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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
シモベクリーチャーすくすく成長編
174/222

1:誕生後

 千影、ギンチョ、テルコ、明智、中川、それに前野。

 公務員二人とヒゲ面医師を含む六人でちゃぶ台を囲んでいる。そこにそそくさとダン生研の研究員・北畠が加わり、さらに人口密度と平均年齢が上がる。

 その中心でもぞもぞしているピンク色の物体の視点で見ると「え、なに? 今から俺食われんの?」的光景だ。


「……んで、こいつ、なんなんだ……?」


 テルコのつぶやきに、誰もすぐには答えられない。中川に至ってはあらゆる角度から写真を撮るのに必死すぎて聞いていない。


 二センチほどのピンク色の四足の生き物。短いけどしっぽらしきものもある。哺乳類のようにも見えるが、ヤモリの赤ちゃんと言われても納得できそうだ。目は開いていない、頭に二つほんのちょっぴり突起みたいなものがあるのが気になる。


 ベテラン生物学者らしく、北畠はこぼれる白い前髪をかきわけながらじっとシモベを観察している。年をとってもこれだけふさふさなのはなにか生物学的な秘訣があるのだろうか、と千影は北畠のほうを観察する。


「うん、哺乳類系ですね。タマゴから生まれている時点で哺乳類もなにもないですが、爬虫類なら孵化直後の幼体でも模様があったりしますし、この顔つき身体つきからしても間違いないでしょう。サウロンさんが言っていた哺乳類系という分類でよさそうです」

「こんなちっこいのに……」


 タマゴのサイズからして想像はついていたけど、実物を目にするとビビるほど小さい。見ているだけでなんか心配になる。ギンチョもそわそわハラハラしている。当の本人は眠っているようで、ときおりもぞっと寝返りっぽく動くだけだ。


「たとえば有袋類のコアラやカンガルーの赤ちゃんは二センチもありません。母親の袋の中で育てられるからです。ニュースでもご覧になったことがあるでしょうが、パンダもあのずんぐりした巨体に似合わず子どもはとても小さいです。笹などという身体に合わないダイエット食ばかりで万年栄養不足なもので、母体の負担を減らすために妊娠期間が短くなったとか」

「パンダ? このこ、パンダになるですか?」

「ギンチョ、落ち着け。パンダになったらうちで飼えるか不安だ(笹ってどこで買うの?)」

「赤羽にパンダか、いい観光名所になるな。どっかの国が所有権主張してきそうだけど」

「明智さん、外務課の僕の前でそういうジョークは……」

「うーむ、イヌ科のように見えなくもないですが、そもそもクリーチャですしね。地球人がつけた分類に当てはめられるような姿になるのかどうか……」

「北畠先生、このあとはどうしたら……」

「そりゃあな、えー、あれだよ」


 前野がずいっと身を乗り出してくる。北畠にとられた医師としての見せ場をとり返そうとするかのように。


「んぐ、ぷはっ。サウロン経由の公式情報によりゃ、二・三日はなにも食わせなくてもいいらしいな。体内に備蓄された栄養貯金をちょっとずつ切り崩して、勝手に成長してくれるってさ。水だけはちゃんと飲まして、なんか食いたそうだったら動物用のミルクとか飲ませとけばいいんじゃないか。あとは室温にも気をつけろよ、ここはまだだいじょぶだが、お前んちに戻ったらエアコンのある部屋にいさせてやれ。もちろん冷やしすぎにも気をつけろよ」

「は、はい……」と千影。

「は、はう……」とギンチョ。

「ごくっ、ぷはっ。哺乳類系だとしても、こいつは俺たちの知っている地球の生き物じゃない。ダンジョンが生み出したクリーチャーなんだ。こいつが地上で孵化するのも初めてなら、地上で育っていくその過程も初めてづくしだ。獣医に聞いたところで、地球の動物に当てはめた一般論しか答えられんだろう」


 隣の北畠が苦笑いしている。


「ぐへっ、んぱっ。それでもこいつは待ってくれない、生き物は休むことなく生きているんだ。手さぐりでもなんでもいい、とにかくどんな小さなサインも見逃さず、やれることはすべてやって、愛情と時間を惜しむことなく、こいつを立派に育ててやるんだ。それが命を預かるものの義務ってやつだ。ちゃんと肝に銘じておけよ」

