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赤羽ダンジョンをめぐるコミュショーと幼女の冒険  作者: 佐々木ラスト
3章:異世界を望む少女はダンジョンに生きた
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6-8:帰る場所

 テルコを残し、千影たちは事務所を出ることになる。

 別れ際、テルコは「またな」と寂しげに笑い、「おやすみ、風邪ひくなよ」とギンチョとハグする。ギンチョは唇を突き出したまま、小さくうなずくだけだ。


 真夏の外はむわっと蒸し暑く、インナーが肌に貼りつく。念のため、明智が家まで送ってくれるという。


「明智さんは……こうなるって予想してたんですか?」

「いや、まさか……チェーゴ絡みなんて予想できてたら、あんたらの同行を許可したりしなかったよ」


 ギンチョと直江が手をつなぎ、家までの道を先導する。千影と明智は二人の背中を見ながらついていく。


「あんたも想像ついてるだろうけど……IMODが記憶喪失のあの子をダンジョンに放り出したのは、ひとえに地上側でのトラブル発覚を恐れてのことだった。あの子がダンジョン関連犯罪に関わる人物なら、赤羽テロ事件で傷ついたダンジョン業界にさらなる醜聞をもたらしかねない。だから、イワブチポータルとダンジョンの中だけに彼女を留めようとした。本人がダンジョンに戻りたいのならむしろ渡りに船、ダンジョンの中にはマスコミも反ダンジョン主義者もいないからね。そのままあの子が失踪しても死んでも……ってことさ」

「やっぱり……」


 ギンチョが振り返り、明智に手を差し出している。明智は少し迷い、手をつなぐ。右手で直江と、左手で明智と、ギンチョは両手に花で少し機嫌をとり戻す。


「でもぶっちゃけさ……あの子をうちで保護することになってたら、うちも似たような対応をとったんじゃないかってね」

「D庁も? そういうイメージないですけど……」

「あんたがあの子を預かるって言って、あたしがその無理を通したわけだけど。上の連中も案外それで反対しなかったわけさ。IMODとおんなじようなこと考えてたんじゃないかって。先日の赤羽テロで庁長官が退官して、D庁全体でいろいろと人事異動があってね。今はザ・官僚的な事なかれ主義者どもが幹部を占めるようになって……ってあんたに愚痴ってもしかたないよな。忘れてくれ」


 なるほど。こういう話は事務所ではできないので、一緒に出てきてくれたのだろう。


「……テルコはこれからどうなるんですか……?」


 正直、偉い人たちの思惑などはどうでもいい。政治も不正も大して興味ない。

 彼女が今後どうなるのか――千影にとってはそれが一番重要だ。


「まずはあの子の身元照会を進める。あの子がケイトだと確定したら、そのあとはIMODと相談して方針を決めることになる。チェーゴが今後どうするつもりかは読めないね。さほど影響力も発言力もない国だから、少なくともダンジョン外でなにか仕掛けてくるようなことはないと思うけど」

「さっき、あとで話すって言ってたのは……?」

「ああ……やつらの逮捕だけど、君も知ってのとおり、もちろんダンジョン内といえど法的に傷害罪や殺人罪は成立する。ただし、ダンジョン内での犯罪は立証が難しい。物的証拠がないし、君らはやつらの顔を見てない。今回の襲撃のためだけに装備や格好を変えていた可能性もある。迂闊に問い詰めて、シラを切られたらそれまでだ」

「そんな……」

「だからあたしらで、反論できない証拠を集める。時間をかけてじっくりね。テルコの記憶や素性ってのも重要な証言になるんだけど、今はまだ……ヘタに手を出して、最悪の場合、やつらは野放しのままテルコだけを奪われかねない。それだけは絶対に避けなきゃいけないからね」

「なるほど……」


 だからさっき、テルコの前ではこの話をしなかったのか。


「あ、ていうか……テルコも逮捕されたり……?」

「そこは……今はなんともね。組織の摘発だけで済むのか、末端の逮捕まで進むのか……少なくともプレイヤー免許の剥奪は免れないかもしれない」

「え……」


 じゃあ、テルコはもう、ダンジョンに行けない?


「もっとも、あの子はそれを覚悟してそうだったけどね」


 告発者になるということは、そういうことか。だけど――。


「まあ、これ以上好き勝手はさせないさ。なんて、下っ端のあたしが言っても説得力ないかもだけどね」


 そう言って自嘲気味に笑う明智。この人もこの人で大変なのだろう。


 自宅アパートが近づいてくる。直江とはここで別れることになる。


「……おやすみ、ギンチョ……最後に充電させて……」


 ギンチョの身体をまさぐるようなハグをし、明智には軽く頭を下げ、千影には目を合わせたまま地面に唾を吐く。ちっともデレてくれない。一緒に死線をくぐり抜けた仲なのに。

 そうして尻尾をふりふりしながらご機嫌そうに去っていく。


「あと、あの子の言っていた日本人。話が本当なら、管理課と探索課のほうでさがすことになると思う。名前も顔も思い出せないっていう現状じゃあ、見つけられるかも望み薄だけど」


 アパートの前まで来て、明智は身体に溜まったものを吐き出すように、空に向かって大きく息をつく。


「ともあれ、今回の件はもう、あんたらの手を離れた。あんまり気に病まないようにね」


 背中を向けて手を振りながら、明智も去っていく。ギンチョと二人、ぽつんとその場でしばらく立ち尽くす。


 もう家に着いたというのに、ギンチョが手を伸ばしてくる。しかなたくそれを握る。


「ちーさん」

「ん?」

「テルコおねーさん、あしたはかえってくるですか?」


 第二声は「おなかすきました」を予期していただけに、返事するのに一拍必要になる。


「いや。テルコはこれから、いろいろやることがあるみたいだし」

「じゃあ、あさってですか?」

「いや、ていうかそもそも、テルコの帰る場所って――」


 言いかけて、言葉に詰まる。


 テルコの帰る場所? どこだ?

 故郷の国? 同胞のいるボロアパート? そこが彼女の居場所なのか?

 彼女はどこに帰るのだろう? 彼女はこれから、どこで生きるのだろう?


 この件は僕の手を離れた。もう終わり――それでいいの?


「……あとで中川さんに連絡してみるよ。僕が――」


 なんとかする、と言いかけて、どうやって? と頭によぎる。

 ――僕に、僕らにできることは、まだ残ってるのか?


「ちーさん」

「ん?」

「おなかすきました」

「結局言うのかよ」


3章6話、ここまでです。

後半はシビアな展開になりましたが、お付き合いいただきありがとうございます。


次回は(このタイミングで!)3章エピローグとなり、テルコ、ノブ、そしてイベントフロアをめぐる物語は4章へと続いていきます。

ここから、千影とギンチョの逆襲が……!

その足がかりとなるエピローグにご期待ください。


引き続きよろしくお願いします。


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