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10:千影とギンチョのガチャ

 さてさて。いよいよこの瞬間がやってまいりました。

 早川千影、運命のガチャタイムでございます。


「へー、あんたはスキルなんだね」と明智。


 今日ここに来るまで、千影はさんざん迷ってきた。能力を底上げするアビリティか、より使いやすい必殺技を求めてスキルか。


 今の【イグニス】もそこそこレアでじゅうぶん強力だし、実際何度も助けられた。

 けれど、前衛で身体を張る役目としては使い勝手が悪いのも事実だ。火力でもテルコのほうが高いし、【イグニス】にこだわる理由はなくなってきた。


 それ以上のスキルが出る保証もないが、スキルシリンジのほうがドロップ率としては希少価値は高いから、手に入るチャンスがあるならそちらのほうがいい、と思う。

 直江と同じように、最悪の場合トレードという手段もある。今はガチャコインの大量配布のおかげでトレード市場は賑わっているし、いいトレード先がなければ現金化してしまうのも手だ。悪いようにはならないだろう、と思う。

 思いたい。あと十分くらい考えちゃダメ?


「さすがにあの【ムゲン】だっけ? あのチート級のスキルはそうそうないと思うけどね」

「あれは……たぶんこのガチャにはないんじゃないですかね……?」


 【ムゲン】は黒のエネヴォラのドロップアイテムだ。それ以外に手に入れる方法はないと思い込んでいたが、果たしてそうだろうか。このでかい箱の中にそれが入っていないという証拠はあるだろうか。

 いやいやいやいや。

 千影は高速で首を振る(イヌまんがびくっとする)。

 期待すんなって。出るわけないって。メンタルダメージに備えろって。

 うわーーーーーーこえーーーーーー。楽しみ一割、怖さ九割。

 早川千影沼、そこは優柔不断とネガティブ思考の泥で満たされている。そこにはまるとなかなか脱出できない。かれこれ一週間以上どっぷり浸かってきたわけで、もう腹の底まで泥水でたっぷたぷなわけで。


「ああ……えっと……うん……スキルにするんだったよね……」


 ああ緊張。ああ恐怖。

 回さないという選択肢などありえないのに、少なくともマイナスになることはなにもないのに。

 わかっている。だけどポジティブに考えられない。自分がいいものを引いてガッツポーズしているところが想像できない。

 しばらくしゃがみこんで苦悩。懊悩。


「ちーさん、がんばって」

「……うん、ありがと……」


 チビっこに励まされる情けない十八歳はどこのどいつだい。僕だよ。

 ふと、振り返ってギンチョとまっすぐ向かい合う。その横のイヌまんにも目を向ける。四つのつぶらな目が千影を見つめている。

 両手でギンチョの頬を挟む。むにむにと揉みしだく。急すぎて「ぶへっ?」とか言われる。


「らんれふか?」

「申し訳ない。【ザシキワラシ】にあやかろうと思って」


 幸運パワーを分けてほしい。ついでにパグにもあやかっておく。わしゃわしゃと顔を撫で、頭を撫で、肉球をぷにる。やりすぎて低くうなられる。ギンチョやテルコには喜んで腹まで撫でさせるのに。


「おい、ロリカワチハゲ。早くしろよ」

「すいません。勇気出ました。ロリでもハゲでもないです」

「だいじょぶですって。早川さんもいいの出ますって。レア度よりも相性ですよぉ? こっふぅー」


 中川の笑みがうざい。すでに上がりを決めているやつのマウンティングが死ぬほどうざい。こういうやつがガチャ報告でリアフレとの友情を崩壊させるのだろう。

 腹をくくり、意を決してコインを投入する。もう戻れない。よく見ると払い戻しボタンがついてない。あとはもう回すしかない。

 目をつぶってレバーをひねる。ぐりっと半回転し、ごとん、と受取口に箱が落ちる。

 ああ、出てきた。もう決まってるわけね、僕の運命。

 おそるおそるそれをとり出し、呼吸を整え(もたもたすんなと明智に尻をはたかれ)、裏側を見る。

 そして――――――――目が点になる。


「どうだ、タイショー。ほしいの出たか?」

「ちーさん、どうですか?」

「いや、えっと……………………なにこれ?」


 ダンジョンウィキのチェックが日課になっている千影でも、そのスキル名に見憶えがない。なんと読むのかすらわからない。


「Raoh……そのまんま【ラオウ】でいいのかな? 初めて見る名前なんだけど……」

「うおおおおおっ! マジですか!? ウィキにも載っていないレアスキルですか!?」


 中川の興奮圧がすごい。こふーこふーと鼻息が当たる。いや、千影自身も当然興奮しているが、効果がわからないことにはリアクションもとりづらい。

 裏側に書かれている名前と説明書きは英語表記で、中学レベルの英語力の千影にはイマイチ理解できない。その道のプロの中川に訳してもらう。


「えっと……簡単に言うと、『光の腕を具現化して、地面から出現させるスキル』だそうです」

「なんすかそれ……?」

「……あ、見たことある……」と直江。「……何年か前に……〝ヘンジンセイ〟の誰かが……使ってるのを見た気がする……誰だか忘れたけど……」

「マジすか!? 〝ヘンジンセイ〟が!?」


 〝ヘンジンセイ〟というと、あの織田典長の人類最強チームだ。こないだの赤羽テロ事件でなくなってしまったが。

 というか、最強軍団のメンバーが使っていたスキル――千影の鼻の穴ががばっと広がる。それって結構すごいんじゃね?


