4-6:〝ソシャゲ部屋〟①
中野奥山を先頭に通路を進む。
殿を歩く千影が、ふと気づく。テルコの様子がおかしい。明らかにふらふらとしている。
「テルコ、だいじょb――」
声をかけたと同時に彼女の身体が揺らぎ、壁にもたれる。中野奥山も足を止める。
「テルコ!」
「いやー……着地は百点満点だったんだけどな……すぐさまゴリラにいいのもらっちまってさ……」
ベストの裾をめくると、右の脇腹に黒ずんだ痣がある。千影のてのひらほども広がっている。不幸中の幸いにも肋骨は折れていないようだ。
【フェニックス】をと思ったが、二本ともギンチョが持っている。ボディーバッグに入れておいた湿布(ダンジョン薬草成分含有)を貼っておくが、内臓を痛めていたらほとんど無意味だ。
中野奥山にも手持ちがあるか尋ねるが、この前ゲットした一本は防具の新調(と飲み屋のツケ精算)のために換金してしまったらしい。
「歩ける? ギンチョのところまで戻ろう」
「問題ねえよ、タイショー。だけど……荷物になるようなら――」
「僕は荷物のために自分から落ちたりしないから」
そう言って肩を貸す。顔真っ赤なのを中野の懐中電灯でばっちり照らされる。
ともあれ、ここからが問題だ。
前の隠しステージのように入り組んだ迷路だと、外に出られるまでに何時間かかるかわからない。出口をさがしているうちにイベント終了を迎えてしまうかもしれないし、テルコは一刻も早く治療してやらないといけない。
通路を抜けた先はやはり左右に分かれていて、その奥にも分岐路があるようだ。前回の隠しステージと似た感じだ。
「中野さん、懐中電灯を貸してください。奥山さん、テルコをお願いします」
出し惜しみしている場合ではない。脳みそが割れてもいい、【ロキ】の常時使用で正解と安全の道を選び続ける。
【ロキ】で大気の流れを読む。肌では感じとれないほどの微小な流れを、岩肌を削り砂利を運ぶかすかな物音だけで察知する。
「こっち!」
急がないと。焦るな。早く。慎重に行け。
前回は道中ほとんどクリーチャーが出なかった。だけどここはザコ敵とひっきりなしに遭遇する。前からも後ろからも。
ほとんどが小型で大して強くない。イタチのような姿をしたやつ、バスケットボールくらいのコオロギっぽいやつ、二足歩行のタツノオトシゴみたいな謎の生き物も出てくる。どれも〝相蝙蝠〟を抜くまでもなく【アザゼル】で対応できるレベルだ。
殿では中野奥山が交互に奮闘してくれている。剣鉈を振り回し、剣鉈を叩きつけ、剣鉈で薙ぎ払い、そして伝家の宝刀【ナマハゲ】で殴り飛ばす。だいぶ荒っぽいというか力任せな戦いかたながら、二人の連携はなかなか様になっている。だけど攻撃するたびに技名らしき奇声「らーしゃーしゃーしゃー!」とか「ハルラルラァー!」とかさけぶのがうっとうしい。
素材を回収する間も惜しく、とにかくどんどん進む。テルコは槍にもたれるようなこともあるが、どうにか他の手を借りずに歩けている。目が合うと力強くうなずいてくれる。
ここまではクリーチャーの出現はともかく、前回の隠しステージと同じ迷路型だ。何度も分岐し、行き止まりもあり、出口はない。
となると、出口は一番奥に一つ、という可能性が高い。
前回の件のあと、隠しステージに関してネットで勉強した。それまでは自分とは無縁だと思っていたのでウィキを流し読みした程度の知識しかなかった。なので、今度また同じ事態に陥った際にあたふたしないようにと。
基本的に、隠しステージは一つまたは複数の入り口があり、プレイヤーにクリア(出口まで到達)されると数日後には姿を消してしまう。また別の場所に入り口が現れるが、ギンチョの【ザシキワラシ】のような初回クリアー報酬はあくまで初クリアー者のみということらしい。
出口の前にはなんらかのハードな関門がある。待ち受けるのは、黒コウモリのような強キャラのボス、ダイハードなトラップ、クリーチャーズハウスでわんさか系など数種類のうち一つ。大抵はクリア報酬として貴重品が手に入ったりする。
まれにそういった関門がないケースもあるらしいが、その場合は道中がそれなりにシビアになっているので、おそらく今回には当てはまらないだろう。
今回待ち受けるのがどのパターンなのかはわからない。他に出口が用意されている場合もあるし、関門の前に非常用出口みたいな救済措置があるケースもあるらしいので、今だけはできればそれを期待したい。けれど――。
