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8:いざガチャマシン

 九月十二日、火曜日。

 迎えた運命のガチャ祭り当日。


 二週間以上ぶりにダンジョンに入ることになる。ちょっと緊張だ。

 ポータルのエントランスで守衛の人にドヤ顔でプレイヤータグを見せつけるテルコ。ドヤ顔でイヌまんのリードを握るギンチョ。マスクでもつけてくればよかったと後悔する千影。

 異常に目立っている。他のプレイヤーがこっちを見てひそひそ話したり、ぱしゃっぱしゃっと勝手に写真を撮ったりしている。


「その、えっと、イヌまん? くん……」


 丹羽はその名前を呼ぶときに半笑いになる。それが正常だと千影も思う。


「ダンジョンに入ってもワンコ……じゃない、シモベから目を離したりしないようにね。リードも絶対手放しちゃダメ。それと戻ったら管理課に報告を忘れないこと。お願いね、早川くん」


 イヌまんは舌を出しながら後ろ足で立ち、荒い息遣いとともに丹羽にすり寄っている。ペットなんてあざとい手を使いやがって、という彼女目当ての男性プレイヤーたちの視線が怖い。

 違う、こいつの自発的スケベ心だ。誰に似たのか、こいつは人間の女性に媚びてまとわりつく癖があるようだ。誰に似たのか。




「そいつがイヌまん……シモベつーか、もろペットだな」


 誕生日以来の、シモベクリーチャーと悪魔の顔合わせ。

 明智のメガネの奥に潜む凶悪性を感じとったのか、イヌまんは「きゅうん、きゅうん」と地面に転がって腹を見せる降伏のポーズ。


「……ブサカワというより……ブチャカワ……」


 直江は意外にもイヌまんを気に入ったようで、むにむにとそのほっぺたをこねくり回している。やはり生物としてのレベル差を感じとったのか、それとも相手がイヌ科の絶世美女のためか、イヌまんも嫌がるそぶりなくされるがままになっている。千影が似たようなスキンシップをすると警告的な低いうなりを発するというのに。


 ダンジョン一層、エリア1。通称〝ハジマリ平原〟。

 見渡す限り広がる草原。天井からは擬似的な陽光が降り注ぎ、地上の残暑とは対照的な心地いい風がそよぐ。

 ここに来ると、「あーダンジョンに来たなー」というワクワク感と緊張感が湧き上がってくる。エリア1は好戦的な敵性クリーチャーはほとんどいないが、それでも用心するに越したことはない。ましてやイヌまんという未知の要素が加わっているのだから。


 エレベーターホールを出た先で集合したガチャ祭り参加者は、千影、ギンチョ、テルコ。それと明智、中川の庁職員二人。そしてまさかの参戦、直江ミリヤ。彼女もまだコインを使っていなかったらしい。あとおまけでイヌまんと、そして直江のシモベ。


「……ユニマルはまだ赤ちゃんだから……」


 直江はいわゆる抱っこ紐――赤ん坊を前に抱える布袋を肩に下げている。その中でスヤスヤ寝ているのは、直江のシモベクリーチャー。ライオンの赤ちゃんによく似た幼獣だ。


「やべえ……これはかわええ……」

「かわいいです……」

「カミ可愛いな……」


 メロメロになるチーム早川家。ギンチョがデレデレ顔でユニマルの眉間をかいかいしている。

 体毛は薄い金色。首筋の後ろがほんのり赤くなっている。背中に飾りのような小さいコウモリの羽が生えている。尻尾の先は二股に分かれている。既存の地球生物とは明らかに異なる、イヌまんよりもダンジョンクリーチャーに近い姿だ。ちなみにオスらしい。


「つか、イヌまんと成長スピード違うのな」とテルコ。

「種族差? 個体差? なんかね」と千影。

「……ユニマル、イヌまんに挨拶しな……」


 直江がしゃがみこんで抱っこ紐をイヌまんに近づける。

 うっすら目を開け、「にー」と鳴くユニマル。鼻を近づけてくんくんするイヌまん。ハラハラする早川家の面々。

 ペロ、とイヌまんがユニマルの顔を舐める。「にゃー」とユニマルが応じる。空気がほっこりして、ギンチョもテルコもにっこり。直江でさえかすかに微笑んでいる。

 だが千影は見逃さない。後ろを向いたイヌまんがにやっと口の端を持ち上げるのを。「お前らこういうの好きなんやろ?」的にほくそ笑むのを。飼い主として気のせいと思いたい。


「いいですね、シモベクリーチャー同士の交流。これもまた赤羽ダンジョンの歴史の新たな一ページですね」


 中川が腕組みをしてうなずいている。彼のダンジョン装備を見るのは初めてだ。明智と同じ職員プレイヤーがよく使用するミリタリー仕様だが、その小太りな体型のせいで社会人サバゲーマニアにしか見えない。


「そういや、あの……なんだっけ……ナカヤマとオクタゴンのニーチャン、あいつらはもうガチャやったんかな?」

「中野さんと奥山さん」

「ナカノとオクヤマか、カミいい名前だな」

「二人ともスキルガチャを回したって。なにが当たったかは今度会ったときのお楽しみだって」

「へー、そっか」

「興味なさすぎだろ」


 中野奥山で思い出した。イベントの戦利品――黒竜やPゴキブリの外殻やら鱗やら諸々の素材。千影たちのとりぶんは二人が資源課に鑑定に出してくれているから、近いうちに受けとりに行かないと。


「それにしても、絶好のガチャ日和ですね!」と中川。「うわー、超楽しみ! というわけでさっそく、セーフルームまで参りましょう! 第一回ダンジョンガチャ祭り、会場へ出発!」


