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4-2:アナグマンパレード

「嬢ちゃん、俺らの荷物もいくらか持ってくれて助かるぜ」

「だいじょぶか? 重かったら兄ちゃんたちに言うんだぜ」


 後ろで中野奥山がギンチョに声をかけている。なんというか、張り合っている感満々だ。


 プレイヤーとしては二人のほうが先輩で、レベルも一つ高い。けれどギンチョは超絶レアなアビリティを持っている。それが二人を刺激したようだ。九歳児に張り合う〝赤羽の英雄〟。


 ちなみに、ギンチョの【ザシキワラシ】については正直に共有済みだ(ネットでも存在を知られているし)。

 だが、【グール】については経緯が経緯だけに、赤裸々に語ることははばかられた。申し訳ないがひとまず内緒にしておき、必要があればのちほど他言無用で共有することにした。万が一があれば千影と直江が率先して対応すると直江にも承認済みだ。


 ひっきりなしにつっかかってくるザコ敵を露払いしつつ、まずは拠点から西南西にある湖に向かう。直径にして一キロほどもある円形の湖の周りでは、多くのプレイヤーがザコ敵と戦ったり、いかにもなにかありそうな中央に浮かぶ小島を双眼鏡で眺めたりしている。


「人多すぎ……」


 このあたりにタマゴがあるとしても、あれだけライバルがいるとちょっときつい。


「やっぱりアナグマの巣窟に行ってみようか」

「はう! くまさん!」




 アナグマの巣窟――岩壁に囲まれた殺風景なエリアだ。


 無数の横穴に行く手を阻むPアナグマが絶えずこちらを窺っている。やつらは警戒心が強く、向こうから積極的に襲ってくることは少ないが、こちらからちょっかいを出したり巣窟の奥に入ろうとしたりすると、他の頂点捕食者以上の獰猛さで一斉に外敵を排除しようとする。以上、ダンジョンウィキより。

 一体の殺傷力はPラプトルにも及ばないヨフゥでも最弱クラス――だが、それがわんさか群がってくれば脅威以外のなにものでもない。


「ぎゃわーーー! かわいくないーーー!」


 ギンチョが泣きさけんでいる。当たり前だ、なにを期待していたんだ。


 最初はちらほらと穴の外に出ているなという程度で、らしくもなく襲いかかってくるので千影とテルコで斬り伏せた。そのまま奥地へと進んでいったところ、突然横穴からわらわらと飛び出してきて、あっという間に千影たちを囲みはじめた。群がりかたもいつもの三倍になっているPアナグマの軍勢はもはや渋谷のハロウィン状態。前に進むどころではない。


「いったん退こう! 僕とテルコが殿で!」


 目の前の数体を蹴散らしたところで、遥か前方に同じように囲まれている二人組のプレイヤーの姿が垣間見える。おたけびをあげながら武器を振り回しているが、これだけの多勢でもつだろうか。


 いや、他人の心配をしていられる余裕はない。迷うな、自分たちの安全が最優先だ。


 それにしても〝相蝙蝠〟、本当によく斬れる。こんなこと言うと物騒だが、ちょっと癖になる。

 このレベルの敵なら「攻撃をはじく」のと「相手にダメージを与える」のを一手でこなせる。両手で振るうことで手数は単純に倍、ひっきりなしに襲ってくる敵勢にもどうにか対応できている。

 とはいえ、左手のほうはすぐにはものにならないだろう。まだまだぎこちない。


 自分には才能がある、なんてことは思わない。

 それでも――この一年半、たった一人で黒のエネヴォラを追うためにくぐり抜けてきた死線が、確実にこの身体に刻み込まれている。

 

「テルコ、五秒稼いで!」


 きっちり五秒、最短チャージの威力を抑えた【イグニス】。放たれた火の矢がPアナグマ数体を巻き込んで燃え上がる。怯んでいる隙に、一気に後ろに戦力を集めて後退する。縄張りから外れれば、やつらはそれ以上の追撃してこないだろう。


