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5-6:似た者同士の最終決戦

「ちょちょ、ちょい待ってくれよ、福島のアニキ!」と中野。

「そうだぜ、せっかくのお宝が目の前にあるのに!」と奥山。

「お宝?」

「そうだよ、こいつだよ。このドラゴン。高く売れそうじゃね?」

「ささっと鱗とか剥いでさ。牙とか爪とかも、すげえ武器になりそうじゃね?」


 一同、顔を見合わせる。まあ、プレイヤーとしては当然の発想というか。千影も大いに同意できる。状況がこんなでなければだけど。


「……細胞自殺(レアドロップ)がなければ、あと四十分ちょっと……全部終わるまで放置でも――」


 そこで千影は言葉を止める。目を凝らす。

 死んだはずの黒竜。それがぴくりと動いたような気がする。


「……どうした、早川?」

「…………聞こえる…………」


 【ロキ】で耳を澄ませる。


 ききき、きき、と。金属のこすれるような、軋むような音。それは黒竜の死体から聞こえてくる。

 一同が立ち上がり、黒竜から離れる。明らかにそれは死んでいる、だけどその死体から聞こえてくるかすかな音は、不吉ななにかを含んでいる。

 ベキッ、と背中の出っ張った外殻が剥がれる。バキバキッ、外殻が形を変えていく。そして、横たわる黒竜の身体の上に、そいつが現れる。


「……虫?」


 人間よりも一回りくらい大きい、外殻の塊のような胴体に十数本の鋭い足を持った、巨大なゴキブリみたいな生き物だ。


「さっきので最後って言ったじゃん……」


 奥山の泣きそうな声。千影は目を伏せる。すんません、言ったの僕です。




 黒ゴキ? いや、ゴキブリは大抵黒いし。Pゴキとしておく。


「……微小寄生生物、だっけ? サウロンが言ってた……」

「ヨフゥの生き物に寄生したって設定のやつか?」と福島。「……あれのどこが微小なんだ?」

「……ちっこいのが核になって、外殻を動かしてるとか……?」

「設定めちゃくちゃじゃねえか……あのクソ宇宙人野郎……帰ったらあのボサボサの髪むしりとってやる」


 思わず自分の頭を庇う千影。

 きき、とそいつが関節を軋ませ、胴体の上から這って下りてくる。


「……おい……」と直江。「……ゴキカス……ゴキブリ同士、お前が相手しろ……」

「僕っすか? それ僕に言ったんですかね?」

「……争いは……同じレベルのやつにしか……」

「おい、一気にカタつけるぞ。見た感じ、さっきのドラゴンにくらべりゃ大したこと――」


 福島のセリフを遮るように、Pゴキがびょんっと跳躍し、千影たちの中心に降り立つ。中野奥山が反射的に斬りかかった瞬間、Pゴキの胴体が膨らみ、ぱんっと乾いた音とともにはじける。同時に紫色の煙がぼわっと広がる。


「――離れて!」


 千影がさけぶ。直江と福島がそれぞれギンチョとよしきを抱えて飛び退く。千影とテルコも中野奥山の背中を引っ張って後退するが、煙を吸った二人は案の定、涙目で激しく咳き込み、その場に膝をつく。


「毒だ! ギンチョ、解毒ポーション!」

「は、はう!」


 慌ててギンチョが駆け寄ってくる。くちょんくちょんとくしゃみをしている。


「お前も吸ったのか? だいじょぶ?」

「はう、はながかゆかゆなだけです」


 両手でむにょっと彼女の顔を挟み、熱を確かめ、目の色を確かめる。特に変わった様子はない。顔を近づけすぎてくしゃみを顔面に浴びるが、これは彼女のせいではない。

 ギンチョ(というかエネヴォラ)も、生まれつき【ケイロン】――ダンジョン由来の毒物耐性に相当するものを持っているのか? それとも【グール】の治癒能力のおかげ? 今は確認する方法も暇もない。

