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4-5:ぎゃーさん奮闘

 地面が低いうなりをあげて震えだす。


 Pゴリラたちが動揺して足を止めている。

 千影は走りながらひったくるようにギンチョの脇を抱える。

 そして足下が陥没する。生い茂る草花が中心に向かって吸い込まれていく。


「壁際に! 早く!」


 目の前の敵を蹴散らし、よしきと直江も走りだす。

 ゴリラたちの重みで崩壊が加速する。ひび割れ、崩れ、奈落の穴に落ちていく。ウホーウホーと悲痛なさけびが重なる。

 千影たちは背後にそびえる岩壁に走る。崩壊が思ったよりも早く、そして止まることなく広がっていく。

 踏み込んだ地面が崩れる。


「んがっ!」


 なりふり構わない必死の形相で跳躍、手を伸ばす。ぎりぎり、間一髪、指先が岩に引っかかり、身体を引き寄せ、しがみつく。

 鳴動がしぼんでいく。崩壊が止まり、からからと小石が落ちていく音だけが響く。


 壁際で止まるかと思っていたが、足場はすべて呑まれている。千影は片手で岩の出っ張りを掴み、片足を窪みにねじこんでいる。脇に抱えたギンチョは魂の抜けたような顔をしている。手にはさっき引き抜いた拳大の石を持っている。


「……みんな、だいじょぶ?」


 右隣に中野奥山がカブトムシのごとくへばりついている。左隣には槍を刺して身体を支えているテルコ。頭上に直江とよしきもいる。全員仲よし、まさにフレンドパーク。


「ひゃほほ。忍者になった気分じゃわ」

「……よくわからんが、やるならやるって先に言え……」


 直江が足でがしがし削って小石を落としてくる。千影の頭にこつこつ当たる。ごもっともなので反論しない。


 足下には直径二十メートルに及ぶ真っ暗な穴が広がっている。広場のほとんどを呑み込んだ形だ。ゴリラも半分くらい穴に落ちたはずだ。


 前の――黒コウモリのいた隠しステージの入り口は、ここまで大きな穴ではなかった。流れが変わればとギンチョに託した結果が、ここまで功を奏するとは千影も予想外だった。


 穴の周囲にはゴリラたちが右往左往している。穴を覗き込んで呆然としていたり、遠目に千影たちを睨んだり、足場のないここへどう追ったものかとうろちょろしたりしている。大型も四体くらい向こう岸にいる。


「で、あんちゃん……」

「どうすんだい……?」


 中野奥山がつぶれた声で言う


「えっと……」


 向こう岸のゴリラたちが見逃してくれるとは思えない。一刻も早く移動しないと。


 二択だ。台地の上に登るか、この穴を降りるか。


 できればタマゴのある方向に行きたい。そうなると隠しステージである下、というのが確率的に高そうな気がする。ただ、下に落ちたゴリラが無事な可能性がある。他のやつらも一緒に降りてくるかもしれないし、最悪の場合そのままさっきの続きになってしまう。


 となると、いったん上に行ったほうがいいのか? 元から台地のほうに狙いをつけていたわけだし、そういえばさっきの虹色馬も上のほうに飛んで消えていった気がする。


 そう思い、千影は上を仰ぎ見る。そしてぎょっとする。


 二十メートル近く上、崖のへりから、虹色馬がにゅっと顔を出している。

 岩壁にへばりつく千影たちを、くりっとした目で覗き込んでいる。

 こっち来ないの? とでも言いたげに、首をひょこひょこかしげている。

 口を開き、顎をしゃくり、こっち来いよとでも言わんばかりに声なき声でいななく。

 エアヒヒンしてんじゃねえよ。聞こえねえよ。

 たぶんお前がタマゴゲットのイベントキャラ的なやつなんだろうけどな。こんなところに誘い込んだ恨みは忘れねえぞ。無事にタマゴゲットできなかったらあとで馬刺しにしたるからな。


