1-3:才能ウィメン
「ちーさん、いままでとぜんぜんちがうきがしました。うごきがすごかったです、ミリヤおねーさんみたいっていうか……」
お、そこに気づいちゃった? さすがだね、うちのチビっこは。天才だね、目のつけどころがシャープだね。
気づいちゃったならしかたない。そう言われちゃったらしかたない。勝利の美酒という名のアドレナリンがドバドバで変なテンションなんでね、いいでしょう、おにーさん説明しちゃおう。
「【ヤタガラス】の効果だよ。自分でもびっくりしてるけどね」
「バランスかんかくのきょうか、ってやつですか?」
「うん。亜人系とか以外だと結構貴重なんだよね、こういう能力強化系って」
【ベリアル】を投与した人は漏れなく筋力などの身体能力が劇的に向上する。それに伴い、知覚や神経との連携作業というか、「パワーめっちゃ強くなるけど、ちゃんと思ったとおり動けまっせ」という程度には感覚も最適化される。急に速く鋭くなった動きに身体や感覚がついていかない! というようなことはない。
大抵のプレイヤーは、その筋力やバネを生かしてバック転や片手倒立くらいはできるようになる。ぴょんぴょん飛び跳ねたり木や崖によじ登ったり、忍者で言えば下忍や中忍レベルのアクロバットは大抵身につく。
ただし、そこから上忍、あるいは伝説級の忍者にまで到達できるかは、あくまで個々人の資質や努力量次第になってくる。空中でヨーヨーのごとく回転したり自在に身体を動かす感覚、不安定な足場でなにごともなく立ち回る感覚、不利な体勢からでも瞬時に別の行動に切り替えられる感覚など、そういった最適化されたセンスは誰しもが一朝一夕で身につけられるわけではない。
そんな平凡で経験も少ないあなたに、ほら、電子レンジの中に完成品が――的に提供されるのが【ヤタガラス】。シリンジを一本ぷしゅっとしただけで、下忍だろうと中忍だろうと一瞬で超一流ニンジャのソウルを宿すことができる逸品というわけだ。
「まあ、レベル5とか6とか行っちゃってる人は、才能も経験もてんこ盛りだから、【ヤタガラス】なしでもある程度ナチュラルにできちゃってたりするけど……」
なので、「バランス感覚強化」という地味な字面と、プレイヤーたちの「そんなもんなくても自前でいけるっしょ」という慢心的な楽観主義も相まってか、「あればそりゃ嬉しいけど、でもレア度お高いんでしょ」的な感じで、その評価は実際の効力よりも若干低く見積もられている感がある。獣人系の亜人化アビリティで代用が利く点もあったりする(そちらのほうがよっぽどレアだが)。
「でもまあ、僕みたいな歴の浅い中堅にはドンピシャでありがたいんだよね。さっき見てもらったとおり、回避動作も迎撃の速さと力強さも、これまでとは段違いだったし。タイプ的にも僕とは相性いいって前から思ってたんだけど」
説明が長かったせいか、あんまりぴんときていないギンチョ。犬みたいに小首をかしげている。
論より証拠ということで、千影は身を屈め、地面に片手をつき、逆立ちしてみせる。
ここまではレベル1のときにもできた。今の安定感は段違いだけど。
てのひらを離し、五本の指だけで身体を支える。初めてやったけど、意外と簡単にできた。
「ほえー……」
頭上から聞こえるギンチョの感心の声。いや、まだまだ。
薬指をずらしつつ、小指を折りたたむ。さらに中指もずらしてフレミング的な指の形にしつつ、薬指も折りたたむ。できた、三本指での倒立。
「うおっと」
さすがに若干ふらつくけど、練習したらもう一本くらい減らせそうな気がする。ギンチョよ、これがリアル忍者だ、とささやかにドヤ顔しながらぽんっと地面を押し、反動でほんの少し跳び上がって足から着地する。目を輝かせたギンチョが拍手してくれる。やばい、今年トップレベルで気持ちいい瞬間。
「……【ヤタガラス】か……ボクは縁がなかったけどな……」
「でも直江さんは、【フェンリル】でじゅうぶん代用できそうな気が――」
振り向いた千影が目にしたのは――人差し指一本で倒立する直江。
「……できた……」
ぴんとまっすぐに伸びた足、背筋、逆に垂れ下がった尻尾。身じろぎもしない安定感。
千影は開いた口がふさがらない。
はい、知ってた。
だって【フェンリル】持ちだし、そもそもレベル7で長年やってるベテランだし、ていうかもうそこまで行ける時点で超天才だし。
別にいいもん。この人は異次元枠だから。この人がすごいからって、自分の価値が下がるわけでもないし。
「……んにに……」
変な声が聞こえて、千影がまた振り返ると、今度はギンチョが片手倒立をしている。
というか、てのひらを持ち上げて五本指になっている。さすがにふらついているが、それでもうまくバランスをとって体勢を維持している。
うん、だから知ってたって。この子も超天才なんだから。
ふらふらしながら倒立を続けるギンチョと、彼女をあらゆる角度から狂ったようにスマホで撮影する直江。「……んににに……」「……いいよ……ギンチョいいよ……」と熱を帯びていく才能ウィメンの撮影会。対照的に千影の勝利酔いは完全に醒めている。
自分の中の【ヤタガラス】に「凡人のとこに来てもらってごめん」と謝っておく。でもね、そのぶん働きがいのある職場だと思ってくれると嬉しいね。
そんなこんなで、ヘルファイアの融解が完全に終わり、残ったのは焦げた石ころ、刺さったまま折れた〝えうれか〟の刃、それに動物の骨らしき胃の内容物だけだ。
「この焦げた黒っぽい石が、あの燃える石かな……」
なんとなく観察しつつ、刃を拾ってポーチのジョイントから挿入する。入り口で電気信号が流れ、きちんと液体化してポーチに収納されていく。折れても容量さえ回収できれば再利用できるのが形状記憶液体金属の利点だ。不純物が混じるからこまめなメンテナンスは必要になるが。
ギンチョが散らばった骨の中をがさごそと漁っている。子どもらしい好奇心? よくわからないけど、そこからなにかを拾い上げる。
「なにそれ?」
「タグ? です」
千影は思わずぎょっとする。ギンチョはきょとんとしているが、つまりその骨はプレイヤーのものというわけだ。ああ、たぶんこの子、自覚ないだけだ。たまたまタグが落ちてておいしそうだから拾い食いしましたとか、そんなわけないのに。教えたらぎゃわー状態になるから触れないでおく。
千影の腹の中が急に冷たくこわばっていく。
やっぱり、その可能性も考慮しないといけないのか。
すなわち――自分たちのさがす彼が、すでにそうなっている可能性。
「直江さん……今回のクエスト中で、タグの回収ってしました?」
「……二つくらい……たまたま拾ったやつだけ……」
「なるほど」
「……さすがにいちいち腹かっさばくのもアレだし……あと、あいつらの縄張りにペリットがあって……その中にもあったかもね……」
「ペリット?」
「……鳥が吐き出す、未消化物の塊……つまり鳥ゲロ……」
千影はゆっくりと地面に正座をし、頭を下げる。
「直江様、お願いします。鳥ゲロ漁り、どうか手伝ってくださいませ」
直江はあからさまに嫌そうな顔をするが、千影がギンチョのほっぺたをむにむにしてみせると、彼女もおそるおそるぷにぷにしつつ「……わかった……」とほんのり頬を染めて応じてくれる。
ごめんな、ギンチョ。やっぱり今日は焼肉にしような。食べ放題のやつで。
 




