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4-7:〝ソシャゲ部屋〟②

「あんちゃんよう、話が違うんじゃないかい?」

「ネットに踊らされちゃダメだぜ。嘘を嘘と見抜けないといけないぜ?」


 二部屋目の戦闘後、中野奥山は横たわったPライノの角をほじくりながら言う。あれだけの泥仕合を繰り広げたというのに、多少の擦り傷程度で済んでいる。たくましい。


「そうですね……うーん……」


 四人が部屋に入ったと同時に、胎巣から吐き出されたのは、胎巣のサイズとはまったく不釣り合いな巨大な生物だった。全長五メートル以上、ダンゴムシのように外殻の甲羅でぐるりと覆われた背中、顔の中心にまっすぐな角を突き出す八足獣。黒いサイ、通称Pライノ。


 ウィキ情報ではレベル2・5~3という推定になっていたので、順当と言えば順当だったが、それが二体出てきた。中野奥山だけに任せるには手に余りそうだったので、千影が一体を引き受けた。


 外殻はかたく、青龍刀のように湾曲して突き出た角は鋭く、意外と手ごわかった。それでも千影が倒しきって振り返ると、中野奥山は「そーい!」と気合一発、〝ナマハゲちゃぶ台返し〟と名づけた二人の連携技が炸裂し、相手をひっくり返したところだった。


 どすどすと柔らかい腹側を剣鉈で何度も叩き斬るようにしてとどめを刺す光景は英雄にあるまじき猟奇的なものだったが、ボス部屋での連勝しかも格上を倒したことで有頂天。疲労も吹っ飛んだ様子で思うさま自撮りをし、「結構高く売れる」という角の採取にとりかかった。


 テルコの具合を考えると放置して先に進みたいところだが、二人にとっては道中の採取物が今回の成果になるので、しかたなく千影も自分が倒したほうの角を剥ぐことにする。【フェニックス】が落ちてくれれば万々歳だが、そううまくいかないか。


「あくまでネットの情報だと、〝ソシャゲ部屋〟のテンプレは『一体ずつ強いのが出てきた』って話なんですけど……イベント仕様のイレギュラーなのか、ヨフゥフロア仕様なのか、情報が間違ってたり足りなかったりしたか……」


 おそらくイベントかフロアの仕様、が正解だと推測する。もっとも明確な根拠はないし、あっても今は無意味だ。


「タイショー、あといくつくらいあるんだ?」

「通常だと四つか五つって話だけど……それも違ってる可能性あるし……」


 実のところ、そこが一番ネックだったりする。


 前半は中野奥山をメインに据えて千影は力を温存し、後半は千影の開幕スキルぶっぱで一気に押し切る、というのが最初の想定プランだった。

 戦闘が始まるタイミングはこちらが決められる。胎巣まで距離はあるが、排出された瞬間だけは隙が生じる。じゅうぶんにスキルをチャージした状態で敵が生じるのを迎え撃つことは可能だと、この二戦で試して確信できた。


 とはいえ、マックスにチャージしたスキルはそうそう連発できない。エナジーポーションは手持ち一本だけだし、ハンガーノックに陥れば戦うどころではなくなる。

 回復を期待しても、フルチャージは撃ててあと三発。残りの部屋は二つか三つ。計算上は足りるが、あくまで定石どおりなら、だ。


「……とりあえず、次の部屋に入ったところでチャージします。溜まったらテルコに部屋に入ってもらって、出てきたクリーチャー次第でぶっ放すか解除して普通に戦うか判断します。基本は僕がやるんで、状況に応じて中野さんと奥山さんもお願いします」

「おうよ! 今ならあのゴリラどもでも勝てそうな気がしてんぜ!」

「あんちゃんの背中は俺らが守ってやるからよ」


 本当にそれで大丈夫だろうか。

 仮にもっと部屋が多かったら? 敵が多かったら? スキルを外したら?


