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7:暴走モード

「えー……ではまず、その使用者の条件について……実はこれ、ちょっと前にダン科研として結論が出てまして。近いうちに公式で発表される予定っす」

「マジすか」

「早川くんからお聞きしたところによると、お仲間のうち早川くんともう一人だけが黒い靄を出せたということで。その二人の共通点、他の人たちとの相違点だけど、コッパーちゃんは使ったことある?」


 コッパーちゃんとは、ダンジョンの入り口であるポータルに設置された、プレイヤーのアビリティやスキルを分析・特定してくれるピンク色の女の子型ロボットだ。彼女を使用するのが石を使えるようになる条件ということか。


「えー、はい、僕は。もう一人やった子がいたけど、でもその子は石を使えなかったし……」

「あー、いや。コッパーちゃんを利用することが石を使用できる条件、というわけではなくて。早川くん、自分の属性は憶えてる?」


 コッパーちゃんに血を吸わせると、アビリティやスキルが書かれた用紙がプリントアウトされる。そこには彼女の独断と偏見に満ちた「特徴」や、なんの意味があるのかわからない「属性」などという項目も表記されていた。


「えー、はい。僕は陰属性だったかと」

「はげぞくせい」

「夕メシはキュウリ一本な」

「その石を使えたもう一人も陰属性だったんじゃないかな。あ、カゲではなくイン、陰陽のインだと思う。つまり、早川くんと同じ属性を持ったプレイヤーのみが使用できる、ということだね」


 直江ミリヤ――彼女も同じ陰属性ということか。自分を棚に上げるのもなんだが、彼女もある意味それっぽい。


「ダン科研に持ち込まれた石は、今のところ早川くんのものと合わせて三つ。赤い石を持ったプレイヤーは火属性で、深緑色の石の所持者は草属性だった。そしてダン科研の嘱託プレイヤーが試したところ、同じ属性の者のみがそれを使用することができた」

「なんと」

「D庁で把握されている属性は十六種類。あの説明不足の属性表記は無意味なジョークや雰囲気的修飾ではなく、またゲームにありがちな強弱設定分けなどでもなく、さっきの表現を使えば『どの石の波動に共鳴できる体質かをざっくり分類したもの』なんじゃないかね」


 この半透明で黒っぽい、お世辞にも綺麗とは言えない色。陰属性専用ということか。サウロンが動画で「コッパーちゃん使ってみてね」とか意味ありげなことを言っていたが、ヒントにしてもわかりにくいにもほどがある。


「ともあれ、D庁は内心喜んでいるだろうね。コッパーちゃんを使用すれば、自動的に管理課にもデータが送られる。能力を申告していない大半のプレイヤーも、自分の属性を知るにはコッパーちゃんを使わざるをえない。不可抗力的にプレイヤーたちの個人情報を集めるまたとない機会なわけだ」

「だから公式で発表すると(せこい)」

「そのとおり。まあ、どうしても御上に知られたくないアウトローな人は、自力で石を集めてどれが使えるかを試していけばいい。そんなに頻繁に拾えるものかどうかはわからないけど」

「ちーさん、トイレいっていいですか?」

「いいよ……あ、僕も行く」


 さっきの宮本の話を思い出して、自分もついていくことにする。手早く済ませ、女性用トイレの前で待つ。通りかかった女性研究員に怪訝な顔をされる。違うんですよ、うちの子を待ってるんですよ。

 ギンチョを連れて戻ると、宮本はそこに座ったまま、目を開けたまま眠っている。パソコンがフリーズしたみたいに。千影があえて音をたてて椅子を引くと、彼がはっと再起動し、ごまかすようにコーヒーを飲む。


「さて、話が長くなってしまって恐縮だけど、肝心のもう一つの話題のほうに行きましょう。その石の効能、早川くんの身体になにが起こっていたかについて」


 千影が石を握った状態で意識をそこに向けると、あの黒い靄が生じて身体にまとわりついていく。その状態では身体は痛みや疲れから遠ざかり、感覚が研ぎ澄まされる。知覚が鋭敏化され、周囲の動きがスローに見える。それがこの石の効果だ。


「先週の素の早川くんと、今日の石を使用した状態での早川くん。反応速度に関するほとんどの項目で後者のほうが圧倒的に上回る結果となった。また、血中成分で比較すると、わずかにですが後者のほうで血中のホルモン濃度の上昇が認められた。エンドルフィンなどのいわゆる脳内麻薬が分泌されたものと思われます。鎮痛作用のある脳内物質で、たとえばマラソン中に分泌されるとむしろ気持ちよくなって苦痛が和らぐような、ランナーズハイになるやつだね。他にもいろいろ出ていると推測される」

「えんどぅふぃん(ネイティブっぽい発音)」

「ギンチョちゃん、いい発音ですね。英語とか勉強されてるんですか?」

「あ、あう……」しまったという顔をする。

「いや、あの、近所の外国人のお姉さんにちょっとだけ教わって。その人の真似をしただけです。な?」

「は、はう……」バツが悪そうにうなずく。


 宮本が一瞬だけ千影に向けてにやりとする。宮本は彼女の背景を知っている、千影も宮本が知っていることを知っている。つまり茶番だ。


「そんで、えっと、脳内物質がどうのって……」

「あ、はい。つまりね。具体的に早川くんの身に起こっていることはなんなのかと。鎮痛作用、知覚と思考の先鋭化。仮にこれを、暴走モードとしましょう」

「暴走モード(初号機感)」

「タキサイキア現象って知ってる? 危機に瀕した際に脳がそれを回避するためにフル回転し、周りの光景がスローに見えたりするって話。脳の暴走とか誤作動とか防衛本能とか、あるいはそんなん眉唾だよとかいろいろ賛否のある説なんだけど、早川くんの身体に起こったその変化もそれに近いものなんかなと思われる。思考速度まで上がるってのは聞いたことないけど」

