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12:レアシリンジの行方②

「じゃあ次は、肝心のギンチョの件、話し合おうか」


 ギンチョは表情をかたくして、居心地悪そうにそわそわしている。

 彼女が入手したアビリティ【ダゴン】。

 ネットで確認できる限り、過去にそれを投与した人物の事例は一件だけだ。そのインパクトが強すぎたため、一気にその存在が知れ渡ることになった。


「外国人プレイヤーが自分の姿をSNSにアップして、世間的にちょっとした騒動になったんだよね。僕もそれで憶えてたんだけど」


 千影のスマホにそれを表示させる。


「これが【ダゴン】を投与した人。この画像は今もいろんなとこに貼られてたりする」


 ちゃぶ台に置く。二人と一匹が覗き込み、顔が引きつる。昼間の明智や中川のように。

 上半身裸の筋肉質な白人男性。その二の腕から先が生々しい内臓的なピンクに変色し、肘のあたりから三つに分岐している。通常の腕の倍くらいはありそうな長さの、黒いブツブツとした斑点模様のついた触手。ぐにゃりとうねった筋の先端は白いイボイボとした突起のようなものがびっしりと付着している。これがものを持つときのグリップになるらしい。


「……これ……ホラー映画のトクシュメーク? ってやつじゃねえのか……?」

「現実だから怖いよね」


 彼の白い歯の覗く得意げな笑みがなおさら怖い。


 プレイヤーはダンジョンで生き延びるため、ダンジョンを突き進むため、自らの身体を次々に改造させていく。遺伝子的にも、外見的にも。

 直江の【フェンリル】、福島の【トロール】、竹中万輝の【アシュラ】。みんな普通の人間とは明確に異なる外見に変わった彼ら亜人だが、「むしろカッコいい」「スタイリッシュ」と評価されることも多く、案外世間から受け入れられたりする。というかしょせん世の中は顔だと自他ともに認めるモブフェイスの千影としては思っている。

 ただし、【ダゴン】によって変異したその姿は、誰が見ても明らかに人間という枠を逸脱しすぎていた。「グロすぎて草」「生理的に無理」「ちょっとトラウマになるレベル」「さすがにダンジョンやりすぎじゃね?」というのが大方のネットでの反応だ。


「ちなみにこいつ、今はどうしてんだ? まだプレイヤーやってんのか?」

「これは三年くらい前の記事なんだけど、なぜかその後の続報はないんだよね。国に帰ったって噂だけど、まだ生きてるのかどうか」


 国家機関に拉致されて人体実験をされていると都市伝説になったりもしたが、本当のところはわからない。インタビュー記事には「故郷では親がトウモロコシ農家やってるから、将来はそれを手伝いたい」的なコメントもあったので、案外そのよく働く腕で土いじりに明け暮れていたりするのかもしれない。


「まあ……これを見ちゃうと、ネーサンやヘビィが反対してたのもわかるな……さすがにこれは……ちょっとこええ……」


 自分がそうなった姿を想像しているのだろうか、ギンチョは途方に暮れたような顔になっている。イヌまんが心配そうにして、彼女の太ももに頭をすり寄せている。


「もしかしたら、【ダゴン】をゲットした人は他にもいたかもしれない。【ラオウ】もそうだったように。でも、実際に使っている人は見かけない。おそらくその写真のせいでね」


 ガチャ祭りのあと、テーブルを囲んでこのアビリティの扱いについて意見を聞いてみた。


 まず明智は反対。「普通に考えて、女の子に投与させるもんじゃないっしょ」と。

 中川もそれに同意。加えて「ギンチョちゃんの世間の注目度はかなり高いです。もしも幼いこの子が人間と大きく乖離した姿を衆目に晒したとき、世間がどう反応するのか、考えるとちょっと怖いですね」と。

