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4-3:虹色の馬

「……さっき、ボクはチャージしてない……」

「は?」

「……即座に吐き出せるぶんのエネルギーをノータイムで撃った……それだけだ……」

「いやいや、それだけって……」


 プレイヤーがアビリティやスキルを使用するとき、体内の光子エネルギーと呼ばれる謎エネルギーを消費する。【ベリアル】を打った人間の体内? 細胞? に宿るとされるそのエネルギーについて、メカニズムは未だに全容解明されていない。


 チャージ方式は体内のエネルギーを一点に集約し、消費して一気に放つ。クールタイム方式は溜めを必要とせず、使用に一定量を消費する。消費しすぎるとハンガーノックなどの症状を引き起こす。糖分や栄養の摂取で一時的に回復するが、短時間の連続しての摂取は効果が薄いと言われている。


 直江の【コルヌリコルヌ】はチャージ方式だ。


「えっと……僕は【イグニス】を撃つのに最短五秒かかります。直江さんのスキルは、最短チャージ時間か、最短で撃てるエネルギー量が少ないってことですかね?」

「……最短チャージ時間なんて、そんなルールはない……」

「は?」

「……単純に貴様がボンクラだからだ……撃つまでにそんだけかかってるだけだ……」


 千影はギンチョの顔をぐりっとこっちに向けさせ、顔を見合わせる。直江が横からギンチョの顔を奪い、自分に向けさせ、ほっとした表情をする。


「……光子エネルギーは細胞内に備蓄されてる……噂じゃあ細胞を構成する元素が内包する別次元の情報素子だかなんだか……それはまあいい……スキルってのは、身体中からそのエネルギーを集めてひねり出して使う……アクティブ系のアビリティは大抵光子エネルギーを消費する……スキルにくらべたら微量だけど……」


 【ロキ】や【アザゼル】は多少使った程度では疲労はないが、それもダンジョン攻略で半日一日と続くとハンガーノックが起こりやすくなる。【ベリアル】による常識外れの体力向上効果もダンジョン光子の影響だとするダンジョン科学研究所(ダン科研)の研究論文を目にしたことがある。九分九厘理解できなかったけど。


「……貴様が五秒もチャージしなきゃ撃てないのは……単純にそれをかき集めるスピードと……一発撃つ最低量が無駄に大きいからだ……」

「えっと、スピードはわかりますけど……最低量が大きいって?」

「……ある程度の量を溜めて、勢いをつけないとぶっ放せないってことだ……」


 ①【イグニス】を撃とうと意思を決める。

 ②腕にエネルギーをチャージする。

 ③腕が熱くなり、千影の場合最短五秒でスキルを撃つ準備が整う。

 ④その後はその時点での蓄積エネルギーに応じた威力でスキルが発動する。


 何度か試してみたが、おおよそマックスまでに二分超。それ以上はエネルギーの蓄積はなく、そこから一分程度以内の間に放たないとチャージしたエネルギーはキャンセルされ、身体の中に戻ってしまう。


 直江が言いたいのは、②の準備が整うまでのエネルギー量が無駄に大きい、ということか。

 もっと少量で、一瞬で溜められるぶんのエネルギーだけで撃つ。直江が先ほど実践したのはそれということだ。


「……なんていうか、身体の表面に常備されてるぶんのエネルギーがある……それは練習すればさらっと集められる……大した量じゃないけど、それを集めて放てるようになれば、最低限の威力をノータイムで撃てるようになる……」


 すごい。それならチャージ方式のデメリットはほぼなくなる。前衛での働きがメインになる千影にとっては切り札になりうる。直江や織田などのトップ勢がチャージ方式を選んでいるのもうなずける。


「それは……練習次第で誰でもできるんですか?」

「……ボクはレベル3でできるようになった……別のスキルだったけど……上級者でもできないやつはできないらしい……貴様のようなチンカスができるようになるかどうかは知らん……」

「ちんかすってなんですか?」

「ギンチョ、憶えなくていいやつだよ」

「……万能ってわけじゃない……下位のクールタイム方式よりも威力は低い……貴様の【イグニス】で言えば、【ブレイズ】の半分程度の威力になるだろう……低レベルのザコならなおさら……」

「でも……即座に撃てるのと撃てないのじゃ、選択肢の幅が違いますよね。できるようになっといて損はない」


 そんなテクニックがあったのか。ダンジョンウィキにも載っていなかったし、ちょろちょろネットで漁っても情報はなかった。


「……レベル5とか6で、しかも知ってるやつしか知らんし、知っててもよっぽど鍛えないとできない……そういう情報はおいそれとネットに転がったりしない……上級者向けのフォーラムサイトとかでも滅多に載らない……ましてやウィキなんて初心者向けサイトに、そんなあやふやなテクニックは載らんだろう……」

「それでも……今日知れてよかったです。ありがとうございます」


 ふんっと鼻を鳴らし、直江はギンチョプニプニに戻る。


 クールタイム方式の【ムゲン】から、チャージ方式の【イグニス】に変えて約一カ月。

 腐っていた期間もあったし、そのあともダンジョン外のことでバタバタしていた。というのは言い訳にならない。スキルについてもっと試すべきだったし、もっと調べるべきだった。


 【ムゲン】のときは箱の説明書きが血で読めなくなって、その効果を完全に把握するまで何カ月もかかった。何度もハンガーノックになったし、敵を倒しすぎて気づいたら半年後にはレベル3になっていた。