「……タイショー?」

「いや、うん。上に行こう。あの馬がたぶんタマゴの――」


 千影のガンつけが効いたのか、虹色馬が慌てて首を引っ込める。

 いや、違う。千影の背筋が凍る。


「……来るぞ……」


 直江に言われて振り返る。向こう岸に大型がいる。あの片目つぶれのシルバーバック、ボスゴリラだ。

 そいつが下っ端の一体をむんずと掴み、サッカーのスローイングのように両手で振りかぶる。


「――逃げろ! 上に!」


 ブオオッ! と巨大な黒い影が飛んでくる。牙を剥き出しにしたゴリラが。

 中野奥山の遥か右上に直撃し、そのままの勢いで跳ね返り、「ウホオオー」とさけびながら奈落へと落ちていく。ブラック組織の縮図、と憐れみを覚えている場合ではない。


「うおおおおおっ!」

「ぬあああああっ!」


 中野奥山がここぞとばかりに本領発揮。片手とはいえ千影を追い越してしゃかしゃかと登っていく。元気があり余っている。


 同じ片手で、しかもダメージを負ったテルコがつらそうだ。ギンチョに槍を持ってもらうか、と思った瞬間――頭上にぬっと影がかかる。


「テ――」


 衝撃とともに岩壁が破砕する。


 ゴリラはテルコのすぐ真上に当たる。テルコの身体が岩壁から離れる。千影に向けて手を伸ばす。それらの動きがスローモーションのように映る。


 届かない。そのままテルコは真っ暗な穴へと引きずり込まれていく。


「直江さん!」


 とっさに頭上の直江めがけてギンチョを放り投げ、千影も自ら穴へと飛び込む。「ぎゃーーさーーん!」とさけぶギンチョの姿がみるみる遠く小さくなっていく。たぶん「ちーさん」と「ぎゃわー」が混じったな、などと落下しながら頭の片隅で思う。




 着地は足から、着地は足から!

 空中でバランスをとり戻し、重力のかかる方向に足を向け、暗がりの中でかすかに地面が見えた瞬間、歯を食いしばって着地の覚悟を決める。膝のクッションで勢いを殺し、尻をつき、地面を転がり、衝撃を分散する。ゴロゴロと転がり、全身をまんべんなくちょっと痛めつつ、無事の着地を喜んでおく。


 穴の深さは十メートル程度、以前の隠しステージにくらべたらそう深くはない。横に広いタライ型の穴か、などとどうでもいいことを思いつつすぐに立ち上がる。


「テルコ!」


 暗すぎてよく見えない。だが、闇の奥でぎらりと光る無数の目はよく見える。千影は冷や汗とともに刀を抜く。


「――ぬあっ! ごあっ! があっ!」

「――どあっ! うがっ! おがっ!」


 頭上から奇妙なリズムの悲鳴が降ってきて、千影の後ろに着地する。中野と奥山だ。叩き落とされたのか仲よく足を滑らせたのか。


 いてて、などと腰を押さえて立ち上がる。受け身をとった感じがないのにダメージが軽そうなのは、途中で岩壁にしがみつきながら勢いを殺したのか。それがさっきの奇妙な悲鳴だったようだ。


「ぎゃああああっ! やっぱいんじゃん! 囲まれてんじゃん!」

「終わったわ! 〝ナカオクロック〟の伝説、これにて幕だわ!」


 さっそく心が折れる二人。そして今さら知ったコンビ名。


「二人は後ろお願いします!」


 頼りねえ。けどいないよりはマシか。ガチで諦めるようなら囮にしよう。


 千影と向き合ったやつらが飛びかかろうと身を屈めた瞬間、その後ろから血しぶきが上がる。振り返ったやつらの頭を槍の穂先が一文字に薙ぐ。


「テルコ!」


 無事だった。しかも元気だ。やばい、泣きそう。


「タイショー! こっちだ! 通路がある!」


 三人がゴリラたちの間を縫って声の方向に駆けだす。すぐにテルコの背中が見え、それを追いかける形で横穴に飛び込む。前から敵が来ないことを確認し、ゴリラたちの追撃に備えて身構える。