「……ある意味、【ザシキワラシ】の加護がないのが一番アレだな……」
別に幸運を盲信しているわけでもないが、こんなところに閉じ込められてあのチビっこがいないという状況が、こんなに心細く感じられるとは。二カ月前の自分なら想像もつかない心境の変化だ。
「ねーちゃん!」
奥山の声で振り返ると、テルコが足を止めて壁にもたれている。呼吸が荒い、薄暗い中でもわかるくらい顔色も悪い。
「ちょっと休みましょう」
現在午後六時半。この洞窟に入ってから三十分ちょっと。ほぼ休憩なしで突っ切ってきた。あたりにクリーチャーの気配がないのを確認して、みんなで腰を下ろす。
座ったとたん、足が震えだす。自覚はなかったが、だいぶ疲れが溜まっていたようだ。【ロキ】の使いすぎで頭の奥に鈍痛もある。
中野奥山もだいぶくたびれている。頭を寄せ合って目を閉じている。眠っているわけではなさそうなので、開いた口にカロリーバーを入れてやると半泣きでもぐもぐする。
「テルコ、もうすぐだから」
あまり根拠のない言葉を口にする習慣はないが、言わずにはいられない。
テルコは頭をもたげ、にっと笑う。精いっぱいにつくった感じの、力のない笑みだ。
「……あのさ、タイショー……オレがもしも――」
「聞かないよ」
なにを言おうとしているのかは、だいたい予想がつく。どれにしてもろくでもないに違いない。そうでなくても聞きたくない、もしもなんてありえない。もしもなんてないさ。
「……んだよ、その膨れっ面。ナマコの尻に空気入れたみてえな面して」
「なにそれ」
テルコがぷっと吹き出す。少しは元気が出たようだ。
五分の休憩のあと、また移動を再開する。テルコに奥山が肩を貸す。なにか二人で話しているのかと思いきや、テルコがぼそぼそと独り言を言っているようだ。意識が朦朧としているのか。ノブ、とつぶやいた気がする。
多少厄介なクリーチャーに絡まれ、行き止まりに阻まれ、全員くたくたになりながら、それでもようやくたどり着く。
十畳ほどのスペースだ。正面の壁に通路が開いている。この先に待ち構えていますよという、いかにもな雰囲気だ。ここが最終関門だろう。
「えっと……だいじょぶっすかね……?」
なんて確認する千影自身が一番緊張している。と思いきや、若干二人はそれを凌駕している。スマホかというほどバイブしている。
「ああああ当たり前だぜ! ぼぼぼぼボスでも大統領でも出てこいや!」
「ああああ〝赤羽の英雄〟のああああ新たな伝説の一ページだぜ!」
それでもブレずに虚勢を張れるのはむしろ尊敬に値する。がんばれ、〝ナカオクロック〟。
「じゃあ……」
本来ならここで小一時間躊躇したい。赤羽随一の優柔不断を思うさま発揮したい。
他にも出口があるのかもしれない。だけど今はテルコの消耗が激しい。他をさがしている時間もない。ああもう! を心の中で百回くらいさけんでいる。
「……行きましょうか」
腹をくくり、千影が先頭で通路に足を踏み入れる。
殿の奥山とテルコが入ったのと同時に、ごごん、と入口側が石の扉でふさがれる。千影としては想定内というか経験済みだが、中野奥山は「おぎゃー!」と悲鳴。
やや弧を描いて続く通路の先は、石の扉で閉じられている。頭の中で情報を呼び起こす。最後の関門のパターンのうち、通路があって、途中で閉じ込められるパターン。そんな記述があった気がする。これはたぶん――。
「……〝ソシャゲ部屋〟だ……」
頭を抱えたくなる。千影の知るパターンのうち、今この状況では決して歓迎できないほうのやつだ。
「あんちゃん、〝ソシャゲ部屋〟って……?」
「名前はなんか楽しそうだけどな……」
「一言で言うとボスラッシュです」
懐中電灯が落ちる。下から照らされた中野奥山の顔は生ける屍だ。
「つっても、最初はそんな強くないらしいです。部屋が五つくらい連続してて、一つずつ倒してクリアしていく感じで……だんだん強くなってって、最後はもちろん強敵で……」
他にも呼び名は〝修練場〟、〝死亡遊戯〟などなど。上級者や血気盛んな人たちからすれば「おいしい」「楽しい」らしい。戦闘が続けばそれだけレアアイテムのドロップが狙えるし、報酬はおおよそ難易度と比例するから。
だけど、今は時間がかかる上に戦力的に心許ない現状ではわくわくできるはずもない。よりによってこれかよ、と引きの弱さを呪いたくなる。
