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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
17/222

3-3:宝さがし@エリア3

 各階層をつなぐエレベーターホールは洞穴や小部屋のような空間になっていて、基本的にはクリーチャーは入ってこない安全地帯だ。

 千影たちの下りた一層エリア1のホールは、横幅二十メートルくらいの狭い円形の部屋で、その岩壁にエレベーターの扉が三つ埋まっている。LEDに似た光のランプが壁にかかっている。


「じゃあ、エリア1に出るよ」

「はう」


 緩やかな傾斜のある通路を通り、ホールから出る。

 一層は五つのエリアで構成され、地上とつながるエレベーターのあるエリア1、通称〝ハジマリ平原〟はフロアの西端に位置する。プレイヤー用エレベーターのホールは平原の北西の端にある。


 眼前に広がる、緑豊かな草原。緩やかな起伏がずっと続き、川が流れ、南側には駐屯地の塀が見える。ぽつぽつと見え隠れする草食獣たち。天井に敷きつめられた発光体が白っぽい光を降らせている。

 背後にはいつ見てもちょっとビビるくらい巨大な岩壁がそびえている。フロアの周りは高さ数百メートルの岩壁や山、城壁なんかで囲まれている。ゲームでいう「これ以上行けませんよ」的な境界線だ。無理やり登っても隠しアイテムとかなんにもないらしいが、気になると言えば気になる。


 雄大な大自然の景色だ。埼玉南部に生まれ育った千影としては、最初は結構感動した。


 ギンチョは――ギンチョも同じようだ。口をあんぐりとして、目を爛々として、頬を真っ赤にしている。


「……ほえー……ひろいです……」

「じゃ、行こうか。他のプレイヤーも来ちゃうから」


 二人して平原を歩きはじめる。RPGならフィールドのBGMが流れだすところだ。


「このへんのクリーチャー……怪獣はそれほど強くないし、向こうから積極的に襲ってきたりもしない。とはいえ油断せずに、ちゃんと前を見て、周りをよく見て歩こう」

「はう」


 千影は腕時計についたコンパスを見る。ダンジョンコンパス――赤羽ダンジョン内で各フロアにおいて一定の方角を示す、プレイヤーの必須アイテムだ。


「あっちのほう、ここから南東に進んでエリア1を抜けて、隣にあるエリア3に行く」

「2じゃないんですか?」

「エリア2のほうがクリーチャーと出会う確率が高いから。あんまり効率はよくないけど、エリア3でせこせこ稼ごう」

「せこせこ!」


 平原を斜めに突っ切るだけで五キロ以上はあるが、ギンチョはさすがにレベル1の体力を持っているだけあって、リュックを背負いながらでもなかなか疲れた素振りを見せない。温厚な草食獣を追いかけたり、足が無数にある虫を見て「うへー」と顔をしかめたり、草原に寝っ転がったり。つまり満喫する。


 エリア1ではほとんど戦闘になることはない。見晴らしがいいからクリーチャーの接近を避けられるし、そもそもそこまで積極的に襲ってくるやつも少ない。不用意にクリーチャーをつついて逆ギレ的に襲われる初心者がいるくらいだ。その代わり、ここではプレイヤーとして銭を稼げるような機会もない。


 レベル1以下の初級者向けの稼ぎ場所としては、エリア2の旧市街地でレアメタルのかけらなどのアイテムを拾うのが最もポピュラーだ。クリーチャーは好戦的だけどそこまで強くはないし、装備さえ整えればレベル0のチームでもなんとかなる(リスクは高いけど)。


 とはいえ、子ども連れでそんな頻繁に戦闘はしたくない。エリア3でもエンカウントしないわけではないけど、その確率が低いことが今日は重要だ。


「エリア3、しっちたいでしたっけ?」

「よく知ってるね」

「サウロンさんがいってました。どうがで」

 よく憶えている。記憶力がいい。


 やがて平原の草がぽつぽつとまばらになり、景色が閑散としはじめる。灌木やぬかるんだ地面が続くエリア3の湿地帯に入っていく。


 今日の天井は晴れの光量だ。雨の日ほどひどくはないが、足元の草地はかなりぬかるんでいる。踏みしめるたびに結構沈むのでめんどくさい。ギンチョは楽しそうだけど。

 エリア3は五キロ四方程度の広さで、いわゆる湿地帯だ。ダンジョン庁公式地図によると、エリア2に隣接する北側は時期によって地面もよく顔を出すが、南に行くにつれてほとんど沼地のようになっていく。今日の目的地はそっちだ。


「エリア1はなにもなかったけど、このエリアでいよいよプレイヤーデビューだ。ギンチョ、準備はいい?」

「はう!」


 元気のいい返事。ちょっと力がこもりすぎている気もする。


「とはいえ、君はポーターだから、基本的には荷物を持っていてくれればいい。クリーチャーとの戦闘は全部僕がやるし、ていうかこのエリアでは戦闘が目的じゃないから安心していい」

