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5-2:抗戦、【アシュラ】

 ハムサンドを一口で頬張り、おにぎりを蛇のように丸呑みにする。最初は彼の威容に怯えていたギンチョが、その見事な食いっぷりに唖然としている。座高差が一メートル以上ある両者はまるでチワワとドーベルマンだ。


「お前がつくったんか、これ? 普通にうめえわ」


 福島は千影の隣にどかっとあぐらをかいて座っている。まるで岩だ。見上げすぎて首が痛い。


「食いもんほしくてあそこの基地に行くつもりだったんだけど、タマゴのせいで出禁なのを思い出して、そのへん置いとくわけにもいかねえし、どうしようかって迷ってたところだった。ソロってのは不便だな。おかげで助かったよ」

「タマゴ、手に入ったんですか?」

「まあな」


 福島は腰のポーチをごそごそ漁り、人差し指と親指でそれをそっとつまんでとり出す。てのひらに載せたそれは、千影たちが手に入れたものと同じくらいの大きさだが、そのてのひらがビッグサイズすぎるのでうずらの卵くらいに錯覚する。色は光沢のある金色で、稲妻のような黒い曲線が入っている。


「どうしても手に入れなきゃいけなかった……俺一人でやらなきゃいけなかった……だからお前の申し出も断らざるをえなかった。悪かったな、早川」

「いえ……そんな……」


 フレンドリーに話してもらっているが、千影的にはまだそんなに慣れていないし、格上すぎるし見た目怖すぎるし緊張する。自分がいつも以上にちっぽけな凡人に思えてくる。


「お前らもタマゴをほしがってたんだろ? こんなところで休憩してるところを見ると、ゲットできたのか?」

「あ……はい……」


 千影が銀色のものを、直江が(めんどくさそうに)虹色のものを見せる。ほお、と福島が顎を撫でる。


「綺麗なもんだな。レア度設定みたいなのがあるなら、俺のやつより上かもな」


 ちなみにタマゴは見た目以上にずっしりと重く、その殻は落としてもデコピンしてもびくともしないほどにかたい。一応タオルでくるんでいるが、多少手荒に扱っても割れそうになさそうだ。転んで割っちゃいましたでは泣くに泣けないので多少安心。


「ちなみに……手に入れたとき、トラップとかありました? クリーチャーがわんさか集まってきたりとか……」

「ああ、ボスみてーなやつがいたな。砂漠エリアのとこで、黒いカンガルーみてえなやつだった。まあまあ強かった、レベル6以上だったかな。こいつでぶった斬ってやった」


 かたわらに置いた大剣に視線を落とす。長さも幅もギンチョの体格とほぼ同じくらいの両刃剣。もはやぶ厚い鉄の塊だ。福島のレベルと体格ありきの超重量武器、というか兵器。こういう大物を見るとザ・プレイヤーという感じがする。


「光る生き物を追いかけて?」

「ん? ああ、お前らも見たのか。他のやつらも見たって言ってたな。誰かの推測だが、この星の命を守り継ぐための意志? 霊? 的なやつじゃねえかって。イベントの設定上の」


 想像することはみんな同じか。みんな?


「……え、あ、他にもタマゴを……?」

「ああ、いるよ。ここから少し東にある拠点に集まってる。お前らも一緒に来いよ」


 ふと、ギンチョが福島の大剣を持ち上げようとしている。「んにに……」と力を入れると柄がわずかに浮くが、それ以上は上がらない。つーかなにやってんのお前、怒られるって。

 福島がぎろっとギンチョを睨みつける。

 ギンチョがゆっくりと大剣を置き、目を合わせたまま手さぐりでサンドイッチを一切れ手にとり、おそるおそる福島に差し出す。

 福島はそれを受けとり、ぽいっと口に放り込む。数度咀嚼して飲み込み、ニヒルに笑いかける。ギンチョの目が輝く。絆が生まれたらしい。なにこの時間。


 *


 よしきと中野奥山が戻ってくるまでに二度、ザコ敵に見つかって襲われるが、このメンツではちょっとやそっとでは脅かされはしない。福島が一振りで三体を同時に薙ぎ倒すのを見て負ける気がしない。なにこの異次元の頼もしさ。


 全員がそろうと、福島を見てモチベーションをとり戻した中野奥山が「俺らファンなんす!」などと興奮してさけびまくる。軽くメンバー紹介を済ませ(よしきの存在に福島でさえぎょっとする)、ようやく「タマゴ持ちのための拠点」に向かうことになる。午後八時半すぎ、終了まであと三時間半弱。


