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6:ダン科研での密談

 ブランケットと枕を借りて、二人で畳に横になる。

 眠りは案外すぐにやってくる。なんか息苦しい夢から覚めると、ロン毛無精ヒゲの男がものすごい近接地点から見下ろしている。鼻と鼻がぶつかりそうな距離。思わず悲鳴をあげそうになる。


「お目覚めですか。ギンチョちゃんはお休みみたいですし、フィードバックはここでやりましょっか。あちらのテーブルまでどうぞ」


 窓際の二人がけテーブルに向かい合って座る。今日で会うのは二度目、もちろん人見知りとコミュショーを十八年間ごった煮したような早川千影的にはまだ慣れない。

 というかこの人、正面から見ると目が怖い。なんか無機的というか、見透かされている感というか。


「ではさっそく……と言いたいところなんですが、せっかくギンチョちゃんもお休みになっているところですし、少しだけ雑談させていただいてもよろしいですかね? 実は早川さんとは個人的に一度お会いしたいと思っていたところで、今回の実験協力には非科学的な運命というものを感じざるをえないところです」

「え、あ、なにを……?」

「もちろんあの子のことです。高花ギンチョちゃん」


 千影はギンチョのほうにちらっと目を向ける。話の趣旨が全然見えない。


「犯罪組織による【ベリアル】強制投与の被害者として、九歳にして特例免許を取得した、史上最年少のダンジョンプレイヤー。ネットでも話題になっていましたよね。私もあの子のことは気になってました。なので、個人的に調べさせてもらったんですよ、いろいろと」

「はあ……」

「早川くん、なんであの子をここに連れてきたの?」


 宮本の口調が変わる。表情を変えず、眠たげな目つきもそのままに。


「えっと、なにを言ってるのか……」

「いいよ、とぼけなくても。俺、知ってるから。高花ギンチョ、川口にあった米国所属の極秘研究施設でつくられたクローン人間。素体となったのはダンジョン内の人型特殊クリーチャー・エネヴォラのピンク個体」


 宮本はタブレット端末を操作し、画面を見ながら言葉を続ける。


「三年前に体細胞クローン技術により誕生、昨年秋に人工子宮から排出されたばかりの実質零歳児。生まれながらにアビリティ【ベリアル】に相当する身体能力を有し、またピンクのエネヴォラの特殊能力、通称【グール】も備わっている。今年六月のD庁によるガサ入れ前に強行された人体実験により暴走、研究施設内に放棄され、当庁がこれを保護。紆余曲折を経て日本国籍を付与され、現在は特例免許のプレイヤーとして、メンターのレベル4――今は5でしたっけ、の早川千影氏と行動をともにしている。以上、訂正が必要なところはある?」


 息を呑む。なにも言えなくなる。ぐうの音も出ない。背中の汗が止まらない。


「あ、一応言っとくけど、このことを知っているのはD庁やダン科研でもほんの一握りだけだよ。公然と知れ渡っているってわけじゃないから安心して。俺は下っ端だからもちろん知らなかったし」

「じゃあなんで……」

「気になっちゃったんだよね、あの子が特例免許を得るに至ったシナリオが本当なのかどうか。そんで上司の上司のもっと偉い人のPCとか、いろんなとこのサーバーとか、アレしてコレしてね、答えにたどり着いちゃったわけ」


 宮本はキーボードを打つ真似をする。ヒゲだらけの口元を歪めるようにして、小さく笑う。


「んで、さっきの話に戻るけど。あの子をこんなところに連れてきてよかったのって質問」


 なんなんだよ。なに言ってんだよこの人。

 わけがわからない。頭がうまく回らない。どう答えたらいいものか。

 ギンチョの生い立ちを知っていて、ギンチョの心境を想像した上で、彼女を研究所に連れてくるという行為について問いただしてきている。正直に答える必要なんてないのかもしれないが、下手に刺激したくない。


「……確かに……僕もここに来てから気づいて……あの子は平気そうだけど、やっぱり白衣とか見ると怖いのかなって……」

「いやいや、そういうことじゃなくて」

「え、えっと……(違うの?)……じゃあなにが……?」

「ここってさ、どんなところだと思う? 断言してもいいけどね、ダン科研ってのは、日本でも指折りの『興味あることよくわかんないことなんでも知りたがるマン』の集まりなんだよね。宇宙人の持ってきたダンジョンなんていう壮大な代物がぽこぽこと落っことしてくるトンデモや矛盾の数々に対して、寝食も惜しんで日夜格闘してるような連中ばっかりだから」

