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1-1:彼をさがしてエリア16

 【ベリアル】のレベルは、自分より強いクリーチャーと戦うほうが上昇しやすいらしい。


 レベル4になって四カ月、エネヴォラやらポルトガルマンモスやら黒コウモリやら、かなりの強敵と戦ってきたが、まだレベルアップはやってこない。経験値は具体的な数値として確認できるものでもないため、次のレベルまでどれくらい、というのは全然わからない。


 コッパーちゃんにその機能を追加してほしい。神のお告げ機能。ついでに復活の呪文機能もあれば言うことない。


 まあ、これまでが凡人にはありえないスピード出世だったし、平均的にレベル4から5までには一・二年かかるとか言われているし、焦ることもないか。


 ――と言っていられたらよかったのに。


「ああああああああああああああああっ!」


 轟音をあげて羽ばたく怪鳥ヘルファイアから必死で逃げながら、千影はそんなことを思う。


「ビビャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 おたけびとともに、ビュンビュンと燃える石つぶてが降り注ぐ。後ろを振り返る余裕もなく、後頭部を【アザゼル】の手で庇いながら、直江の指定したポイントまで一気に駆け抜ける。


「――待ってた」


 ぼそっとつぶやくような声が聞こえた気がする。


 振り返ると、鬼の形相で獲物に迫る怪鳥の頭上に、白い狼女のシルエットが降ってくるところだった。

【コルヌリコルヌ】――ドリルを具現化するチャージ方式のスキル。あのエネヴォラにさえ致命傷を与えた一撃が、けたたましい炸裂音とともに怪鳥の胴体に直撃する。


 怪鳥が断末魔のさけびをあげる。粘っこい血を撒き散らし、羽毛を撒き散らす。地面に滑り落ち、土砂を巻き上げ、やがて動かなくなる。


 一撃。チャージしたスキルとはいえ、レベル5を一撃。


「……そのゴキブリのような逃げ足だけは、認めてやってもいい……これからもゴキブリらしく、地べたを這いずり回っていればいい……」


 直江ミリヤから最大級の賛辞を賜り、千影は「へへえ」と頭を垂れておく。頭の中ではこれでもかとエロい罵倒を浴びせておく。


 ギンチョはスナック菓子とココアを与えられ、少し離れた場所で見学している。甘やかされすぎて将来が心配になるが、今回だけは直江への絶対服従を誓っているところなので、あれはあれでギンチョの試練なんだと思っておく。ダメになるなよ、これは怠惰と堕落に耐えるための訓練なんだぞ。


「……おい、ゴキカワチハゲ……」

「へえ」


 友だちもいないのにあだ名だけがどんどん増えていく。


「……こんな感じだけど……いつまで続ける気だ……?」

「……とりあえずは、直江さんのクエストが終わるまで、ですかね……?」


 八月十五日、水曜日。


 昨日、直江に平身低頭して頼み込み、今日から彼女のエリア16でのクエストを手伝わせてもらうことになった。


 無償で働く代わりに、千影たちの人さがしに付き合ってもらっている。レベル5相当の怪鳥が跋扈するこの〝赤羽のグランドキャニオン〟で、身の安全を確保するための苦肉の策だ。