 堀のないバリケードのみに囲まれた小さめの拠点は、一時間ほど前にタマゴを持ったプレイヤーのために明け渡された場所だそうだ。LED照明のスタンドがいくつか立っていて結構明るい。クリーチャーを呼び寄せてしまうのではと思ったが、そもそも向こうはタマゴを感知するのだから照明を落としても同じことか。


 陣地の真ん中あたりに、百人近い人たちがかたまっている。二つある物見櫓の上にも小銃を持った人がいる。

 タマゴを持つプレイヤー。クエスト達成のためにそれを手助けしようという有志。あわよくば離脱寸前のタマゴ持ちから譲ってもらおうと粘っているタマゴ待ちの人。それらをサポートするために残った職員。

 千影の見知った人はいない。それでも装備や威圧感を見れば、ほとんどが自分と同等以上だとわかる。中野奥山もビビっている。

 高レベルプレイヤーの集まりだからか、亜人タイプが結構いる。四本腕の【アシュラ】、背が縮む代わりに敏捷性に長けた【ブラウニー】、熊っぽいもふもふした茶色い体毛の人は【ジャンドゥロール】だろうか。


「よう、仲間が増えたぜ。これでここにいるのは十八個目だっけか?」


 福島が彼らに千影たちを紹介してくれる(キョドる千影)。


「タマゴも集まってきて、クリーチャーもいっそう集まってくるだろうな。やばいと思ったら逃げるのもありだと思うぜ。命あってのってやつだからな」

「わかってますよ、福島さん」【アシュラ】の男が言う。「だけど、今ここに残ってんのって、そんなのわかりきったやつらだけですからね。福島さんもそうでしょ?」


 福島は肩をすくめ、どかっと腰を下ろす。千影たちもそれに倣う。

 よく見れば彼らはかなりくたびれている。生傷に血の跡、頭に包帯、腕に添え木(【フェニックス】切れだろうか)。バリケードの外には無数の頂点捕食者の死骸が積まれていたし、イベント後半にふさわしい激戦が続いているようだ。


「……福島さんは……生き返らせたい人がいるんですか?」


 自分一人で手に入れなければならなかった、と福島は言っていた。リスクを承知の上で、一人でタマゴを手に入れ、一人で守りきる。彼のことをよく知らない千影としては、その動機は一つくらいしか思い当たらない。


「あいつは天才だった……強さっつーか、どんな過酷な状況でも最後まで生き延びるための才能は、ここにいる誰よりも上だった。このダンジョンを制覇するのはあいつだって、俺は今でも信じてる」


 織田典長のことだ。人類最強と謳われたレベル8のプレイヤー。黒のエネヴォラに殺された福島の相棒。


「……でも……生き返らせても、記憶も……レベルも……」

「そうだな……文字どおり、ゼロからやり直しだわな。それでもあいつなら、すぐに戻ってくると思うぜ、俺らのところまで」


 きっぱりとした口調でそう言われると、千影もそれ以上なにも言えなくなる。


「――来たぞ!」


 櫓の上からさけぶ声がする。みんな一斉に立ち上がり、武器を手にバリケードの外へと走っていく。千影たちもあとを追う。

 PラプトルやPダチョウだけでなく、あの巨大なPカイマンや初対面のPライオン、他にもなんだかよくわからないような生き物が多数、とにかくひっきりなしに千影たちのいる拠点にやってくる。

 いくつかのグループに分かれて出入り口付近で対処し、バリケードの内側に戻って休む。来たらまた迎撃……単純だがそんな形の繰り返しだ。これをあと三時間もと考えると気が遠くなる思いだ。中野奥山もさっそくげんなりしている。


「よお、早川。お前腕上げたんじゃねえか? エネヴォラんときとはだいぶ動きが違うぜ」


 さすがはトップランカー。あっさりバレた。


「あ、はい……実はさっきレベル5に……」

「ほお、そりゃめでてえな! お前もそう遠からず、俺らと肩並べる日が来そうだな。俺が保証するぜ」


 福島の大きな手で景気よく背中を叩かれる。ここまで正面から褒められてもらうのは慣れていないのできっちりキモ顔になる。周りにいる歴戦のプレイヤーたちがぎょっとするほどに。