 直江と福島は――二人ともおそらく【ケイロン】持ちだろう。テルコもすぐに回避したので被害はないようだ。


「くそっ、こんな、最後の嫌がらせかよ。ビビらせやがっt――」


 千影はそこで言葉を止め、振り返る。きき、ききき、と音が聞こえたから。

 おそるおそる見上げる。

 黒竜の上に、Pゴキがいる。それも十体以上。


 *


 Pゴキたちが動きだすより先に、その向こうにもっと嫌なものを見てしまう。


「……やべえな……まだ生きてやがった……」


 福島は顔をしかめ、直江は口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべている。

 ずずん、ずずん、と後ろ足を引きずるようにして、二体目の黒竜が近づいてくる。あのときスキルで殺しきれなかったのだろう、福島か直江の持つタマゴを狙う個体だ。


 千影はすばやく周りを窺い、状況を把握する。


 中野奥山は立ち上がれない。よしきもぎっくり腰で実質リタイア。

 テルコは――まだその目に力はあるが、槍にもたれるようにして立っているのが精いっぱいだ。おそらくハンガーノックを起こしかけている。ここまで何度となく全力のスキル――それも二人ぶんの威力を持つスキルを使用してきた。これ以上エナジーポーションを飲んでも効果は薄いだろう。


 継戦可能なのは千影、直江、福島、そしてギンチョ。

 相手は毒持ちのPゴキ十数体、そして手負いとはいえ黒竜。


 あー、もう。

 これしかないか。


「おい、タイショー!」


 テルコの制止を振り切り、千影はギンチョを脇に抱え、仲間から離れる。

 同時にPゴキブリたちがかさかさと黒竜から下りてきて、千影たちのほうを向く。

 確認完了、間違いない。やつらの狙いはあくまでギンチョの持つタマゴだ。担当が黒竜からPゴキに引き継がれたわけだ。


「ギンチョ、タマゴを」


 受けとったタマゴを、千影は自分のボディーバッグに仕舞う。


「僕が行ったら、中野さんたちに解毒ポーションを飲ませて」

「どこにいくですか?」

「あいつらを遠くに引きつける。お前はここに残れ」


 黒竜はタフだ、手負いでも倒すには時間がかかる。その間にPゴキに撹乱されたら、最悪の場合、動けない仲間たちに被害が出る。

 それなら――やつらの使命意識を逆手にとって、一人でやつらを引きつける。被害を最小限に抑えるにはそれしかない。


「わたしもいっしょに――」

「お前はみんなを守れ。他に敵が来ないとも限らない。お前もプレイヤーなんだから」


 ギンチョはみるみるうちに涙目になる。ずるいよな、と千影は思う。そんな目で見られると、期待に応えないとと思わざるをえない。


「……絶対戻るから。なんならタマゴなんか捨ててきてやるけど、そしたらごめんな」

「……それでいいです。ぜったいかえってきて、ちーさん」


 ほんの一秒だけ、ぎゅっと抱きしめる。腰に回された彼女の腕は思いのほか力強くて、危うくベアハッグ状態になる。


「タイショー! 俺も……」


 テルコが一歩踏み出そうとしてよろめく。くそ、と満足に動けない自分へ悪態をつく。


「無理すんな! ……ぜってー死ぬなよ!」


 千影はうなずき、その場から駆けだす。振り返ると、地面に下りたPゴキたちが無数の足をかさかささせて追いかけてきている。

 想定どおり、とりあえずあの場からやつらを釣り出した。


 それでもって――どうする?




 夜の草原を駆け抜ける。空には白く輝く星の帯。

 頬に当たる風。心臓の鼓動、はずむ息。

 そして背後に巨大なゴキブリ。人間大のゴキブリ十体。

 自分はどこにいて、なにをしているんだっけ。現実を見失いそうになる。


 人類史上、棒切れや殺虫剤を手にゴキブリを追う人は数えきれないほどいただろう。それこそヨフゥの夜空に浮かぶ星帯の星の数ほどに。

 逆に、ゴキブリに追いかけ回される人間は、自分が初めてかもしれない。

 つまり、なんて日だ。


 足の速さは同じくらいか。だとしてもこっちは七時間以上がんばりずくめで、あと何十分もマラソンできる体力なんて残っていない。


 さて、どうする?