 同じくらい【イグニス】にも向き合うべきだった。メジャーなスキルだからと言って、ネットの情報だけで知った気にならず、自分の身体で検証してみるべきだった。


 とはいえ、まだ遅くない。

 そういうテクニックがあるのを知れたのはラッキーだった。

 今すぐは無理でも、このイベントが終わったらいくらでも練習する機会はある。


「ちーさん、ちょっとたのしそうです」

「うん、まあね」




 森の中でもPラプトルやPマーモセットなどのザコ敵と何度も遭遇し、さすがに疲労が蓄積してくる。陣形の後ろから襲われることが多く、中野奥山のくたびれっぷりに拍車がかかっている。


「……あのさ、リーダーのあんちゃん……実は俺ら、このあと予定があってさ……」

「……近所の子どもたちと……一緒にタイタンズ戦観ようって約束しててさ……」


 ギンチョが二人にエナジーポーションを飲ませる。スキル使用後の栄養補給がメインの飲料だから、劇的に体力が回復するような効果はないが、二人はギンチョの気遣いにリアルに涙ぐんでいる。


「えっと……このまま北西――ここから東のほうにある台地に上ってみましょう。レベル3相当のPゴリラがよく出るらしいんで、注意して行きましょう」


 一同がうなずく。千影はスマホをとり出して地図を確認する。今、午後五時半を回ったところだ。もうすぐ夜が来る、薄暗くなってきている。急がないと。




 タマゴのある場所はあらかじめ告知されていなかった。ということは、それがある場所にさえ近づければ、ある程度目につく形で配置されている可能性が高い。

 極論、どこかの地中になんの目印もなく埋まっている、ダウジングロッド必須です、というようなことはないだろう。そんな理不尽が許されたらサウロンがどれだけ炎上しても擁護しない。


 おおよその目星でしかないが、怪しそうな場所はいくつかある。さっきの湖もアナグマの巣窟もそうだし、ここから一番近い北西の台地エリアもそうだ。イベント開催エリアの範囲ギリギリだから、外に出ないように気をつけないといけない。


 こまめに地図とコンパスを確認しながら、緩やかな起伏のある林の中を進む。それなりに歩きやすいし見晴らしも悪くないが、徒労感でみんなの口数も減っている。


「……あれ、なんですか?」


 ギンチョの声にみんなが振り向き、彼女の小さい指がさしたほうに向き直る。

 木々の向こう、暗がりの中に、ぼんやりと光るものがある。


「……馬?」


 そこに奇妙な生き物がいる。全身白っぽい体色、すらっと伸びた四本の脚、ところどころ赤く燃え上がるような体毛。頭の形はのっぺりとしていてよくわからないが、雰囲気的に馬に似ている。その身体から虹色の光が湯気のように立ち昇っている。


 このヨフゥエリアで、黒い外殻に覆われていない大型獣を見たのは初めてだ。それを差し引いても、あれはどう見ても普通ではない。これまで遭遇したどのクリーチャーとも違う。神秘的にさえ見える。


 その虹色馬はこちらをじっと見ている。間違いなく目が合っているが、身じろぎもせずに平然と佇んでいる。「タイショー、捕まえてみるか?」とテルコが言うのと同時に、赤い尻尾を振って反転し、林の奥へと歩き去っていく。


「……追いかけよう」


 反対する者はいない。方向を変え、さらに深く木々の生い茂るほうへと踏み込む。


 少し歩を早めてみるが、虹色馬との距離はなかなか縮まらない。いきなり駆けだしたらどうしよう、と焦る気持ちもあるが、むしろ向こうがこちらの歩く速度に合わせているような気がする。ときどきこちらを振り返り、ついてきているか確かめている。


 やがて開けた場所に出る。色とりどりの草花がぼんやりと光る美しい野原だ。


 虹色馬は野原の中心に佇んでいる。そのまま奥のほうにゆっくりと、まるで幽霊のように、草花の上を滑るように歩いていく。風で草花が揺れると、、夜光虫かなにか、白い火の粉のような光が舞う。まるで絵画のような風景だ。


 やがて奥にそびえる岩壁――かなりの高さのあるそれの手前で足を止め、首をもたげて一度千影たちを振り返る。なにかを語るかのような目だ。その身体が白い靄のような光の塊へと姿を変え、ひゅんっと一筋の線を描いて岩壁の上を跳び越えていく。


「……なんだったんだ……?」

「……あの上になんかあるのか……?」

「――ホ・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ア・アッ!」


 びっくりして思わず耳をふさぐ。突然、林の中から、なにか甲高い悲鳴にも似たおたけびが響いてくる。


 嫌な予感しかしない。


 ずずん、と地面が揺れる。ずん、ずん、と重たい音がそこかしこから聞こえてくる。


 プレイヤーを一年以上やってきて、なんとなくわかったことがある。クリーチャーたちの声の種類というか。威嚇するときの声、怒りを表す声、恐れや怯みを表す声、そして――仲間を呼ぶときの声。たぶんだけど、さっきのは一番最後のやつだ。


「……みんな、集まって……」


 千影が指示せずとも、みんなが野原の中心部まであとずさり、陣形をとる。

 音――足音だ、それが林の奥から近づいてくる。無数のそれが重なって地鳴りのように聞こえる。


「……おわっ……」


 奥山が悲鳴をあげる。彼の足元を見ると、草花の下に、骨が剥き出しになったボロボロの腕が転がっている。

 腐ってはいない、バクテリアに融かされた感じもない。まだ新しい食い荒らされた死体。

 つまりイベント開始後、千影たちより先にここへ来たプレイヤーがいたのだ。


「……さっきのやつ、まさかのトラップ……?」


 あんな思わせぶりな神々しい感じ出しといて、プレイヤーホイホイ的な?

 だけど、逆に言えば――タマゴが近い?


「……来るぞ……」


 直江がバトルメイスを手にとる。千影も刀を抜く。


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