プロローグ
空には二つの太陽がある。擬似的な天候をつくる赤羽ダンジョンの空において、太陽に似せた照明が二つ並んでいるフロアはここ――期間限定イベントフロア、〝ヨフゥ〟しかない。
千影たちは人混みの中で開始時刻を待っている。それが近づくにつれ、周りの参加者の口数が減り、表情がかたくなっている。
あたりの空気が重々しさと張りつめた緊迫感を帯びている。ただでさえ人混みが苦手な千影なので、息苦しさと居心地の悪さでさっきから喉が乾きっぱなしだ。
「……あと三分……」
エレベーターホールのある洞穴の周囲には、半径数百メートルに渡る厳重なバリケードが張られている。千影たちがいるのはその内側だ。
同じような「仮の拠点」が他にもいくつか設けられているという。なにせ参加者は五千人を超えているそうだから、この混雑した第一の拠点からそちらに移った人も多いだろう。
『――間もなく特別イベントが開始されます! 参加される方以外はただちに一層へ避難してください! 当イベントはかなりの危険が想定されます! 決して無理はせず、タマゴを入手した方も危なくなったらタマゴを捨てて拠点内へ――……』
ダンジョン庁の職員が拡声器でさけんでいる。IMODの職員らしき人も、原付バイクであたりを走りながら英語でなにか声かけをしている。
そして、いよいよそのときが来る。
八月二十三日、水曜日。午後四時。
どこからか「ぴんぽーーーん! ぴんぽーーーん!」とけたたましいチャイムの音がして、周りの人がびくっとする。
「……おい……空……」
参加者の目が一斉に上を向く。夕方に向けてやや傾いていた二つの太陽が、黒ずんだぶ厚い雲に呑み込まれていく。そして瞬く間に空全体が雲に覆われてしまう。
あたりにどろんとした暗さが下りてきて、一気に気温が下がったかのように感じられる。周囲のざわめきが膨れ上がっていく。
「……ちーさん……」
隣にいるギンチョが、不安げな顔でジャージの裾を掴んでくる。
千影は「だいじょぶ」と彼女の頭を撫でつつ、顔の引きつりと背中の粟立ちを抑えられない。
始まったんだ。ああ、マジで始まっちゃったわ。
「う……うおおおおおおおおおおおっ!」
それを振り払うかのように、誰かがおたけびをあげながらバリケードの外を駆けていく。それに続けと他のプレイヤーたちも一斉に外に出ていく。
さながらファンタジー映画の戦争シーンみたいだが、千影的には混ざりたいとは思わない。転んで怪我とかしそうだし。押し倒されたりしたらめっちゃ踏まれそうだし。
かといって、あまりもたもたしてもいられない。自分たちには目標があり、それは数が限られているのだから。
「えっと……じゃあ、僕らも行きましょう。準備とか、だいじょぶですか……?」
「おいおい! なんだよリーダー、そんなんじゃしまらねえぞ!」
「リーダーなんだからよ、もっとびしっと言っちゃえよ!」
仲間からそんな風に檄を飛ばされ、あまつさえバシッと背中をどつかれる。
別に、やりたくてリーダーなんてやってるわけじゃないのに。
まあ、しかたないか。士気ってやつに関わるかもだし。柄じゃないけど。
千影は咳払いし、六人の仲間を見回し、大きく息を吸う。
「僕らの目標は……〝ヨフゥのタマゴ〟です。だけど、さっきも言ったけど、みんなの安全が最優先で。じゃあ……行こう!」
最後、めっちゃ声が裏返って恥ずかしい。
「「「「「おー!」」」」」と五人が空に拳を突き上げて応じてくれる。一人だけ白けた顔で腕を組んだままだけど、まあいいか。
こうして始まる。
頂点捕食者の庭、ヨフゥフロアで開催される、一夜限りのスペシャルイベント。
――〝真夏の夜のヨフゥ〟が。
4章開始です。
なんか今までよりストレートなプロローグ感。
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