「はあ……」

「俺もそう。さっきもぶっちゃけたとおり、知りたいと思ったら手段を選ばない。そんな知的好奇心に飢えた狼どもの巣窟に、あんな謎だらけのパズル的女の子が可愛い服着て歩き回ってたらさ、危ないと思わない?」


 肌が粟立つ。そんなことは考えもつかなかった。てっきりそっちの話は全部片づいたと思っていたから。もう安心だとタカをくくっていたから。


「いや……でも……日本も、米国やIMODも……ギンチョの研究はもうしないって……」

「そんなんさ、官僚とか政治屋とか文系のやつらが勝手に口約束しただけでしょ。頭のネジのぶっとんだ科学者たちの前で、そんな理屈が通用すると思う?」

「でも、ここにいる人は……」

「うん、九分九厘の人は彼女のことを知らないはずだね。特例免許の子、だいぶ幼いけど要は他のプレイヤーと同じでしょって感じでしか見てないと思う。ただね、残り一厘、俺のような人間が他にもいる可能性はある。現に俺がここにいる、君の目の前にね」


 千影は拳を握りしめる。湧き起こる身体の震えを押し殺そうとする。ふざけんな、となんのひねりもなく思う。


「……そんなこと、全然考えてなかったけど……そんなことになったら……たぶんめちゃくちゃスキルぶっ放しまくって、あいつ連れて逃げると思います」


 宮本が細い目を丸くする。たっぷり数秒硬直し、それから笑いだす。ヒゲ面をくしゃっとして、ぼさぼさ頭を揺らして、メガネの奥に涙を溜めて。


「いやー、ごめんごめん。意地悪なことばっかり言っちゃって。なんでこんな話をしたかっていうとね、もちろん警告だよ。どこに潜んでるかわかんないマッドな研究者たちに、あの子がいじめられないようにね。君を海外のテロリストみたいにしたりしないから安心して」

「宮本さんは……」

「ああ、俺はこう見えてそのへん、ものっそい善良だからね。基本的に無茶とか大好物だけど、人が困るような無茶はしないってのがポリシーなの。ましてやうちの姪っ子と見た目同じくらいだからね、あの子をどうかしようなんて考えただけでも胸が痛い」

「はあ(嘘くせえ)」

「嘘じゃないって。嘘だったらこんな話しないって。つかそもそも俺、遺伝子工学とか生物化学は専門外だし。約束するよ、あの子のことは他言しないし、君やあの子に変な真似はしない。君たちから協力してくれるってのなら話は別だけど」

「お断りします」

「科学者もそうだし、あるいは政治屋や他国の連中だって、口約束じゃあ完全には縛れない。あるいはただの変態とか金目当てとか……ともかく、あの子を狙うやつは今も少なからずいる。いるはずだよ。だから、君が守るしかない。可能な限り目を離さずに、あの子が自立できるまで、できるだけそばにいてあげなきゃね」

「だいじょぶです……僕が守るんで」

「はは、さすがだね。〝赤羽の英雄〟くん。微力ながら僕も協力できると思うよ。好奇心の続く限りね」

「わー、心強い(白目)」


 ギンチョのあくびが聞こえる。むくっと起き上がり、目をこすっている。


「ああ、起きちゃったみたいだね。タイムアップです」


 宮本の目からさっきの狂気じみた光が消え、元々の三年くらい留年中の大学生みたいなやる気ゼロの世捨て人感が戻ってくる。いったいどちらが本当のこの人なのか。


「さて、早川くん。ギンチョちゃんもお目覚めのようだし、今回の調査結果をお知らせするね。あ、コーヒー飲む? ギンチョちゃんはココアがいいかな?」


 なにごともなかったかのように、でも敬語には戻らず、愛想よく振る舞う宮本。千影は黙ってうなずく。

 ギンチョはむにゃむにゃと目が半開きのまま、ふらふらとした足どりのまま、それでもしっかり途中でお菓子をピックアップしてくることを忘れない。



 テーブルに色とりどりのお菓子が並べられる。チョコパイ、ビスケット、マシュマロ、ラムネ、ゼリー……「わたしのかんがえたさいきょうのおかしだせん」を見下ろして、ギンチョはむふーと満足げだ。起きていた時間で言えばまだ昼メシ直後なのに。