「はう……じゃあ、なにをするですか?」

「お宝さがし」


 二人して靴を脱ぎ、裸足になる。そして南に向かって歩きだす。


 一分もしないうちにくるぶしまで水に浸かるようになる。水棲の虫や爬虫類のような生き物がちらほら見かけられる。ちちち、と鳥のような鳴き声が聞こえる。

 平地で見通しはいいが、ところどころ灌木や背の高い草が生い茂っていたりする。プレイヤーを襲うクリーチャーはそういうところに潜んでいたりするから、気は抜けない。


「おみず、きれいですね。きもちいいです、ぱしゃぱしゃ。わっ、ここやわらかい」

「転ばないように、せっかくの新品のジャージがびしょびしょになるから」

「はう。にもつはわたしがまもります」


 荷物より自分の身を守ってほしい。それが千影の身を守ることにもなる。明智を始めとした「ギンチョになにかあったら体罰も辞さない会」の連中から。


「じゃあ、このへんでいいかな」


 適当なところで千影は足を止める。草場のない開けた場所だ。


「リュックは濡れないように、そこの木にでも引っかけといて」

「にもつ、おいちゃうですか?」

「君にも手伝ってもらうから。荷物運びも大事だけど、宝さがしはプレイヤーの本懐だから」

「はう、さがすです! がんばります!」


 というわけで、二人は袖をまくり、膝まで裾を上げ、水さらいを始める。腰をかがめ、水に手を突っ込み、その下の柔らかい水草をかきわける。


「赤くて小さい石、ジェリービーンズみたいなやつ」

「はう、じぇりーびーんず」


 じゃぶじゃぶと、さながら砂金採りのように水をさらう。あまり長時間これだと腰が痛くなるが、ギンチョは嬉々として肘まで突っ込んで水底を漁り、地上では見られない虫や魚にきゃっきゃっと黄色い声をあげている。


「あ、僕からあんまり離れないようにね」

「はう、わっ! へんなおさかな! うねうねしてあたまがふたつ!」

「だいじょぶ、向こうから噛みついてくるようなのはいないから、あんまり」

「あんまり……」


 目的は赤い小石――通称〝フュエルオーブ〟。

 どういう設定なのかは知らないが、このへんの水辺に埋まっていることがある。地球には存在しない元素でできた石だ。五年くらい前までのダンジョン・ゴールドラッシュの頃は、一粒で十数万とかで取引されていたそうだが、今ではだいぶ下落している。


 それでも純正品は一粒一万円くらいにはなるから、低レベルのプレイヤーにとっては地味にいい小遣い稼ぎだ。場所を選べばクリーチャーに襲われる心配も低いし、襲われてもレベル的にそれほど脅威でもない。派手さもワクワク感もない地味な作業だから、プレイヤーにはあまり人気はないけど。


 そんなことをギンチョに軽く説明する。理解できているのかいないのか、上の空ではうはう返事はするが、水さらいに夢中になっている。楽しそうなのはいいけど、もうちょい緊張感を持ってほしい。


 ふと、ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音が近づいてくる。千影は顔を上げ、右手を腰に提げた武器に置く。


 クリーチャーではない、人だ。男二人組のプレイヤー。

 二十代半ばくらい、装備からして二人ともレベル1だろう。一人は金髪、もう一人は黒髪ロン毛。軽装だから見た目はだいぶ普通っぽい、というかおしゃれだ。新宿駅とかで見かけても違和感がない感じ。


「どうも、こんちはー」と金髪。

「あ……どうも……」


 いきなり愛想よく挨拶されて、千影の人見知りスイッチがマックスオン。目を合わせられない。


「どうっすか、採れました?」とロン毛。

「いえ……まだです……」

「そうっすか、お互い頑張りましょ。ってか、まさかその子、さっきなんか上で騒ぎになってたチビっこプレイヤー?」


 思い出してしまった。ていうか、帰りもさんざん面倒が待っていそうだ。


「たかはなギンチョです。きょうからプレイヤーです。よろしくです、しらないおにーさん」

「ああ、どうも、ちっちゃいのにご丁寧に。中野です、よろしくね」と金髪中野。

「可愛いなー。俺、奥山っす。仲よくしてね、鬼カワお嬢ちゃん」とロン毛奥山。


 二人は手を振りつつ、さらに南のほうに進んでいく。池に近いほうがフュエルオーブを含む価値のあるアイテムを発見する確率は高くなる。若干リスクも伴うが。


 二人が去ったあと、千影たちは水さらいを再開する。あれ、こんなに見つからないもんだっけ? もう三十分以上経っているけど、まだ収穫ゼロ。


「あ、おにーさん。あかいのありました」

「おっ、マジ?」


 ばしゃばしゃ駆け寄り、ギンチョの小さい指でつままれたものを見る。間違いない。


「大当たり。フュエルオーブ。お手柄だよ」

「やったー! とったどー!」


 喜んで跳び跳ねた拍子に足を滑らせて、ギンチョは「ぎゃわー」と悲鳴をあげながらひっくり返る。思いきり尻もちをついて水がばしゃーんと跳ねる。


「だっ……だいじょぶ……?」


 千影は慌てて抱え起こそうとする。怪我とかしてないよね?


「……あはは、ぱんつまでびっちょりですー」


 きゃっきゃと笑い、それでも放り出さなかったフュエルオーブを千影に掲げてみせる。千影はほっとして、そして苦笑する。


 ……あー、やばい。今少し、少しだけ、楽しいと思ってしまった。


 ばたた、とエメラルドグリーンの水鳥が飛び立つ。


 千影はギンチョを庇うように背後に回し、すぐに【ロキ】を発動。強化された聴覚が、南のほうから物々しい騒音が近づいていることを教えてくれる。水の跳ねる音が邪魔で、聞きわけが難しい。


「なにか来る……」


 二十メートルほど離れた水草の茂みから、なにかが飛び出してくる。男が二人。先ほどの中野と奥山だ。必死の形相でこちらに駆けてくる。


「わわわわりい、連れてきてる!」

「ににに逃げろ! でけえやつだ!」


 中野と奥山がさけぶ。そして後ろの茂みをめきめきと踏み倒し、今度は巨大な黄色が現れる。


「ブォオオオオオオオオオオオッ!」


 それは天井を仰いでおたけびをあげる。重機の排気音を思わせる吠え声だ。

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[気になる点] 「はう」じゃなく、普通に「はい」と言ってほしいです。無理な喋り方はインチキ関西弁を話してるみたいで鼻についてかわいさが無くなります。
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