 仲間たちのためであれ、自分一人星になってやるような殊勝さを千影は持ち合わせていない。危なくなればタマゴを放棄する気満々だ。

 でもそれはぎりぎりまでがんばった上での最後の手段。そしてもう少しがんばれる余地は残っている。


 やはり、戦うのは避けられそうにない。ニセ巨大ゴキブリ十体VS早川千影。似た者同士の最終決戦。いやゴキブリじゃねえし。

 最初に千影をゴキブリ(並みの反射神経)と称した馬場も、さすがに天国でドン引きしているかもしれない。引いてもいいんで、ちょっとだけ見守っててください。


 というか、どこで戦う? こんな原っぱで?

 森のエリアが見えてきた、そこで迎え撃つか?

 あるいは岩場に隠れる? 砂地? 湖?

 それとも――他のプレイヤーがいる拠点に逃げ込む?


 いや、最後のは絶対ない。それで助かったとしても非難は免れない。犠牲者が出れば相応の代償を支払う必要が出てくるし、SNSで吊るされるかもしれない。

 森の中もダメだ。あいつら虫相手に、立体的な地形を選ぶのはきっと悪手だ。岩場もたぶん同じ。砂地はどうだろう、でもサソリとか砂漠でかさかさしているイメージあるし。水辺はよさそうな気がする。あいつら鉱物なら、きっと水に沈m――


 ずしゃっ! と目の前にPゴキが降ってくる。あの跳躍で一気に距離を詰めてきたのか。

 ぷくっと膨れ、爆発。

 衝撃で横に吹っ飛ばされる、というより衝撃を利用して横に飛んだ。おかげで紫の煙を吸わずに済む。ただ、体勢を立て直すまでに他の九体はすぐそばまで迫っている。


「……もうええわ! 来いや!」


 やけくそ気味に千影はさけぶ。

 残り九体は歩を緩め、千影の前に立ちはだかる。ききき、と金属のこすれる音が、今はどんな大型クリーチャーの咆哮よりも気味悪く感じられる。


 腹をくくる。ここには自分一人しかいない。


 今度こそ最後だ。

 ここですべての力を出しきる。

 これまで駆け抜けてきた自分のすべてを賭ける。




 一体が足をばたつかせて突っ込んでくる。大きく振り上げた前足は、鎌や鉤爪のような鋭さを帯びている。

 まっすぐに千影の顔面めがけて振り下ろされる。千影は左手の【アザゼル】でそれをはじき、刀を斜め下から振り上げる。ギシッ、と金属のちぎれる音とともに足が二本、関節から切り離される。


 横から二体目が食らいついてくる。後ろにバックステップして距離をとるが、その後ろからさらに三体目が迫る。無数の足による連続突き、千影の頬と脇腹をかすめる。このジャージを裂くほどに鋭い。


 それでも歯を食いしばり、「らあっ!」と刀を振り下ろす。胴体だか頭だかに深くめりこみ、ギギッと悲鳴のような声を漏らす。そのまま体重をかけて両断しようとしたところで、四体目の体当たりで吹っ飛ばされる。


