1-5:あいつは死んでない
千影と中川で破壊の残骸を適当に壁際に寄せ、スペースをつくる。千影と中川がそこに腰を下ろし、明智は窓際に立ち、ギンチョはベッドの上に座るテルコの隣に。そしてぎゅっと抱きつく。テルコは苦笑して、愛おしそうにその頭を撫でる。
中川がタブレットを操作し、千影たちに画面を見せる。そこには若い男性の顔が映っている。
「ノブテル・ナガオ。IMODのプレイヤーです。日本人の」
「えっと、あれ……?」
日本人はIMOD側に登録できないって聞いた気が。
「正確には、日本と米国の二重国籍者です。彼は日本人の両親から米国で生まれ、八歳で日本に帰国しました。二十二歳までに国籍選択をする必要があるのですが、彼は今年で二十歳、国籍はまだ未選択でした。こういったケースの場合、日本は諸々融通が利かないところがありまして。D庁での免許取得には外国国籍からの離脱をして重国籍を解消する必要がありますが、IMODでは加盟国の国籍を有していれば免許を取得することができます。この場合は米国がそうですね」
画面の中の彼は、ちょっと苦笑いをしているようにも見える。控えめに言ってかなりイケメンだ。きりっとしたハンサムというよりは、今流行りの柔和なフェミニンっぽい顔立ち。自他ともに認める凡人フェイスの千影としてはレベルが違いすぎて嫉妬すら起こらない。
どこかで見た憶えがある。まあ、これだけイケメンだとすれ違っただけで印象に残るかもしれない。
「高校を数カ月で中退し、プレイヤー免許を取得。公式的にはレベル4となっています。ソロで三年半ほどでレベル4ですから、まずまず順調と言えます。ちなみに僕は一年七カ月でまだレベル2です。本業が忙しくてと言い訳させてください」
「はあ(中川さんほぼ同期か)」
「彼はチームを組まず、ソロで活動していました。IMODの管理課のほうに、わりとまめに活動報告していたようです。最後にダンジョンに入ったのが八月四日、それ以降の音沙汰はなく、自宅にも帰っていない。両親から失踪届が出されています」
「てなると……アプデの日もダンジョンにいたってことですかね?」
「そうなりますね。ちなみに両親と妹の四人家族、仲は良好だった模様です。IMODにいる知人からヒアリングできた情報はこれですべてです」
エリア16から見つかったタグの中に、彼のものがあったという。ということはやっぱり、そういうことなのだろうか。
テルコがそのタブレットを受けとり、彼の顔を覗き込む。
「去年の三月、ダンジョンでノブと出会った。エリア11でピンチだったところを助けられた。それ以来なんとなく、時間を合わせてダンジョンで会うようになって」
思い出をその画面になぞるように、目を細める。
「〝ワーカー〟としてダンジョンで働くのが嫌で、ずっと自由になりたいって思ってた。ノブと二人でアイテムを稼いで、立場を強くすればそれが叶うと思ってた。そんなとき、教官にノブと一緒にいたのがバレた。うちは他の国のプレイヤーとの接触禁止だったから、罰として同胞の監視がつくことになった。それで逃げ出したんだ」
ギンチョがしがみつく手にぎゅっと力を込める。テルコはその背中に手を回す。
「ダンジョンで一人で生きていくつもりだったけど、あいつはそれでも一緒にいてくれた。エリア16の人気のないところに洞穴を見つけて、そこがオレたちの隠れ家になった。二人で冒険して、アイテムや金を稼いで、クリーチャーの肉でバーベキューとかしたり。日本語もほとんどあいつから教わった。タブレットでいっぱい日本のアニメ見せてもらってさ。あいつ、オタクだったから。いや、ヲタクだっけ」
「そうですか、アニヲタでしたか」
なぜか中川がしみじみしている。
「誰にも縛られず、自由で、一番大事なやつと二人っきりですごせた時間だった。人生で一番、幸せな時間だった。それが終わったのは……あの日、ダンジョンのアップデートの日……」
そこで言葉が途切れ、部屋に沈黙が満ちる。いつの間にか明智がタバコに火をつけていて、割れた窓の穴から煙を吐き出している。
「彼がすでに死亡しているとなると……テルコさんの現状を打破する材料が、また一つなくなったことになります」
中川が眉間をひそめてそう言うと、テルコは小さく首を振る。
「あいつは……死んでないよ」
「どういう意味ですか?」
「オレの中にいる」テルコは胸に手を当てる。「――オレと一緒に生きてる」
千影と中川が顔を見合わせる。自分で言った言葉にはっとして、テルコが赤ら顔で慌てて訂正する。
「あ、いや、そういう意味じゃねえし……そのまま、言葉のとおりだ。オレの中にはあいつがいるんだ」
「えっと……どういう意味?」
「……オレが持ってたのは、【バフォメット】じゃない。別のアビリティだ」