 そんな不安がよぎる。ああ、情けないけどこういうところが早川千影。ネガティブがぞわぞわと膨れていく。本当にそれでいいのかと何度も自問せずにはいられない。


「タイショー」


 テルコはうなずき、槍の柄尻で床を叩く。カツン、と小気味のいい音が響く。千影と、自分自身を鼓舞するような音だ。


 ふっと身体が軽くなる。これは、前にも味わった感覚だ。

 一人じゃないって、面倒だけど、大変だけど――こういうときは悪くない気もする。


「行こっか」


 踏み出した足には力が戻っている。


   *


 三つ目の部屋は二つ目とほぼ同じ広さだ。胎巣の位置が同じだとするなら、距離は四十メートルくらいありそうだ。


 千影は遠距離攻撃のコントロールに自信がない。怪鳥ヘルファイア戦でも、あれだけ的が大きかったにも関わらず頭を外した。確実に当てるなら十メートルくらいまで近づきたい。


 打ち合わせどおり三人が部屋に入り、千影はその場にしゃがみこむ。右手には〝相蝙蝠〟を握っている。左腕に身体中の熱がじりじりと集約されていくを感じる。


 二分。左腕で焼肉ができそうなほどの熱が溜まったタイミングで、テルコに目配せする。彼女が部屋に入ると、ごごん、と後ろで扉が閉まる。


 胎巣がにゅるっと生じる。そして黒い塊が吐き出される。同時に千影はチャージを止め、前に向かって走りだしている。


 続けてさらに一体がごろんと床に転がる。ねばついた液体を剥ぎとるようにして立ち上がったのは、五メートルは超えそうな長身に筋骨隆々の体躯――あの大型ゴリラだ。


 ここでかよ。ここでこいつ来んのかよ。

 せっかく逃げられたってのに、ああもう。


 千影は靴底を滑らせて急ブレーキする。一瞬迷うが、そのまま左手を前に伸ばす。腕を顔で固定し、右手を下から添え、狙いをつける。


 【イグニス】――轟音とともに炎の矢が放たれ、左側の一体の腹を貫く。瞬く間に胸から上が燃え上がり、悲鳴の一つもあげることなく倒れ落ちる。


 もう一体は悲惨な目に遭う兄弟などには目もくれず、すでに床を蹴っている。「ホウッ!」と短く威圧的に吠える。


 振り下ろされた丸太のような腕が床をえぐる。風圧で千影の身体が浮くほどだ。

 こらやべえ、こらこええ。一発くらったら背骨までぐしゃぐしゃだ。

 改めて対峙すると、威圧感はポルトガルマンモス並み。レベル5以上だ。

 体力ケチらずに一体やっといてよかった。これ二体同時とか鬼畜だわ。


「僕がやる! 下がってて!」


 二撃目をかわしざまに一瞬振り返ると、テルコは槍を構えて今にも飛び込んできそうな体勢をしている。中野奥山は白目を剥いて突っ立っている。うん、今はそれでいい。


 千影は左手の刀も抜き、すばやく呼吸を整える。

 覆いかぶさる津波のように、大型が飛びかかってくる。


 パワーとタフネスは圧倒的に相手が上。一撃ももらえないし、一太刀では倒せない。

 けれど、相手の攻撃パターンは通常サイズと大差ない。それにスピードと精密動作はこちらが上。当たらなければ――というやつだ。


 攻撃をかわし、いなし、はじく。その隙に突っ込んで細かく刻み、距離をとる。十八番のちくちくヒットアンドアウェイ。相性はいい。

 じりじりと敵の傷が増えていく。飛び散る血が床を染めていく。


「ボアアッ!」


 苦痛に顔を歪め、苛立ち、怒る大型が牙を剥き、吠え、がむしゃらに突っ込んでくる。


「くあっ! 怖っ!」


 油断はしていない。無理もしていない。それでも当然、相手も必死だ。

 指先がかするだけで石で殴られたような衝撃が伝わる。風圧だけで骨が響く。爪の先が高性能ジャージさえ切り裂く。


 一発くらえば持っていかれる。全部ひっくり返される。ああ、理不尽だ。

 ああ、もう。なんでこんなことになってんだっけ?