 地面を転がりながら、それでも刀は手放さない。立ち上がり、呼吸を整える。


「ふうっ、ふうっ、ふうっ……」


 気持ち悪い。吐きそうだ。二度目の爆発、あの煙を少し吸ったのかもしれない。

 刀の柄で腹を殴り、胃の中身を吐いておく。全然すっきりした気はしないが、身体が少し軽くなった気がする。


「ふっ、ふっ、ふっ……」


 集中しろ。やつらの動きに、やつらの思考に、やつらの狙いに。

 やれる、やれる、やれる。

 こいつらはそこまで強くない。Pゴリラと同じくらいだ。

 こちとらレベル5だ。今さらこんなやつらに負けられるか。

 やらなきゃいけない。やらなきゃやられる。

 帰る。ギンチョとテルコのところに。タマゴを持ったまま。


 九体が迫ってくる。その動きに合わせ、「ふっ」と短く息を吐き、千影も突っ込んでいく。


 慎重に、着実に、小刻みに。敵の攻撃をかいくぐってのカウンターとヒットアンドアウェー。ちまちました我慢くらべ。早川千影の真骨頂的戦法の一つ。

 多少とはいえ毒が入った状態で持久戦なんてマゾすぎだが、他に打てる手もない。無闇に突っ込んでずたずたになるよりはマシだ。


 がりがりと身体を引っ掻かれながらも、両手を忙しく動かし、着実に相手の足を削いでいく。〝相蝙蝠〟の切れ味なら鎌ごと断てる。攻撃力はこちらが上だ。


「あああああああっ!」


 わずかに生じた隙の中、裂帛の気合を込めた一撃が、一体の胴体を両断する。すぐにバックステップで距離をとり、息を整える。

 半分に裂かれた一体は、それでもまだその足をぴくぴくと蠢かせている。死んだかどうかはともかく、もう戦えはしないだろう。


 これで三体目だ。残り六体。

 疲れたし苦しいし身体中痛い。

 それでもまだやれる。

 レベル5の肉体は伊達じゃない、こいつら程度なんとでもなる。

 一体ずつ確実に、着実に仕留めてやる――。


 と、六体が動きを止め、相談を始めるかのように身体を寄せ合う。

 かさかさと身体を重ねていく。

 ギギギ、ギギギ、と鋼がこすれ合う。

 ベギッ、ベギッ、と石がぶつかり合う。

 その不協和音に背中を粟立たせる千影に、星明かりを遮る大きな影がかかる。


「……でかくね?」


 千影は呆然と見上げる。融合し、自分の三倍以上にも膨れ上がったその姿を。六つの楕円が連なり、無数の細長い足を生やしている。まるで直立するムカデだ。


「……ずるくね?」


 ムカデは「そんなことないよ?」という風に関節の軋む音で応える。

 千影が刀を構え直すより先に、足の一本が唐突に伸びてくる。間一髪、頬と耳をかすめて地面に突き刺さる。想定外のスピードだった、かわせたのはたまたまだ。


「やべ――」


 ムカデの足が槍の雨のごとく降り注ぐ。身をよじり、ステップして回避する。かわしきれず、太ももや脇腹が裂ける。漏れそうになるうめきを、歯を食いしばって堪える。


 やばい、集中しろ。ビビるな、立て直せ――


 左側の足が集約され、ハンマーのような形をつくる。それがうなりをあげて千影の顔面を捉える。


 あ、と千影は思う。油断した。これ、くらっちゃいけないやつだ。


 ぐらりと揺らぐ肢体、ぐにゃりと歪む視界。膝が地につくより先に、もう一度槍の雨。

 とっさに頭を庇う千影だが、雨はその腕と肩と太ももを貫いていく。

 抵抗する力を奪われた千影の腹を、節足の束が貫く。何度か揺すり、びゅんっと空高く放り投げる。


 千影の身体は地面に叩きつけられ、何度かバウンドし、止まる。

 仰向けに倒れたまま、ああ、と声にならないため息を漏らす。腹に開いた穴から、どくどくと熱いものが流れ出ていく。


 力が入らない。身体が動かない。声も出せない。視界が暗くなっていく。

 死んだらどうなるんだろう?

 そんなことをふと思う。




 倒れたまま、左手でごそごそとバッグを漁る。

 丸いものが指に触れる。今さらタマゴを放り出して、あの黒ムカデは許してくれるだろうか。三匹くらいぶった斬っちゃったけど。このあともう一発ぶっ放すけど。

 やつは勝ち誇っているのか、特に警戒する感じもなく、のそのそと近づいてくる。


 もうボッキボキに心折れたと思ってるだろ? そんなことありません。

 もう少し近づいてきたら、チャージ中の【イグニス】をぶっ放す。


 最後の一発、絶対ぶち当ててやる。死んだふりからの全力カウンター。直江がエネヴォラにやったのと同じ手だ。

 というわけで、右手でぶん殴る準備――つまりスキルを溜めつつ、左手で全力謝罪の準備――つまりタマゴを握っておく。

 万が一外したり、それでも仕留められなかったら、そのときはおとなしくタマゴを渡して許してもらう。土下座でもなんでもする腹づもりだ。


 荷物を漁るくらいの動作なら、チャージと並行できるようだ(チャージ部位を動かさなければ)。考えれば呼吸にしろなんにしろ、人間の身体を完全に静止させることはできない。チャージ中でも動ける範囲、部位というのがあるということか。

