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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
18/222

3-4:【ムゲン】

「ぎゃ……ぎゃわーーーっ! かいじゅうですだーーーっ!」

 ですだー? とりあえずギンチョの至近距離からの悲鳴は耳にくる。


「なにしてんだ、逃げろって!」

 男コンビが息を切らしながら千影たちのところまでたどり着く。


 その黄色の怪物はあと十メートルほどの距離まで迫っている。丸太のような前脚を踏み出すたび、水面が揺れ、柔らかい地盤が揺れる。


 例えるなら、「虎の顔を持った黄色い巨大なカエル」だ。ネコ科を思わせる鼻筋、ぎょろっとした目、下唇からはみ出た牙、筋肉質な前脚、黒い斑模様。体高は五メートルに及びそうだ。

 南の池の主、ギリメカエル。めったにお目にかかれないレアクリーチャーだ。


「いや……あれは……」

 そんなに強くないらしいですよ、と言いかけてやめる。


 その中ボスライクな見た目とは裏腹に、殺傷能力はレベル1・5相当。実力的にはエリア3最強だけど、武器を持ったレベル1二人ならどうにかなる相手だ。

 彼らはそれを知らないみたいだけど、そんな話をして戦うようにふっかけるのも気が引ける。


「じゃあ……僕やるんで……ギンチョを見てもらっていいですか?」

「うえ、あ、ひ、一人で?」

「……おにーさん……」

「だいじょぶ、問題ない。ギンチョは下がってt――」


 言いかけた瞬間、背後で別の気配を感じる。茂みの奥に目を凝らす。水草が揺れ、ぐるる、とうなり声、そして三本足のトカゲ――サンキャクサウルスが飛び出してくる。二匹、三匹、四、五……。それにツノヘビやらミジンコ海坊主やら、ここぞとばかりにエリア3に巣食う面々がわらわらと集まってくる。


「うわあっ、別の!?」


 ギリメカエルの吠え声で呼び寄せられたのか。ていうかヘカトン・エイプのときと同じ展開じゃないか。


 ずしん、とまた水面が揺れる。巨大ガエルはもう間近まで迫っている。そして小型のザコが四人を囲うように陣どっている。きゅるきゅるとお腹がすいた的な鳴き声をあげている。


 男コンビは腰に提げた剣鉈を構える。一層のPXで買えるコスパのいいビギナー用の武器だ(千影もお世話になった)。二人が千影の背後に回り、互いにギンチョを庇う形で身構える。


「僕はレベル4なんで、あのでかいのやるんで、ギンチョをお願いします」

「へ、レベル4?」と中野。

「マジで?」と奥山。

「……おにーさん……」


 敵前で振り返ることはできないが、ギンチョの声が震えている。


「大丈夫。僕がいる」


 そんな風に言いながら、千影は喉の渇きを覚えている。ザコとはいえ、戦闘はいつになっても緊張する。どんなにレベル差があっても、命のやりとりだ、一歩間違えばとりかえしがつかないことになる。というか、自分が人一倍ビビリなだけかもしれないけど。


 後ろにはチビっこがいる。万が一のことなんて絶対にあっちゃいけない。ちょっと強引でも速攻で全部片づける。そうしたら多少ドヤ顔できる。うん、それでいこう。


 右腰には三本の筒を下げている。真ん中を手にとり、左側のポーチに接続する。筒から発せられた電気信号により、暗水鋼がプログラミングされた形態へと集積・凝固していく。

 サムライ・アーマーにも製品提供している実力派中小企業、村正製作所によるオーダーメイド武器〝えうれか〟。ネーミングは担当開発者によるもので、千影の意思は一切考慮されていない。


 ずずず、と刀を引き抜く。りぃん、と藍色の刀身が涼やかに鳴る。緩やかに反った刃渡り七十センチの片刃。三種類の中で一番使い慣れている形態だ。


「ブ・ル・ゥ・ウ・ウ・m・m・m・m・n……」


 千影が刀を構える。ギリメカエルが身をかがめ、警戒するように低くうなる。


「いくぞ――」


 口の中でつぶやいたときには一歩目を踏み出している。


 水が跳ねる、千影の背丈ほどに。

 踏み込みが強すぎて足首までぬかるみに埋まる。それでも素足は力強く地面を蹴り、千影の身体を前に進める。

 二歩、三歩。足の引きを速くする意識で走る。相手が反応するより先に、すでに刀の間合いまで距離を縮めている。


 ギリメカエルの身体がいっそう縮む。後ろ脚に体重が乗っている。千影の攻撃を警戒し、跳躍して距離をとろうとしている。その身体が伸びる前に、千影は懐に入り込んでいる。


 びゅんっ、と両手で握った刀身が弧を描く。巨大ガエルが後方へ跳びのく。その身体から頭が離れ、見上げると二つの影に分かれて落ちていく。目を見開いたままの頭は千影の数メートル先に落ち、巨躯はそのさらに数メートル向こうで大きな水しぶきを上げる。