 テルコと一緒にいたという日本人の男――。ここでテルコと一緒にすごしていたというのが本当なら、またここに戻ってくる可能性がある。


 そんな人物が本当に実在するのか――中川も明智も半信半疑のようだ。それでも千影は、少しずつ戻っていくテルコの記憶の端々に感じられた彼の存在を疑ってはいなかった。


 彼が鍵なのだ。彼をさがしださない限り、テルコをとり巻く現状を変えることはできない。


 そのために、やれることはなんだってやる――だけど。


「……これでいいのかな……?」


 このくそ広いフロアで偶然たまたま彼を見かける、今はそんな可能性に賭けることしか、今はできることがない。


 もはや自己満足どころかやぶれかぶれな気もする。

 だけど、ギンチョはそれに付き合うと言ってくれた。

 だから、やれるだけやってみるつもりだ。そのギンチョが今ポテチを貪っているのは見ないふりをして。


「ちなみに、直江さんはいつまでクエスト続けるんですか?」

「……あと五体倒すまで……ノルマは十五体だから……」

「一日二体ペースでしたっけ……じゃあ、明後日まで……?」


 マジか。となると、それまでになんらかの結果を持ち帰らないと。ギンチョと二人だけでこのエリアをうろちょろするのは結構リスキーだ。


「……貴様には、一円たりとも恵んでやるつもりはなかったが……気が変わった……」

「え、マジで? ボーナス?」

「……次の一体は貴様が倒してみせろ……それができたらポテチを恵んでやる……」

「わあい(ブラックバイト)」


 というわけで、三人で次のヘルファイアめざして探索を再開。


 広大なエリアの中でも、おおよその出現ポイントは絞られているらしい。これまでの過去の被害者のデータとショートカット開通後に激増した目撃者のデータとを照らし合わせた結果だという。


「……もう一組か二組、同じクエストやってるらしいから……しばらくはヘルファイアの被害も減るかもしれない……ザコどもが粋がって、下層に挑戦するから……」

「まあ、少しでもプレイヤーの被害を減らせるなら、社会的にも意義がありますね……」

「……一体さんじゅーまん……まあまあの稼ぎかな……」


 十五体でよんひゃくごじうまん。羨ましすぎてため息しか出ない。


 道幅の広い、がらんとした道に出る。上空を鳥や虫や翼竜が飛んでいる。脇に流れる小川には小魚やネズミみたいな小動物もいる。直江の地図にはこのあたりにも丸がついている。三人はこのへんで少し待ち伏せしてみることにする。ギンチョのためにせっせと見学スペースを用意する直江。やめて、あなたそれでも人類最強クラスなのよ。


 鬼鳥やカマキリファルコンに発見されて数回戦闘になり、倒した肉をそのまま水辺に放置する。怪鳥ヘルファイアの餌になるらしく、血のにおいで近づいてくるそうだ。


 三十分ほど付近のクリーチャーを倒したりお茶したりしているうちに、どこからか、あの重苦しい羽ばたきの音がかすかに聞こえてくる。


 千影が振り返る。ギンチョは緊張の面持ちを浮かべ、直江は黙ってうなずく。

 また向き直ろうとする寸前、一瞬、直江の口元が笑みの形に歪んだように見える。

 思わず二度見。今度は彼女、目を合わさずに口笛を吹く真似をしている。


「……こいつ……」


 千影は彼女の魂胆に気づく。


 ――ここで僕が負傷退場、戦線離脱でもしたら、残り二日をギンチョと二人きりで回れるとか考えてるんじゃないか。この根暗ド変態狼め。


 さすがに命が危うければ助けてくれるくらいの良識はあるだろう。だけど、ぎりぎりまで助けない、という消極策をとる可能性は捨てきれない。


 あくまでも憶測だ。問いただしてもシラを切られるだけだろう。

 ならばこちらも、打てる手は先に打っておくのがいい。


「ギンチョ」

「ばりばり?」

「ポテチの咀嚼音で返事するな。いいか、今から言うセリフを直江さんに言え。無事に帰れたら今日の晩メシは焼肉だ」

「はう」

「ごにょごにょ」

「ふむふむ」


 ギンチョは小さくうなずき、直江に向き直る。


「ミリヤおねーさん、ちーさんをたすけてあげてください(棒)。ちーさんがけがしたらかなしいです(棒)。けがないちーさんがいいです(棒)」


 最後の一文はこいつのアドリブなので焼肉はやめようかと思い直す。


「……だいじょぶだよ……おねーさんに任せといて……」


 直江の歯ぎしりが聞こえる。ものすごい睨まれている。ギンチョを傀儡にしたことへの怒りか、それともわりと本気だったのか。後者でないことを願う。

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