 と、わずかに震動と地鳴りを感じる。

 広場から通路に注ぐ明かりが消えていく。


 そうか、天井がふさがったのか。

 前のときもそうだった、プレイヤーが入ったら閉じる仕掛けか。ゴリラはノーカウントだったから穴が開きっぱなしになっていたのか。


 となると、よじ登って合流することはできない。それに穴がふさがったことで、上に残っていたゴリラ軍がギンチョたちを追うかもしれない。


 ――いや、今は他の心配はやめよう。まずは自分たちのことを考えるべきだ。


「テルコ、怪我は?」

「問題ねえ。【レギオン】で着地したからな」


 優秀。うちの新人マジ優秀。


「タイショーこそ平気か? ゴリラ投げで落とされたのか?」

「いや、うん、だいじょぶ……」


 こうなると「テルコを助けようと自分から落ちました」とは言いづらい。

 中野奥山も気遣ってほしそうに親指をくわえている。しかたないので「ナイス着地でした」と労っておく。


「真っ暗だな、明かりをつけるぜ」

「あんちゃん、あいつらすぐに追ってくるぜ。いったん奥に逃げよう」

「いや――」


 この通路は好都合だ。高さ三メートルほど、横幅もそう広くない。

 案の定、ゴリラたちが追ってくるが、でかい図体が邪魔で一体ずつしか通れない。しかもさっきの場所にも大型がいたはずだが、あいつらはここを通れない。


「ここで数を減らしましょう」


 先鋒に千影、そのすぐ後ろに短槍持ちの援護役のテルコ。他二名には手持ちのライトで光源を確保してもらい、奥からの急襲にも備えてもらう。


「こつこつと、せこせこと……」


 狭い空間での立ち回り。小太刀の優位が活きる。

 一体ずつ確実に、慎重に、カウンター気味に刻んで仕留めていく。早川千影の得意戦法だ。


 死体が重なれば少し奥に詰め、次の個体を相手にする。

 やつらは目の前で仲間が倒されても怯むそぶりもなく、ますます獰猛になって襲いかかってくる。獣の本能か、俺の屍を越えてゆけ的な蛮勇か、恐ろしい上司に追いたてられたブラック社員の悲哀か。妄想しても無駄なので淡々と始末していく。


 さすがにレベル3相当、ザコではない。油断はそのまま負傷に直結し、そうなれば一気に押し切られる。

 とはいえ、状況はさっきまでとは逆転。この地形なら向こうが不利でこちらは有利だ。集中力と体力が続く限り、いくらでも耐久できる。

 なんてドヤっていると十体目くらいでだいぶへばるものの、テルコのサポートも心強く、二十体を数えたところでいったん追撃が途切れる。壁にもたれて呼吸を整える。


「どうする、あんちゃん。戻るか? それとも進むか?」

「奥に進んでも出口があるかわかんねえし、戻ったほうがいんじゃね?」

「いや……ここに僕らが入ったあと、上の穴はふさがったっぽいです。さっきゴゴゴって音が聞こえてたし、前もそうだったんで……」


 懐中電灯に照らされた二人の顔がホラーじみたものになる。


「奥に進んで、出口をさがしましょう。出たあとでどこかで合流しましょう」


 ギンチョが心配だが、直江とよしきと一緒にいるほうがむしろ安全か。あの二人なら追手を迎え撃つなり振り切るなりどうとでもできるだろう。


 タマゴはここに隠されているのか、それとも上の台地のほうにあるのか。

 こうなったらどっちでもいい。

 この状況を生き延びて、ギンチョたちと合流する。

 生きて帰る。それだけを考えることにする。


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