 カウンター気味に振るった切っ先がぶっとい指をちぎり飛ばす。苦痛で相手が怯む。


「あああああっ!」


 一気に畳みかける。腕を裂き、脇腹を裂き、膝を叩き割り、体勢を崩したところで口から後頭部へと貫く。


 殺った――と思った瞬間、背筋が凍る。


 とっさに【アザゼル】で硬化した左腕を身体に引き寄せる。


 ブン! と視界が飛ぶ。振り回した大型の腕が千影の身体を吹っ飛ばす。鈍い衝撃が頭にまで到達し、床に投げ出される。


 苦痛を押し殺して立ち上がると――大型は倒れている。後頭部から黒い刃を生やしたまま、うつ伏せに倒れて動かなくなっている。


「……はは……」


 中野奥山の歓声が聞こえる。最後はひやっとしたが、勝てたみたいだ。



「ひやひやさせんなよ、タイショー」

「まあ、なんとかなったよ」


 そんな風にテルコにさらっと返したつもりだが、頭の中は数万の早川千影の軍勢によるエレクトリカルパレードで興奮のるつぼと化している。

 やったわ、やっちゃったわ。再戦で返り討ちにしたったわ。

 直江も一体倒してたけど、こちとら開幕ぶっぱコミコミで二体ですわ。

 大金星ですわ。ジャイアントキリングですわ。誰か褒めて。来週まで褒めて。来週までキモ顔になるけど。


「……つっても、最後のはちょっと痛かったわ。さすが強化個体――」

「おい、あんちゃん!」


 奥山の声で振り返り、思わずぎょっとする。


 奥側の通路の前にクリーチャーがいる。

 なんで、と思うより先に、千影は刀を手に立ち上がる。


 そいつは敵意を見せない。威嚇もせず、襲いかかってこようともしていない。ただそこに立っている、というか()()()()()だけだ。


「……カエル……?」


 銀色っぽく全身を光らせている。そのせいで体表の色はわかりづらいが、とにかくカエルだ。全長一メートルほどはありそうな、オーソドックスなスタイルの巨大アマガエル。

 それが床から離れてふよふよと浮いている。平泳ぎというかカエル泳ぎというか、手足を前後にゆったり伸縮させている。自分だけが水面にでもいるみたいに。


「……なんだこいつ……?」


 中野が近づこうとすると、そいつは手足をばたつかせ、くるっと水平方向に百八十度向きを変え、通路の奥へと泳いで逃げてしまう。一瞬明るくなった通路の奥が、すぐに元のぽっかりとした闇に戻る。


「あいつ、似てる気がする……ウィルに……」


 テルコがつぶやく。


「ウィルって……あの〝ダンジョンの意思〟……?」

「ああ……なんつーか、少し透けてたし、逃げたときに光の粒っぽいのがこぼれてたし……」


 サウロンが〝光子体〟とか言っていた気がする。実体のないものに光の粒で実体を持たせる、ダンジョンのテクノロジーかなにかだと推測していた。

 あの馬もさっきのカエルもそうなら、つまりクリーチャーではなく、もっと別のなにかということだ。おそらく、というか間違いない。〝ヨフゥのタマゴ〟のフラグ演出だ。


 サウロンが動画で語った、このイベントのサイドストーリー。寄生生物に冒されたこの星の生命の滅亡を阻止しろ。タマゴを守りきれ。


 さしずめ、あれはそのタマゴへとプレイヤーを導く星の意思、的なもの? という位置づけだろうか。あくまでイベントの演出上の。


「……ってことは……」


 上の台地とこの隠しステージ、どちらかにタマゴがあると思っていた。

 違った。きっと、どちらにもタマゴがある。


本日22時頃に続きを更新予定です。

よろしくお願いします。


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