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2-8:もぐもぐノブ

「サ――」


 反射的に千影が呼びかけるも、サウロンは躊躇うことなく引鉄を引く。


 そして、銃声が響――かない。


 その銃口から、ぴゅーっと水が放たれて、ほんのり光る謎のお兄さん? の頭にぷしゃーっと降りかかる。


「あひゃひゃ! びっくりした? クリビツした? こないだの夏祭りで仕入れたサウロンガンさ! こないだこれにジュース入れてちゅーちゅー飲んでたら部屋中べちょべちょになったけどね!」

「……サウロン」


 頭の中で声がして、びくっとする千影。なんだ、今の?


地上(アウェー)に出てきた光子体のお前とはいえ、初めてじゃね、僕がお前の裏とれたの? よっぽどそこのカワイコちゃんとのおしゃべりに夢中だったのね、むひひ」

「ぐうの音も出ない、というのはこういうことかな。サウロン」


 やっぱりだ。サウロンと会話しているらしきその光るお兄さんの声、頭の中に直接聞こえてくる。こういうのをテレパシーというのだろうか、当然初めての経験だ。


「それはともかく、完全にルール違反だね。僕との約束を完璧に破った。はっきり言って僕はスーパーゴッドおこだよ。今すぐ消えてくんなきゃ、僕のほうがこの星から消えてやる」

「それは困る。ダンジョンにもプレイヤーにも、案内人の君は必要不可欠だ」

「密会するならさ、せめてもう少し人気のないロケーション選べよ。この荒川赤水門緑地、ポータルに近いしカップルやら釣り人やら夜も結構人が来るのよ。見つかったらどうすんのよ、そのガイコツキーホルダーみたいなほんのり発光ボディー」

「今度はもう少し光度を落とすよ」

「だから今度はないんだっての。僕としては感傷的になるのもわかるけどさ、お前はもうこの星の〝ダンジョンの意思〟なんだ。きちんと役割を全うすることだけを考えろ」


 光るお兄さんは小さく首を振り、立ち上がる。そして――その身体が無数の光の粒に分解されていく。


「――……君の選択を見守っているよ、テルコ」

「…………」

「そして――テルコをよろしくね、ハヤカワチハゲ」

「千影です」


 テレパシーで間違えられるのもテレパシーにツッコむのも初体験。

 ふわっと風が吹く。光の粒がそれに乗って散り散りになり、闇の中に融けていく。そうして男の身体は消えてなくなる。


「……さて、君が【キメラ】のテルコちゃんだよね? ウィルとなにを話してたの?」

「えっと……」と千影。「ウィルって、やっぱそういうこと? なんで? なんなの?」


 話の流れからしてそんな気がしていたけど、本物の〝ダンジョンの意思〟か。地上に現れて、人類と接触した? しかもよりによってテルコに? わけがわからない。


「悪いけど、諸々の説明はあとでね。あいつにも一応尋問するけど、信用できないからテルコちゃんにも確認させてもらう」


 サウロンに促されるまま、テルコはここで起こったことをぽつぽつと話しはじめる。ウィルに呼ばれてここに来たこと、ノブの名前がリストになかったのは「テルコの中に生きているから」ということ、そしてテルコにウィルが個人的? 興味を持っていること――。


 テルコは終始うつむきがちで、身体は小刻みに震え、声は抑揚がなく、顔色も悪い。無理もない、突然の未知との遭遇に加え、最愛の人を生き返らせられない事実を突きつけられたのだから。早くうちに連れて帰らないと。


 話を聞き終えると、サウロンは立ち上がり、腰を伸ばして長くうめく。腰痛持ちだっけか。


「……悪いんだけど二人とも、ここであったことは他言無用でね。特に公式には絶対内緒。むしろチクったら君らが一番面倒なことになるからね。ウィルと接触した人類は君らが初めてのはずだから、どんだけ騒ぎになるか想像もつかないし」

「は、はう」


 よくわからないが、とにかくこれ以上の面倒はごめんだ。現状でもいろいろありすぎていっぱいいっぱいなのに。


「そのノブの件も、僕がダンジョン案内人として補足説明したってことで。ここで会ったのは荒川の怪談『荒川赤水門緑地に出る川底に沈んだ哀れなコーネル・サンダースの霊』とでも思っといて」


 テルコの身体がぐらりと揺らぐ。慌てて千影が抱き止める。耳元で呼びかけるも返事はなく、意識は朦朧、息も絶え絶え、体温もびっくりするくらい高い。


 千影はテルコを背中におぶって立ち上がり、急いでアパートに向かう。背中にかかる肉圧から理性を守るために素数を数え続けるのも忘れない。




 留守番していてくれた中川とギンチョに手伝ってもらい、テルコをベッドに寝かせる。半泣きでテルコにぴったり寄り添うギンチョをそのままに、中川にざっくり事情を説明する。サウロンに要請されたとおりの筋書きで。


「……よくわかりました。若干腑に落ちない気もしますが、ともあれこれで、テルコさんがタマゴを求める理由はなくなったということですね。残念ながらと言うべきか、それともこれ以上さらに苦労を重ねずに済んでよかったと思うべきか」