 おー、と言ったのはギンチョとテルコだけ。

 イマイチ協調性のない一行、とりあえず出発。向かうはエリア2のセーフルームだ。




 〝ハジマリ平原〟の緑生い茂る光景が途切れると、徐々に赤茶けた地面が目立ちはじめ、やがて石造りの荒廃した建物の群れが見えてくる。エリア2、旧市街地。

 エリア1の開放的で清々しい雰囲気から一気に豹変し、ここからは剣呑な張りつめた空気が漂いはじめる。宇宙ゴブリンやザコボルド、タマネギゾンビや影ニンゲンなどの「ザコながら好戦的なやつら」がうようよしている。


「イヌまんくんとユニマルくんもいることですし、なるべく戦闘を避けて、すみやかにセーフルームに向かいましょう」

「どうでもいいけど、ギンチョ以外で一番下っ端の中川くんが仕切るって面白いね」

「明智さん、そう言わないでください。たまにはいいじゃないですか」


 索敵には千影の聴覚強化アビリティ【ロキ】と直江の狼的な勘が用いられる。クリーチャーを物陰から察知し、迂回しつつ目的地まで慎重に歩を進める。


 ギンチョの顔がいつになくこわばっている。イヌまんがいきなり吠えたてたりしないかとひやひやしているのだろう。

 そんな心配とは裏腹に、ここへきてイヌまんの顔つきは若干変わっている。気がする。すんすんと絶えず鼻を動かし、せわしなく首を回し、周囲の状況を鋭く窺っている。気がする。

 さすがにクリーチャーだからか、本能的に危険を察知している的な。なんて好意的に解釈しようとしていると、イヌまんが突然その場に座り込み、ぷるぷると力みだす。

 ギンチョがスコップとビニール袋を用意し、それを手早く回収する。明智が微妙な顔でそれを見守っている。


「……ダンジョンで犬のフン回収するとこ初めて見たよ」

「ギンチョ、ここは赤羽じゃないから回収しなくてもいいよ」

「かいしゅーするまえにいってください」




 特に危なげなくセーフルームに到着。エリア2のそれは廃墟の中の隠し階段を下りた先にある。

 ぴかぴかに磨かれた床と壁。ショッピングモールのフードコートを思わせる休憩スペース。ウォーターサーバーに清潔なトイレ。ここにはクリーチャーは入ってこず、またプレイヤー間での暴力沙汰やセクハラなどのトラブルも機械生命体により監視されているため、ある意味地上よりも安全な空間かもしれない。


「あ、あれですね。ガチャマシン」


 自動販売機の並ぶ一角の奥に、初めて見るものが置かれている。玩具屋の前に置いてあるガチャガチャ――を縦にやや長くしたものが三台。高さはギンチョの背丈(百三十センチ)と同じくらいだ。サイズはともかくデザイン的にはそれっぽい感。ダンジョン仕事してる。

 三台はAFD(赤羽ファイナルダンジョン)というロゴが共通で、それぞれマシンによって筐体の色と説明書きが異なる。金、銀、銅。ダンジョンで入手できるシリンジの小箱の色と当てはめて、それぞれスキル、アビリティ、ドラッグ(消耗品)に対応している。使用方法などが日本語と英語で表記されている。


 イベントで入手したAFDガチャコインは、どのマシンにも共通して使用できるという。せっかくのコインをドラッグシリンジに使う人は少ないだろう。となると、アビリティかスキルか。

 ちなみに、筐体が透明ではないので中は見えないし、排出されるシリンジのリストや当選確率などはどこにも記載されていない。小ずるい真似はしていないと運営を信じたい。


「じゃ、さっそく回そっか」

「お待ちください、明智さん」と中川。「せっかくなので順番を決めて回しましょう」

「なんで? さっさと回しちゃおうよ、スキルとアビリティ分かれてるし」

「だって、せっかくのお楽しみタイムじゃないですか。ガチャほど射幸心を煽る娯楽はこの世に存在しません。ましてや気心の知れた人たちと一緒に回すのがどれほど脳汁全開の楽しさか。『ねえねえなにが出た?』『レアもんキタコレ!』『あーダブったわー石返せチクチョー』とか、そんな感じでみんなでわいわいやりたいじゃないですか」


 明智と直江が「うぜえ」と「きめえ」をごった煮にした表情を中川に向ける。千影としては彼の気持ちがわかるので内心応援する。がんばれ中川さん、口に出せないけど僕は賛成だよ。ヘタレでごめんよ。


「うん、楽しそうじゃんか。オレもそれがいい。みんなでやろうぜ」

「じゃあ、ジャンケンするです。じゅんばんきめるです」

「わふっ」


 テルコとギンチョ(とイヌまん)が加勢し、明智と直江はあっさり折れる。この場で一番の発言力を持つのはギンチョだと改めて思い知らされる。中川が切ない顔をしている。

 というわけで、ジャンケンで勝った順に引いていくことにする。六人でジャンケン。中川が「はいぃ、ジャーンケーンポォーン!」などと大声でさけぶし、しかもワンコ連れ。目立つなというのが無理な話だ。他のプレイヤーの視線が集まっている。赤面不可避。


 ジャンケンの結果、以下の順番に決定。


 ①中川  ②明智  ③テルコ  ④直江  ⑤千影  ⑥ギンチョ


 【ザシキワラシ】――運がよくなるという謎アビリティを持つギンチョは、でも一向に強くならないジャンケンの腕前にしょんぼりしている。別にそこを追求されても困るが。


「だいじょぶだ、ギンチョ。残りもんにはハゲがあるんだぜ」

「テルコ、福だ。ギンチョ、イヌまん、こっち見んな」

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