表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
1章:怪獣娘にかける言葉は決まっている
16/222

3-2:ギンチョ、初ダンジョンへ

 初めてもらった祖父のキャンディーのごとく、プレイヤータグをうっとり眺めるギンチョ。彼女とともにエスカレーターで地下階へと下りていく。


 たっぷり三階ぶんくらいある長いエスカレーターの先は、がらんとしたコンクリート打ちっぱなしの空間だ。エレベーター前の広場。物々しい装備をしたプレイヤーたちが絶えず行き交っている。

 プレイヤー用エレベーターのあるこの階は、一般人や観光客は下りてこられない。任務課などの窓口だけでなく、トイレや自販機、休憩スペースや喫煙スペースなどもある。


 広間を進んだ先にあるエレベーターは強化ガラスの仕切りに囲まれていて、その出入り口には守衛がいる。ハンドスキャナーを手にプレイヤータグの提出を求めてくる。タグには電子チップが入っていて、プレイヤーの出入りの記録はすべて管理されている。


 いかつい顔の守衛はギンチョを見てぎょっとし、首にかけたタグを見てさらにぎょっとする。スキャナーでぴっと読みとって本物と判断されると、もはや苦笑いするしかなくなる。


「お気をつけて、お嬢ちゃん」守衛がギンチョに敬礼する。

「はう! いってきます!」ギンチョも彼に敬礼で返す。


 彼女の顔は興奮で上気している。不安よりもドキドキワクワクが強そうなのは、かねての憧れのせいだろうか、それとも無邪気な子どもだからだろうか。


 この子がダンジョンに行きたいと強く願う理由――それはまだはっきりとは聞けていない。

 自分がダンジョン由来のウイルスを持っていること、もう普通の人間ではないということを、この子は理解している。それが無関係とは思えない。

 となると――その質問で、彼女の過去のことに無暗に触れてしまいそうで、なんとなく疑問を口に出せずにいる。


「ギンチョ、準備は大丈夫?」

「はう!」

「トイレは?」

「おうちでしてきたです!」


 そんな大声で答えないで。みんな見てるから。


 エレベーターは最大六人乗りで、ホールには三台ある。一階にも一台あり、そちらは観光客用になっている。

 列に並ぶ。それほど混雑していないので、他のチームと相乗りになることもなさそうだ。ほどなく一番前に出る。

 女性職員が数人、手際よく開いたエレベーターへの誘導係をしている。

 右側の扉のランプが赤から緑に変わり、ガーッと大げさで古典的な音をたてて扉が開く。中はあまり明るくないが、天井は【トロール】の人でも頭がぶつからない程度に高い。


「じゃあ、行くよ」

「はう!」


 お気をつけて、と女性職員にいつもの言葉をもらい、千影とギンチョはその箱に足を踏み入れる。

 中には右側に開閉ボタンと▲▼のボタン、あとは使えないらしい「緊急時の通話ボタン」がある。築三十年くらいのマンションにありそうな骨董品的な威容だ。

 千影が▼と閉じるボタンを押すと、またガーッと扉が閉まる。


 一瞬の静寂。そしてゆっくりと下降を始める。一瞬だけ腹がふわっと浮き上がる。この瞬間はいつになっても血が冷たくなるような感覚がある。ごくん、ごくん、と箱がなにかにこすれる音がする。


 扉が開くまではおよそ一分ほど。計算すると分速十キロ――時速六百キロで上下しているわけで、普通ならGとかかかってエグそうなのに、胃のあたりがふわっとする程度の違和感しかない。


 この箱が今、どのような道を下っているのか、それは誰にもわからない。実際の地下の空洞を通っているわけではない、重力も音も偽物だという説が有力らしい。どこか別次元のトンネルを通っているのではないか云々。なにせ宇宙空間をワープしてきたという、地球とは比較にならない科学文明による転送装置なわけで。


 なんにせよ確かなのは――この扉が開いたとき、その先は地上から十キロ離れた広大な地下空間だということだ。

 横にいるギンチョに目を向ける。真正面をじっと見据えたまま、さっきまでとは真逆の青ざめた顔で、唇をぎゅっとかたく結んでいる。


「……緊張してんの?」

 ギンチョはびくっと肩を跳び上がらせ、ぶるっと首を振る。


 ここへ来てようやく、認識が現実に追いついたのだろう。この扉の先がどういうところか、これから自分たちはなにをしに行くのか。危険のひしめくダンジョンへ、楽しいピクニックなどではなく命がけの冒険をしに行くのだ。


「だいじょぶだよ、エレベーターホールは安全地帯だし、出てすぐのエリア1は好戦的なクリーチャーもほとんどいないから」


 はう、とギンチョは小さく返事する。それでもまだ、顔は引きつったままだ。

 ギンチョの目の前に、手が差し出される。目を丸くした彼女に握り返されてから、千影はその手が自分のものだと気づく。無意識だった、自分でも驚いている。


「ありがとう、ちかげおにーさん」

 ギンチョがにぱっと笑う。


 ――なんだ、早川。緊張してんのか?

 プレイヤーになって初めて、このエレベーターに乗ったときのことを思い出す。もう一年半も前だ。

 ――さあ、冒険の始まりだ。

 あのとき、あの人はそんな言葉を千影にかけて、他のメンバーに苦笑されていた。


 同じセリフを口にしようかしまいか迷っているうちに、チーン、と到着の音が鳴る。うん、別にいいか。キャラじゃないし。


「じゃあ、行きますか」

「はう!」


 ガーッと扉が開く。一歩目は、「せーの」と、二人で並んで踏み出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