「襲撃が切れたみたいですね。中で休みましょっか」


 櫓の見張り役からの合図を受けて、【アシュラ】の青年が周りに声をかける。リーダーというか実質この一団を仕切っているのは彼だ。

 二十代半ばくらいだが、ぱっと見た限り超強い。レベル6は余裕である。二振りの曲刀と二つの円盾を美しいまでに巧みに操る四本の腕は、攻防ともに全然隙がない。福島と直江(とよしき?)を除けばこの中で一番強いかもしれない。


「……〝炭酸水の昼(ソーダヌーン)〟の竹中……あのツラが鼻につく……」


 そう直江が評する、しゅっとした細身のイケメンフェイス。

 そうか、この人が〝炭酸水の昼(ソーダヌーン)〟の竹中か。


 一昨年の六月、千影が落ちたプレイヤー試験の合格者。つまり千影の半年先輩、にも関わらず、わずか二年足らずでレベル6に到達した公式最速記録保持者。ポスト織田とも呼び声高い超新星。


 〝万能者(ザ・パーフェクト)〟こと竹中万輝(たけなかばんき)(呼び名は本人考案)。


 中野奥山曰く、竹中は女癖がかなり悪いことで評判で、その多腕で何人もいっぺんに引っかけてしょっちゅうトラブルを起こしているらしい。プレイヤー史上最多文冬砲被弾記録保持者でもある。のこのこと赤羽三番街を歩こうものなら三歩で女に刺される、という域にまで達しているとか。なにもかも派手で破天荒で見栄えがする、千影とは真逆のタイプの人間だ。


 一戦終えて一息ついている中、いきなりギンチョが立ち上がり、おそるおそるその竹中のほうに近づいていく。


「えちょ、ギンチョ……?」


 やめて、トラブルとか勘弁して。

 はらはらしながら見守っていると、ギンチョは「たかはなギンチョともうします」といつもの自己紹介を済ませ、竹中にまさかのジャンケン勝負を挑む。まだ去っていなかったギンチョの中のジャンケンブーム。竹中の四本腕を見て腕が鳴ったのか。

 ギンチョの三連勝で始まった勝負は、途中から「グーチョキパーピストルを四つの手で同時に出す」という竹中の反則で潮目が変わる。異次元化したルールを前にどうあがいても二つしか手がないギンチョにはなすすべもなく、結局泣きべそをかいて戻ってくる。

 武器を手に無言で立ち上がる直江と「ちくしょう、二人がかりなら互角だぞ!」と意味不明のヒートアップをするテルコを千影が制止する。そしてよしきの鼈甲飴で機嫌をとり戻すギンチョ。


「あの……すいません、さっき、うちの子が……」


 一応謝りに行くと、竹中はにこやかに応じてくれる。隣には仲間らしき【ジャンドゥロール】の熊男と、【エルフ】の耳長巨乳お姉さんがいる。

 【ネコマタ】と並んでプレイヤー内外で屈指の人気を誇る【エルフ】は、身体能力の向上効果はないものの、体内のダンジョン光子量が増えると言われる「アビリティ・スキル特化型」の亜人だ。ファンタジーのように長命なのかどうかまでは判明していない(テロメアの減耗が著しく少ないというエセっぽい学説はある)。巨乳化効果はないはずなので自前だろう。初めて見る本物の【エルフ】、後学のためにこっそりエロい目で見ておく。


「ああ、君があのチビっこのメンターか。レベル4の」

「あ、はい……」


 イケメンすぎオーラありすぎで目を合わせられない。先輩と言っても半年、レベル差で言えば一つだけなのに、あらゆる存在感において格の違いを実感させられる。この人も間違いなく福島や直江の側の人間だ。


「名前はえっと、確か、早川、ち、ち、ち……」

「か、か、か……」

「チハゲくん」

「千影です」


 タコ野郎にヘッドギアを飛ばされたので隠しようがない。いや別に隠していない。


「君、黒のエネヴォラと戦って生き延びたんだってね。あの織田さんでさえ殺られちゃったのに。やるじゃないか、チカゲくん」

「はあ……」

「まだ全然若いし、あんまり強そうに見えないのにね。人は見かけによらないね、って失礼か、ははは、ごめんね。君とはこれからも縁がありそうな気がするね。どうぞよろしく」


 手を差し伸べられる。目は笑っていても、なぜか皮膚をちりちりと焼くような威圧感を覚える。「よろしくお願い()ます……」とばっちり噛みつつ手を握る。

 踵を返しざま、色っぽく手を振ってくれる【エルフ】姉さんをもう一度エロい目で見ておく。仲間たちのところに戻ると、ギンチョとテルコはなぜかジト目になっている。

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