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9:祭り開幕

 トップバッターは中川。ちなみにアビリティは【ベリアル】を除けば【アザゼル】のみだという。スキルも当然持っていない。


「では、僭越ながら。なんか一発目って、いいの出る気しないんですよね……前座的というか、いいのほしけりゃ課金しろ的な……」

「わかる」

「でもこれで、ねんがんのスキルをてにいれるぞ……どうかいいのが出ますように……」


 というわけで金色のスキルガチャを回すらしい。腰をかがめ、コインを投入しようとする、その手が震えている。ああ、気持ちがわかる。わかりすぎる。


「ドキドキ……」


 ギンチョが緊迫感を口で表現する。他のプレイヤーもテーブル席のほうからじっと見守っている。外国人プレイヤーらしき数人が遠巻きに窺っている。やっぱりみんなガチャ大好きだ。


「うああああ、緊張する……手が震える……」

「いいからさっさと回せよ。あたしが回してやろうか?」


 ひどい。明智さん、ひどすぎる。ガチャに恐怖を感じない人は、ガチャの本当の楽しさを知らない人だ。かわいそうに。


「じゃあ……行きます!」


 ちゃりん、とコインが投入口に吸い込まれる。そしてレバーを一気にぐるんと回す。ごとん、と受取口から音がする。シリンジの小箱が出てきたようだ。

 中川がおそるおそるそれをとり出す。金色の、スキルシリンジの小箱だ。あれで数十万から数百万するのだから、改めて考えると超高級ガチャだ。


「んで、どうよ?」


 明智がせかす。中川はこれまたおそるおそる、目を細めながら箱を裏返す。そこにはスキル名と説明が記されている。


「…………ファ……ファアアーーー! ホアアーーッ!!  ホアーーッ!!」


 中川が突然さけびだして、思わずみんなあとずさる。その狂気とも言える絶叫ぶりにギンチョとイヌまんが全力でドン引きしている。そりゃ怖い、大人がこうなると怖い。


「迷惑だからやめろや」


 明智が中川の喉を鷲掴みにする。機械生命体が暴力行為に反応しているからやめてほしい。見ている人たちもざわざわしている。嘘みたいだろ、公務員なんだぜ、これで。


「ききき、来ましたよ! 【ヴァンツァー】です!」


 箱を高々と掲げる中川。おおーっと周囲から歓声とまばらな拍手が聞こえてくる。そんな大声で公表してしまってよかったのだろうか。


「【ヴァンツァー】って……手から大砲的な弾を撃つやつ、でしたっけ?」


 ウィキで名前を見たことがある。ダンジョン光子の砲弾を撃ち出す遠距離攻撃系スキル。明智の【ピースメーカー】から連射性を引き(チャージ方式だから)、そのぶん威力と効果範囲を足した感じだ。名前がカッコいいから千影もちょっと気になっていた。ちなみにウィキのレア度評価はA、【イグニス】より上だ。


「やったー! 初スキル、超当たりいただいちゃいました! ありがとうございます! 地球に生まれてよかったー!」


 千影も小さく拍手しておく。大人がこれだけ心から喜べることって、日常ではきっと少ないのだろう。仕事でも毎日ストレス溜まりっぱなしなのだろう。よかったね、中川さん。


「ああ……思えばこの一年、何度もスキルシリンジの支給申請を出してことごとく却下されてきて……ようやく自力でスキルを手に入れたわけで……喜びもひとしおですよ……」

「そういや職員プレイヤーの人って、手に入れたスキルとかアビリティってどういう扱いになってるんですか?」

「基本、自分でゲットしたものは自分で使っていい」と明智。「でも不要なのやダブリが出た場合、当庁に納めなきゃいけない。個人でこっそり売ったりしたらアウト」

「集められたスキルやアビリティは――」と中川。「研究用などに回されるだけでなく、職員プレイヤー用にも備蓄されています。僕らが支給申請を出して、受理されればもらえます。でも、使い道とか希望する理由とか、書類がめっちゃ多い上に審査も非常に厳しくて、僕みたいな下っ端はなかなかもらえないのが現状です。公的な資産ですからね、おいそれと配られても批判されるでしょうし」