「ちなみに、どんな感じでした?」

「……そのまんま……地面からどーんって……拳っていうか腕がこれでもかってそそり立って……ある意味卑猥な絵面で……」

「あ、もういいです」


 明智とテルコが笑いを堪えてぷるぷるしている。


「【ラオウ】……つーかなんだよ、この名前。カップラーメンかよ」

「ラーメン? ラーメンですか?」

「わふわふっ」

「落ち着けギンチョ、麺とスープが出るスキルじゃないから手を離せ。お前もだイヌまん、おやつジャーキー入ってないからくわえようとすんな」


 というわけで、早川千影のガチャ結果。

 謎の超レアスキル――【ラオウ】ゲット。その効果は、一部の評価として「卑猥」。




「いやー、それにしてもスキルに恵まれてんな、早川」

「今度はおっ立つスキルか、タイショー?」


 明智とテルコがげらげら笑う。すごく楽しそう。少なくともチームメイトのテルコは当事者として真剣に受け止めてもらいたい。


「まあ……使うか売るかトレードに出すか……僕のはあとで考えるとして……」


 本日の大トリ、満を持して高花ギンチョの登場。


「にしても、僕のこれは【ザシキワラシ】効果だったのかな?」

「わたし、やくにたてたですか?」

「あ、いや、うん……たぶん、というかきっとね」


 えへへ、とギンチョは嬉しそうに頭を掻く。本当のところは正直わからない。だけどそういうことにしておこう。この子の手柄だ。


「……ギンチョは……どっちにするの……?」


 直江がギンチョの身体に指を這わせながら尋ねる。どさくさにまぎれてのセクハラだが、同性同士だからか、あるいは本人が嫌がっていないからか、機械生命体が反応する様子はない。AIの限界だ。綺麗な顔してるだろ、変態なんだぜ、その女。


「えっと、アビリティにします!」


 むんっと胸を張るギンチョ。

 ほおー、と明智と中川が感心の表情。直江はうんうんとうなずいている。


「昨日みんなで話したんですけど、今のギンチョはそっちのがいいかなって」


 本人の意向を一番に尊重したいところだったが、本人は「わからないからちーさんアドバイスください」ということだった。


荷物持ち(ポーター)なら支援タイプのスキルが合ってるけど、あんまり種類ないし、それならアビリティを引いて着実に自力を強化してもらったほうが本人のためになるし……」


 千影と同じく「迷ったらスキル!」のほうがコスパ的には無難なのかもしれないが、結局のところトレードで得られるものも「向こうにとってはダブリかそれほど必要ないやつ」の可能性がある。アビリティがほしいならアビリティを引くほうがいい。ギンチョならダブリが出る可能性はほぼゼロだ。

 ――というもっともらしい理由ではあるが、ほんとにこれで正解なのだろうか。千影としても確信が持てない。


「ちーさん、だいじょぶです。いいのひきます」


 ふんっとギンチョはジャージの袖をまくる。当の本人がその気なので、信じるしかない。

 コインを投入し、レバーを掴もうとしたギンチョの手が止まる。そのまま振り返る。


「イヌまん、ガチャまわしてみますか?」

「わふっ?」


 ギンチョがイヌまんのずんぐりした胴体を持ち上げてやり、前足の狼爪? 親指? でレバーを握らせようとする。なかなかうまくいかず、きゅうん、とイヌまんがもどかしそうな声を漏らす。


 端から見れば、普通に微笑ましいというかコミカルな絵に映るだろうが、千影には彼女の意図がなんとなくわかる。

 イヌまんもチームの仲間だ。だからこそ、みんなでわいわいやっているところに、イヌまんも参加させてあげたかったのだろう。

 テルコがこちらを見てうなずいている。同じことを思ったのだろう。


 うちの子は本当に優しい子だ。そのまま素直に成長してほしい。その後ろでにたにた笑いながらスキルの箱に頬ずりしている公務員男や「あー、そろそろ一服してえわー。身体がニコチンを求めてるわー」とそわそわしている公務員女のああいう姿は見習わなくていい。


「イヌまん、だいじょぶですか?」

「わふっ!」


 力強い返事どおり、イヌまんはきっちりレバーを握り、ギンチョのサポートを受けてそれを回転させる。ごとん、と無事にシリンジの箱が出てきて、「よしよし」とギンチョがイヌまんの頭を撫でる。見ている千影たちもほっこりする。さっきから直江がよだれを垂らしながらスマホを向けているのは見ないふりをする。

 ギンチョはいそいそと箱をとり出して、じっと裏を見つめる。


「ちーさん、わかんないです。レアなやつですか?」


 千影が受けとり、そして思わずぎょっとする。他のみんなも覗き込んでくる。


「……うん、確かにレアだよ。超レアだ……確かSランク以上……」

「ほんとですか? やったです、イヌまん!」

「わふん!」


 二人は超嬉しそうだ。


「……うん、だけど、あのね……」


 一同の反応を窺ってみる。テルコは知らないようだ。明智と中川は顔が引きつっている。無表情が売りの直江でさえ目元口元がかすかに引きつっている。


「でもね、ちょっとこれは……」千影はそれ以上言えない。

「そうですね……これは……」中川もそれ以上言えない。


 アビリティ名【ダゴン】。

 直江の【フェンリル】と同じく、永続的な肉体変異型のアビリティ。

 その効果は――両腕を三本ずつの触手状に変形させる。

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