの効能……【ベリアル】による身体構造の強靭化や【アザゼル】による身体部位の硬質化などに関しても、純粋な生体的機能だけでなくダンジョン光子も影響しているという説もある」
「なんと」
「たとえば【ベリアル】で強靭化した肉体は、同レベル同士での体格差と能力差が必ずしも比例しない。レベル1同士なら男性と女性で微妙に平均値の差があるんだけど、レベルが上がれば上がるほどその差は狭くなっていく。体格差、筋肉量差はそのままなのにね。この謎と矛盾が、医学的には全然解明されていないんだ」
確かに、あの細身の直江でも、他のガチムチのレベル7と同等くらいの筋力は持っているわけだ(腕力自慢の【トロール】の福島は除く)。単純に筋肉量だけなら直江は千影よりも少ないはずだ。「レベルの差は筋肉の質の差」と一般的には言われるが、それだけでは医学的に説明がつかないということか。
「とりあえず、わかんないことは光子のせいにしとけ、みたいな?」
「そゆこと。ダンジョン内の不可思議現象とかクリーチャーの生態とかもね。ダンジョン光子の研究はダンジョンウイルスの研究と同じくらい重要視されている。この二つは今後の人類の行く末を占う重要な両輪だからね」
さっきやってきた二人組は片づけをして部屋を出ていく。気がつけばもう午後三時になろうとしている。
ギンチョとテルコはなにをしているだろう。
昼ごはんはちゃんと食べただろうか。いや、愚問だ。あの娘がなにを置いても食べないわけがない。むしろ口うるさいリーダーという枷を外したモンスターは思うさま肉と脂を貪り、この機を逃さんとばかりにテルコとイヌまんを利用して冷蔵庫内の野菜を処理させようとするだろう。
「ともあれ、ウイルスによって人が病気や老化を克服し、ダンジョン光子によってエネルギー問題を解決できれば、人類の繁栄は約束されたようなもんだ。その鍵が日本にあるってのはもう、俺ら研究者にとってはドンペリと森伊蔵が延々出てくるドリンクバーの間近の席を用意してもらったようなもんなわけで」
「なにそのたとえ」
「ひっきりなしに人が通るからうざいし床にこぼされてべちょべちょだったりするけど、まあ俺らにかかる期待と責任は重大ってことさ。つーわけで、これからもご協力よろしくね、早川くん」
「それで締めるんだ」
「え、俺の推論でいいなら夜中までしゃべれるけど」
「お疲れ様でした、ありがとうございました」
休憩室を出てエントランスに向かう。こないだより人の気配がだいぶ少ないので、エアコンの効いた空気が余計にひっそりとして肌寒い。
【ラオウ】でできることできないことがはっきりしたのは大きな収穫だった。宮本に借りをつくったのは癪だが、貴重なデータを渡したことでチャラだと勝手に思っておく。
「ギンチョちゃんは連れてこなかったんだね、そういえば」
あんなことを言われてのこのこ連れてこれるものか。
「まさか一人でお留守番じゃないよね?」
「もう一人ともう一匹と留守番です」
「なら安心かな? その娘は信用できるの?」
「できるけど……なんで女の子だってわかるんですか?」
「ふふ、当てずっぽうだよーん」
怖い。ヒゲ面でだよーんとか言われるとなおさら怖い。帰ったらPCとタブレットのウイルスチェックしよう。
ぶーん、ぶーん、とボディーバッグの中から振動音がする。スマホをとり出すと電話がかかってきている。知らない番号からだ。
「……もしもし……」
おそるおそる電話に出る。
『あー、もしもし。ハヤカワチカゲさんでしょうか?』
中年男性のものと思われるダミ声。聞き憶えなし。
「あ、はい、えーと……」
『ああ、すいません。私、荒川大橋交番の前田と申します』
コーバン? 交番? なにそれ? なんで?
『高花ギンチョちゃんの保護者の方ですよね?』
「え、あ、あ?」
血がすうっと冷たくなっていく。
「えっと、ギンチョがどうかしたんですか?」
『はい、その……よその子とちょっとケンカになってしまったようで、それでちょっとね……詳しいことは直接お話したいのですが、今からお越しいただけますか?』
すぐに行きます、という感じの返事をしたつもりだが、自分でもちゃんと言えたかどうかわからないまま電話を切る。
会話が聞こえていたのか、宮本も驚いたような顔をしている。さすがに自分たちの裏で起こっていたトラブルまでは予期できなかったみたいだ。