「なるほど(世知辛い)」

「つーわけで、あたしもほしいアビリティがあるんだよね。一発ツモ、狙っちゃうかな」


 二番手は明智。向かうは銀色のアビリティガチャ。登板前のピッチャーのように肩をぐるぐると回し、躊躇するそぶりもなくコインを放り込む。


「つーかあたし、クジ運的なのって弱いんだよね」

「……日頃の行ない……」

「早川、表出るか?」

「……すいません……」

「明智さん、いい流れですよ! 僕に続いてくださいね! ヒーハー!」

「あいつメタクソうぜえんだけど、蜂の巣にしたらロボに怒られっかな?」

「全部終わってからにしてください」


 明智はマシンに向き直り、レバーを回す。ごとん。銀色の小箱が出てくる。


「さてと……お目当てのものは……あー、やっぱダメか。悪かないけど」


 中川のように当選結果を大声で発したりはしない。その代わりみんなに裏側を見せてくれる。Cheiron、【ケイロン】。ダンジョン由来の一部の毒物に耐性がつくアビリティ。先日の特別イベントの際、千影はこれに大変助けられた。これもレア度A。


「むしろよくないですか? こないだこれのおかげで命拾いしましたよ」

「そうなんだけどさ、ずっとほしいのがあるんだけど、なかなか出てくんなくてね」

「なんですか?」

「【バロール】」


 視覚強化のアビリティだ。聴覚強化の【ロキ】、嗅覚強化の【テング】と並ぶポピュラーな五感強化アビリティ。千影も持っていないが、レア度評価的にはBランク、だが知名度的には他のBよりも所持人数は多そうな気がする。


「あたしの視力だと、二十メートル以上離れると【ピースメーカー】の命中率落ちてくんだよね。【バロール】があれば射程ギリギリ、三十メートル先のケツ穴にだってぶちこめるのに」