「よし、このまま――」


 ふと、視界の端になにかが光ったように見える。

 奥のほう、さっきの二人組のいるほうから光ったようだ。

 その瞬間、頭上を影が通りすぎる。すたっと千影の目の前に降り立ったのは直江だ。


「……先に外に逃げとけ……」


 それだけ言い捨てると、両手にバトルメイスを携え、炎に怯んでいるアナグマの前列へと飛び込んでいく。


「ちょ、直江さん!」


 まるで小型の竜巻のように、二振りのバトルメイスがアナグマたちを蹴散らし、ひねりつぶしていく。そのまま奥へと進んでいく。

 跳び上がり、踏みつけ、さらに高く跳躍したかと思うと――アナグマへとかざした左手から螺旋状の白い衝撃波のようなものが放たれ、数体をまとめて蹴散らす。


「――え?」


 今の、スキルだよね? ドリル具現化の【コルヌリコルヌ】。

 いつチャージしてた? 敵陣に突っ込んで思いっきり武器振り回して、いきなり跳躍してそのままぶっ放した。

 威力は低かった。チャージしていたとしてもほんの数秒だろう。

 だけど、その数秒ぶんをいつ? 突っ込む前?

 だとしても武器ブンブンやっていた時点で解除されるだろうし。


「タイショー!」


 一瞬のぼんやりをアナグマたちは許してくれない。左右から牙を剥いて襲いかかってくるアナグマを斬り伏せ、「集中しろ」と自分に言い聞かせ、目の前の敵に思考を戻す。


 どうにか岩場のエリアから脱出すると、案の定アナグマはそれ以上追ってこようとはしない。まるでその入口に見えない境界でもあるかのように。


 仲間たちに押される形でそこから漏れた数体が、やるせなくのろのろと近づいてくる。斬り捨てるとそれ以上の追撃はなく、そのまま千影たちは林の中まで後退する。


「いやー……激闘だったぜ……」

「ああ……またしても伝説が生まれた……」


 直江が抜けた負担をもろにかぶった中野奥山のくたびれっぷりは、見ていて多少気の毒になるレベルだ。このまま上がりたい感じになっている。


 ほぼ無傷のよしきは余裕がありそうだが、千影とテルコは擦り傷なり引っ掻き傷なりで結構疲弊している。ギンチョが応急手当キットをとり出す。


「つーかタイショー、ナオエのネーチャンはどこ行ったんだ?」

「ミリヤおねーさん、しんぱいです……」

「いやまあ、あの人ならだいじょぶだと思うけど――」


 と、岩場から飛び出してくる影がある。直江だ。両脇に人を抱えている。奥のほうで奮闘していた二人組だ。草の上に座らせ、木にもたれさせる。


 二人とも若い日本人の男だ。全身血と泥で余すことなく汚れている。髪はぼさぼさ、防具は剥がれ落ち、衣服はちぎれ、噛み傷やら切り傷やらで痛々しく肉が裂けている。意識はあるようだが、このままだと結構危ない。


 直江は二人を助けに出たのか。

 意外だ。顔見知りだったりするのだろうか?


「……おい、起きろ……」


 直江の横顔には、知己に声をかけるような親密さはない。普段から無表情だけど。

 二人は小さくうめき、わずかに目を開ける。瞳だけがきょろきょろと動き、自分たちが助けられたことを悟ったのか、大きく息をつく。


「……貴様ら、タマゴを持っていたな……?」


 千影たちが息を呑む。

 マジで? この人たち、もうタマゴ見つけたの?


「……一瞬キラッと光って見えた……あれは動画で見たタマゴだ……答えろ……どこで手に入れた……?」


 息も絶え絶えながら、二人は口をもそもそと動かす。


「……さっきのとこで、大きな横穴があって、でかいアナグマが……」

「……そいつを倒したら、その奥の岩陰にタマゴが半分埋もれてて……」

「……手にとって外に出たら、急にアナグマが襲いかかってきて……」

「……ありがとう、死ぬかと思った……」


 なるほど、さっきのアナグマパレードは「タマゴがプレイヤーに見つかった」フラグだったのか。タマゴを持つ者を察知し、より獰猛になって襲ってくる――事前情報のとおりだ。


「……貴様らはこのままじゃ死ぬ……【フェニックス】か【ウロボロス】はあるか……?」


 直江の問いに、二人は小さく首を横に振る。


「ボスアナグマとやり合って、そのあとザコどもにもやられて……全部使っちまった……」


 直江は乳にスラッシュしたボディーバッグを漁り、銅色のシリンジを二本とり出す。


「え、直江さん……」


 その人たちやばいけど、打ってあげるの? 貴重な回復系シリンジを?