座敷わらしはいなくなると反動で不幸が倍返しで降りかかってくるとウィキプリオに書いてあったが、もちろんあの子のせいなんかではなく、ここぞで勝負弱さが出た自分が悪いだけだ。
「ネットの情報どおりなら、最初はレベル2とか3のはずですけど……このヨフゥフロアのやつもそうなのかどうかは……」
とはいえ、不幸中の幸いなこともある。このパターンにはいくつかルールが設けられている。それを逆手にとれば有利に進めることができる。調べておいてよかった、集合知はやっぱり偉大だ。
「なので……できれば最初のほうは、二人にお願いしたいんですけど。僕は後半のために力を温存しときたいんで……いいですか?」
二人は顔を見合わせ、「おうよ、知ってたぜ?」「今こそ本領発揮だぜ?」とカタコト口調で返事する。サムズアップしたその目はからからに乾いている。
まず通路に入ると入り口が閉まる。そして出口側の扉に触れると開き、その先に部屋がある。今回は円形の直径三十メートルほどの広いスペースだ。ごつごつとした岩肌に囲まれ、天井にはダンジョン恒例の光る石が埋め込まれているので、懐中電灯が不要なほどの明るさはある。正面の奥には同じように扉らしきものがある。
通路にいる人間が全員部屋に入った時点で、先ほど開いた扉が再び閉まり、部屋は密室状態になる。そして胎巣――クリーチャーを排出する巨大な蕾のような生体機関が部屋のどこかににゅるっと生じる。粘液とともにずるっと生み出されたそれと即戦闘、という流れだ。
ここからは要検証とカッコつきの情報だが、胎巣が排出するタイミングは「全員が部屋に入った時点」か「入った人間が室内の一定の位置より先に進んだ時点」になるという。
レベルが低いうちに検証してみようということで、まず三人が部屋に入る。胎巣は位置的に奥のほうの天井に貼りついている。千影の身長ほどもある紫色の巨大な蕾だ。表面が粘液でぬらぬらしている。
中野奥山が千影に目で合図し、じりじりと近づいていく。テルコは通路に残ったままだ。
二人が十歩ほど進んだとき、ごごん、と背後で扉が閉まる。
「来ます!」
胎巣がぶるっと身震いし、大量の粘液とともに黒い塊を吐き出す。おなじみPラプトル――。
「おおおおっしゃあ任せろぉ!」
「こここんなやつ瞬殺だぜぇ!」
だいぶビビりまくっていたところから顔なじみの出現でかたさがとれ、俄然やる気を出して突っ込んでいく二人。だが続けてさらに二体出てきてぴたりと勢いが止まる。
「……(一体じゃないの?)」と振り返って顔で語る中野。
「……(聞いてないけど?)」と振り返って顔で語る奥山。
「……(ごめんなさい)」と手を合わせる千影。
それでも日頃このフロアで腕を磨いてきた二人。今さらラプトル相手に遅れはとらない。三体を相手に囲まれないよううまく位置をとり、【ナマハゲ】を駆使して一体ずつ仕留めていき、五分とかからず倒しきる。ぜーはー言いながら剣鉈を掲げて重ね合わせ、勝鬨を上げる〝赤羽の英雄〟。自撮りも忘れない。
ごごん、と奥側の扉と入ってきた側の扉、両方が同時に開く。そこから槍を杖代わりにテルコが入ってくる。
「……これよ、万が一タイショーたちがやられちゃったら、オレはどうなるんだ?」
「そのときはテルコが一人でまた扉を開けて、相手をしなくちゃいけないみたい」
「なるほど……じゃあ今は、通路に残るメリットはねえな」
千影からするとテルコを庇う必要がなくなるというメリットはあるが、彼女からしたらここへきて庇われるつもりはないということか。うちの新人、こんなときまで男前。
奥の扉に触れると扉が開き、四人で通路に入る。またも扉が閉まり、いったん通路に閉じ込められる。ラスボスを倒すまではこれが続くようだ。
そうして今度は四人で次の部屋に入る。さっきの部屋よりも倍くらい広い。
「今のがレベル2相当なら、次はPバッファローとかPカッパあたりか?」
「あんちゃんたちの出番はもう少し先になりそうだぜ、大船に乗ったつもりでいなよ」
高レベル仕様のイベントに参加して、カルチャーショックを受けてしょんぼりしていた二人。ここへきて手慣れたお得意様とやり合ったことで、すっかり元の(無根拠な)自信をとり戻したらしい。
二人は気づくべきだった。この部屋の広さを見て、次の相手はそれに相応する数、もしくは大きさを持っていると。
 