「ぎゃわー! かいじゅうのあたまがー!」


 残心は必要ない。すぐに振り返る。ギンチョがこちらを向いてなにやらさけんでいる。その後ろでは中野奥山が剣鉈を振り回している。サンキャクサウルスが一体、それをすり抜けてギンチョに迫る。


「――おいっ!」

 ギンチョが後ろを振り返る。そして硬直する。

「ギンチョ、こっちに逃げろ!」


 恐怖のせいか、ギンチョはその場に立ち尽くしたまま、身動きがとれなくなる。

 千影が走りだす。男二人も気づいて振り返る。

 それより早く、トカゲがギンチョの頭めがけて跳びかかり、大きく顎を開く。


「ぎゃわ――」


 ――【ムゲン】。


 一秒後、千影はトカゲも男二人も通り越した先にいる。水面を切り裂くように滑り込み、水しぶきが左右に立ち上がる。ばしゃっとトカゲの首が落ちる。


「おぷぷっ……」


 腕の中でギンチョが息を詰まらせる。抱きとめた瞬間、うまく勢いを殺したつもりだったが、それでも千影に体当たりをくらったようなものだ。「ごめん」と敵の群れを見据えたまま短く謝っておく。


「今の――」

「はや――」


 中野奥山が茫然としている。他の敵も千影に尻ごみしているのがわかる。ギンチョを左腕に抱いたまま、刀を身体の前に構える。ザコがあと五体程度。こんなのは通常なら窮地でもなんでもないが、千影の鼓動は緊張で高ぶっている。


 【ムゲン】を使った。クールタイム――三十秒間は絶対に無茶できない。


 千影の動きにたじろぐクリーチャーたちを、横合いから殴りかかるように中野奥山が突っ込んでいく。


「どわあああああああっ!」


 奇声をあげ、レベル1の腕力にものを言わせてデタラメに剣鉈(マチェット)を振り回し、斬るというより叩きつぶすように敵にぶつけていく。ぎゃあぎゃあ泣きさけびながらサンキャクサウルスが二体逃げていくが、残りの敵が動かなくなるまでに三十秒もかからない。


 戦闘終了。水面がクリーチャーの肉片と色とりどりの血で染まり、聞こえるのは中野奥山の荒い息だけになる。二人は武器を放り出し、そのまま仰向けにばしゃんと倒れ込む。


「脳が……痺れた……俺ら史上、最大の激戦だったな……」

「ああ……やれたぜ、俺ら……天下布武への第一歩だ……」


 天井に手をかざし、すべてを出しきったかのような、感慨深げな表情をしている。


 そういえば、と千影は思い出す。ギンチョを腕に抱いたままだった。


「あ……ごめん」


 解放すると、ギンチョはよろよろと数歩進み、その場にへたりこむ。慌てて近寄って覗き込むと、彼女は魂の抜け落ちたような表情で、焦点の定まらない視線をクリーチャーの残骸に泳がせている。


「さすがにチビっこには刺激が強すぎたかな、俺らの死闘は」

「チビっこ仲間にも語り継いでくれていいぜ、未来のダンジョン王の雄姿をな」


 なんか急に調子に乗りはじめたが、彼らの言うとおりかもしれない(一部)。初めての戦闘――恐ろしい怪物。ほんの小さな油断の先にあった危機。血しぶきの舞う命のやりとり。ショックで気が抜けてしまってもしかたがない――まだ十歳にも満たない子どもなのだ。


 たがが外れて泣きだされでもしたら困るところだが、そういう感じでもないらしい。どう声をかけていいかわからず、千影は彼女の頭にぽんと手を載せてみる。ふわふわの髪にそっと指を埋めてみる。今はそれくらいしか思いつかない。


「それにしても、あんちゃん、さっきのすごかったな。目にも止まらぬ速さってやつだった」

「一瞬でその子をかっさらって、ついでにトカゲ野郎の首まで刎ねた。レベル4ってのはそんな動きもできんのか?」


 まずい。あれを見られた。しかも口が軽そうだこいつら。居酒屋で見ず知らずのオヤジにまでしゃべりかねない。


 ほんの少し思考をめぐらせ、千影はギリメカエルの死骸のほうに向かう。その毛皮はわりと貴重品で、加工した衣服やマントはPXで低レベル者用にそこそこ人気だ。これを握らせて口封じを――と思いきや、その身体がずぶずぶと融けはじめている。