「……貴様らの傷は浅くないし、血も失っている……そして、ほっとけばまたクリーチャーがタマゴ目当てにやってくる……だから、タマゴをボクたちによこせ……」


 なるほど。


「……そうしたらシリンジを打ってやる……」


 交換条件というわけか。命と。

 単純な金銭的価値で言えば、【ウロボロス】二本でも釣り合わないかもしれない。けれどこのままだと死ぬ。そして死人には金もタマゴも無価値だ。


 二人はわずかに首を動かし、顔を見合わせる。そして――首を横に振る。


「……もうない……アナグマにとられちまった……」

「……目の前で、一口で食われちまったよ……」


 千影は肩を落とす。隣のテルコたちも重々しく息をつく。

 嘘はついていないだろう。この状況でつくメリットはないし、今も持っていたら境界で止まっていたアナグマたちも間違いなく追いかけてくるだろう。

 そういえば、あのときの光。あれがタマゴだったのか。

 直江もそれに気づいて、彼らが持っていることに気づいて、助け出したのか。本人の言葉どおり、恐ろしく早い決断と行動だった。これがトッププロか。


 直江は数秒押し黙る。頬に返り血のこびりついた横顔は、恐ろしいほどに冷たく無表情だ。彼女が口の中で小さく舌打ちするのを千影は聞き逃さない。


 二人の襟元からプレイヤータグを引きずり出し、プレイヤー名とID番号をスマホに控え、立ち上がる。そして、二人の腹のところにぽんっと銅色のシリンジを二本落とす。


「……【フェニックス】だ……これでも打って、そのまま拠点に戻れ……もちろんタダじゃない……生きて戻れたら、【フェニックス】四本かそれと同等の金額を払え……名前は憶えたから、管理課を通して請求する……いいな……?」


 二人は頭を落とすようにうなずく。


 直江が振り返り、一同を見渡す。無表情のまま立ち上がり、なにごともなかったかのようにギンチョのそばに腰を下ろす。




 簡単な手当が済み、二人も【フェニックス】で多少回復したのを見届けて、千影たちは別の場所に移動する。そのまま森の中を北東に向かい、タマゴのありそうな場所をさがす。


 これで四十七個のうち、一つは失われた。

 残りは最大で四十六個。


 他のタマゴはどうかわからないが、タマゴの前にはボスアナグマ? とかいう強敵がいる場合がある。タマゴを見つけたあとも大量の敵に襲われるような危険も伴う。

 そして、参加者がシリンジガチャのコインを得るには、このうち十二個以上を守りきらなければいけない。


 甘くないわ、やっぱ。

 あの危険度だとしたら、確かにレベル3だけのチームじゃきつい。


「つーか……ギンチョが行きたがった場所に、マジでタマゴがあったわけだ」

「ぶへー」


 偶然かもしれないし、座敷わらし様のお告げだったのかもしれない。いまいちはっきりしないところが余計怖いので、両手でギンチョのほっぺたを挟んでぶにぶにする。


 ギンチョの隣を歩く直江が恨めしそうに千影を睨んでいる。ふと思うところがあり、千影はギンチョごと直江のほうに向き直る。思いがけず首を回されたギンチョが「もべっ」とか言う。


「直江さん」

「……ああ……?」

「えっと……さっきなんですけど、あの二人を助けに行ったとき……」

「…………」

「もしかして、ほとんどノーチャージでスキル使ってませんでした? チャージ方式でしたよね、あのスキル……」

「…………」

「それとも事前にチャージしてたんですか? ああいう使いかた、よくわかんなくて……」

「…………」


 直江は無言なので、ギンチョに耳打ちし、目をキラキラしてもらう。直江に注がれるチビっこの純粋無垢な視線のレーザービーム。直江の頬がぽっと赤く染まる。


先日、渋谷のハロウィンに行ってまいりました。

楽しかったですが、いろんな意味で「人間の行くところじゃない」と思いました。


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