 千影としてもまだ呑み込めていない部分もあるし、動揺というか浮ついた感じも残っている。とはいえ、他ならぬダンジョンの運営者がそう言ったのなら、やはりノブの再生は諦めるしかないということか。


 ただ、まだ一つだけタマゴを狙う動機が残っている。イリウスの提案。タマゴと引き換えにテルコの自由を買う、と。


 むしろノブの線が消えたことで、動機は一本化され、明瞭になった。けれど、実際にその約束がどれほど信憑性のあるものかという点は甚だ疑問だし、むしろそれだけを目的に危険に首を突っ込むというは余計気がひける。


 千影はちゃぶ台に突っ伏して頭を抱える。はーーーっ、と長いため息をつく。


 ていうか、テルコのメンタルが心配だ。命がけで果たそうと誓った目的をとり上げられたわけだし。


 となると、彼女は無理を押してまでイベントに参加しようとはしないかもしれない。ますます戦力的に手薄になるチーム早川(仮)。


 そしてますますしぼんでいくタマゴを狙うモチベーション。これが血気盛んな主人公的性格なら「人類初のロマン求めて大冒険だぜ!」と意気込むところかもしれないが、そうならないのは早川千影の性だから。SAGAだから。


 やっぱりもっかいイリウスと密談しないとかなー。あのおっさん怖いから嫌なんだけど。確約がもらえればがんばれるけど、ブラック国家の中間管理職にどこまで要求したものか。


「……早川さん、だいじょぶですか?」


 頭から煙が出そうなほど悩んでいると、中川に心配される。


「テルコさんが起きそうになければ、僕もいったん帰ろうかと思います。彼女の目が覚めたら、また連絡してください」

「あ、はい。いろいろすいませんでした、ありがとうございました」


 中川を玄関まで見送ってから居間に戻ると、千影のスマホがぶんぶんとバイブしている。画面には意外な人物の名前が表示されている。


『……ボクだ……』

「ボスかよ」


 直江ミリヤだ。


『……貴様に話がある……貴様ごときに通話料を払うのは業腹なので、無料通話の十分以内に終わらせる……』

「プラン知らんけど了解です」


 彼女が千影に電話をかけてくるのは珍しい。ギンチョとはときどきLIMEで通話していて、以前たまたま『……ギンチョは何色のパンツが好きなの……?』などと聞こえてきて本気で110番を悩んだこともある。


『……単刀直入に言う……今度のイベント、貴様らも手を貸せ……』

「は?」

『……タマゴを手に入れる……貴様らのぶんも手に入れてやる……だからギンチョの力を貸せ……貴様も邪魔をしないならお供に加えてやる……』

「……えーっと……?」




 きっかり十分以内に通話は終わる。


 千影が寝室を覗いてみると、テルコは依然ベッドに横になっている。ギンチョはその傍らに待機して、じっとテルコから目を逸らさずにいる。「おきたときにげんきがでるように」ということで枕元にはギンチョ秘蔵のカップ麺やらポテチやらビーフジャーキーやらが大量に並べられているが、よかれと思っているチビっこに「それで回復するのはお前くらいだぞ」とは言いづらい。


「……ちーさん」

「ん?」

「テルコおねーさん、はやくげんきになるといいです」

「そうだな」

「ジャーキーたべたらげんきでます」

「寝てるやつの口に無理やり突っ込もうとするな」

「マーマはこれでたべてくれました」

「マジかよタカハナさん」


 などとやっているうちに、テルコの目がぱちっと開く。


「テルコ」

「おねーさん」


 テルコは口にくわえさせられたジャーキーをそのままもぐもぐと咀嚼しつつ、気だるげに上体を起こす。天井を、部屋の中をきょろきょろと見回す。


「(寝起きでそんなもん食って)だいじょぶか?」

「……えー………………ここどこ? もぐもぐ」

「は?」

「んで……オタクら、どなた様? つーかジャーキーうめえ」


 ジャーキーをくちゃくちゃしながら苦笑いするテルコ。ジョークを言っている風ではない。


 千影はくらっとめまいがして、床に尻餅をつく。


「まさか……また……記憶喪失……?」


 さっきのショックで?

 これまでさんざんがんばってきて、ここへ来て、また振り出し?


「いやー、えっと……つーか()、なんでおっぱいあんの?」


 不思議そうに自分の胸を揉みしだくテルコ。


「うおっ、本物? ()()()()()でかくね?」

「……あー……」


 千影はため息とともに理解する。


 なるほどね、そういうことか。


 なんてこった。そんなんありかよ。


 ウィルの登場で、もう大抵のことには驚かないと思っていたのに。


「もしかして……ナガオノブテルさん、ですかね……?」


 テルコの顔をした彼は、胸から顔を上げ、こくりとうなずく。


「そっす、()()()永尾信輝っす。んで、オタクらは?」


 ありえないがてんこ盛りすぎて、もういっそ寝袋と合体して冬頃まで芋虫になっていたいという欲求を振り切り、半ば八つ当たり気味に中川に電話する。

 家に着いてこれから風呂に入る予定だったという中川は、千影の話を聞き、こふこふと苦笑いの声を漏らす。


「早川さんの言ったとおりになりましたね」

「え?」

「『ダンジョンウイルスには僕らの常識など通用しないのが現実』ということです」

「ですね(白目)」

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