 一方でテルコは前向きだった。「ギンチョがいいっていうならそれでもいいと思うけどな。プレイヤーなんて見た目変テコでナンボだし」と。

 最も意外なことに、直江もそれに同意した。「……どんな姿になっても……ギンチョはボクのギンチョだから……」と。真っ先に反対するかと思ったのに。


 当のギンチョは、大人たちの割れた意見に判断がつかないようで、「おうちでちーさんたちとじっくりかんがえたいです」ということで、今の会議に至る。


「んで、これって実際どうなんだ? 見た目は置いといて、プレイヤーとしてのメリットはあんのか?」

「えーと、インタビューによると……『思ったより自在に動いてくれるし、見た目以上にスピードもパワーもすごい。ただ、ペンやスプーンみたいな細いものはうまく握れないし、凝った料理もできなくなってしまった』だって。一長一短、プレイヤー的には戦闘力のほうに偏ってる感じはするね」


 生物としての戦闘能力は向上するが、それと引き換えに細かい仕事や日常的なこまごました作業には向かなくなる、ということだろう。その経験者のレビューどおりなら【ダゴン】、バランスが悪いと言わざるをえない。


「まあ……普通に考えて……女の子がやるようなアビリティじゃないよね……」

「そんなん言ったら、オレだって服脱げば変テコな身体だぜ? 似たようなもんついてるし」


 テルコはノブと融合したことで、一部だけ普通の女性とは異なっている。すなわち男性器がついている。

 下ネタは置いておいて、本人はそれを誇りに思っているし、千影としてもとやかく言うつもりはない。テルコはテルコだし。エロい目で見ようと思えばいくらでも見れるし。見てるし。


「あくまで僕個人の意見だけど……僕がそれをゲットしたとしても、使わないと思う。いや、見た目のグロさだけじゃなくて、むしろプレイヤーってそういうもんだと思うし、今だって別に大した顔でもないし。ただ、【ダゴン】くらい変わるとなると、さすがに……どうしても周りから注目されちゃうと思うし……僕は目立つのが苦手だから、それでストレスとか溜まりそうだし、日常に影響出そうだし」

「ストレスでこれ以上デコが広がったら嫌だもんな」

「別に広くねえし。議長として今の発言の撤回を求める」

「まあ、本人がよくても周りの目ってのはそうはいかねえもんな。ギンチョみたいなキュートな子が腕だけニョロニョロしてたら、むしろホラー感倍増するし」


 想像してみる。ニョロニョロしたギンチョを。

 触手でダンジョンクリーチャーをぺちぺちし、テルコやイヌまんとぐにゃぐにゃじゃれ合い、ラーメンが食べづらいと泣きべそをかく。

 最初のホラー感さえ慣れれば案外面白いかもしれない。


「まあ、ただでさえゴリゴリの戦闘向けアビリティっぽいから、ポーターのギンチョには向かないと思うし、日常のほうにも支障が出そうだし。やっぱり手放しちゃうのがいいと思うけど……ギンチョはどう思う?」


 ずっと難しい顔で押し黙っていたギンチョが、躊躇いがちに口を開く。


「……ニョロニョロはちょっとこわいけど……みんなのやくにたてるなら……それでもいいです……」


 千影とテルコは顔を見合わせる。互いに困惑の表情になる。内心ではやっぱり抵抗感があるように見えるけど、チームの力になれればということだろうか。


「役に立てるとか立てないとか、僕らのことは気にしなくていい。前提としてお前が嫌なら、その選択肢は絶対にないから」

「そうだぜ、ニョロニョロだぜ? 鏡見て毎日『ぎゃわー! かいじゅー!』ってなるんじゃね?」

「……わたしは……いまでもかいじゅーですから……」


 テルコは要領を得ないようだが、千影はすぐにその言葉の真意を察する。

 ギンチョは自分の【グール】の特性を恐れている。自分の本性は「意図せずに他者を傷つけてしまう危険な怪獣」だと認識している。千影が「ずっとそばにいること」「彼女が悪い怪獣にならないように抑えること」を約束したことで、彼女の中の救いにはなったようだが、それで彼女の怪獣性が消失したわけでもない。