「たきさーいきあ(ネイティブっぽい発音)」

「ギリシャ語だけどね」

「あう……」

「ダンジョン光子が脳内物質の分泌を誘導し、その現象を誘発した。僕は当初そう推測していた。しかしながら、どうやらちょっと違うらしい。脳内物質の分泌は平常時よりも多少多い程度だった。ダンジョン光子そのものが早川くんの脳と神経系に直接作用した、それにつられて多少の脳内物質の分泌も行なわれた。そう推測したほうが筋が通りそうかなと今は思ってる」

「それって……どう違うんですか?」

「大違いだよ。脳内麻薬の過剰分泌なんて、身体に悪いに決まってるじゃなん? 仮に今回の現象がそういうものだったとしたら、乱用することで平常時の脳にもさまざまな悪影響が出てくるだろうね」

「今日めっちゃ乱発したんですけど」


 石をそっと自分から遠ざける。


「いやいや、そういうものじゃないってことだから。とはいえ、過度な使用は控えたほうがよさそうだね。このアイテムについても身体への作用についても、まだまだ謎が多く、使用例は少ない。他にもどんな副作用があるのかわからないから」


 まあ、使用後の疲労も考えると、いざというときの切り札だろうなとは思っていた。それだけでもじゅうぶんすごいアイテムだが。


「D庁はその石を〝ジェム〟と命名した。早川くんのそれは〝陰のジェム〟、効果は『暴走モードのスイッチが入る』ということになりそうだね」

「ジェム、ですか」

「ああ、ちなみに火のジェムと草のジェム、その効能は早川くんのそれとは異なるものだった。火のほうは瞬時のテンション向上効果、対照的に草のほうは瞬時の鎮痛効果と周辺視野能力などの視覚的能力の向上。ジェムはその属性によって効能が異なるのか、それとも各属性ごとに異なる効能を持つ複数のジェムが用意されているのか、という点についてはまだ不明」


 要は属性ごとの新たなアビリティみたいなものか。副作用はともかく、その効果の大きさは身をもって体験している。今後の活動の力になってくれそうだ。


「D庁はみだりに使用することを控えるよう忠告する予定だそうだけど、ほんとに危ないものならサウロンも警告していると思うので、まあ適時適量で使うぶんには大丈夫なんじゃないかな、というのが僕の見解ですわ。もちろん責任は持てないけどね」


 隣のギンチョをちらっと見る。難しい話には船を漕いだり集中力を切らしてそわそわしたりするのがこいつのデフォなのに、今日は意外にもちゃんと話を聞いている風だ。たっぷりお昼寝した効果だろう。ちなみにお菓子打線はほぼ壊滅して完全試合寸前だ。


「ちなみにジェム所持者から生じる靄は〝光子オーラ〟と命名された。個人的にはダサくねとも思うんだけど、わかりやすさ優先ってことかね」

「あの……そもそもダンジョン光子って、なんなんですかね……?」

「ああ、それ訊いちゃう? 長くなるよ、さっきの三倍くらい」

「よし、ギンチョ、帰ろう。余ったお菓子はマナー的に棚に戻しとこうね…………返事しろや」


 三人とも立ち上がり、休憩室の外に出る。午後四時前、廊下も窓の外もまだ明るい。


「早川くん、このたびはご協力ありがとうございました。報酬は受付で受けとってね」


 実は今回の件、報酬が出る。治験みたいなものだから、ということらしい。一日あたり諭吉先生が三人ほど。つまり二日で六人ほど。結構疲れたが結構おいしい。


「そういえば、早川くんたちって〝ヨフゥのタマゴ〟をゲットしたんだよね? ネットで話題になってたし」

「あー、まあ……」


 ツブヤイターで自分たちの名前を見つけたときの衝撃たるや。おそらく〝目覚めの祭壇〟に入っていくところを別のプレイヤーに見られたのだろう。


「いやー、羨ましいなー。地上でダンジョンのクリーチャーが生まれるという、まさに地球史に残る革命的なできごとだからね。ダン生研でやるの?」

「まあ……そのつもりです」


 そんなたいそうなものだろうか。正直あんまり実感がない。孵化の時間が近づいたらもっと緊張とかするんだろうか。


「ああ、シモベクリーチャー! いいなー、興味深いなー。無事に生まれたら僕も会いに行きたいなー。LIME交換しよ?」


 半ば無理やり友だち登録される。まあ、こういうツテが一つ増えるのも悪くないだろう。

 ――なんて。少し前の自分ならそんな風には思えなかっただろうが、これも成長ということだろうか。

 エントランスまで宮本は見送りをしてくれる。ギンチョの頭を撫で、千影にそっと耳打ちする。


「忘れないようにね、今日お話したこと。君が守るんだ」


 なんとなく、この人は誰かに似ているなと思っていた。

 サウロンだ。あのおちゃらけた軽薄そうな感じと、その奥に秘めている得体の知れなさ。


 千影は黙ってうなずく。バス停までの道はなんとなく、久々に手をつないで歩く。


次回、ガチャ祭り編です。

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