 宮本がお菓子の横に例の石を置く。こうしてみると饅頭のように見えなくもない。チビっこが寝ぼけて口に入れないよう、千影は若干自分のほうに引き寄せておく。


「えー、結論から言うと……」宮本がメガネに指を当てながら言う。「わからないということがわかりました」

「は?」

「我々の科学力では及ばない、もはやオカルティックなダンジョンテクノロジーだということです。残念!」


 千影はギンチョと顔を見合わせる。二人してチョコパイを手にとり、無言で咀嚼する。チョコパイは無敵だと思う。


「いやいや、そんなチーズかじるネズミみたいな顔しないでよ。もちろんわかったこともあるから。たとえばその石自体について、それはただの石だよ。地球上に存在しない未知の元素でできてるけど」

「ただの石なんですかね?」

「希少価値という意味では、そこらへんの原っぱに転がっているわけでもないけどね。この石の超常的作用を抜きに考えると、売ったら十数万くらいにはなるかと」

「地球に存在しないものなのに?」

「地球に存在しないものバブルはとっくの昔にはじけてるわけだよ。ダンジョンがやってきてからの八年間で」

「なるほど」

「そしてもう一つ。あの黒い靄――早川くんが握ったときに排出される謎の可視的エネルギー――あれはその石から生じたものでなく、それに触れている早川くんの体内から生じたものであるとみて間違いないだろうね」

「なんと」

「あれの採取も分析もできていないけど、おそらくはダンジョン光子――ダンジョンプレイヤーが体内に保有する謎エネルギーと同種のものだろう。黒っぽい光、というなんとも矛盾したニュアンスが個人的にそそられるけどね」


 ちょっとわからなくなってくる。つまり、どういうことなのか。


「ここからは推測も混じってくるけど――パワーストーンってあるよね。持っているだけで運気がよくなるとか肩こりがとれたりとか、ネットでもよく売ってたりするオカルトグッズ。実際の効能については科学的には実証されていないけど、その根拠として嘯かれるトンデモ理論として『固有振動数』というのがあったりして」

「固有振動数」

「うん。地球上に存在する物体はすべて固有の振動数を持っている。僕も、早川くんも、ギンチョちゃんも」

「ぶるぶる?」


 ギンチョが顔を振る。唾が千影の顔に飛ぶ。


「物体を自由に振動させた際、その振動体が持つ固有の揺れの数――という感じだけど、パワーストーンの場合にはなぜかそれを『この石が持つユニークな振動が波動となって人体に影響を与えるんだ』みたいなトンデモ解釈で用いられたりする。というのはどうでもいい話なんだけど」

「どうでもいいんですか」

「まあ、なんというか。その石はダンジョン的なリアルパワーストーンなんじゃないか、というのが僕の仮説だね。もしかしたらその石がトンデモ固有振動数的ななにかを持っていたとしたら、その所持者の肉体に作用し、ダンジョン光子を生じさせているんじゃないかと」

「なるほど(わかるとは言ってない)」

「そのへんが僕らの力で解明されるまで、あと何年か何十年か。とにかくわかっていてほしい点としては、その石自体がエネルギーを出しているわけではなく、早川くん自身の体内からエネルギーを無理やり生じさせている、ということだね」

「えっと……なにが違うんですかね?」

「早川くんの肉体からエネルギーをとり出しているということは、早川くんの肉体からそれだけエネルギーが失われるということ。これは大きな違いでしょ?」


 急に呪いのアイテムみたく思えてくる。確かに石の使用にはエネルギーの消費が激しい。


「さて、残る大きな疑問点としては主に二つ。その石を使える人と使えない人の違い、もう一つはその石の具体的な効能について。順を追って話す前に……コーヒーを飲んでもいい? 実はこの三日間で睡眠は三時間ほどしかとってなくてね。覚醒状態を維持するのにカフェインが必須なのよ。糖分も摂取しないと」


 束の間のもぐもぐタイム。並べられたお菓子はギンチョの中にするっするっと吸収されていく。げっぷをするとえげつないにんにく臭がして、宮本がなんとも言えない表情になる。あんたがドヤ顔で語っていた陰謀の少女がこいつだぞ、と千影は思う。現実のにおいを知れ。

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