6-2:〝目覚めの祭壇〟
地図とコンパスを確認しつつ、エレベーターの南にあるという〝目覚めの祭壇〟に向かう。岩石に囲まれた地帯に地下洞窟への入り口があり、階段状の岩の足場が続いている。
周りには野次馬と思しきプレイヤーや、両公式の職員らしき人もいる。と、そのうちの一人が近づいてきて、胸に提げたD庁の職員証を見せてくる。〝目覚めの祭壇〟に向かうD庁所属プレイヤーの把握と管理を行なっているらしい。千影と直江がタマゴを見せると、職員だけでなく野次馬も集まってくる。
「おお、特例免許の子だ……」
「マジか、あの子のチームもタマゴゲットかよ……」
「あのメンターのやつ、名前なんつったっけ……」
「あんな冴えない感じでもやれるんだな……」
「勇気出るよな……俺ももっとやれそうな気がするわ……」
オーラのなさだけで人を勇気づけられる日が来るとは思わなかった。
中での儀式が終わったら、再生かシモベクリーチャーか、どちらを選んでも今度は事務的な手続きが必要になるとの説明を受ける。当然と言えば当然だが、特にシモベクリーチャーの登録や管理には行政も神経質になっているようだ。直江はうんざりという顔を隠そうともしない。
「お待たせしました。どうぞお気をつけて」
千影たちは入り口を一歩ずつ踏みしめて下りていく。だいぶ長い。帰りは上るの疲れそうだな、つーかもう歩くの勘弁なんですけど、とかぐちぐち考えていると、その先に天井の高い広間がある。壁には燭台が並び、橙色の温かな光が満ちている。
そこに何人かいる。福島と、〝炭酸水の昼〟の三人。【アシュラ】の竹中、【ジャンドゥロール】の熊男、そして【エルフ】のエロい女性。目が合うと手を振ってくれてどうしよう。
ここにいるということは、彼らもタマゴを守りきったのか。さすがはポスト〝ヘンジンセイ〟。
「おう、早川。ようやく来たな」と福島。
「あ、えっと、もしかして僕ら待ちだったり……?」
「ああ、お前らで最後だってんでな。これから説明会なんだけどよ、どうせなら一緒に受けようと思ってな」
なんだろう。学校で「仲のいい子同士でグループをつくってください」的なことを言われて最後まで立ち往生していた灰色の青春時代が払拭されていく。
「すいません、ありがとうございます……あの、竹中さんたちも……」
「全然いいよ。俺らもさっき来たとこだから。えーと……ハヤ……カワくん?」
「早川です。あ、早川です(正解すると思ってなかった)」
「失礼な言いかたかもだけど、君らがここに来れるとは正直予想してなかった。やるじゃんか、もしかしたらタマゴゲットした中で一番平均レベル低いチームかもよ? あ、別に低いってのは見下してるわけじゃなくて、逆にすごいって意味でね」
「はあ」
「ていうか、ごめんごめん。先にお互いの無事を喜ぶべきだったね。直江さんも、ジャンケンのおチビちゃんもね」
直江は無視する。ギンチョはばちばちと火花の出るような視線を送っている。
「あの……あそこにいた他の人たちは……?」
「〝シェイプス〟は守りきったみたいだね。ここから出てきたところで会ったから。ちらっと聞いたとこによると、〝アマコーズ〟と柴田さんとこはダメだったってさ、本人たちは無事だったらしいけど。他はちょっとわかんないね」
「そうですか……」
あの場にあったのは十四個で、そのうち二チームが脱落した。十二個以上のタマゴが守りきられたわけだから、やっぱり他の場所で奮闘していたチームもいたということだ。
「――これでそろったみたいなんで、始めましょうかね」
奥のほうから声がする。ぺたっぺたっとゴムサンダルみたいな足音が近づいてきて、一同の前に姿を表す――アロハシャツにハーフパンツという、この場にまったくそぐわない格好をした男。ぼさぼさの青い髪ににやけ顔の宇宙人。
「どもども。みなさんおなじみ、ダンジョン案内人のサウロンです」
千影たちはぎょっとする。まさかこんなところで遭遇するとはまったく予想していなかった。福島や竹中たちはすでに顔を合わせていたのか、特に驚いた風はない。