 しかられた仔犬みたいにうつむいて、ギンチョは自分の腕をさする。その目がうっすらと潤んでいる。


「……でも……ニョロニョロになっても……わたしのこと、きらいにならないですか……? いっしょにいてくれますか……?」

「アホか! なるわけねえだろ!」


 テルコが辛抱たまらんといった風にギンチョに抱きつく。なぜかイヌまんも後ろ足立ちになってそれに続く。

 二人の抱擁の間から、ギンチョがちらっとこちらを見る。千影はうなずいてみせる。


「【ダゴン】を使うかどうかはともかく、どんな姿になってもギンチョはギンチョだよ。嫌いになんてならないし、一緒にいるって約束したし」


 ようやくギンチョの顔に笑みが戻る。イヌまんの過剰なまでの舐め回し攻撃で顔中べちゃべちゃになっているが。


「だけど、さっきも言ったとおり、これはギンチョには合わないアビリティだから。ポーターとしてはむしろ仕事がしづらくなると思うし、日記の絵も今以上に下手になるし」

「へた……」

「つーかジャンケンできなくなるし、ラーメンも非常に食いづらくなるし」

「しかつもんだい……」

「だから、今回はやめておこう。ギンチョ、それでいい?」

「はう!」


 テルコも異論はなさそうだ。おそらくイヌまんも。

 というわけで落着。【ダゴン】のギンチョへの使用はなし。

 せっかくのレアアビリティだが、別の使い道をさがそう。


「つっても、僕やテルコが使うのもアレだし……せっかくだからトレードに出してみようか」

「とっかえっこですか?」

「なんだかんだ超レアアビリティだし、もしかしたら掘り出し物と交換できるかもしれないしね。そしたらギンチョに使ってもらおう」

「はう! たのしみ!」




 その日の夜。千影が居間で寝袋ミノムシ状態になっていると、いきなり足を持ち上げられて寝袋を剥ぎとられ、ずってーん! と尻から落とされる。目がバッテンになる。


「ファッ!? なに、なに!?」

「タイショー、ちょっといいか?」


 テルコだ。ギンチョと一緒にベッドで寝ていたのに。


「ギンチョが起きるから……あんまり乱暴しないで……」


 また夜這い? ちょっと待って、心の準備に一時間ほしい。


「ちょっとな、ギンチョのことで聞きたいんだ」


 千影は上体を起こし、もぞもぞと這って寝室のふすまをちょっとだけ開く。ギンチョはベッドでよだれを垂らして眠っている。イヌまんもベッドのかたわらで丸くなり、ぷうぷうといびきをかいている。鼻ちょうちんをリアルで初めて見る。


「あいつが言ってた『じぶんはかいじゅー』ってさ、どういう意味なんだ? あのもぐもぐごっくんのアビリティと関係あんのか?」


 テルコは【グール】の暴走モードになったギンチョを見ている。察しがいい。


「つーかさ、普通に考えたらおかしいよな。オレもルール違反で十三でプレイヤーになったけど、あの子はまだ十歳にもなってねえんだろ? 【ベリアル】を無理やり投与されたって聞いてるけど、他にもなんか隠してんじゃねえか? 今なら教えてくれてもいいだろ?」


 話さなければいけない、と千影は思う。

 テルコはもはや部外者ではない、チームの仲間だ。自分になにかあったときにはテルコにギンチョを守ってほしい。

 と、胸が一瞬ざわっとする。

 ああ、不安になったのか。

 いや、テルコがどうのという話ではない。テルコに話すことが不安なわけではない。

 こうしてまた一人、あの子の秘密を知る人間が出てくる。岩壁からじわじわと漏れ出るみたいに、秘密はいつか秘密でなくなってしまうものなのか、と。

 時間は流れている。否応もなく状況は変わっていく。このときはいつまで続くのだろう。


「……タイショー?」

「あ、うん、ごめん。えっと、テルコには全部話すよ、もちろん。ただ……ちょっと長い話になるから、明日でもいい?」

「ああ、それでいいよ。悪かったな、起こしちゃって」

「起こすのはいいよ。でもなんで寝袋を剥いだの?」

「やっぱエアコンある部屋がいいな。ベッド狭いけど、ギンチョと一緒に寝るわ。おやすみ」

「なんで答えないの? 特に理由のない暴力?」


ここまでの感想、評価などいただけると幸いです。


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