 倒したクリーチャーの死骸は、時間とともに自然と融けて消えていく。他の小動物や虫などの餌になるし、ダンジョンバクテリアが捕食分解するためだ。目の前で起こっているのは、それとは違う、細胞自殺(アポトーシス)による急激な融解だ。


 つまり、来た。来たよ。レアアイテムのドロップですよ。


「おいおい、どした?」


 中野奥山が近づいてくる。未分解の骨や肉がいくらか残っている中で、それがぽつんと現れる。銀色の、ペンケースみたいな細長い小さな箱だ。


「うおお、すげえ! アビリティシリンジじゃねーか!」

「いいなあ! 俺ら【ベリアル】しか持ってねーし」


 レアクリーチャーとはいえ、こんなザコがシリンジをドロップするなんて。はっきり言って超絶ラッキーすぎる。確率で言ったら一パーセント未満だと思う。

 箱をひょいと拾い上げ、裏というか底を見る。中身のシリンジについてはそこに英語で表記されている。〝ダンジョンの意思〟がそういう風に設定した、らしい。


 Namahage――【ナマハゲ】。レアではないが、千影の【アザゼル】と並んでポピュラーなアビリティだ。瞬間的に腕を巨大化させる、パワー型で使いやすいシンプルな能力だ。


 千影は二人のほうを振り返る。そして、小箱を二人に差し出す。


「えっと……これ、あげます」

「は?」

「なんで? めっちゃ貴重だろ、シリンジって」

「そうですけど……僕、もう【アザゼル】投与済みなので、【ナマハゲ】は重複して使えないやつなんで……」

「いやいや、つっても資源課で売れば数十万以上するだろ。あんちゃんが倒したのに、なんで?」


 そうは言っても、日本人的にいったんは遠慮しても、二人の目線は一心に小箱に注がれている。試しに左右に振ってみる。二人の目がついてくる。ちょっと面白い。


「えっと、これあげるんで、黙っててほしいんです……今日、ここで僕とあの子が戦ったこととか、僕の戦いかたとか……あんまり他の人に知られたくないんで」


 わかっている。言われなくてもわかっている。これを売れば、金銭的な現在の苦境から脱却できる可能性がある。手放すのは断腸の思いだ。

 それでも――それでも、可能な限り【ムゲン】のことを他人にバラされるリスクは避けなければいけない。秘密(スキル)を知る者は少ないほうがいい。注目なんて浴びたくないし、あのときのことを根掘り葉掘り聞かれたくないし。


「なるほど……まあ、アビリティとか秘密にしたがるやつもいるって聞くし、元々俺ら結構口かたいし、そんな他人のこと言いふらしたりはしないけど」

「でもまあ、そこまで言うなら、もらっておかなきゃ男がすたるっていうか。ここに君らはいなかった、レアクリーチャーやザコどもは俺らが全部ぶっ倒した。だよな、相棒」

「そうだな、あんちゃんの厚意を無駄にするのもな」

「その代わりと言っちゃなんだが、恩はいずれ倍にして返すぜ。なにかあれば俺らを頼ってくれよな」


 期待はしていないが、【ナマハゲ】がまったくの無駄にならずに済んだと思っておく。

 二人の手が同時に小箱を掴む。千影が手を離すと、二人で持ち合う形になる。


「おい、奥山。これは腕がバカでかくなるアビリティだ。なんと勇ましく猛々しい力だろう。そのチャラいロン毛には似合うまい。男らしい俺が使用する」

「いや、中野。【ナマハゲ】とは秋田県男鹿半島に伝わる妖怪の名だ。つまり日本の妖怪から着想された和の心を持つ能力だ。そのロックミュージックにかぶれた金髪にはふさわしくない。いざとなればマゲも結えるこの俺が使用する」


 睨み合い、沈黙、そして膠着。


「おし、じゃあいつもので決めるぞ」

「久しぶりだな、お前とやり合うのも」


 二人は一歩ずつ距離を空け、直立不動の姿勢となり、両手のひらを相手に見せるように向け、胸の前に構える。

 緊迫した空気、そして始まる――てのひらへの激しい突っ張りの応酬――手押し相撲という名の、荒ぶる魂のぶつかり合い。


「おらぁっ、ぬあああああっ!」

「くそがっ、があああああっ!」


 千影は二人からそっと離れ、へたりこんだままのギンチョをそっと立ち上がらせる。荷物を回収し、振り返ることなく、二人の絶叫を背にその場をあとにする。

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