「一層より下に来るのは初めてなんで、ぶっちゃけかなりびくびくしとりますがね。今回の件の締めはロボットちゃんたちに任せるものアレなんで、僕が出張ってきたわけです。場違いな格好でサーセン。だって外暑いんだもん。今日も絶賛熱帯夜ですよ」
サウロンは一同の顔を見渡し、えふん、と一つ咳払いをして、背筋を伸ばす。
「さてさて。今回の特別イベント〝真夏の夜のヨフゥ〟において、エリア内に隠された四十七個の〝ヨフゥのタマゴ〟。うち四十三個がプレイヤーによって発見され、最後まで頂点捕食者の魔の手から守られたのは二十九個でした。みなさん大変お疲れ様でした。また、残念ながらタマゴを失い、ここに来られなかった方々にも、個人的に敬意を表したいと思います」
へらへらとした笑みは消えている。サウロンはよく通る声で続ける。
「というわけで――この説明するのもこれで三度目なんですが――これからみなさんには選択をしていただきます。タマゴを孵化させ、シモベクリーチャーを手に入れるか。それともタマゴを使用して、亡くなったプレイヤーを一人再生させるか。二つに一つです、よろしいでしょうか」
一同は固唾を呑んで、サウロンの次の言葉に耳を傾ける。
「ルールを説明します。あ、日本語だけでいいですよね?」
「ノープロブレム」と竹中。「はよしてくださいね」
「はよしますんで、不明な点があれば遠慮なくどうぞ。ではまず、タマゴを孵化させ、シモベクリーチャーを入手したい方。この広間の奥にある祭壇――あれですね、あそこの台座にタマゴを置いていただきます」
サウロンの後ろにある祭壇――ギンチョの背丈ほどの台座を囲む、円形状の壇がある。床には幾何学的な魔法陣みたいな模様が描かれている。ファンタジー映画のセットのようだ。
「〝目覚めの火〟が下から出て、タマゴを数秒温めます。それで儀式は終了です、そのままタマゴを持ち帰ってください」
「え、それだけ?」と千影。
「はい、それだけです。およそ十日後、クリーチャーが孵化します。その間、鳥とかペンギンみたいにあっためる必要はありません。割ったり茹でたりしなければ、そのまま勝手にパカッと産まれます。その後の飼育・育成については、まあそれほど手はかからないと思いますが、最低限の情報はD庁とIMODに共有済みですので、のちほど公式ページをご覧ください……とまあ、ざっくりこんな感じですけど、質問とかありますか?」
竹中が挙手する。少し芝居がかった動作だ。
「クエスト成功したら今後ヨフゥフロアにタマゴが現れるって言ってましたよね。俺らも二匹目以降、また拾えるんですか?」
「もちろん。複数体所持することも可能です。今後現れる〝ヨフゥのタマゴ〟は、同じようにこの祭壇での儀式を経て孵化させることが可能です。ただし、あまり欲張って多頭飼育みたいな感じになるとご近所さんとのトラブルに発展しますので、その点はご注意を」
「ダンジョンに連れてける言うとったけど、生きたクリーチャーはエレベーターに乗せられへんかったんちゃうん?」
竹中の仲間の熊男が言う。関西弁だ。
「いい質問ですね。詳しく説明すると長いので端折りますが、シモベクリーチャーは別です。ダンジョンに連れていくことが可能です。ただし、プレイヤーつまり人間と同様、エレベーターの乗員人数にカウントされるので、たとえば六人チームだったりすると、六人乗りのエレベーターに一緒に乗れなかったりします。その点もご注意を」
幸か不幸か、この中に六人以上のチームはいない。まあ、いたとしてもあとから乗ればいいだけだけど、そういうのがチーム内の不仲とかいじめにつながったりするのかな、と他人事ながらちょっとどきどきする。
「実際、シモベってのはどれくらい使えるの?」と【エルフ】の女性。「一緒に戦ってくれるって言ってたけど、ゆりやんスライムレベルとかいうオチはないわよね?」
「それに関しては、シモベの種類、能力、育成方針などによりさまざまですね。どのようなタイプのクリーチャーでも、大切なみなさんの家族、忠実なシモベになるわけなので、個人的には飼育を放棄したり新荒川大橋の下に捨てたりとか、そういうことにならないように願っています」
「ちーさん、うちでかえますか? おへやせまくないですか?」
「家主が寝袋なくらいだからね」