「はい、ありがとうございます」


 発言はまともだしありがたいアドバイスではあるが、ずっと左手に缶ビールを握って言葉の合間にぐびぐびしているのはどうなのか。


「つーかさ、こんなちっこいのがよくあのかたいタマゴを割れたよな」


 テルコがタマゴの殻を指でつつきながら言う。確かにタマゴは鉄か石でできているんじゃないかというくらいかたかった。


「ギンチョ、孵化の瞬間ってどうだった?」

「えっと……ぐらぐらゆれて、ぐるぐるまわって、ぴきぴき、ぱかってかんじでした」

「なるほど(わからない)」

「ちゃんと録画してありますので、あとでご覧いただけますよ。私も外のモニターで見守っていましたが、きちんと自分の力で殻を割って出てきました。とても感動的なシーンでしたよ」


 それを玄関先のバカ騒ぎで見逃した五人は「むーん」となる。


「そもそもこれが――」前野がかけらを指でつまみながら言う。「地球の生物でいう卵なのかすら甚だ疑問だ。ダンジョンのトンデモテクノロジーを用いた有機的な胎生装置だと言われても驚かんよ」

「早川さん、もしもこの殻が不要でしたら、ダン生研にお譲りいただけますでしょうか? もちろんそのぶんの謝礼も別途お支払いしますよ」

「せっかくなんで記念にちょっとだけ持っておこうと思うんですけど、残りでよければぜひ」

「それと、今後ですが。サウロンさんの話では『最初の二・三日の間に大きく育つ』ということで、できればその成長速度が落ち着くまではこちらで見守らせていただけますでしょうか? もちろんこの部屋で、みなさんの出入りも宿泊もご自由に」

「あのよ、キタバタのおっちゃん」テルコが眉根をひそめる。「オレらの仲間をモルモットにする気じゃねえよな?」

「えー……身体データと排泄物や分泌物の採取、それにもう少し成長したら血液を採取させていただきたいとは思っています。ただし、あくまで研究用として、あるいはこの子の医療面でのサポートとして使用させていただくのみです」


 確かに、生き物の専門家でもないとわからないこともあるだろうし、万が一病気とか怪我したときに助けてもらえるかもしれない。


「まあ……タイショーがいいならそれでいいよ。んでさタイショー、名前とか決めたのか?」

 あ、とギンチョと顔を見合わせる。

 すっかり忘れていた。「お互いなんかよさげなの考えておこう」って約束したのに。ギンチョの焦り顔を見るに、こいつも忘れていたようだ。

「まあ……こいつがどういう生き物なのかもわかんないし、もうちょっと成長してから、二人でじっくり考えるよ。あ、三人か」

「いや、オレにはニッポン的なネーミングはアレだし、二人に任せるよ。カミいい名前つけてやってくれよ、タイショー、ギンチョパイセン」

「はう、テルコハイコー」


 それからしばらく、千影のジェム――あの灰色の不思議な力を持つ石の調査結果について話し合ったり、明智がほろ酔いで色っぽくなったり中川が泥酔して仕事の愚痴をこぼしだしたり前野が上機嫌で説教を始めたり、前野に酒を強要された北畠が撤退したりと、なかなかカオスな時間がすぎていく。

 そのうちにギンチョが目をしぱしぱさせはじめる。もう三時だ。


 ここでお開き、はた迷惑な深夜の集いは解散となる。とりあえず部屋の外まで見送りに出る。「明日も仕事かあ、いつまでも仕事だあ」と誰にともなくつぶやく中川の背中が切ない。


「あ、テルコ……」

「ん?」

「D庁免許の試験、来週の土曜日だよね」

「そうだな」

「えっと……がんばって。待ってるから。ギンチョと、あのちっこいのと」


 赤面不可避。


「おう、がんばるよ。また一緒にダンジョン行けんの、楽しみにしてるぜ、タイショー」


 さらにテルコからのハグをもらい、振り返った大人三人組がドン引きするほどの妖怪顔になる。残暑の厳しい夜にささやかな涼を届けられたようだ。


 部屋に戻ると、ギンチョはちゃぶ台に突っ伏して寝息をたてている。ちゃぶ台の上のカゴに伸びた彼女の指に、ちっこいピンク色が目をつぶったままの顔を近づけている。

 布団を敷き、ギンチョを寝かせる。

 ちゃぶ台のそばに自分の布団も敷く。

 ダン生研の人がチェックしてくれているだろうが、念のためスマホで一時間ごとにバイブを鳴らすように設定しておく。しばらくは寝不足になりそうだ。

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