1-4:テルコ大暴れ
八月十七日、木曜日。
直江のノルマ達成、クエストが完了する。それまでに千影たち回収できたタグは、全部で十五個だった。
D庁発行のものが七つ、IMOD発行のものが八つ。表面が融けていたりこすれていたりして名前が読めないものが多いが、中のチップさえ生きていれば識別できるはずだ。
それをポータルの管理課に渡し、連絡口から外に出たところで中川に電話をかけてみる。受話器越しだとこふーこふーという吐息がいっそうはっきり聞こえてくる。
「エリア16でタグを拾ったんですけど……えっと、あそこでの殉職者の中に……テルコの言ってた人がいたりして……」
『なんと、あんな危ないところで……』
「まあ、直江さんと一緒だったんで……わりとなんとかなりまして……」
『お気遣いいただいてありがとうございます。えっと……すいません、僕のほうからお話をしてもよろしいでしょうか?』
「あ、はい」
『一昨日にはテルコさんの体調も回復しまして、合意の下でD庁所属の男性プレイヤーの画像リストをチェックしてもらいました。とりあえず三十歳未満と仮定して、全員ぶんの顔写真を一枚一枚……』
「それ……何枚あったんですか……?」
『ざっと五千枚といったところですね』
「ひええ」
テレビドラマの犯罪捜査とかでよく聞くシチュだけど、五千人ぶんって。自分だったらちょっと勘弁。
『タブレットで一人ずつしゅるっしゅるっとスライドしてチェックしていく感じで、ベッドに寝っ転がりながら、ピザをつまんでコーラを飲みながら』
あ、意外と楽ちんそう。
『ちなみに、早川さんもリストに入っていたそうで。目半開きの顔を見て爆笑していたそうです』
「その情報はいらないです(つーか抜いとけ)」
『その結果……ぴんとくる人物は一人もいなかったそうです』
「……へ?」
マジで? 一人もいなかった?
今までのテルコからすると、そのリストの中にその彼がいたとしたら、その顔を目にしたのだとしたら、彼女自身になにかしら変化とか反応があってもおかしくないはずだ。
なのに、一人もぴんとこなかった?
「リストの中に……その人がいなかったんですかね……?」
『彼女を信じるのであれば、その可能性が一番高いのでしょうね。他にもいろいろと考えられますが……今は対象年齢を上げたリストの準備中ですが……』
こふー、と中川がため息をつく。口には出さないが――テルコを疑っている部分もあるのかもしれない。
「あ、じゃあ……やっぱり、失踪者とか殉職者とか……今日僕が拾ってきたタグの人は……?」
『残念ながら、それも含めてすでにチェック済みなんです』
「え?」
『今回のリストは、テルコさん――ケイトさんが免許を取得した日時以前に殉職が確認された人物のみを除外してセグメントしました。つまり、それ以降の殉職者や失踪者はリストアップの対象内です』
「えっと……」
『つまり、早川さんにタグを拾っていただいた人のぶんも、三十歳未満であればリストには含まれているかと』
千影は思わず壁に寄りかかる。隣のギンチョが不思議そうに見上げる。
じゃあ……鳥ゲロを漁ってまで見つけてきたタグも、可能性は低いということか。むしろ喜ぶべきなのか。
「そうなると……残りの可能性は、プレイヤー未登録の一般人とか……?」
『その可能性は低いと我々は見ていますが……プレイヤー以外で考えるのは、次のリスト次第ですかね……』
とにかく、日本人プレイヤーの中には該当者はいないということか。
ダメだ。もうわけわかめ。徒労感と無力感で脳みそが停止しそう。
「IMOD側に登録してる日本人って……いないですもんね……」
『日本はIMODには未加盟ですからね。条約や法律など、共有や協力をしている部分はありますが。日本国籍を持つプレイヤーはすべてD庁で――』
そこで中川の声が止まり、しばらく沈黙が続く。こふー、こふー、と吐息だけが聞こえる。
「……中川さん?」
『……僕はアホですね。こっちのリストが全滅した時点で、その可能性に気づくべきでした。グズでノロマで役立たずのブタです。ヘビィじゃなくてブヒィです』
「えっ、怖い怖い。急になにモード?」
『またご連絡します』
千影の返事を待たず、通話が切れる。気になるが、とにかく続報を待つしかない。
「とりあえず、夕メシでも食うか」
「きょうもやきにくですか?」
「少しでいいから肉に飽きろ」
午後十一時すぎ、中川から電話がかかってくる。ギンチョはすでに寝室に入っていて、千影も寝袋に片足だけ突っ込んでだらだらとスマホでダンジョンウィキを読み漁っていた。
『すいません。今すぐ来ていただけませんか? 住所はメールで送ります』
「今すぐ? 今から?」
『はい、夜分遅くで申し訳ないですが』
「後ろがめっちゃ騒がしいですけど。さけんでる声も聞こえますけど」
『テルコさんがちょっととり乱してまして。レベル3の方を止められる人員が近くにおらず。このままだと敷金が大変なことに』
「なるほど」
そのままぶつっと通話が切れる。よくわからないが大変らしい。
寝室を覗くと、ギンチョはすでに寝ている。声をかけると目を覚ましてむにゃむにゃ言う。上着だけ羽織らせ、二人で家を出る。
指定された住所はポータルに近いマンションの一室だ。ギンチョがやっぱりおねむなので、しかたなくおぶって小走りで向かう。
新しくも古くもない、日本中どこにでもありそうな普通のマンションだ。オートロックがついている。インターホンを鳴らすと、中川が疲れた声で応じ、ドアを開けてくれる。
エレベーターで五階まで上がると、廊下に中川が立っている。シャツは破れ、髪はいっそうぼさぼさになり、頬には引っ掻き傷がある。メガネはかけていない。
隣には明智もいる。さっきちょうど駆けつけたそうだ。同じように走ってきたのだろう、シャツが汗で貼りついている。日頃の仕返しにエロい目で見ておく。
中川は簡単な挨拶だけして、すぐ中に通してくれる。外務課が借り受けているいくつかの物件のうちの一つらしい。中は1DKで、奥の部屋にテルコがいる。ベッドに膝を抱いて座っている。
部屋は無慈悲な破壊が尽くされ、足の踏み場もない状態になっている。本棚は倒され、テレビの画面は割れ、カーペットはちぎられ、破れた枕から羽毛がこぼれ、テーブルは割れ、窓も割れ、壁にはいくつもの拳の穴がある。
自分には真似できないな、と千影は思う。器がミニマム級なので、値段とか後片づけのこととかを先に考えてしまう。
「……よお、タイショー。久しぶりだな」
テルコが顔を上げる。頬に涙の跡がある。
「ヘビィ、悪かったな。もう落ち着いたよ。壊しちまったものもベンショーするからよ。身体でもなんでも使って」
「それはともかく」ごふっ、と咳き込む中川。「先ほど、早川さんがお持ち帰りになったタグのプレイヤーについて、彼女に顔を確認してもらったところ……急にこんなことに……テルコさん、記憶が戻った、ということでよろしいでしょうか?」
マジで?
拾ってきたタグの中に、やっぱり彼がいたってこと? 先にチェックしたリストに含まれてたんじゃなかったの?
中川の問いに、テルコは少し間を置いて、うなずく。
「――おかげで、全部思い出せたよ。あいつのことも、あの日なにがあったのかも」