「各自治体、集合住宅にお住まいならそこのルールなどを適切に守り、近隣住民との摩擦がないよう心がけてください。ペットを飼う資格のある人とは、なによりも最後まで飼い続ける覚悟がある人です。ペットの扱いはネットでも屈指の炎上ネタなんで、その点もご注意を」
さっきからずいぶん俗っぽいアドバイスが練り込まれている。よっぽど最近ダンジョン庁にきつく言われているのだろうと不憫になる。
「一つ目については、まあこんな感じですかね。では、もう一つの選択肢――プレイヤーの再生について説明します。ちょっと奥まで来てください」
ぞろぞろと祭壇の脇を通り抜け、広間の奥へと進む。
正面の壁に、この部屋には不似合いな、金属製の両開きの扉みたいなものが埋まっている。銀色で飾り気のない、業務用冷蔵庫のドアみたいなやつだ。かなり大きい、福島でも余裕で通れそうだ。
「これが再生マシンです。ヨフゥには不似合いなハイテクマシンですが、今回のイベント用に特別に設置したので、のちほど撤去されます」
サウロンがドアの横に立ち、そこの壁を指差す。
「これがタッチパネル式のコンソールで、こっちがタマゴを入れるボックスです。タッチパネルで再生できる人名を検索することができます。対象は『ダンジョンに一度でも足を踏み入れたことがある人物のみ』、そして『ダンジョンが死亡を確認した人物のみ』となります。ダンジョン外での死亡者も、ダンジョン側で把握できている限りであれば可能です。公的機関に死亡届が出てたりとかね。タッチパネルにはちゃんと顔写真も出るんで間違えないと思いますけど、一応ご確認を」
サウロンはボックスのフタをぱかぱかと開閉してみせる。
「ここにタマゴを入れ、プレイヤーを選択して、実行をタップします。するとマシンの中でその人物の肉体の再構築が開始されます。時間は体重や体積によってまちまちですが、三分から五分くらいだと思います」
カップ麺かよ、と福島が忌々しげにつぶやく。
「なお、以前にもお知らせしたとおり、再生された人物は『初めてエレベーターに乗ってダンジョンに入った時点での肉体と記憶』の状態となります。おそらくほとんどのケースでレベルもアビリティもリセットされていると思いますが、あらかじめご了承ください。ざっくりこんな感じですが、なにか質問は?」
「なんで記憶は『ダンジョンに入った時点』なんだ?」と福島。「死んだときとか、別の時点ってわけにはいかねえのか?」
「まあ、いろいろと理由はあるんですけど、ダンジョン側の事情としか言えないです。そういうもんだって納得してもらうしかないですね」
「撤去するって言ってたが、今後手に入るタマゴで同じことはできないってことか?」
「はい。今回だけです。次があるのかどうか、僕は知りません。僕がどうこうできるものでもありません。ただの案内人なので」
「だがつまり、ダンジョンってのは現実的に、人間をゲームみたいに簡単に再生したりできるってわけだろ? この先、誰が死んでも生き返れる可能性があるって、そう解釈していいのか?」
福島の口調はとげとげしい。威圧的というか挑発的というか。
「どうでしょうね。確かに、日夜無数のクリーチャーを産み出すダンジョンですからね。とはいえ『簡単に』なんて一言も言っていないし、死者を生き返らせるなんて風に言った憶えもないですよ」
「お前が言ったんじゃねえか、死んだ人を生き返らせるって」
「言ってないですよ。死んだ人を再生する、と言っただけです。蘇生じゃなく、再生です」
「……コピーってことだよね……」
千影がぼそっと口を挟む。サウロンがちらっと千影のほうを見て、小さく笑い、曖昧に肩をすくめる。
「まあ、そういうことですね。ネットでもさんざん議論されていますが、再生された人物を、本人とまったく同一ととるか、それとも完コピした別人ととるか……解釈や認識は当事者であるみなさんの意思次第です。ダンジョンはそれを提供するだけです」
サウロンは口に手を当て、苦笑いしつつ小さく首を振る。
「……ちょっとしゃべりすぎちゃったなー。まあ、命がけでタマゴを守りきったみなさんの意思に間違いはありませんよ、どんな選択をしようとね。つーわけで、みなさん……そろそろよろしいでしょうか?」