 バッグからゆっくりと、タマゴをとり出す――間違えた、出したのはタマゴじゃなかった。もっと丸っこい、黒ずんだ灰色っぽい球体。


 あれ、なんだっけこれ。


 ああ、黒コウモリの洞窟で、黒イソギンチャクトラップの宝箱に入っていたやつだ。使い道がわからず、PXで鑑定してもらっても「謎の石」としか評価されず、結局バッグに入れたままだった。


 ふぃーん、と音が聞こえる。遠くのほうで、なにかが振動するような音だ。この石から聞こえたような気がする。触れている肌を通して、骨を伝って、耳の奥に届くかのような。ふぃーん、ふぉーん、とその音は何度かこだまして、しだいに千影の中に融けて消えていく。


 耳鳴り? あるいは気のせい? 別にいいけど。これじゃない、タマゴを――。


 ポーチに戻そうとして、その石がにじんで見えるのに気づく。影というか、黒っぽい靄というか、そういうのがかかっているように見える。

 目までおかしくなってきた? と思ったとき、その靄がずるずると腕を這い、広がっていく。肘へ、肩へ、胸から腹へ、下腹部から太ももへ。

 痛みが引いていく。めまいが遠のいていき、視界が晴れる。

 身体が動く。力をとり戻している。上体が起き上がる。足腰から震えが消える。そうして千影は立ち上がる。


 黒ムカデは直立したままずるずると歩き、千影の目の前まで迫っている。黒い靄をまとって佇んでいる千影と対峙して、動きを止め、ぎぎっとなにかうめく。


 なんだろう、脳みそが()()()()している。光も音も、風の触れる感触も明瞭だ。いや、明瞭すぎる。


 黒ムカデが左側の足を集約させ、巨大な杭状にする。ごうっとうなりをあげて撃ち込まれるそれが――千影にはまるでスローモーションのように見える。


 ――加速してる? 【ムゲン】みたいに。

 いや、違う。自分の動きもゆっくりだから。


 杭状の足を、千影の身体はすれすれでかわす。伸びきったそれを刀で断ち切る。

 右側の足がわさわさと広がり、槍の雨となる。それらを千影は【アザゼル】ではじき、刀で薙ぎ払い、無理やりゴリ押しでそのまま距離を詰めていく。


 なんなんだこれ。どうなってんだこれ。

 ――知覚だけが加速してる?

 やる気スイッチが入ったときの感覚に似ている。いや、それがさらに研ぎ澄まされたかのような。


 黒い雨がゆっくりと迫っていく。避ける道筋は見えている。かいくぐって横に回り、跳躍する。

 千影は力の限りさけんでいる。その声は自分の耳には正常に届かず、のっぺりとした低音で届いている。

 黒ムカデの頭に、刀の黒い刃が吸い込まれる。靄をまとった刃は、ガガガガッと千影の手に抵抗を与えながら、頭から胴体まで一気に切り開く。


 ぎぎ、と黒ムカデが苦しげにうめき、そのまま地面に倒れ落ちる。

 それでもまだ、もがくようにかすかに蠢いている。びちゃびちゃと体液を飛ばし、びきびきと体組織をつなげようとしている。


 さっきのチャージはすでに切れている。刀を地面に捨て、頭の中で五秒数える。そして右手を突き出す。


 【イグニス】。


 最小のチャージで放たれる炎の矢。黒ムカデに直撃したそれは火柱となり、耳障りな断末魔の軋みに煽られ、勢いを増して燃え上がっていく。


感想、評価などお待ちしています。

よろしくお願いします。


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