 思わず尻を押さえる千影と中川。

「でも、明智さんなら申請は通るんじゃないですか? 捜査課のエースって、外務課でももっぱらの噂ですよ」

「出してもいいんだけどさ、あれって現時点の規則だとデメリットも多いっしょ? 退職金いくらか持ってかれるし……ああ、ごめん。どうでもいい話だったね。続けていいよ」

「いいのか? じゃあ、次はオレだな」


 三番手はテルコ。こないだ宣言していたとおり、狙いは明智に続いてアビリティだ。

 彼女はノブ――永尾信輝と【キメラ】のアビリティで融合したため、お互いのスキルをガッチャンコした強力なスキルを持っている。名づけて【グリンガム・ナイトメア】。

 スキルは一人一つまで、二つめを習得しようとすると古いほうが上書きされてしまう。ノブとの絆でもあるスキルを消す理由はない。となればアビリティ一択だ。


「うはっ、こりゃワクワクだな! じゃあ一気に行くぜ!」


 明智もテルコも迷いや恐れがない。千影や中川とは明らかに違う。性格差か性差か。軽々とレバーをひねると、出てきたのは――。


「Balor……【バロール】ってこれか?」


 マジか、と明智が苦笑して天を仰ぐ。


「さっきテルコにジャンケンで勝っちゃったけど、負けたほうがよかったのか。ガチャって怖いわー」


 今さら思い知ったか、とほくそ笑む千影と中川。


「……アケチのネーサン、よかったらトレードするか、これ?」

「え、マジで? いいの?」

「いや、むしろそっちがよければだけど。オレはダブリじゃなけりゃなんでもいいし」


 男前。うちの新人、ほんと男前。


「あれ、でも個人間のシリンジのトレードって厳密には……」


 そのへんは(逮捕一歩手前の黒歴史により)詳しい早川千影。


「原則としてはD庁を介さないといけないけど、まあこういうのは黙認って形になってる。金銭が絡んだり非プレイヤーへの譲渡ってなるとアウトだけど」

「あ、わりい。その前にうちのタイショーに確認しないと。なあ、ネーサンとトレードしちゃっていいか?」


 ダメとは言えない。あとで明智にいびられるかもしれないし、くらべると【ケイロン】のほうがレアだし。というかテルコの意向が一番だ。

 というわけで、実にあっさりとトレード成立。お互いに気持ちよく箱を渡し合い、がっちり握手。めでたしめでたし。


「やったぜ、これでタイショーとおそろいだな!」


 ああ、そんなこと言うとほら、チビっこが膨れっ面になる。


「……わたしもそれがいいです……」

「いやいや、お前もこないだの毒効かなかったじゃん? 実質おそろいだよ?」

「そうだぜ、ギンチョ! これでオレら三人ともドクキカナーズだ!」

「はう! キカナーズ!」


 とりあえず納得してくれてよかったが、声がでかいから恥ずかしい。


「……じゃあ、ボクの番か……」


 四番手は直江。彼女もアビリティガチャ。

 この中では一番多くアビリティを所持しているが、スキル【コルヌリコルヌ】を変えるつもりはないということだろう。確かにあのドリル攻撃の威力は絶大だ。ソロプレイヤーにはチャージ方式は向かないはずなのに、ゼロチャージ出力など余裕で使いこなしている。


「……じゃあいくよ、ユニマル……いいのが出るように祈っててね……」

「にー」


 抱っこ紐の中の赤ちゃんライオンに指を這わせる直江。彼女が変態だと知らなければごはん三杯いける光景だ。知とは不幸でもある。

 静かにコイン投入、回す。出てきた箱の裏をチェックして、やはり無表情のまま。当たりかハズレかわからない。


「……………………」


 教えてくれないんかい。

 ギンチョが背伸びして箱を覗き込もうとすると、あっさり箱を裏返す。見せるんかい。


「……【スプリガン】……まあまあレアだけど、もう持ってるから……売るかトレードかな……」

「【スプリガン】も持ってるんすか……」


 【スプリガン】は手足を平面に吸着させることができるアビリティだ。ガラス張りのビルでもヤモリのようによじ登れるようになるが、三十秒ほどという連続使用時間の制限がある。レア度B評価だが人気は高く、千影も密かにほしいと思っていた能力だ。


 千影の知る限り、彼女は【ベリアル】を除いて九つのアビリティを持っている。

 そのうち判明しているのは、彼女の代名詞とも言える狼の亜人化アビリティ【フェンリル】、毒耐性の【ケイロン】、そして拳から硬質な骨の爪を出す【マレブランケ】だ。

 【マレブランケ】はアメコミ的なアレで、出すときにちょっと痛いらしいが、傷はすぐにふさがるらしいし、そこらの武器よりよっぽど強力だったりする。直江がそれを出している姿を先日のイベント時に見たが、悔しいほどカッコよかった。


「つーか……ここまで結構みんないいっすね……」


 【ヴァンツァー】→【ケイロン】→【バロール】→【スプリガン】。

 前二つがレア度評価A、後ろ二つがB。あくまでウィキ調べの非公式な評価だが、現役プレイヤーからしてもここまでみんな引きがいい気がする。


「……そんで次、僕か……」


 正直な話、今日は【ナマハゲ】祭りになるんじゃないかなどとネガティブに想像していた。ツブヤイターでもそういう結果報告をよく見ていた。ところが蓋を開けたらここまで当たり続きときたものだ。ソシャゲなら「これって当たりですか?」的スクショをアップして炎上する勢いだ。


 「よっしゃ、僕も!」と素直にポジれるなら十八年も早川千影をやっていない。むしろこれはプレッシャーになる。

 いよいよレア度Cを引く流れ。がっかりされ、無数のため息がこぼれ、「空気読め」と周囲の無関係な野次馬にさえ罵られる。そんなネガティブな未来しか想像しかできない。


「よっしゃ、次はタイショーだな。びしっといいの出せよ」


 テルコにばんっと背中を叩かれ、中川に肩を叩かれ、明智に尻を蹴られる。イヌまんにもふくらはぎをぺしっとやられる。最後のはついで感があるのは気のせいだろうか。

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